猛将多数。圧勝、ただただ圧勝
銀龍城の脅威を取り除いた靖破と龍伯は、勢いをそのままに銅龍城へ進軍する。
銅龍城には楽羅十二怪に連なる狒々と侠の二将が、東と西に距離を置いて陣地を築いていた。
「……あれか。行くぞ、一撃で突き崩す」
「突撃! 楽羅の雑兵共に、北部軍の恐ろしさを叩き込んでやれ!!」
靖破・龍伯隊八千はまず、東側に布陣する狒々軍二万を攻めた。
友軍の壊滅を聞いたばかりの狒々軍は、将兵ともに浮き足立っていた。彼等は組織的な対応を行う前に、靖破・龍伯隊の接近を許してしまう。
「ヒヒーヒヒィ!? も、もう来よったのか!? 大虎の武人には翼でも生えておるのか!? あなや恐ろしいき脳筋どもよ!」
逞しい肉体に反して情けなく怯える狒々。側近の将校達も既に逃げ腰だ。
「狒々様……ここは国境まで後退し、本軍と合流すべきです。大本営の指示も「牽制に徹するべし」との事。被害を抑えながら下がりましょう」
「そ、それはそうだが……い、一万にも満たぬ敵に、や、やや敗れては……面子が無い! いったいどの面下げて本軍に合流できる」
(ヒヒヒヒ……! ならば俺様が出てやろう。さっきから武者震いが止まらぬわ!)
「ヒヒィッ!? で、出るのか!? あのバカみたいな勢いで突撃してくる武人どもを相手に、か、かか勝てるのか!? 玉砕だけは勘弁だぞ!」
(ウダウダ言ってる暇があればさっさと引っ込めや。俺様が出れば、大虎の猛将が十や二十束になったところで丸呑みだ!!)
「し、しかし……あれはな――ヒヒッ!? 待て、はやまる…………
ヒヒヒ……! 甘ちゃんは奥で寝てな。本物の狒々様が流れを変えてやる!!」
狒々という魔人は二重人格か。先程までオドオドしていた大柄な男が、一転して野性味溢れる言動に変わった。
側近達もこっちの狒々様なら何とかしてくれるとばかりに、目を輝かせた。
「ヒヒヒヒヒィィーー!! 大虎の武将がなんだってんだ! 来い! 呑み干してや――」
「邪魔だ」「失せろォ!」
巨大化した狒々が大口を開けて靖破と龍伯の前に立ちはだかるも、二人が放った地を穿つ斬撃によって三等分される。
「――るぅぅーーー」
「「「狒々様ァァァーーー!!?」」」
あなや儚き狒々の術。披露する前に彼は討ち取られてしまった。
「もう駄目だ!」「逃げろぉぉーー!!」「逃げろ逃げろ!!」「ニゲロニゲロニゲロ!!」
呆気なさすぎる将の討死は、残った狒々軍の混乱を超次元的に加速させた。
元々が一軍の戦力として機能するかどうかも怪しい、弱兵の集まりに過ぎない軍である。一度崩されると一気に瓦解し、逃走以外の戦法も知らなかった。
「ふん。靖家の坊と龍伯が派手に殺っておる。
――我輩らも出るぞォォ!! 西側の敵を余さず屠るのだァァ!!」
「「「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォーーー!!!」」」
靖破・龍伯隊の電光石火が如き活躍を見て、銅龍城内からも百獣の咆哮が上がる。
アダオウと岩猛を筆頭に率いられた二万の精鋭軍は、麓の集落を襲う山津波のように、もう一陣の侠軍二万を攻めた。
「前衛部隊崩壊! お、恐ろしい強さです侠様! このままでは我が軍も壊滅します!!」
「…………よし! 逃げるっっっっっす!!」
カッと目を見開くや、侠は無駄に勇ましい姿勢で撤退を宣言した。
彼の甲高い聲が陣地に響くと、楽羅兵達も我先に逃走を開始する。そこに軍としての威容はなく、殿は当然の事ながら撤退指揮を執る人物の姿も見られない。追い立てられる野生動物の群れの方が、まだ本能的な賢さがあると思われるほどに無様だった。
「匹夫どもめが。逃げるぐらいなら抑々来るでないわっ!!」
右手に巨大な鉄槌、左手に大剣を握るアダオウ。彼が逃げる楽羅兵の中を素通り状態で爆進すると、嵐のように乱舞する得物の餌食となった敵兵の体が跡形もなく爆散する。
「あれは何だ化物か!? いや間違いなく化物っすやばいっす死ぬっすキャイ〜〜ン!?」
「キャンキャン、キャンキャン。喚くでないわァァ!!」
アダオウは一迅の赤き雷光と化して、すれ違いざまに侠の本陣部隊一千を粉砕した。
両手の得物を高らかに掲げながら疾駆する彼の背中には、無惨な肉塊が巨大な背景画を成していたという。
「わあぁっ!? 狒々様も侠様もみんな殺られてしまったぞ!?」
「た、助けてくれぇぇーー!? 死にたくねぇよぉぉーー!!」
敵の全体が混乱状態に陥っていたとは言え、何の捻りもない単純な突撃だけで嘘みたいな圧勝劇に終わる。百の虎と万の羊の勝負とでも言うべきか、相手にすらならなかった。
「ガハハハハ!! 逃がすかァァァ!! ほぅーれ追撃だァァァッ!!」
「岩猛め、暴れたりぬ様だな。いいだろう! 龍伯隊も追撃だ! 一人も生きて帰すな!!」
侠軍の追撃は岩猛が、狒々軍の追撃は龍伯が引き受けた。
一度切り結べば一切の容赦なし。北部軍の猛虎達は武器・甲冑すらも捨てて逃げる楽羅軍を散々に追い散らし、捕虜二千に対して首級一万六千という戦果を叩き出した。
たった一夜明けただけで、楽羅軍の先陣八万はこの世から消えたのである。
「靖家の。援軍感謝するぞ。まさかこれほどの大勝利を得られるとは、我輩も思っていなかった。当分の間、楽羅の侵攻は鳴りを潜めるだろう」
「話にもならん雑魚ばかりだったな。所詮烏合の衆に過ぎんという訳か」
敵の追撃は龍伯と岩猛に任せて、アダオウと靖破は戦場の真っ只中で面会していた。
『なぁ靖破。逆によ、猫のおっさん達は何でこんなに少ないんだ? 北部一帯って、今うちらが抑えてる範囲より広いんだろ。正直言って数足りなくね?』
これからの動きについて協議する間もなく、不意にシュラが尋ねた。
普段から軍事に興味を示さない彼女だが、戦いの中で感じた違和感は聞かずにはいられなかったのだろう。靖破は至極真面目に答えてやる。
「正規兵のみで構成される精鋭軍八万。それが北部軍の中核というだけで、全戦力ではない。兵役を課せられた一般徴募兵や各地の予備軍も合わせれば、ざっと三十万は編成できる筈だ。だがそれには、大虎王家の国璽を使った動員勅書がいる」
『あぁー、なるほどな。動員令を下せる大虎王が居ないから、猫のおっさんは律儀に常備軍だけで戦ってんのか』
「そういう事だ。まぁ今回戦った限り、八万の精鋭軍だけで充分そうだがな」
大虎軍出陣に際して、大虎王を含むすべての武将が戦に負けるとは思っていなかった。
いや、もしかしたら可能性を危惧する者も居たかもしれないが、気炎をあげる武将達の前で諫言を憚ったかもしれない。
負けた時に対する備えを提言すれば、鋭気に欠ける奴と見なされるばかりか、下手をすれば全軍の士気に関わるとされて不名誉を賜る事もあり得たからだ。
ともかく、大虎王はアダオウに北部一帯の守護を任せるだけで、もしもの場合に備えた動員令を出していなかった。
アダオウはそれを愚直に守り、今なお常備軍だけで楽羅の侵攻に対応している。
「……蒼髪の魔女はどう思う? 我輩を愚かだと思うか? 我輩は……そう思っている。質では楽羅軍を軽く凌駕していても、お主等が来るまでは数の不利に悩まされていた。大虎王が戦場に没し、北方随一の強軍と称される大虎本軍が壊滅した時。我輩の独断で動員令を発していたら、陽慶が陥落する事態は避けられたのではないか……とな」
アダオウは靖破を差し置いてシュラに尋ねた。後輩も後輩な靖破に相談するのは、彼のプライドが許さないのだろう。靖破には依然として、若造という認識を持っていた。
しかし、シュラに相談すること自体は正しいと言える。彼女は、今や残存する大虎軍に於いて最年長となったアダオウの何倍もの経験を積んでいるし、そこから得られた人の機微に通じる術は右に出るものがいないほど。
何より、王位を除けばこれ以上高い地位のないところまで登り詰めたアダオウには、上の目線で厳しい事を言ってくれる人物が居なかったのだ。
『…………うちは軍略家じゃないからな。数を用意していればどうにかなったかは答えられん。そこは龍伯とかいう二番手に聞きな』
「龍伯か……あやつなら戦争が始まる前から、軍備増強を匂わせていた」
『だったら、兵を増やしておけば陽慶壊滅は免れたかもな。でもそれならそれで、うちと靖破が契約する事もなかった。雑魚い靖破は途中でおっ死んだだろうし、剣合国を含む諸国連合軍との戦はまだ続いてたかもしれん。結果は北部軍も巻き込んだ泥沼試合ってとこか? 何にせよ、猫のおっさんだけでどうにか出来た問題じゃねぇよ』
「ふむ……そうか……」
『その上で愚かかどうかって聞かれたら、うちは違うと思う。猫のおっさんは自分の存在理由に則って務めを果たしているに過ぎん。現時点で北部の民が穢されてねぇって事が、この辺一帯の守護者として立派にやってる証だ。
――そんな感じに、お前の王様も言ってくれるんじゃねぇ?』
風に揺れる蒼髪をかき上げながら、シュラは爽やかな笑みを浮かべた。
見掛けによらず悩みが多いアダオウは、その答えを聞いて知らずのうちに頭を垂れた。




