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三度目の情け

 容姿・言動はともかくとして、馬魔(ギバ)の実力は北鑑に伝わるほど確かだった。

二対一の苦境に立たされてようやく、バラガスは自分が出過ぎた事を理解したが、時すでに遅かった。


 馬魔と陰摩羅鬼(オンモラキ)は仲が悪いながらも、相性の良い能力を駆使して反撃に転じる。

まずは馬魔が風を巻き起こし、陰摩羅鬼が黄土色の炎を撒き散らす。するとバラガスの周囲に幾つもの火災旋風が発生し、辺り一帯の木々にも延焼。

あっという間に、バラガスが容易く突破した炎の壁以上の包囲網が敷かれた。


「ちょこざい。この程度の術で我を焼き殺せると思って――!?」


「残念でしたおばーかさぁーん! あたしの魔力を鳥頭と一緒にすんなよ。質も量も、あたしは鳥頭を補って余りあるんだから!」


「ケェッ! 言ってくれるぜ。……だが事実だ。バラガス! つまりお前の勝ち目は消え失せたんだ! 身を焦がす炎に、苦しみ悶えながら焼かれるがいい!」


 戦斧を一閃して炎の風を掻き消そうとしたが、馬魔の魔力はバラガスの予想以上につき、僅かに火が消えただけで意味を成さなかった。

それだけに留まらず、陰摩羅鬼が得意気に嗤うと、炎の勢いは更に増す。火災旋風は徐々に輪を縮め、バラガスに迫った。


「喝ァァツ!!」


「「!!?」」


 しかし、水車の如き戦斧使いバラガスは、これで終わるほど芸のない武人に非ず。

魔力を込めた怒号一喝で周囲に凄まじい衝撃波を生み出すや、炎の風を一瞬にして掻き消し、辺り一帯の木々まで粉砕して更地に変えた。


「ちょこざい……と言っている。我をなめるな、口の悪いガキ共」


「……アハッ! やるじゃん、豚みたいにデカイおっさんの癖に。少しだけ見直した」


 半ば気圧された陰摩羅鬼に反し、馬魔は一瞬だけ目を見開いて驚くだけで、次の瞬間には笑いに変えた。それだけでも、魔人としての格が陰摩羅鬼を優に超えると判る。


「でぇーもー、残念だったねぇー」


 次は我の番とばかりに駆け出したバラガスに向けて、馬魔が右手を振るう。

一迅の鎌鼬がバラガスの足下を薙ぎ払い、掬われたバラガスは体勢を崩して倒れ込んだ。


 そこへ陰摩羅鬼がタイミング良く炎を吐くと、息のあった連携攻撃をバラガスはまともに受けてしまった。


「ぐあぁぁっ……!? ……ぬぅ、不覚……!!」


 致命傷ではないものの、粘着性をもって体にまとわり付く陰摩羅鬼の炎は、対象の敵に継続ダメージを与えるようなものだった。

息を吹きかけて簡単に消えるものではなく、魔力が帯びている限りは、バラガスの肉体に灼熱の痛みを抱かせ続ける。


 鍛え抜いた鋼の肉体を誇るバラガスだからこそ、歯を噛み締めて激痛に耐えるだけで済んでいるが、常人ならばまず耐えられずに絶命するだろう。


「今よ鳥頭、殺っちゃってどうぞー」


「感謝するぞ馬魔! これで最期だバラガスゥゥゥーーー!!」


 まとわり付く炎と馬魔の疾風に動きを阻害されたバラガスに、陰摩羅鬼は黄土色の破壊光線を吐きかける。これが彼の奥義と言っても間違いないだろう。


(ぐっ……我がこんなふざけたガキ共に、敗れるとは……!!)


 攻め重視のバラガスは、「攻撃こそ最大の防御なり」を体現する男。

敵の攻撃には攻撃をもって当たり、相殺もしくはそれを上回る威力で対処する。


 魔力障壁といった小手先の防御術を好まず、正々堂々と戦うのが彼の戦法だった。

よって、動作の六割近くを抑えられた今、バラガスに身を守る術はなかったのだ。


(不甲斐なし……!!)


 陰摩羅鬼の光線を相殺するには、粘着する炎を払い除けた後に大技を繰り出す必要がある。命の危機が目前まで迫った今、そんな猶予はなかった。


『チョイヤァッ!!』「「「!?」」」


 しかし、危機一髪の所でシュラが登場。可愛らしさと勇ましさの合わさったカンフー聲と共に、風を絶ち切りし怒涛の飛び蹴りをして現れる。


 陰摩羅鬼の破壊光線は格闘魔女っ娘の生足に霧散され、その余波はバラガスにまとわり付く黄土色の炎さえも吹き飛ばした。


「鳥頭っ!! 避けろ!!」


「はっ――グギャァ……!?」


 そして次の瞬間、馬魔の聲も虚しく、陰摩羅鬼は有明の月を背景に急降下した靖破の方天戟で一刀両断された。


「跪くとは……思いの外使えんな。助けるまでもなかったか?」


「……弁解はせぬ……! 笑いたければ笑え」


「つまらぬ事で笑う気はない。さっさと敵将を討って……逃げたか。まぁいい」


 靖破とシュラの助太刀で状況は一変したが、それと同時に馬魔はそそくさと退場する。

後には靖破とシュラとバラガスが残り、周囲には血溜りに打ち捨てられた陰摩羅鬼の骸と、絶命したバラガスの馬があった。


 そして暫くして、靖破が連れてきた彼の軍馬も姿を見せる。


「……手当てはしないぞ。馬は貸してやるから自力で戻ってこい」


「…………どれも不要だ。もとより貴様の手を借りるつもりはない」


「好きにしろ。次からは助けんからな。……魔女よ、行くぞ」


 そうとだけ言い残すや、靖破とシュラは颯爽とこの場を後にする。


 靖破とバラガス、二人の将が現場から離れている事態は、いかに圧倒的優勢な状況であっても長く放置すべきではない。

指揮官不在で戦う靖破隊の兵士達の為にも、逸早く戻るべきだった。


(……風を裂いて斬り進む死神に、馬は本来不要な足であるか)


 あっという間に木々の暗闇に溶け込んで見えなくなった靖破とシュラ。バラガスは丸腰の状態で、二人の後ろ姿を見送っていた。


「……手は借りぬ。借りぬが…………命を助けられる事、これで三度目。心は未だ北鑑の将なれど、武人としてこのままで良い訳はないな……」


 傷付いた体に痛む様子も見せずに、バラガスはスッと立ち上がる。

そして靖破が残した馬を静かに見つめる彼は、己の運命を託すように手を伸ばした。


「……我ほど惨めな虜将も、そうはおるまい。それでもお前が足を貸してくれるというのなら…………我が武勇、お前の主人の為に振るおう!」


 絶命した軍馬の近くで、敵味方からぞんざいに扱われた他国の武人が手を伸ばす光景。

語りかけられたと思ったのか、靖破の残した馬はバラガスに顔を向け、僅かに見つめ合った後にゆっくり歩み寄った。


「かたじけない。気紛れであっても、受けた恩に価値は付けぬ。……北鑑の将軍バラガス。これよりお主等の力になろう」


 不器用な鬼軍曹は、靖破の居ない所で彼の軍門に降る事を誓った。

仮に本人の前だとしても、靖破からすれば興味のない話だ。彼はどうでもいいと言うだろう。それでもバラガスという男に、二言がない事は確かだった。


 一方、戦場では龍伯がもう一人の敵将を討ち取っていた。

楽羅軍の混乱は極度に達し、かの軍の兵士は崩壊する中で無抵抗といっても差し支えない状態のまま、大虎軍による凄惨な撫で斬りに遭った。


「やったな龍伯将軍! こんなに気持ちよく勝っちゃ、楽羅の本軍も真っ青だろうよ!!」


「祝鉱に祝那か。二人もよくやってくれた。さぁ、勝鬨をあげよ!!」


「「「オオオォォォォーーーー!!!」」」


 夜が完全に明けて楽羅軍の陣地が太陽に照らされると、そこには完膚なき大敗を喫した楽羅軍四万の骸が、野となり山となっていた。


 陰摩羅鬼ともう一人の将軍は、靖破および龍伯によって討ち取られ、従軍した兵士も殆どが戦死。銀龍城に攻め寄せた楽羅軍の先陣は、事実上全滅という結果で消えたのだ。






《いぶし銀の副大将 龍伯》

 北部軍第二将の座に君臨する実力者。武力は猛将で知られる第三将・岩猛に匹敵し、知略はアダオウに勝ると噂される。40歳。

アダオウに次いで経験と実績を積んでおり、彼に代わって北部軍の全軍を指揮する事も可能。大軍を統率する器量も併せ持つ。


しかし、第二将という立場から良くも悪くも冷徹な思考に偏る時があり、人命を軽視した作戦や言動を取る一面もある。

それが原因で過去には、若気の至りから逆上した靖破と衝突する事件を発生させ、アダオウの仲裁を受けた事があった。

龍伯本人は自分の欠点をしかと把握しており、靖破と仲違いした非が自分にある事も理解している。それ故に彼は、まさか靖破が自分の城に援軍として現れるとは、思ってもみなかったようだ。



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