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北部戦線開幕

対楽羅前線基地・銀龍城


 那盤(ナバン)に入った靖破隊は、そのまま最前線の銀龍城を目指して進軍した。

途中までは北部軍の本部に寄るつもりだったが、アダオウは既に出陣した後だと知って、その意味をなくしたのだ。


 銀龍城の位置は扶美からまっすぐ北へ向かった先にある。この城は北部軍第二将・龍伯(リュウハク)が守っており、祝鉱や祝那の部隊も守備に回されていた。


「久しいな、靖破。よもやお前がこちらへ来てくれるとは思わなかったぞ」


「アダオウは第三将・岩猛(ガンモウ)の銅龍城に入ったようなのでな。俺達までそちらへ向かえば、戦力が偏重するだろうと思った故だ」


「……そうか。どのような理由であっても、援軍はありがたい。楽羅の侵攻に対して攻め手が不足しているところだった」


 城塞の南門で出迎えに現れた龍伯は、立派な顎髭を蓄えた精悍な顔立ちの武将だった。

鮮やかな用兵と他を圧倒する知勇を以て、攻守を自在に操る名将。彼の実力はアダオウに匹敵するとも噂される。


「それで状況はどうなのだ? 苦戦しているとは思わんが、一応な」


 城内に招かれた靖破は、これまでの経緯を全て省いた質問をする。

龍伯も、靖破が必要以上の会話を望まないのだろうと察した上で答える事にした。


「まだ本格的に切り結んではいない。こちらから一度だけ仕掛けたが、敵の方から早々に下がっていった。おそらく後続の大軍を待っているのだろう。楽羅本国より後詰めの軍が出陣したとの報告も届いている事から、私の推測に間違いはない筈だ」


「では、その大軍が来る前にもう一度仕掛けるのか?」


「如何にも。お前達が来てくれたお陰で攻め手不足は解消された。攻撃の下準備も既に整っている。……着いて早々悪いが、今夜にでも一気呵成に攻め掛かろうと思う。敵もまだ、お前達の到着は知らないだろうからな。今が紛うことなき攻め刻だ」


「……よかろう。出撃する順番と布陣は任せる。俺の軍は好きに使うといい」


「感謝する。それでは早速軍議に移ろう。まずは作戦の概要からだ」


 戦機逃さず。靖破と龍伯は夜襲にて楽羅軍を撃滅する方針を固めた。


 そして両者の動きもまた速かった。夜のうちに龍伯は西門から、靖破は東門から出撃。祝鉱ら他の将軍達も時間を置いてから北門を出た。


「読み通りだ。楽羅軍は戦場に不慣れで眠りこけているぞ」


「俺と魔女が開戦の火蓋を切る。バラガス、お前は兵を連れて後に続け」


 明け方。龍伯と靖破は時を同じくして、楽羅軍の陣地を西と東から視野に収めた。

そして作戦通り靖破とシュラが先陣を務め、いつものように単騎駆け抜ける。


「ハァァァッ……!!」『アタッチャァァーー!!』


「「「うわあぁぁぁぁーーーっ!!?」」」


 殺戮と破壊の死神が敵陣に殴り込んだのはすぐにわかった。

楽羅軍のけたたましい悲鳴と凄絶な破壊音が合図となり、龍伯とバラガスの部隊が鬨の声を上げて突撃する。薄暗闇に抱かれて眠る楽羅軍は、度肝を抉り抜かれた。


「てっ、敵襲!? 敵襲ゥゥーー!! 大虎軍が攻めてきたぞ!?」


「なんだって!? 奴ら正々堂々な武人じゃねぇのか!? 奇襲するなんて聞いてねぇぞぉ!?」


「おい! 酒のんで寝てんじゃねぇ! 起きろぉぉーー!!」


「うあああぁぁぁーーー!!? 死にたくねぇーー!!」


 楽羅軍は軍勢としての動員数こそ立派だが、実際は長らく戦慣れしていない予備戦力組織の大所帯である。

軍としての練度はお粗末で士気も低く、規律もいい加減。楽羅という国が大軍を動員するのに、多くの時間を要すのはこの為でもあった。


「ケェェェ!? 夜襲なんて卑怯だぞ!? お前達も逃げるな! 戦えっ……戦えェッ!!」


「そういう貴様が戦ったらどうだ。命じるだけでは人は動かぬぞ」


 雑兵を蹴散らしながら爆進するバラガスが、敵陣の中に将軍らしき男を見つけた。

手足をばたつかせながら、いかにも頼りなさげな指示を飛ばす、灰色の顔をした小男だ。


「ケッ……ケェェ! ……いいだろう! 吾こそは楽羅十二怪(ガクラジュウニカイ)之拾・陰摩羅鬼(オンモラキ)!! 吾が術をもってお前を仕留めん! ケッ、ケッ……ゲエェェェーー!!」


「炎か! ちょこざいな……!」


 陰摩羅鬼の口から吐かれた黄土色の炎。バラガスは怯むことなく戦斧を高速回転させ、魔力を帯びさせた突風で即座に掻き消した。


 ならばと陰摩羅鬼は、傍に倒れている骸を掴んでそれを巨大な火の玉に変化させ、幾つかの火球に分解した後、孤を描くように投げ飛ばす。

バラガスは靖破と戦った時に見せたような、水の魔力で出来た斧を顕現させるや、それを左手に持って二丁斧の状態で火球を斬り伏せた。


 陰摩羅鬼はその後もバラガスから距離を取りつつ、得意の炎を操って応戦する。


「“楽羅十二怪”……楽羅を代表する十二人の主将達と聞いていたが、なるほど面妖な輩だ」


「ケェッ……! お前こそ硬い奴だ! 北部軍にこんな奴が居るとは聞いてねぇ。……やい、お前は一体誰でぇい!」


「今はただの武人。バラガスである。故あって貴様等の相手を買って出た」


「戦斧使い……バラガス。……北鑑の猛将バラガスか。降るより自害を好みそうな鬼軍曹が、なんで吾らの前に立ちやがる!」


「故あってと言っただろう。これ以上語るつもりはない。早々に消えよ!」


 陰摩羅鬼が生み出した黄土色の炎の壁を、バラガスは二丁斧の乱舞で容易く突破する。


 魔術 対 魔技。古より優劣を論じられる戦法対決だ。

それは魔人同士の相性もあるため、一概にどちらが上とは中々決まらないが、今にあってはバラガスの実力が陰摩羅鬼を圧倒していた。


「グケェェェッ!!? く、くそ……やりやがったな!」


 猛進するバラガスの一閃が最後の砦たる魔障壁を打ち破り、銀色の火花に魔人の鮮血を加えて陰摩羅鬼の右腕を切り落とした。

バラガス曰く「日々の鍛錬の違いが出た」のである。


 だが劣るとはいえ、陰摩羅鬼も国を代表する魔人の片割れ。

何とか致命傷は躱しつつ、弾き飛ばされた先で体勢を立て直した。


「陰摩羅鬼様!? いかん、陰摩羅鬼様を助けろ!」


 一騎討ちを横目で見守っていた陰摩羅鬼配下の直属兵達が、上官の敗北を確認するやバラガスに向かって襲いかかる。

これに対して大虎兵側は、あくまでも自分達が相手していた楽羅兵を追うに留め、バラガスの護衛には回らなかった。

その為バラガスの下には、大虎兵を無視して襲いかかる楽羅兵が殺到する。


「木っ端どもが! 邪魔をするな!」


 尤も、雑兵がバラガスに挑むという状況で、彼に大虎兵の援護など必要ない。楽羅兵は一振り二振りであっという間に薙ぎ倒され、その後ろの者達を戦慄させた。


「ケッケェーー!? こりゃ敵わん! 一旦下がるぞ、引ケェーー!!」


「我の手柄よ、逃さんぞ!!」


 逃げる陰摩羅鬼をバラガスは追う。彼を止めようとして何度か楽羅兵の小隊が立ちはだかるも、すべては一刀の下に討たれ伏した。


 陰摩羅鬼はついに兵を見捨てて我先に逃走する。バラガスは執拗に追い掛け、二人は気が付けば楽羅軍の陣を出てしまっていた。


「ケェ〜〜!? なんてしつこい奴だ! 歪んだ愛に付き纏う女か!」


「貴様の往生際の悪さこそ、女々しさの塊だ。将ならば潔く玉砕せよ!」


「ケェッ! 負ければ死一択かよ。これだから武人って種族は嫌いだ! うちの雌餓鬼の方がまだマシだぜ!」


 女性蔑視的な発言を交わしつつも、当の本人達にその気はなく、至って真面目に命のやり取りをしている。

二人は無我夢中で駆ける間に、大虎と楽羅の国境付近にある雑木林まで来ていた。


「んん~、女が何だってオッサンども」


「「!?」」


 二人の発言が聞き捨てならないとばかりに、雑木林の中から聲がした。

それと同時にバラガスの馬が突然悲鳴をあげて絶命し、騎乗主は地に落とされた。


「アハハ! 無様に落馬してんの! 敵前逃亡の鳥頭は当然として、バカデカイおっさんも雑魚だったりするぅ? なんてねー」


「ギ、馬魔(ギバ)ァァ!! 誰が雑魚くて当然の鳥頭だ!! 吾は好き好んで逃げているのではないぞ! 敵と深く戦うなとの命令なのだ!!」


(馬魔……こやつが楽羅十二怪之漆と噂される少女か。緑馬を操って風の如く宙を舞い、戦いにあっては先ず敵の馬を射る……伝え聞く通りの能力だ。……が、なんだ? その――)


「アハハハッ! すぐ吠える奴とすぐ落ちる奴は雑魚って相場が決まってんの! 悔しい? ねぇ悔しい? やぁーいお雑ぁ魚さーーん!」


(頭に乗せた金柑は!?)


 突如として陰摩羅鬼の加勢に現れた少女・馬魔(ギバ)。

宙に浮かぶ緑馬の上で頰杖をつき、ケラケラと人を小馬鹿にする彼女について、バラガスは「頭に “キンカン” を乗せている」と聞いていた。彼は普通に金の冠だと思っていた。

それがまさか金冠ではなく金柑とは……誰が上手いことを言えと言った、とバラガスは思ったという。






《楽羅十二怪(ガクラジュウニカイ)》

 楽羅軍主力の一端を担う十二人の魔人の総称。兵を率いる立場にあるが、殆どの者が軍事的才能に欠けており、あくまでも個々人の魔術が優れているだけと言われる。


序列番号に深い意味は無く、楽羅王が勝手に決めた。そのため下の番号を冠する魔人が上の番号の魔人より強いなんて事態はあって当然のようだ。楽羅王はまったく気にしていないが、本人達はけっこう気にしている。だから仲も悪い。

また、十二人全員が容姿や出自に問題を抱えているものの、楽羅王はそういう事情をまったく気にせず命名もとい重用した為、彼女に対する忠誠心も個々人によってバラつきがある模様。


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