北部の名人
金鶏菊の月下旬 対楽羅前線基地・銀龍城および銅龍城にて
「…………不浄極まれし楽羅の蜚蠊共め。遂に来たか」
「おぉ、待ちくたびれたぞ!! さぁ、北部の猛虎共よ!! 合戦だァァーー!!」
東の銀龍城に張っていた北部軍第二将・龍伯、西の銅龍城に張っていた北部軍第三将・岩猛。アダオウに次いで大虎北部軍の要を司る二将は今、北から迫る楽羅軍の先陣を視野に収めていた。
場所は変わり、靖破軍の本拠地・陽慶。
楽羅の侵攻は当然ながら、彼等の耳にも入っていた。
「靖破殿。楽羅軍が北部に侵入したそうだ。前線の両龍城では既に、龍伯殿と岩猛殿が敵の第一軍と交戦している。アダオウ殿からの援軍要請はまだ来ていないが、我が軍も出陣すべきだろう」
「あぁ、そうだな。約定に従って北部軍に加勢するとしよう。
――祝覧、陣触れだ。手筈通り俺が向かい、お前には留守を任せるぞ」
「うむ! 出陣の準備はとうに出来ている! 存分に楽羅軍を蹴散らされよ!」
当初は祝覧も従軍する予定だった。彼の実家は北部軍の管轄領であるし、親族武将達もかの軍に所属している。密な連携を図るならば、祝覧も向かうべきだ。
しかし、北鑑に対する防備や、その他の策を用意する為に参謀殿は忙しい。
それに加えてロキがまだ帰還していない状況から、全軍を統率できる祝覧は陽慶に残るべきだった。
「靖破様。私も一緒に行かせて下さい」
その代わりに、北部軍救援にはリナムが従軍を願い出る。
それを聞いた靖破は、考えるまでもなく首を横に振った。
「君は残りたまえ。ここでやる事が山程あるだろう。それに、また倒れられても困る」
「靖破殿。その事なのだが……俺からもリナム殿の同行をお願いしたい」
「……なぜだ? 今回の戦は友軍の領域内で動くのだろう。リナムならずとも、適当な武官で兵站は賄える筈だ。危険な戦場にわざわざ連れて行く利点は薄いと思うが」
「確かに兵站に関しては、さほど心配はいらぬだろう。だが現状、俺と靖破殿の情報共有を迅速にこなせるのは、リナム殿を置いて他にいないのだ」
「……なるほど、そういう事か。理解した」
合戦中でない限り、靖破は基本的にリナムの傍から離れない。
だからリナムが祝覧と連絡を取り合えば、彼女を媒体として靖破にも情報が伝わる訳だ。
それもほぼ同時である。危急に遭っては情報の速さこそが命と捉える祝覧が、リナムを指名しない訳がなかったのだ。
『うちもリナムの方が良い。名前も知らねぇ兵隊から報告されてもやる気でねぇから』
シュラも祝覧の意見に賛同する。もっとも彼女に関しては、連絡云々よりリナムの護衛兼イジリが重要だった。
「よかろう。ではリナムも連れて行く。早速準備したまえ」
「出発の準備なら既に整っております。何時でも出られます」
「待てい。大虎の牙よ、我も連れて行くのだ」
「「「!?」」」
話が纏まり、いざ出陣といったタイミングで待ったをかけた者は、未だに北鑑軍の将軍という立場を貫いていたバラガスだ。
靖破とシュラが、祝覧や嶄條やカタイギが、その意外なる立候補者を一瞥する。
「…………バラガス。どういう風の吹き回しだ? 参戦するもしないも、お前が軍門に降ったという話は聞いていないぞ」
「貴様の臣下になるつもりは毛頭ない。だが、ずっと居候の身というのも気が引ける。自分が食う分は働かせてもらおう」
「……生真面目なことだな。……寝返ろうものなら容赦はせんぞ」
「このバラガス、死人に花を咲かせる楽羅に武人の魂を売るほど腐ってはおらん。楽羅軍が相手である間は、貴様の援護もリナム殿の護衛も慎んで引き受けよう」
「俺の援護などいらんが……魔女よ、こいつの魔力を解放してやれ」
『……おかしな真似したら、手足引き千切って芋虫にするからな』
「我が名を以て、この戦における助力を誓う。決して裏切りはせぬ」
ここまで言わせしめれば、バラガスに二言はない。
臨時的ではあるが、頼り甲斐のある戦力が加わったのだ。
しかし、人の機微に鋭いシュラからすると、バラガスの参戦理由は眉を顰めるようなものだった。彼女の聲が、人知れず靖破の脳に届く。
『……おい靖破。こいつ死ぬ気だぜ』
(かもしれんな。飯の恩義だけは返すつもりなのだろう)
猛将バラガスは、此度の戦に死に場所を求めていた。
今さら北鑑に戻れる訳はなく、かと言って大虎に降る事も矜持に反すれば、残された道は武人としての誇らしい戦死である。異国の地で果てようとも、流儀に則り死ぬのであれば問題なかった。
更に言えば、バラガスの想いは靖破にも関係ない話だ。
彼は別段気にかける様子もなく、リナムや祝覧に一言伝えるでもない。ただ祝覧によって編成された五千の大隊を連れて、いつも通り無気力に出陣した。
救援隊が向かう先は、北部軍の本拠地 那盤。堅牢堅固な大虎の北門に当たり、大陸北部で反乱が起きた際には最前線の城塞都市となる。
その領域面積は王都 陽慶に次いで広大。楽羅と境を成しているという点を除けば、現状、大虎随一の規模を誇った。
「――の前に靖破殿。よくぞ援軍に来てくれた。替えの馬と追加の馬車を用意した故、よければ使ってくれ」
「…………リナムよ。俺は確かに、祝覧に留守を任せた筈。その祝覧がなぜ、俺達を先回りして待っているのだ?」
陽慶と那盤の間に位置する扶美を通り掛かった頃。靖破は祝覧そっくりの人物から出迎えを受けた。
「靖破様。こちらの御方は祝覧将軍の兄様であられます。祝家の現当主 祝万様です」
「……あぁ、そういうばそうだったな。……相変わらず双子でもないのに瓜二つだ」
『くんかくんか…………不思議だ。服装以外はうちのおっさんと同じなのに、おっさんじゃねぇ清楚な感じがする。お前地図とか食わねぇか?』
「弟が地図を食うなら、俺は銭を食うのだろう。軍略の才能は覧に負けるが、政務では俺の足元にも及ばぬぞ。……貴殿等の活動中は、我が祝家が補給を担当いたす。何も気にせず思う存分戦ってくれ!」
目を瞑って言葉だけを聞けば、祝覧が目の前に居ると錯覚してしまう。それほど祝覧と祝万は、声まで瓜二つだった。少なくとも靖破には違いが解らなかった。
因みに祝万曰く、「祝覧に似た兄ではなく、俺に似た弟」だという。
「ありがとうございます祝万様。軍の兵站維持は私が受け持っておりますが、祝家の方々に援助いただけるなら、これほど心強いことはございません」
「礼には及ばぬぞ、リナム嬢。俺も貴殿と同じなのだ。靖破殿に大事な弟を助けられて以降、その恩返しをしたいと思っていた。
――軍団同士の約定は別として、俺個人としては貴殿等の味方だ。困った事があれば言ってきてくれ。可能な限り力になろう!」
外見も声も祝覧と同じなだけあって、祝万の言動はとても頼もしい。まるでそこに祝覧が居るかのような、堅実的・定常的な心強さがあった。
こうして靖破率いる救援隊は、祝家という後ろ盾を得た。
後顧の憂いがなくなった彼等は、迅速な補給を済まして予定より早く那盤に着く。
リナムは隣領の祝万の噂をかねがね聞いていたが、その手際の良さは噂以上。先輩領主の実力に、感服の念を禁じ得なかったという。
《北部随一政略の猛者 祝万》
扶美を治める祝家の当主。父の祝敖は既に隠居している。祝覧、祝鉱、祝那の兄。妻は北部軍No.2の龍伯の妹であり、二人の子宝に恵まれている。36歳。
次男の祝覧と非常に似ており、宴会の余興で当主席に祝覧が座っても最後までバレないレベル。一応、祝万の妻と祝那だけが判別できる違いがあり、二人には区別がつくという。
尚、祝覧が中央に出仕させられた裏の理由が、そっくり兄弟の混同で家中が混乱するのを防ぐ為……とは、祝万と父の祝敖だけが知る禁句事項。
ルーベルズ・ジオンの薫陶を受けた祝覧に比べると、祝万は軍事的センスに劣り、実戦経験も無いに等しい。一応武芸は鍛えているが、弟達には及ばない。
しかし、陽慶と那盤を繋ぐ交通の要所を治める祝家当主として、政治的センスはずば抜けて高く、大虎王とアダオウの連携をそつなくこなしていた。
その実力はジオンがリナムを前にして、「我以上の才智」と称し語るほどだった。




