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シュラの得意分野

 時は遡り、まだ于雲鮮が北鑑に属していた頃。


 シュラは陽慶に帰還次第、祝覧にある頼み事をしていた。

なんと捕虜の拷問を秘密裏に行える場所が欲しいと言うのだ。出来れば断末魔が外部に漏れにくく、周囲からも隔絶したような所が望ましいという条件付きで。


『安心しろ祝覧。お前に迷惑はかけねぇから』


 祝覧はシュラが、自分の事を “おっさん” と呼ばずに “祝覧” と名前で呼ぶ時は、ふざけ要素が一切ない至極真面目な場合である事を知っていた。

故に名指しで依頼された時、祝覧は俄に寒気を覚えた。何しろシュラの小脇に抱えられた状態で、気を失っている拷問対象と思われる者が、まだ成人すらしていないだろう少女だったからだ。


『……さて、それじゃあ始めるか。ちゃちゃっと終わらせて楽にしてやる』


「………………」


 固く閉ざされた薄暗い地下牢にて、シュラは机に拘束された少女の前に立つ。

少女は虚ろな目で汚い天井を見つめ、さしたる抵抗も見せなかった。

だがそれは観念した訳では無い。充電が切れて動かなくなった道具、というだけだ。


 魔女は少女の服をおもむろに捲り、腰の布もギリギリまで下げる。

白く柔らかでいて、年相応な肉付きの腹部と、可愛らしいおへそが露わになった。


『……見かけは異常ないんだよなぁ。見かけはよ』


 魔女の視線が何の変哲もない腹部を見つめる傍ら、一粒の丸薬を握る右手だけがゆっくりと臍の穴へ近づく。

腕を組んで壁にもたれ掛かる靖破は、それをただじっと見つめ、ある既視感を抱いた。


「リナムの幻影が襲われた時も、同じ箇所を責められていたな。そこに何かあるのか?」


『人が力む時、「腹に力を入れろ」って聞かないか? それは力の源が丹田にあるからだ』


「丹田……臍の下あたりか。腹が減っては力が出ないのと同じ原理だな」


『そうだ。熟達した拳法家だろうが、鍛えていない少女だろうが、丹田で力を練るのはみんな同じ。……だからそこに寄生虫を這わして、身体を乗っ取る秘術があるんだよ』


「曲者がリナムにしようとした事が、正にそれか。そして察するに、その女はされた後」


『間違いない。ホントはもう実在しない秘術の筈なんだが……この娘を白眉が送り出したってんなら、白眉が密かに伝承してきたんだろ。剣合国の統一戦争のどさくさに紛れて、使えそうな術を懐に入れてたんだよ。アイツは……』


 シュラは丸薬を少女の臍に押し込もうとして、そこで止まる。

意味深な独り言を発する彼女の表情が、歯痒さを帯びていた。


「……伝承の過程はどうでもいいが、秘術を解除する方法はあるのだろう?」


『あぁ、この丸薬を腹に入れる。市販薬で普通に売ってるぞ』


 憂い顔は何とやら。シュラは靖破の問いに対してケロッと表情を変え、少女の丹田の位置目掛けて丸薬を押し込んだ。

普通ならかなり痛い筈だが、シュラの言う寄生虫は少女の痛覚まで操っているのか、少女は身じろぎ一つ見せずに天井を眺め続けていた。


「市販薬だと? そんなもので解決するのか」


『この秘術自体が秘匿中の秘匿だしな。案外そんなもんよ。それにこの丸薬を作ったのは何を隠そううちだ! 箱見てみろ! 蒼い髪の美女が目印になってるだろ! これうち!』


「……魔女印の虫下し……。確か製造元が」


『ケトにあるリシュターブ散薬だ。うちの名前まで語って今や薬界の老舗だもんな〜。うちの銅像ぐらい建ててもらわねぇと割に合わねぇって』


 余談だが、封印される前のシュラから虫下し薬その他薬品の製造方法を教わったリシュターブ散薬の祖は、ちゃんとシュラの金像を屋敷内に建てて代々祀らせている。


『…………ま、それはさて置き。じきに効果が現れる筈だ。この娘にとって、寄生虫に支配されてた時の方が天国と思えるような……地獄の拷問が始まるぞ……!!』


 何をしても何の文句も言われない玩具を前にして、シュラはドス黒い笑みを浮かべる。

方や靖破はと言うと、どうでもよさげに腰を下ろし、足を崩して暇を持て余し初めた。




場所は変わって地上。


「――と、いう事でまぁ……かつての監獄だった場所の地下牢を案内した訳です。上の階は見事に崩壊していたが、下の方は無事だった故」


「何を引いておるか祝覧。あの格闘魔女っ娘なら拷問の一つ二つは平気でするぞ。儂はそうだとわかっていた上で、あの曲者を差し出したのだ」


「兵や将校、軍に関する成人男性ならば、俺も拷問はやぶさかではない。だが年端も行かぬ少女を痛めつけるというのが……何とも不憫で仕方がなく……」


「フン……お前さんがそうして一人二人を庇ったところで、裏で何をやっているかわからん白眉の業の前には月とスッポン、薔薇とペンペン草だ。噂ではあの國が攫った子供は何百と数えても釣りがくるという。そして城の地下で、非道な実験を行っているそうだぞ」


 戦後処理の合間を縫って、祝覧と嶄條は拷問中であろうシュラのもとを尋ねていた。

経験豊富な嶄條が半ば達観している反面、祝覧はそこまで情を捨てきれなかった。


「……ここです。この下に靖破殿と魔女殿がおられる」


 祝覧が案内した場所は周りの風景と殆ど同じで、瓦礫の山と焼け野原だった。

しかし元は監獄なだけあって、広大な敷地を有するこの場所は周囲に民家も市場もなく、通りかかる者が誰もいないほどに隔絶されていた。シュラの要望通りの物件である。


「やれやれ……ここも例外なく派手にやられたのぅ。監獄なぞ破壊しても糞溜しか出てこんだろうに」


「生存者の話によれば、囚人の中で元気な者を兵士として駆り立てたようですぞ。そして元々の堅固な守りを活かし、避難民を匿いながら籠城したそうだが……それが却って連合軍の気に触ったのだと思われる。すべてを壊し、殺し尽くさねば気がすまぬほど、血に飢えていたのだろう」


 瓦礫の山を掻き分けた先にある開けた場所で、祝覧と嶄條は止まる。

ここが地下牢へと続く入口だ。今しがた祝覧が述べた生存者達は、ここに隠れて地獄の難を逃れたのだという。


「凶悪犯を収容するための施設が、まさか避難壕として活躍するとは。……何とも皮肉な話だが、実際に百人近い民が助かったのだから立派なものです」


「ナマハハハ! ものは使いようだな! ここを設計した者も職人冥利に尽きるだろう!」


 祝覧と嶄條は地下へ入る。中は監獄の一階床面積と同程度の広さがあり、シュラが使用しているのは一番奥まった部屋だ。


「ゔぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ーーーー!!?」


「おぅおぅ。早速やっておるな、魔女っ娘め」


 部屋に近づけば近づくほどに、正気を取り戻したと思える少女の悲鳴が木霊する。

だが祝覧と嶄條が渦中の拷問部屋を前にした時、少女の声は鳴りを潜めてしまった。


「……終わったか、それとも事切れたか」


 祝覧は渋い顔を浮かべながら扉を開ける。中は強烈な雌の匂いと血の香りが充満しており、色面積の逆転した白布に包まれた少女の前で、シュラが悪どい笑みを浮かべていた。


『どうしたんだよ、おっさん。うちは端から聖人なんかじゃねぇぞ』


「……存じている。……何か有益な情報は得られたか?」


『白眉の蟲だって確証が得られた。言うならそれだけだな。こいつ自身、あくまで組織の一匹に過ぎない軽い命だ。重要な機密は教わってないし、ただ命じられるがままに飛んできて、務めが果たせなけりゃ叩き落されるだけ。代わりは幾らでも居るんだろ』


「そうか……。白眉の闇、想像以上に深いと見た」


『昔っからそうだよ。あの手の連中は。周りが何て言っても効率重視。「人の尊厳や命なんて、生み出した利益で幾らでも補填してやる。だから補填して釣りがくるような成果を出せ」そんな考え方だ。だから効率重視になるんだろうな』


「卵が先か、鶏が先か……。ともかく純粋な和平を望めるような國ではないか」


『リナムを狙う國と仲良くなれる訳ねぇだろ。それと獅子面の爺さんは、ここに来てから何となく感じる事があるんじゃない?』


「魔女っ娘の言う通りだ。統治者不在の隙に、善からぬ者らが紛れ込んでおる」


 祝覧やロキは分からなかったが、嶄條ほどの大物ともなれば、不穏な気配から間者の存在を感知する事は可能だった。


「……流石は嶄條殿だ。不甲斐ない事に、俺はまったく気付けなかった」


「魔女っ娘ほど鋭くはないがな。それでも限界近くまで人口が減少した今の陽慶なら、普段より容易に把握できるものだ」


 城壁は崩れ城門も打ち壊されている陽慶は、間者からすれば入りたい放題のボーナスステージ。だが完膚なきまで破壊されたが故に、見つけやすくもあった。


「ナマハハハ、まぁ気にするな。普通はできん」


『その普通はできない感知能力で、見つけ次第始末してくれ』


「もう捕らえんでもよいのか?」


『有益な情報はないだろうし、時間の無駄だからな』


 白眉にとって間者の命は、所詮鉄砲玉のようなものだ。鉄砲玉を解剖したところで、何か新事実が出てくるとは到底思えない。


 嶄條も孫にあてがうつもりで玩具を用意する必要はなくなり、祝覧としてもひと思いに始末してやる方がまだマシと思った。






《一方でルーベルズ家の面々はというと》


「…………キクズナ。ものは相談なんだが……」


「どうしましたロキ隊長っ! 今日の晩飯ですか!?」


「いや、俺について回る不潔疑惑……とくに糞関係の印象を取り除きたいんだが」


「……フッ」


「鼻で笑うな」


「フンッ」


「だから笑うな。それも糞とかけてんじゃねぇよ」


「隊長……答えは簡単です。不潔と思われるものの逆を行えばいいんです。取り敢えず全裸になって清廉潔白を証明しては?」


「…………それありだな。清楚な女性を真似て胸も付けとくか」


「やめてください兄様。キクズナも変な事を吹き込まないで。普通に軽蔑します」


「……ダメだってよキクズナ」


「隊長の晴れ姿が見れると思ったのですが、残念です!」


 何が残念ですか、とリナムは半眼を浮かべる。祝覧曰く「そういう所だぞロキ殿」だ。


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