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陽慶軍のあるべき姿

「よし! それでは于雲鮮殿。次にこの陽慶を、迅速に復興させる策をご教授願いたい」


「承知しました。まず大虎という國は、皆さんもご存知の通り四方を他国に囲まれて、行動を起こそうにも中々難しい土地です。しかも現在、この國は大きく分けて三つの勢力に別れている為、纏まりに欠けています」


 三つの勢力とは即ち、虎忙、アダオウ、靖破だ。

于雲鮮が敢えてアダオウを別の勢力と見なしたのは、北鑑から見ても北部軍全体が虎忙を敬遠している様に映り、事実それを裏付ける間者の報告が多かったからである。


「北部軍については、長官であるアダオウの意向により、虎忙が継いだ大虎王家に義理立てしているだけと見ました。かの勢力は実際には中立の立場でしょう」


「その通りだ。俺はどうにかして、あの精強な軍団を味方にしたいと思っている」


「残念ですが、それは無理かと思われます。アダオウを筆頭に北部軍の将兵は、忠義に厚い無骨者が多い。大虎王家が存命な限り、彼等は形だけでもそれに従うでしょう。かと言って我々の方から虎忙を討てば、主君殺しと見られて味方どころではなくなります」


「それではこのまま何もしないと?」


「北部軍は忠義と同じぐらい、國防を重視すると聞いています。抑々の成り立ちが國家防衛の為なのですから、自分達の戦に誇りを持っているのでしょう。……この際、協力関係を無理強いして気分を害させるよりも、彼等には彼等の戦をさせておく方が、互いの気持ちに通じるものが生まれる筈です」


「……北部軍が進んで我々を攻める事はないだろうし、彼等の意思を尊重していれば、北から迫る楽羅に対しては全力で防いでくれるだろうな。敢えてこちらから和を求める事はしない……それもありか」


 協力関係の強化を望んでいた祝覧は、于雲鮮の唱える放置策も一つの手段と理解する。

その上で祝覧は于雲鮮に、先の石岳城解放戦の協力の見返りとして、楽羅が攻めてきた際は靖破軍も援軍を派遣する約定がある事を伝えた。


「成る程。両軍の間でそのような約束があったのですね。それこそ我々にとっては望ましい状況です。必要に応じて共闘し、さり気なく気遣う事で、武人同士が気持ちを通じ合わせるというもの。そうなればもう、北部軍は味方と言っても過言ではありませんよ」


「うむ。では北部軍には過剰な接触をしないという方針でいこう。虎忙陣営はどう扱うべきだろうか?」


「彼等とは逆の行いをすることです。虎忙ないし傅磑が世論に対して無理を通せば、我々は穏便に済ます。彼等が自分達を可愛がって臣民を蔑ろにすれば、我々は末端の兵士から貧民まで隈なく恩を施す。彼等が我々を陥れんとして流言蜚語を飛ばせば、我々は虎忙陣営の欠点を挙げて改善策を世に流す。このように人を想い遣ること常なれば、心有る者達は自然と牙殿の下へ馳せ参じるでしょう」


 于雲鮮の見解に、祝覧、リナム、嶄條は強い感銘を受けた。

特に祝覧とリナムは、今まで漠然としていた大義の示し方が、急に鮮明になった事を肌で感じた。


 于雲鮮の献策はまだ続く。祝覧をして、「亡命したばかり将軍の筈が、元から味方であったと錯覚する程」に。


「今述べたように大虎國内の主導権を握った上で、次に大事となるのが外交の力です。敵は少なく味方は多くが基本戦略となり、信頼できる榲とは同盟を結びたいところ。白眉とも和睦を求め、東西両面から外敵の憂いを除く事が理想です」


「うむ。それは俺も考えていた。既にロキ殿を榲國へ遣わし、白眉に関しても間者を使って内情を探っている」


「白眉の首脳陣には義理や人情が欠けています。徹底した合理主義の下、國の利益に繋がる事しか興味がありません。ですがそれを逆手に取れば、國益となる事には食いついてくるのです」


「白眉の利益となるもの……俺には想像がつかんな。あの國は正直に言って、何を考えているか掴み難いところがある」


「自分がまだ北鑑を出る前。白眉は大虎に向けて多くの刺客を放っている、という話をよく聞きました。暗殺ではなく、要人関係者を攫う為の刺客です」


 靖破、シュラ、祝覧、嶄條の四人が、ピクリと眉を動かす。

于雲鮮の話が根拠に欠ける噂話なんかではなく、実際の出来事として、リナムが二回ほど狙われたからだ。


 一回目はシュラの生み出したリナムの幻影で惑わし、二回目は陣中に紛れ込んだところを嶄條が生け捕りにした。

リナムはそれを知らされていないからわからなかった様だが、于雲鮮は靖破達の気配の変化から、この軍も標的にされたことを暗に悟る。


「……私の推測が正しければ、同じ被害に遭って既に落とされている城が、生ける大虎軍の中に存在します」


「北部軍管轄の陽堅か」


「お見事。流石は牙殿です。先の石岳城攻囲の折、何の動きも見せなかった陽堅ですが、あの城の中枢機能は白眉の暗部によって抑えられたそうです。不思議に思って裏で人を遣わし、信頼できる筋から得た情報です。まず間違いないでしょう」


「むぅ……そういう事だったのか。道理で動かなかった訳だ。……だが陽堅の守備軍全体が動けないほど、彼等は何を握られたのだろうか?」


「そこまで詳しくはわかりませんでした。しかし、“女狩り” と噂される白眉の暗部ゆえに、恐らくは陽堅城主 趙隕(チョウイン)の二人の娘が攫われ、人質になっているのだと思います。私生活の護衛が難しい、か弱い少女を攫うというのも、合理主義な白眉のやりそうなことです。

――それはさて置き、白眉が禁忌とされている人攫いに興じているという話、面白いと思いませんか? この情報を私達が世間に流すと脅せば、白眉は何と言ってくるか。由緒正しき剣合国に連なる知の名門國家として、その名の威厳を守るために、我々の要求を一つぐらい呑んでくれるかもしれません」


「ブッ! ッハハハハ!! ……成る程な! 于雲鮮殿も中々悪よのぅ。國の威信を揺すって和睦を求めるのか。矜持(プライド)にうるさい白眉からしたら、確かに國益のようなものだ」


「何の何の。堂々と暗部を抱える白眉王家の所業に比べれば、私の策謀などかわいいものですよ。

――ただ実行に移すにしても、もう少し確固たる証拠が揃ってからになると思いますから、今すぐ動ける訳ではありません。まずはかの國の動向に注意しながら、証言となりうるもの共を集める必要があるでしょうね」


『…………』


 素直そうな顔をして考える事は中々と腹黒い于雲鮮に、祝覧は高笑いを隠せなかった。

だが于雲鮮の才智は今しがた披露した策謀の才のみに非ず。寧ろ彼の真骨頂は、ここから先の話だった。


「そして最後に、失った國力を取り戻す為の、最善かつ効率的な策を献じます。……と言っても方針自体は至極簡単。内にあっては善政を敷いて民を労り、外にあっては港を大きく開いて産業を招き入れるのです。民が安心して働ける姿に國としての信頼が生まれ、信頼が生まれればそれを聞きつけた商人が遠方より足を運びます。そして流通と伝播の達人である商人の行き来が多くなれば、それだけ港から得られる富は増大し、噂を聞きつけて剣合国の圧政から逃れようとする民も後を絶たないでしょう。武力で勝ち取る戦果より数倍も有意義なものを得られること間違いありません」


 于雲鮮の語る富国強兵策は、自國の民で賄うものではなかった。強大な軍事力ではなく外交能力によって國を守り、剣合国の圧政に反抗する大義名分をもって外国より富や人を流入させる。

経済力は大虎の何十倍と噂される大国北鑑に於いて、中立派でありながら武弾派・文血派に引けを取らない実績を挙げ続けた、彼ならでは見識だった。


「……どうやら、俺は役に立ちそうにない話だな」


 不意に靖破が呟く。確かに彼の言う通り、于雲鮮の献策は靖破の性質とまったく噛み合っていなかった。


 しかし、于雲鮮は言う。それは大きな勘違いだと。


「何を仰るかと思えば “大虎の牙” らしからぬ弱気なことを。私の献策は皆、牙殿を “守護神” と見なした上のものです。役に立たぬどころか、貴方が居なければ絵に描いた餅で終わってしまうでしょう」


「復讐にとらわれた哀れな男が守護神か。えらく持ち上げてくれるな」


「第三者目線で事実を述べたまでです。……大虎に来てまで太鼓持ちなんて、そんなダサすぎる真似はしませんよ」


「…………リナム。今のは笑うところだったかね?」


「えっとぉ……祝覧将軍。どうなんでしょうか?」


「于雲鮮殿……まさかとは思うが、貴殿もそっち側か……!」


「ナマハハハハ!! 見事に滑ったわ!! よし、こちらに参れ。恥ごと叩き切ってやろう!!」


 素ボケか曲者か。真剣な話の中で突然繰り出されたしょうもないオヤジギャグに、靖破達は反応に困った。


「……失礼しました。ともかく、牙殿は大虎の民から不動の人気を博しています。牙殿自身が興味なくても、これは確かなことです。石岳城の戦いにおける貴方々の活躍ぶりは、北鑑軍の大敗以上に民の心を焚き付けた。武神崇拝の強い大虎の民が、牙殿に “守護神” 像を重ねたのです。故に、表現に誇張などありませんよ」


 常に軍の先頭に立ち、圧倒的武力で勝利を重ねてきた靖破。本人はそれをただの憂さ晴らしと言うが、絶えず勇気づけられた兵士や民衆の感じ方は全く別だ。

彼等はリナムやロキ、祝覧ほどに靖破の存在理由を知らず、無類の強さを見せる靖破を武神のごとく語ってきた。それが大虎中に瞬く間に広まった結果、于雲鮮が述べたようになったのだ。


「牙殿には是非、このまま民を奮わせる存在であり続けていただきたい。それが全てにおいて、良き結果をもたらす為の大前提になります」


「……まぁよかろう。別段、何かを変えるつもりはない。解放者でも守護神でも、お前達の好きなように扱うといい」


 どうでも良さげに反応する手前、靖破はリナムを一瞥して断れないと本能的に察した。

なぜなら靖破を見つめるリナムが、恰も自分が絶賛されたかのように目を輝かせ、興奮気味に両手を小さく揺らしながら胸を踊らせていたからだ。


 これを見て嫌だと言うのは、いかに感情が欠落した靖破といえども無理だと解った。






《我等、祝覧を困らせ隊!!》

 ロキが居ないからといって、祝覧の心労が絶えることはない。

彼はことここに至って、常識人たる于雲鮮の肩に手を当てる。彼に同じ役柄としての、絶大な期待を寄せているのだ。


「つまるところを申せば、ボケばかり集まって俺の胃に穴があきそうだ! ツッコミ役の補佐をお願いしたい!」


「……フフ、フーフフ! すみません祝覧殿。実は俺もどちらかと言えば、ボケなんですよ。胃に穴が空きそうなんで、胃腸に異常(イチョウ)ありーってね」


(なあぁぁぁっ!!?)


 心の中で絶叫する祝覧。于雲鮮の笑みは、なんとなくロキに似た風を吹かせていた。


 うおおおお!! 于雲鮮に続けーー!! 我等、祝覧を困らせ隊!!


靖「祝覧、飯はまだか?」→悪ノリ


祝「……普段食わない御仁が何を言うか。霞でも食べておられよ」


嶄「ナマハハハ! 祝覧、暇だのう! 退屈だのう! 隣国にでも攻め込むか!!」→ボケ


祝「……それは流石に冗談であってほしい。今そんな出兵をすれば、我々は詰むぞ」


リ「祝覧将軍。食事の支度なら私がしますから安心してください!」→純粋


祝「…………そうだな。そうさせてくれ」


于「祝覧殿。腹が減ったので退屈凌ぎに俺も飯を作ります」→ボケに悪ノリする常識人


祝「おい……わかっててやるのは一番質が悪いぞ」


 祝覧は吐く一歩手前まで来ていた。そんな彼の前に、今度はマドロトスが歩み寄る。


マド「気にするなよ将軍! なやむだけつかれるぜ!」


祝(子供が一番まともだというのが、とんでもなく虚しいな……)


 最後の救いは一番下の年少者だった。祝覧はお菓子をあげる事で、マドロトスを餌付けしようと考えたという。


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