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死神を前に降将はなにを思う

 靖破の許しを得た張侍は、朝日が昇ると同時に眞城へとんぼ返りした。

そして鐘鬼と入れ替わり、鐘鬼は于雲鮮を連れて陽慶に向かう。


 陽慶では既に、祝覧が城外まで出迎えに来ていた。


「于雲鮮殿、よくぞ参られた。この軍の参謀を務める祝覧だ。以後宜しく頼む!」


「お初にお目に掛かります。張侍殿から貴方とリナム殿が、私の助命嘆願に尽力してくれたと聞きました。亡命の賊将に過分な恩情、ありがとうございます」


「自分を卑下する事はないぞ。張侍殿から一通りの事情は聞いている。災難だったな。

――さぁ、我等の大将が待っている。豪華な饗しは何もできんが、貴殿の一族が困窮するような真似はせぬ故、安心してついてきてくれ」


 于雲鮮は祝覧に一礼すると、案内に従って陽慶へ入った。

彼は北鑑連合軍によって崩された城門を肩身狭く通過し、一面に広がる城内の惨状を眼に収めるや、更に息を詰まらせる。

略奪・破壊・陵辱が平常運転の姜純・奚笵軍に属し、その行動に眉根を寄せていた彼でも、陽慶の終末具合は引くレベルだった。


(……骨身を惜しまず働く人達には悪いが、これは都市の崩壊点を優に超えている。復興しようものなら國が傾く事さえありえるな)


「于雲鮮殿。俺は軍事には自信があるが、所詮武人あがりの将軍にすぎん。国家内政に関してはまだまだ未熟者だ。……それ故に率直に教えてくれ。この陽慶を、地方都市の基準まで蘇らせる事は可能だろうか?」


「!! …………そうですね……。仮に貴方々が大虎全域を掌握したとして、以前の國力の三分の一まで回復したとしましょう。その状態で限界まで財をつぎ込み、人員を回し、隣国が攻め込まないと仮定しても、五年や十年で期待できる水準までいくかどうか……という感じですか。

――それに國をあげての復興事業となれば、白眉や楽羅が黙ってはいません。膨大な國庫を消費する前……厳密に言えば、國を奪い取る価値が無くなる前に攻め寄せる筈です。……無礼を承知で馬鹿正直に言ってしまえば、この激動の時代を乗り切れる城ではないでしょう」


「やはりそうか……。薄々感じてはいたが、内政の玄人に断言されてしまうと頭痛が増す思いだ」


 軍事以上に政治を得意とし、その実績が他国にまで鳴り響いている于雲鮮。

彼の目からしたら、今の靖破軍に陽慶の復興は無理難題を通り越して自殺行為だった。


「ですが、方法は零ではありません。やり方次第では陽慶を蘇らせる事も可能ですよ」


「本当か!? それはいったい、どの様な」


 祝覧が興奮気味に尋ねようとして、于雲鮮は自らの口の前で人差し指を立てた。

その意味を察した祝覧は、自分が武人あがりの将軍である事を改めて痛感する。


「誰が聞き耳を立てているかわかりません。秘中の策は大虎の牙殿に会ってから、改めてお話します」


「おぉ……! そうだな。では善は急げだ。早く靖破殿の許へ向かおう!」


 視野が広く策士肌の于雲鮮と、祝覧は早くも意気投合した。

祝覧の軍略の師であるルーベルズ・ジオンは、于雲鮮の父 于雲夏と古くからの盟友。そこから于雲鮮と祝覧は互いの名前こそ知っていたが、実際に会った事はなかった。


 今思えば、もっと早くに出会えなかった事が口惜しく感じたという。


 于雲鮮はやがて、靖破軍の臨時庁舎に辿り着いた。

雑な増設と連結が目立つ木造平屋建ての、こじんまりとした建物だった。


「ここが現在の活動拠点だ。少々散らかっているが、貴殿をいい加減にあしらうつもりで汚い訳ではない事を、予めご理解いただきたい」


「気にしていませんよ。寧ろここだけ立派だったら却って疑うところです」


 祝覧としては、賢人を迎え入れるのに相応しい建物を用意したかった。

だが于雲鮮の言う通り、まともな建物を探すのが難しい状態の陽慶に、そんなものは不釣り合いも甚だしい。自分達が最優先かと思われてしまうだろう。


「靖破殿、祝覧だ。于雲鮮殿をお連れした」


 祝覧が先頭になって進み、執務室の扉を開ける。

中では靖破と嶄條とリナム、そして暇を持て余したシュラが居た。


「元北鑑の将、于雲鮮にございます。先の戦では愚かにも刃を向け、ルーベルズ・リナム殿を害せんとしたにも拘らず、こうして帰順を許してくだされました事、感謝の念に堪えません。以後は靖破将軍に忠誠を誓い、北鑑への尖兵となることも厭いません」


 于雲鮮は靖破の眼下に音もなく跪いた。

武勇を感じさせる鳶色の髪は、一本の乱れもなく綺麗に整えられている。身に纏う重厚な軍服は白を基調色として、朱色の線が左右対称に走る格式高いデザインだ。

それは追放された敗軍の将とは思えない立派な出で立ちであり、名門出身かつ知勇兼備の将軍として、勇名に恥じない姿であった。


「……この軍の大将、靖破だ。……まず先に言っておくぞ。お前の加入は俺の本意ではない。祝覧とリナムが助命した故、生かしたまでだ。礼なら二人に言え」


「はっ。皆様の御恩には、私の全力を以てお応えします。来る北鑑との戦に於いて、必ずやお役に立ってみせましょう」


「……祝覧。挨拶はこれぐらいでよいか? 後は任せるぞ」


「うむ、承った。……于雲鮮殿。靖破殿はあの様に言ったが、本心では貴殿を頼りにしている。冷たい挨拶だったが、それは北鑑への復讐と良心の狭間に揺れているだけだ。気にする事はないぞ」


「靖家の。祝覧が勝手に何か言っておるぞ。頭と口を交換した方がよいかもしれん」


「嘘も方便だ。参謀殿は言葉巧みに人を動かすのが好きなのさ」


「……よいか于雲鮮殿。この軍に居ると、あの様なヤジが飛んでくることが多々あるが、気にしてはならん。俺の言葉に偽りはない故、流されてはならんぞ」


「聞いたか、嶄條よ。俺達の言葉は嘘偽りだらけらしいぞ」


「ひどいのぅひどいのぅ。かたなでうったえてやるのぉ!」


 靖破と嶄條。シュラに次いで鬼神と恐れられる二人が、今日も祝覧を困らせる。ロキが居ないからといって、彼の心労が絶えることはなかった。


『……で、おっさん。そいつの役目は? うちも靖破と同じで、そいつにあんまり好感を持ってねぇ。うち等の傍に置くってのは勘弁だぞ』


 腕と足を組みながら壁にもたれ掛かっているシュラが、如何にも不機嫌そうに問う。

いつになく真剣な面で会話に入ってきた事に、祝覧は若干動揺したものの、これはこれで助かるとばかりに本題へ移る。


「于雲鮮殿には張侍・鐘鬼隊の守る萓九(ギク)・萓乗(ギジョウ)の後詰めを担当してもらう。彼の用兵や軍略は父譲りの鋭さだ。前線の二城やこの陽慶に不測の事態が発生した際、遊撃隊として動くのに彼ほどの適任者は他にいまい」


『ふぅーん。まっ、おっさんに任せる。うちからは以上だ』


 シュラはそうとだけ言って、マドロトスの遊び相手に戻った。

すると今度は于雲鮮が問う。シュラから歓迎されていない事に関しては、致し方なしという風に捉えている様だった。


「……具体的にどれだけの兵を預けてもらえますか? 陣中には父さんの部隊から降った兵士も在籍していると聞きましたが」


「于雲夏隊の投降兵はざっと千人程度だが、さすがにそれだけでは足りんだろう。他に降った元北鑑兵二千も加えて、三千といったところか」


「……それであれば、今一つ献策してもいいですか?」


「うむ、何なりと献じてくれ」


「父さんと一緒に撤退する際、大虎領内には戦に敗れた後、逃げ遅れて潜伏している北鑑兵が多く居ると報告を受けていました。彼等の殆どは今、食うに困って野盗と化しているでしょう。それを呼び集めて戦力を補強したく思います」


「なるほど。本軍の撤退に置いていかれた敗残兵を募るのか。……無理に残党狩りをするより、効率的に治安の回復も図れるな」


「元が兵士ですから即戦力にもなります。どうでしょうか?」


 于雲鮮の声は靖破に向いていた。逆に靖破は祝覧を見る。祝覧は小さく頷いた。


「靖破殿さえよければ、俺は于雲鮮殿の策を採用すべきと思う」


「……よかろう。自分の兵ぐらい好きに集めるといい。だが、それをどう扱おうがお前の勝手だが、背こうものなら容赦はせんぞ」


「⁉ ……早速のお聞き届け、感謝します!」


 于雲鮮としては、靖破軍の一部隊を増強するという認識だったが、靖破本人は于雲鮮の私兵隊をどう形成するかという捉え方だった。


(降ったばかりの将軍が私兵を集めたいと要求し、それをいとも簡単に許可する大将か。ただ単に牙殿が無関心なのかもしれないが、俺の目には少なからず、牙殿の豪胆が示す強者の余裕に感じる)


 于雲鮮から見たら、靖破の判断は「器が広い」という風に映った。

かくして于雲鮮は、靖破の軍門に下った。以後、彼は祝覧と共に靖破軍の「知」を司る存在となる。






《知勇兼ね備えし禽武の後継者 于雲鮮》

 北鑑の名門于雲一族の生き残り。于雲夏の次男。30歳。妻と3人の子供がいる。

文武両道・政戦両面に長けた万能将軍。于雲夏譲りの大らかさも併せ持ち、高い用兵技術に加えて、広域を見通す戦略眼にも優れている。

しかし、本人は軍事よりも政治に名を残す事を望んでおり、自身の軍事的才能は秩序を守るための抑止力と思っている。


フルバスディの下で影響力を高めた姜純の大軍団に組み込まれたが、于雲鮮本人は馴染むことはなく、数歩離れて行動していたようだ。

その為、于雲一族の危機に際して、他の姜純派の武将からも見捨てられる形となった。

といっても、北鑑国内において人望がなかった訳ではなく、真っ当な武将達とは良好な関係を築いていた。惜しむらくは、その大多数の将軍達が先の決戦で討ち取られていたり、南方諸国や文血派の対応に派遣されていたことだろう。


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