名将の亡命
靖破とバルチャーが眞の件で折衷案を話し合っている時。肝心の眞城でも、別の将軍が靖破を頼りにしてきた。
「于雲鮮殿!? その姿はいったい何があった!?」
「鐘鬼殿……。我が父と縁があった貴方を見込んで、頼みがある。一晩でよいので、俺達を匿ってはくれないだろうか……」
「勿論だ。事情はゆっくり話してくれればいい。すぐに馬車を用意致す」
国境警備隊に保護され、城の南門に現れたのは于雲鮮と彼の一族郎党であった。
もはや精根尽き果て、頼りになる男達は皆揃って負傷している有様。
それでも一族の殆どが離脱せず、老若男女ともに大虎の地へ渡ったところに、かの一党の底力が垣間見えた。
鐘鬼は彼等を手厚く迎え入れ、城内の一室で張侍とともに事情を聞くことにした。
「――すると武弾派の奴等は、于雲鮮殿を見殺しにしたのか!? なんて奴等だ……!」
「……よくそんな状況でここまで来れましたな。于雲夏上将の城から大虎の国境まで、最短でも五つは城を越える必要があっただろうに」
「……殆ど経清殿のお陰だ。俺達だけでは、とても越えられるものではなかった」
「その経清殿は、何処に?」
「緋汰城を越える際、出撃してきたムラサキの軍勢と、姜純から俺達を守る為の殿となって……未だに合流できていない」
「緋汰城のムラサキ、それに姜純……。同じ穴のムジナという訳か……」
「敵になるぐらいなら殺してしまえって考えか。腹が黒くて嫌な奴等だぜ!」
元北鑑の将軍同士、端的な説明だけで事足りた。
後はこれからの事だ。鐘鬼は薄々感じてはいたが、念の為于雲鮮に確認する。
「……それで、これからどうするおつもりか。白眉や楽羅に亡命するのであれば、以前の誼で可能な限り協力するが?」
「……一度、“大虎の牙” 靖破に会わせてもらえないか? 俺としては望み薄だが、経清殿は彼を頼れと励ましてくれた」
「……望み薄か。確かに于雲夏上将と我等が大将 靖破殿は、何度も合戦している。怨敵の息子である于雲鮮殿は迎えられにくいかもしれん。だが、そこはオレ達がなんとか取り持つつもりだ。安心されよ」
「あぁ、既に俺や鐘鬼、バラガスも居る。昨日の敵が今日の友って前例はあるんだ。そこに天使ちゃんの鶴の一声があればなんとかなるだろ」
「…………それがな、そのリナムという令嬢を……俺は戦場で後一歩の所まで追い詰めてしまったんだ。靖破の宝物がかの令嬢だとすると……俺は……」
「「………………」」
張侍と鐘鬼は知らなかったが、于雲鮮は牟区市の戦いでリナムの本陣まで迫り、彼女の心の叫びを聞きつけた靖破とシュラに追い散らされた事がある。
感情が希薄とはいえ、それを靖破が覚えていない筈もなく、于雲鮮の自供に張侍と鐘鬼も不安を覚えざるを得なかった。
「……では于雲鮮殿はここに居られよ。先ずはオレが貴殿の帰順を願い出て、駄目なら秘密裏に使者を飛ばす。張侍殿はそれを待ってから于雲鮮殿を逃してくれ」
「ん~~、大将がその気なら、使者が到着する前に本人がここまで来そうだな」
「ならばリナム殿に赦しを請い、彼女から大将 靖破にとりなしてもらうのはどうだ?」
「天使ちゃんに会うってのは大将と格闘魔女に会うのも同じなんだよな。あの三人常に一緒にいるし。……天使の傍だけは純粋に羨ましいぜチクショー」
「……ではもう、張侍殿が直接説き伏せに行ってくれ。オレと于雲鮮殿はここで待つ」
「了解、っとくら。まぁ運任せってのも案外上手くいくもんだしな。気楽に待っててくれ。んじゃ早速行ってくるわ」
さも他人事のように反応する張侍に、鐘鬼は半分ほど思考を停止した。
だが張侍は張侍で、于雲鮮の亡命が許されるという確信に近いものを持っていた。
彼は早速陽慶に向かい、鐘鬼の思惑に反して先ずは祝覧に相談する。
「祝覧殿! 実は斯々然々で…………」
「うむ。張侍殿、実は俺の方からも斯々然々あるのだが…………」
張侍は祝覧に、于雲鮮が俺達の許へ亡命してきたので、彼の帰順を靖破に許してもらう際の力添えを頼む。
方や祝覧は張侍に、バルチャーから眞城と丘霜城の交換の申し出があったので、眞城からの撤収作業を頑張ってもらいたいと頼んだ。
「うむ! 互いの利が一致したようだ。今すぐ靖破殿に判断を仰ぐとしよう」
「于雲家とルーベルズ家の誼にも縋るという事で、行きますか」
祝覧は于雲鮮の亡命を、戦略的な面で大きく後押しすると約束した。
二人は善は急げとばかりに靖破の許へ向かう。
「……祝覧、張侍。何か用か? リナムなら今、魔女に遊ばれているぞ」
折しもリナムとシュラが入浴中で、靖破は風呂場の門番を務めていた。
奥の洗い場からは、挿れられたり舐められたり揉まれたりしているリナムの喘ぎ声が、時々うっすらと聞こえてくる。
祝覧はいつも思う。これは大将の仕事なのだろうか……と。
方や張侍は、役得に居座る靖破を羨ましがった。
「…………于雲鮮? 誰だ、それは」
「「なぁぁっ!!?」」
タイミングが悪いと思った張侍が出直そうとするも、祝覧は靖破が于雲鮮の事をどう思っているかだけ確認しようとした。
そしたら何と、靖破は于雲鮮の存在を記憶に留めていなかった様子。
祝覧は牟区市の戦いでリナムの本陣に迫った騎馬隊がいた事と、何度も対戦した于雲夏の息子である事を簡潔に説明する。
「……あぁ、そういえばいたな。魔女を纏った俺の一撃で退散した奴が」
(漸く思い出したところを見ると、靖破殿はリナム殿が危険に曝された事を恨んでいなさそうだな。これならすぐに……)
「あの時はリナムの安全を優先して見逃してやったが、もし俺の前に現れるような事があれば今度こそ切り殺してやる」
(なあぁぁーー!? ダメかぁぁっ!!)
心の中で叫ぶ祝覧。張侍もやべぇといった感じで頬を引き攣る。復讐の鬼と化しただけあって、靖破は根に持つタイプだった。
『おい男ども。風呂場の前で群れて何やってんだ。まさか覗きじゃねぇだろな?』
そんな矢先、リナムと色違いの花柄の寝巻を纏ったシュラが、脱衣室から姿を見せる。
身だしなみを整えてきちんとしているリナムに反し、シュラは所々乱れて足や肩が露出していた。柄は同じでも、二人の性格の違いから全く別の花が咲いた様だ。
「ちょうどよい。魔女は覚えているか? 牟区市の戦いでリナムを討ち取ろうとした北鑑の将軍がいたことを」
『確か于雲夏って奴の息子だろ? 覚えてるよ。ロキが中々に優秀な奴だって言ってた。
――うちのリナムを襲うなんて万死に値する。あの時は見逃してやったけど、もしうちの前に姿見せたらけちょんけちょんにして豚の餌だ』
「祝覧と張侍が現れたからには、そのけちょんけちょんにして豚の餌になる男が亡命してきたようだ。おそらく敗戦の責を一身に背負わされてのことだろう」
『よし! ぶっ殺してやる! 張侍、そいつ連れてこい!』
「えぇっ、問答無用かよ……。少しは考えてくれよ」
靖破は元々れっきとした武人なだけあって、事態を察するのが早かった。
そしてシュラも、状況を把握するなり即処断する気だった。
「待ってください! 于雲鮮将軍が私を狙ったのは、戦だから仕方なかったことです。私は于雲鮮将軍を恨んではおりませんし、将軍を恨むのもお門違いだと思います」
張侍が困り顔を作るや、すかさずリナムが諫言する。シュラの玩具にされてまだ顔は赤いままだが、思考は既に切り替わっていた。
「それに、頼りにしてきた将軍を殺めるなんて事をすれば、靖破様の信頼に傷がつきます。そうなれば次から降伏する者はいなくなり、結果として敵を増やすだけです。張侍様と鐘鬼様の部隊にも、既に投降した于雲夏将軍の兵士が多く配属されています。于雲鮮将軍が誅されたと聞けば、彼等は必ず反感を抱くでしょう。間違っても于雲鮮将軍を粗略に扱ってはいけないと思います」
「靖破殿。俺の考えもリナム殿と同じだ。于雲一族は北鑑でも十本の指に入るほどの名門中の名門。それを一族郎党に至るまで処断するのは余りにも不利益だ。民衆からの支持は得られず、我々の大義も嘘だと言われ、降伏した元北鑑の将兵からも不信感を招くだろう。
――ここは大海の如き広い器を示し、于雲鮮を厚く遇するべきと思われる。北鑑を討つ為に、彼は戦略的な面のみならず、実力・名声ともに必要不可欠な人材だ。祖国に見捨てられた彼が白眉や南方の諸国ではなく、我々の許へ来たのは正しく天佑! 北鑑は自ら滅亡のきっかけを作ったと言っても過言ではない」
「…………リナムと祝覧がそれが良いと言うのなら、そのようにしたまえ。……ただし、俺は面倒を見んぞ」
「うむ。そこは俺に任せてくれ。靖破殿の手を煩わせはしない」
靖破の存在理由的に、北鑑の将兵は善も悪も関係なく怨敵である。故に北鑑の者達へ恩赦を与えるのは、自らの存在を否定しているも同じであった。
その事を知る祝覧とリナムは、靖破の英断に深く感謝を示す。張侍もホッと胸を撫で下ろし、靖破に改めて一目置いた。
『……仇敵と戦う為の必要措置として認めるが、忘れるなよ。お前は降伏してきた奴等と和気藹々していい奴じゃない。人の心を取り戻した途端、うちもお前も存在できなくなるんだからな』
(言われずとも理解している。だが、リナムの前で必要以上に殺すなと言ったのは魔女が先だ。お前とて、この子が壊れる訳にはいかんのだろう?)
『……わかってんならそれでいい。そのまま狂ってろ』
心の中で念話する靖破とシュラの言葉は、周りの誰にも聴こえない。
ただ靖破は、嬉しそうに自分を見つめてくれるリナムの笑顔に、理解できない満足感を抱き始めていた。




