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于雲一族の悲劇

定家葛(テイカカヅラ)の月下旬 于雲夏の居城


 石岳城の戦いから一月後の事。北鑑国内にて遂に内戦が勃発した。

文血派の中でも特に過激派と目される将軍達の軍勢が、中立派の于雲鮮を急襲したのだ。


 この時、于雲鮮と兄・于雲恭、そして彼の一族は、経清が持ち帰った于雲夏の首を弔うべく一堂に会していた。

そこを狙っての攻撃か、はたまた偶然かはさて置き、自分の軍を連れていなかった于雲兄弟は、僅かな守兵での圧倒的不利な防衛戦を強いられた。


「鮮様! 鮮様ッ!! 恭様がたった今……南門にて壮絶な討ち死にをなされたと……!!」


「兄さんが!? ……誰だ! 誰に殺られた!!」


「僞晏(ギアン)将軍配下の百危囊(ヒャクキノウ)に討たれたそうにございます!」


「百危囊……! 奴め、父さんに助けられた恩を忘れたか!!」


 勇猛な魔人も抱える文血派の軍勢数万に対し、于雲一族の兵数はたったの三千。勝敗は火を見るよりも明らかであった。


「于雲鮮殿! 遅くなって申し訳ありません! 敵中を突破するのに少々苦戦しました」


「経清殿か! よくぞ無事に戻ってきてくれた。貴女がいれば千人力だ。……それで、北西にいる筈の李歐(リオウ)軍とは連絡がとれましたか?」


 于雲鮮達が急襲を受けたと同時に、経清は隣領の李歐将軍の許へ、援軍の使者として遣わされた。

李歐は武弾派に属しているが、于雲夏とも親しき仲にあったばかりか、北鑑の名門・李氏に連なる将軍として実力のある兵団も有していたのだ。


 しかし、于雲鮮最後の希望とも言える問い掛けに対して、実際に李歐の城へ行った経清は表情を曇らせる。


「……李歐将軍は軍を率いて城を出ていました。もうこの地まで侵入しております。ですがそれは、我々を救う為ではありません」


「何っ!? それはどういう意味ですか!?」


「彼等は駆け寄った私を見るなり矢を射掛け、追手まで差し向ける始末。思うに李歐将軍は文血派と裏で繋がり、于雲鮮殿を見殺しにする代わりに、于雲夏殿の旧領の北半分を獲得するつもりでしょう」


「な……そんな、バカな話が……!? 父と李歐将軍は、親しい仲だぞ!?」


「敵意は明確です。私が李歐軍の本陣へ向かう途中、二つの支城が既に攻められておりました。北か西の城壁に登れば、救難信号が確認できると思います」


 言われて于雲鮮は、急転直下の戦況の中で右から左に流された報告を思い出す。

誤報だ何だと数秒だけ騒がれて終わったが、確かに経清が言った通りの内容だった。


「これは私の勝手な推測ですが……于雲鮮殿は武弾派と文血派の全面衝突を避ける為の、生贄にされたのです。于雲一族を削るという文血派の願望を姜純ないしフルバスディが呑み、その見返りとして領地の半分を接収する事で丸く収めるというのが……敗戦後の今、文血派と争う訳にはいかない武弾派にとって最善の妥協策ではないでしょうか。……おそらく、いくら耐えても援軍は来ない筈です」


「そんなバカな事があるのか……!? 俺達は代々国に尽くし、大虎との戦では死力を尽くして戦ったんだぞ! 父さんもそれで戦死して……その弔いすら許されないまま、味方から見殺しにされるなんてバカな事があるのか!!?」


「今の北鑑は忠節に応えられる国ではないのでしょう。王君は病弱で臣民の前に立てず、フルバスディとガレオーダによって国政が左右されています。両派閥に属する者達も、崇高な志を持てぬ者ばかり。そのような国と呼べるかも怪しい土地に、于雲鮮殿の居場所はないのかもしれません」


 進退窮まり絶望の表情を浮かべた于雲鮮に、経清は無情な現実を諭すように語った。


「鮮様っ!! 敵が城内に侵入しました!! 直にここまで迫る勢いです! 今のうちに脱出を!」


「脱……出? ……は、ははは! もはや何処に逃げろと言うんだ。この世は……クソだ。クソは何処へ行っても、クソのままだろ」


「于雲鮮殿! お気を確かに!」


「経清殿……不甲斐ない一族で、申し訳ない。貴女の強かな誠意に、何一つとして報いることもできず……」


「っ……! まだです! 貴方々の味方は、まだここに居ます! 私が死力を尽くして于雲鮮殿を国外へ逃します! 今すぐ脱出しますよ!!」


「だから何処へ逃げると……」


「頼りになるのは “大虎の牙”!! 彼の下に亡命する他ありません! 言いたい事は承知の上で、今だけは私を信じて下さいっ!!」


「大虎の牙……父さんが何度も挑み、その度に苦渋を飲まされた契約者。ははっ……経清殿は面白い冗談を言われる。亡命先を挙げれば、南方の諸国や白眉もあるだろうに、あろうことか父さんの仇がいる大虎とは」


「白眉への道は李歐軍によって固く閉ざされております。それにあの國はいつ態度を変えるかわかりません。亡命に成功しても、毒を盛られるか北鑑に送還される可能性もあります。南方諸国は遠い上に国力的にも頼りにならず、完全に反旗を翻している訳ではありません。北鑑と戦う意志を明確にもった國でなければ、于雲鮮殿はどこへ行っても追われてしまうのです」


「せ、鮮様っ!! 経清殿!! 敵がもうそこまで来ております! 早く!!」


「……討ち死にしよう。この世に、俺の場所はないのだから」


「于雲鮮殿!! “人の生には意味がある。故に生きる事を諦めてはならない”!! 一族を追われて海で死を受け入れようとした私に、貴方の父がかけてくれた言葉だ!!」


「父さんの……言葉……」


 于雲夏が経清を生かす為に放った言葉を、今度は経清が于雲鮮に語る。

その時于雲鮮の目に、僅かながらではあるが生気が戻った。


「突撃隊、準備は出来ているか! 今すぐ出るぞ! 先頭は私が駆ける! 護衛隊は于雲鮮殿と彼の妻子、一族の方々を優先してお護りしろ!!」


「「「オオォォォッ!!」」」


 脱出の手筈は既に整っていた。経清は小隊の先頭に立って北門を出るや、瞬く間に敵を蹴散らして血路を開く。その後から于雲一族を守る護衛部隊が出撃し、彼等は大虎へ向かって亡命を開始した。

これが北鑑にとって、血で血を洗う争乱の幕開けだった。






《暦について。一年=何箇月? 月毎の名称についても》

この世界の一年は六十箇月で構成される。一月は約三十日、一日は二十四時間のまま。

人の成長は所謂 “エルフ” 並に遅く、寿命も現代社会を生きる読者の五倍である。非現実的な面はご愛嬌の上、理解頂きたく。

月毎の名称については以下の通り。


第1〜5月まで 水仙、黄梅、薺(ナズナ)、満作、藪椿の月。


第6〜10月まで 福寿草、梅、山茱萸(サンシュユ)、柊南天、沈丁花の月。


第11〜15月まで 玄海躑躅、春蘭、辛夷(コブシ)、連翹(レンギョウ)、著莪(シャガ)の月。


第16〜20月まで 花梨、八重桜、紫蘭、牡丹、白詰草の月。


第21〜25月まで 薔薇、芍薬、定家葛、金鶏菊(キンケイギク)、立葵の月。


第26〜30月まで 花菖蒲、夏椿、桔梗、梔子(クチナシ)、凌霄花(ノウゼンカズラ)の月。


第31〜35月まで 鳳仙花、向日葵、百日紅(サルスベリ)、浜朴(ハマボウ)、秋桜(コスモス)の月。


第35〜40月まで 芙蓉、菊芋、鶏頭、葛、孔雀草の月。


第40〜45月まで 韮、杜鵑草(ホトトギス)、彼岸花、見(ミセバヤ)、金木犀の月。


第46〜50月まで 藤袴、茶、山茶花(サザンカ)、石蕗(イワブキ)、十月桜の月。


第51〜55月まで 柊、八(ヤツデ)手、枇杷、浜姫榊(ハマヒサカキ)、寒椿の月。


第56〜60月まで 木瓜(ボケ)、蛇ノ目、雪ノ下、金ノ木、蠟梅(ロウバイ)の月。



余談ながら、同じ世界の何十年後を記した小説「大戦乱記」は、福寿草の月から白詰草の月までの出来事。約十五ヶ月間の物語となっている。


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