貴方に甘えられる一時に感謝を
「……ん……んぅ…………ここは……?」
『ようリナム。よく眠れたか?』
「シュラ様? 私、いつの間に寝ていたのでしょうか?」
『……寝たんじゃない。過労で倒れたんだよ』
「えっ? 倒れたって……本当ですか? 私の記憶にはなくて……すみません」
『……そんだけ働き詰めだったって事だよ。別にリナムが謝る事じゃねぇ』
リナムは自分が倒れた事を自覚していなかった。
現時刻は朝の七時頃。彼女が倒れてから優に半日以上も経過していた。
『……熱はまだあるな。体の方はどうだ? 少しは楽になったか?』
「はい。もう大丈夫です……! 心配をお掛けしました。すぐ政務に戻ります」
『熱があるって言ってんだろ。大丈夫な訳あるか。……正直に言えよ』
「……まだ少しだけ重いですが、前に比べて幾分も楽になりました。充分働けます」
『……食欲はどうだ? 今なにが食いたい? 肉か?』
「お肉……そうですね。お腹が空いているので、お肉をたくさん食べたいかも」
『……もう一度聞くぞ。体は大丈夫か? 本当に嘘ついてないだろな?』
「本当です。もう心配いりません! それよりも溜まっている業務をこなさなければ」
シュラの問診を前に、リナムは明らかな作り笑みを浮かべていた。
人の機微を素早く察する魔女は、リナムの嘘を即座に見破った。我慢強く真面目で誠実な彼女に、シュラを欺ける程の嘘がつける筈なかったのだ。
『…………なぁ、リナム。ちょっといいか』
「はい、なんでしょうか……わっ!? ちょっとシュラ様!? 突然何を!? い、いや……」
ここまで言って尚も嘘をつくリナムに、シュラは怒りを覚えた。
心に鬼を宿した魔女は問答無用でリナムの布団を撥ね除けるや、彼女の上に跨がって服を乱雑に剥ぎ取る。その様は屈強な兵士が村の生娘を犯さんとしているようだった。
無垢な裸体を露にされたリナムは顔を真っ赤に染め、咄嗟に手で隠そうとするものの、それをシュラの細腕が瞬時に阻む。
見た目に反しすぎる豪腕に、リナムは為す術もなく拘束されたのだ。
『幾分も楽になったのは確かだろうよ。それでも充分動けるほど回復はしてない筈だ』
「そんな……嘘ではありません。少し体が気怠いだけで……」
『風呂の度に、お前の体を隅々まで調べてたのは誰だ? 倒れたお前を介抱して、半日で目を覚ませるぐらいまで回復させてやったのは誰だ? 今やお前の体の事はうちの方が詳しいぐらいだぞ。それでもまだ嘘つくってのか?』
健康とは言い難い痩せた体に、シュラが加虐性欲を覚える事はなかった。
荒々しいスキンシップを受け入れる程よい肉付き。刺激に対して敏感に身悶えできる気力。桃色の吐息とともに快楽を表現する素直さ。
それらがあって始めて、シュラはリナムの裸体に満足し、彼女の蜜に舌鼓をうつ。しかし今のリナムには、何一つとしてないのだ。シュラの怒りはそこを起点とした。
方やリナムは、羞恥心を忘れて不甲斐ないような顔を作り、目に若干の涙を浮かべる。
『世話焼いてもらってるうちが言うのは、間違ってんだろうけどさ……うちはリナムに、ちゃんとした休養をとってほしいだけだ』
「…………」
『ずっと気にはなってたんだよ。戦術や作戦、現場指揮におっさんが付きっきりになってるのに、うち等の兵站っていうのか? ああいうのが絶えず補給され続けてるのはなんでだろなって。リナム、お前がうち等に付いてあっちとこっちと走り回りながら、昼も夜も事務作業こなしてくれてたんだな。戦場っていう過酷な環境で絶えず緊張しながら。そりゃ体も壊れるよ』
「……私には、それぐらいしか御力になれません……。だから……」
『だからぶっ倒れるまでやるってか? もし、これからもずっとそうだって言うなら、うちはリナムを籠の中の小鳥にするぞ』
「そ、そんな……! 意地悪……しないで下さい。私はただ、私にできる事を精一杯……!」
『あぁー、……悪い。冗談だよ。……嫌な気持ちにさせてすまんな。散々世話焼いてもらってるうちが、偉そうに言うもんじゃねぇよな』
本格的に泣き始めたリナムを見て、シュラはやり過ぎたと感じて身を引いた。
すぐに涙を拭ってやり、服も着せてやる。リナムは黙ってそれに甘えた。
「…………魔女よ、その辺で赦してやれ。リナムは病人だぞ」
「せっ、せせ靖破様!!? 居たのですか!? ちょっと待って、私いま裸で……!?」
しかし、物陰から一拍遅れた発言をする靖破の存在を知るや、リナムは急に羞恥心を取り戻した。
靖破はそれに、普段通りの雰囲気で答えてやる。
「安心したまえ。見てはいない。衝立の後ろだ」
『……靖破に任せた方がいいか? お前ならリナムも素直になるかもしれない』
「……と言うがな。魔女が単純に雑すぎるのだ」
『お前だって人の事言えないだろ。……いや、今に至ってはお前が正しいか』
剥ぎ取るのは素早くとも、逆に上手く着せてやれない自分の不器用さが全てを物語っていた。
シュラは靖破に諭させるべきだと思い、リナム本人の手も借りながら身支度を整える。
『靖破。うちが許可してやる。暫くリナムを世話して添い寝もしてやれ。どーせお前やる事ねぇだろ』
「いいだろう。先ずは飯だな。リナムは肉が食いたいそうだぞ。持ってきてくれ」
「あの、靖破様。お肉はやっぱり……。塩漬けした若菜のお粥が食べたいです」
「だそうだ。魔女よ、料理人に伝えてこい」
『なーんーでー! うちの時にそう言わないんだリナムはぁーー!!』
「喧しいぞ。病人の前だ。騒ぐなら張侍に当たれ」
『ぶぅーー、納得いかねぇ』
「納得も何も、強姦紛いの事をすれば逃げたくもなるだろう。いいから飯を運べ。そして行き場のない怒りは張侍を殴って晴らせ」
短気ゆえに手を出した事は事実。シュラは不貞腐れながら外に出た。
「やれやれ、魔女にも困ったものだ。君を自分だけの玩具だと思い込んで、満足に遊べぬ様子に苛立っている」
「そう……なのですか?」
「あぁ、間違いない。あれは歳だけとっていて、心はガキのままだ。君のように精神面での落ち着きが感じられん」
『うるせーよ靖破、聞こえてんだよ。……張侍、ちょっと来い。一発殴らせろ』
「はぁっ!? なんで!? 嫌に決まってんでしょ!?」
『じゃあおっさん。地図食いながら一発芸でもやってくれ』
「地図を食う時点で一発芸の域を超えているのだが? そういうのはロキ殿が適任かと」
「……俺に振るなよ。まぁ剣舞で良けりゃ、ルーベルズ家秘伝の技をお魅せするぜ」
『えぇー剣舞ぅー? 見ててもつまんねぇよ。他のやって』
「じゃあ山鹿のモノマネ。クケェェーーー!!」
『ハハハハ! なんだそれ! 目ぇつり上がってんじゃん!』
「ふふっ……兄様。そんな鹿の鳴き声、聞いた事もありません」
扉一枚を隔てて、外は賑やかな様子だった。自然とリナムの表情も明るくなる。
「やってほしい事があれば言いたまえ。俺に出来る事ならやるぞ」
ユニークなロキと張り合う訳ではないが、素の笑みを浮かべたリナムを見て、靖破は何かしてやりたく思った。
リナムは申し訳ない気持ちを覚えつつも、倒れる前に見ていた書類が気になっていた。
「ありがとうございます。……では私の机にあった、書類の束を取り寄せてもらえませんか? 目を通すぐらいはしないと、業務が滞ってしまいます」
「………………」
「あの……靖破様? 兄様か祝覧将軍に頼んで、書類を下さると嬉しいのですが……」
リナムの要求を前にして、靖破は彼女をじっと見つめるだけで微動だにしなかった。
そして返す言葉もまた、唯一つだけである。
「休みたまえ」
「……靖破様、お願いします。この大変な時に、私だけが休むなんてできません……」
「大将である俺が人一倍休んでいるのだ。体調を崩したリナムが養生して何が悪い?」
「でも……私が休む事で皆様の歩みを妨げるのではないかと思うと……不安なんです」
「……政務が気になって仕方ないのなら、元を断つまでだ。切り捨ててくる」
「ええっ!? ま、待って下さい! それはダメですよ!?」
「それが嫌なら寝ていたまえ」
「うぅ……わかりました。……では、別のお願いをしてもいいですか?」
リナムは自分が甘えてもいい状況を自覚するや、赤面する顔の半分を布団で隠しながらお願いする。
「……お手を。頭を撫でてくれれば、リナムは安心していられます」
「理解した。撫でるぐらいなら幾らでもしてやる。他にもあったら言うといい」
「これだけで、充分です……!」
謙虚を通り越した無欲さを、靖破は理解できなかった。
だが、とても満足そうに微笑むリナムを見て、彼女の不安が和らいだのは理解できた。
こうした首脳陣の療養も必要となり、激戦続きの靖破軍に僅かながらの平穏が訪れる。
かの勢力は暫くの間、内に力を注ぐ事となった。
「フー、フー。……ハフハフ……おいしおいし(. ❛ ᴗ ❛.)」
「リナムは若菜の粥が好きなのか。ロキのように、食い倒れるまで食べるといい」
「ふふふ、そんなには食べませんよ。でも美味しいです」
「リナムが言うなら間違いないな。……魔女よ、この飯は誰が作ったんだ?」
『張侍』
「呼んだか大将? おかわりかい?」
大鍋片手に扉を開ける張侍。僅かにリアクションに困る靖破だが、ここは適材適所だ。
「…………日が出ている間は再建行動。日没後は警備。飯は朝昼晩で頑張ってくれ」
「鬼か!? 過労死するわ!! せめて巡回ぐらい靖破殿がやってくれ!」
『復讐の鬼だからなー。張侍頑張れー』
さも他人事のように無理難題を押し付ける靖破とシュラ。
張侍の悲痛な叫びが、他者の笑いを誘ったという。




