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祝覧の熱弁

「……さて、諸々話す前に…………狒易(ヒエキ)はどうした。あやつ何処を彷徨っておる」


「殿下。狒易であれば、そこに」


 傅磑が大広間の入口を指させば、靖破とシュラに脅された狒易はビクビクして中へ入っていなかった。


「狒易、早う来い。話が進まぬであろうが」


「は、ははっ……。今参ります……」


 狒易は靖破達を避けるように、広間の隅を移動して傅磑と対の位置に立つ。

「武の傅磑と知の狒易」とでも言いたいのだろうか。武はともかく知はお粗末極まりなかった。何せ靖破とシュラから見れば豚なのだから。


「ようやく役者が揃ったか。傅磑、さっさと始めよ」


「ははっ。……すまぬが靖破よ。私達は石岳城より外の事をまったく知らぬ。恩賞の話など気になる事は多々あると思うが、まずは大虎の現状を教えてくれぬか?」


「……という事だ。ロキ、教えてやってくれ」


「おぅ! 祝覧殿、頼んだ」


「うむ。すごい回された気をするが、承知した」


 虎忙から傅磑へ、傅磑から靖破へ、靖破はわざとロキへ、ロキも知っていて祝覧へ。話し手が次々と入れ替わる中、祝覧に落ち着いてようやく話が進む。


 祝覧はまず、北鑑連合軍との決戦に敗れた後の諸将の行動を話した。

バルチャーは丘霜(キュウソウ)に退き、チバ家残党はヒタチを新当主と定めて山岳地帯に身を潜め、靖破とリナムは北鑑軍を追い出した陽慶で決起。ロキと自分はその靖破に眞城で救出され、今に至るまで行動を共にした。アダオウは楽羅に備えて動くことが叶わず、今回の戦には軍の一部を率いてきた。


「そしてつい先日の事。チバ家は我々と合力して、奪われた領土を奪取した。バルチャー殿も先週、勢力を増して青広(セイコウ)の地を取り返したそうだ。大虎軍は各地で反転攻勢に転じているといえる」


「ほぅ……チバ家は健在であったか。それは残念だな。陽慶に余を迎えた後、お前達には萓宣の切り取り次第を許してやろうと思っていたのだ。……また別の褒美を考えねばならんとは、面倒極まりない。狒易、そこはお前に任せたぞ」


「はっ。君命、承りました。この狒易にお任せを」


 チバ家の復活を残念がり、彼等の領土を奪いとった暁にはそこを褒美とする。

虎忙が何とも思わずに放った言葉は、祝覧を始めとする諸将を絶句させた。


「…………一方、北鑑は南方諸国に不穏な気配を感じてから、大虎への攻勢を緩めた。今の所、再侵攻する様子はない。我々は引き続き、チバ家やバルチャーと連合しながら、陽慶を基点として北鑑に対抗するつもりだ」


「なるほど。よくわかった。では次に――」


「待て傅磑。“わかった” ではなかろうが。祝覧の最後の言葉に、なぜ反論せぬ」


「……と、仰られますと?」


「とぼけるでないわ。お前は “陽慶を返上させる” と言ったであろうが。陽慶は今や余の城。女達と屋敷が首を長くしておるというのに、何故靖家の者共に貸したままでなければいかんのだ」


 大虎の現状を説明した祝覧は色々と言いたい事を後回しにして、今後の方針を語ろうとした。実のところ、傅磑もそれが一番気になっていた。


 しかし、虎忙はそんな事どうでも良かった。彼は早く陽慶に戻り、安全な場所で酒と女を愉しみたかった。


 祝覧と傅磑は虎忙の考えを察した上で、毅然と抗議する。


「殿下。その件はチバ家が壊滅し、かつ萓宣の地が未だに落とされたままでの話だったかと。聞けは壊滅したのは陽慶の方で、かの地へ移る利点はないと思われます」


「チバ家がどうであろうと知ったことではない。余が陽慶に帰還する、ただそれこそが重要であろうが。だからこそ余も席を移動したのだぞ。……それともう一つ、傅磑は騙されておる」


「私が、騙されていると? なぜそう思われるのですか?」


「祝覧は自分達が陽慶を独り占めしたいが為に、壊滅したと嘘を言っておるだけだ。考えてもみよ、大虎全土を掌握せんとした北鑑が、最大拠点となり得る陽慶を破壊する訳があるまい。それに陽慶が破壊されておれば、“陽慶軍大将” などと名乗る以前に、軍を集める事すら叶わぬ。靖家の者等がこうして軍を率いて現れたというのが、陽慶健在の証拠だ」


「殿下。嘘ではございません。陽慶は北鑑軍の手によって完全に破壊されております。かつての王都としての機能はなく、敵を防ぐ城壁も崩れ、民は殆どが殺されました。まさに乱世を体現せし地獄の城。この石岳城に居られた方が何百倍も極楽でしょう」


「地獄か極楽かは余が判断する。そして余は、お前が嘘をついていると判断したのだ。ならばそれが真実。王の言葉に偽りはない。のぉ? 狒易に傅磑よ」


「はっ。殿下の言に偽りはありません!」「は……ははっ……」


 狒易はもとから当てにしていないが、傅磑までもが言いくるめられた。

自然と祝覧の目つきが鋭くなり、王の我儘に従う傅磑を睨んだ。


「それとな、石岳は危うい。西に白眉が控え、北の陽堅も日和見に徹し、南の萓宣を守るチバ家は女が率いて虫の息。お前達の力でせっかく生き延びたのに、いつ、また危険に曝されるかわからぬ城に居たくはない」


(!? 確かに、殿下の言う通りかもしれん。この城を守っていて常に思った。ここは殿下を逃がせられる先がない。ともすれば、殿下は陽慶に入られた方が良いかもしれん)


「祝覧将軍、狒易です。殿下はこの石岳城に傅磑殿を置き、北はアダオウ、東はロキ、南はバルチャーと靖破に守らせ、御自身は陽慶で全体の指揮を執ろうと考えておられる」


(いや……この石岳の領土を褒美として靖破に与える。そして私が殿下と共に陽慶へ入れば、殿下を支えながら全軍を指揮する事が可能だ。それなら誰にも邪魔されずに殿下を導ける上、外敵から最後まで守り通せるであろう)


「何を馬鹿なことを。文官であり殿下のお気に入りのお前なら、殿下の真意はよく存じている筈だ。それを重視するならこの石岳城が一番。それに現場で戦う武将からすれば、大虎全体が一軍のように動く時、中央に位置する陽慶がただの宴会場では意味がない。陽慶は王都の役割は果たせんが、各戦場を繋ぐ中継点にはなるのだ。……褒美をくれるというなら、各軍の配置を今のままにし、我々の陽慶駐屯を認めてもらいたい」


「カカッ! 王族が何処に行くのも、臣下への褒美を遣わすのも、全て王の裁量だろうが。一臣下に過ぎぬ祝覧が決めるものではないぞ」


「佐用ですぞ、祝覧将軍。陽慶が破壊されておるなら、復興させるのがわたくし狒易の務め。殿下を守るべく四方を守護するのが貴方々の務めです」


 先程から横槍を入れる狒易。祝覧は政道すら知らぬ狒易が国の大事に意見する事が気に入らず、排除するよう傅磑に目配せする。


「………………」


(何を躊躇っている。殿下のお気に入りといえ、階級では傅磑殿と比べるまでもないだろうに。……さては傅磑殿、殿下の考えに従う体で逃げたな)


 無言を貫いてしまった傅磑の心境を、祝覧は簡単に見抜いた。

傅磑は武将として祝覧の考えに共感できても、愚かな忠臣ゆえの忠誠心が、虎忙の身の安全を最優先してしまった。


 それだけではない。虎忙の側仕えとして彼を正しく導きたいと願う傅磑は、靖破をこの石岳城に置いて、自身は虎忙と共に陽慶へ入り、狒易の言った全体の指揮権を掌握しようと考えたのだ。

傅磑は至って真面目だが、彼は既に、靖破が言ったように天狗になっていた。


「……陽慶の復興は一朝一夕ではない。あれは向こう三十年はかかるぞ。その間に北鑑が次の侵攻を仕掛けてくれば何とする。王城もなければ城壁もなく、司令部もなければ兵を集めるのもままならぬ不毛の土地で、効果的な対応が取れるとは到底思わん」


「ですから、各軍が四方を守っている間に、まずは王城に代わる宮殿を優先的に造設するのです。次は司令部となる軍の基地です。城壁はまぁ……敵に詰められない限りは不要でしょう。先の大戦に敗れたとは言え、大虎軍は強い。城壁が完成するまで敵を防ぐぐらい造作もないかと」


「……文官に説いても大局の一割程しか理解できぬか。

――傅磑殿。今の狒易大臣の考えをどう思う? 貴殿はこれで國の命脈を保てるか?」


「…………狒易殿の考えは確かに浅い。現大虎王國の資産は限りなく乏しく、その状態で宮殿や基地を建てるにも、基となる労働力自体が零だ。……城壁が敵軍を防ぐだけの設備と思っているのも、間違っている。“壁” とは敵の間者の侵入を防ぐ役割もあり、民にとっては安心の象徴。これなくして城下は治まらず、要人の暗殺も避けられぬ」


「そこまでわかっていれば、陽慶に利点がない事も解るだろう」


「だが殿下の仰る通り、この石岳は危うい。北鑑ないし白眉の急襲を受ければ、ひとたまりもなく落ちるぞ」


「外敵への備えというのなら、まずは白眉と和議を結ぶべきだろう。静観を貫いた陽堅にも新たな将を配備すべきだ。その上で更に安全を求めるなら、アダオウ殿が守る北部こそ王者の土地と言える」


 陽慶より北は未だ無傷の状態だ。安全というならそこが最良。

北部軍本部なら仮の王都としての機能は充分に果たす上、先の決戦で失った有能な臣下に代われる人材も数多く残っている。朝廷を開くにも差し支えない。


 それにアダオウの目があれば、奸臣の台頭はまず有り得ないだろう。

ここまで言えば、常人なら陽慶帰還に意味を見出さない筈。それでも自らが疑われている祝覧は、疑惑を晴らしてなお余りある大局を説く。


「……幸か不幸か、先の大戦は北鑑からすると、我等の惨敗以上に大国の衰退を世間に知らしめる戦となった。初戦で派手に敗れ、周辺諸国強いては剣合国にまで援軍を要請し、辛勝の末に攻め取った地も維持できずに撤退している。北鑑の国威は明らかに失墜しており、それは南方諸国が如実に叛意を顕し始め、楽羅が出兵指示に従わず独自の行動をとっているのが何よりの証拠。……これを機に各国の状勢に通じる白眉が、「情」より「利」を重んじるかの國の王が、北鑑からの独立を目論んでいたとしても不思議ではない。現に白眉は、あと一歩攻めれば落ちるであろう石岳城に加勢の軍を送らなかった。北部一帯に侵攻する気配も見せなかった。差し詰め、北鑑と我等の争いの結果を見て、今後の方針を決めるつもりだったのだろう。

――白眉は間違いなく、北鑑および剣合国から心が離れている! 交渉するなら今だ!」


 祝覧の熱意ある献策に、ロキやリナム、アダオウや張侍は心の中で大きく頷いた。

今や大虎内の状況に一番詳しいのは祝覧であり、彼の視野は國外にまで及んでいる。そんな彼がかくも言うのである。この献策に間違いはないと思えた。


「……で、あるか。狒易、酒が抜けたぞ。余は先に戻るゆえ、お前は陽慶帰還の手筈を固めておけ」


「なぁぁっ……!?」


 あなや虚しき。一番心を動かさなければならない筈の虎忙が、上の空にあった。

これには流石の祝覧も愕然とし、最早なにを言っても無駄に近いと、不甲斐なくも諦めの境地に至ってしまう。


 だがこの様子を前にして、居ても立ってもいられなくなったリナムが前に出た。彼女は虎忙に直訴する。


「……虎忙殿下。臣下の身でありながらこの様な発言は罪深いものと思いますが、それを承知の上で申し上げます。陽慶に戻られて御自身の安全を図るより先に、祝覧将軍の仰るように諸国との外交を復活させるべきです。今のままでは再び北鑑に攻められた時、周辺の国々もまた攻めてきます。来たるべき時に備えて味方を増やしておき、疲弊した民衆を案じた政策をお考え下さい。また、それを成すには陽慶では不可能だという事が、自然とおわかりになる筈です。何卒、先王のように民を鎮守する堂々たる御姿をお示し下さい」


「…………狒易から聞いている。お前がルーベルズ家を独断で継承したとするリナムか。なるほど……王を進んで前線に立たせようとするとは、身の程知らずも甚だしい」


 虎忙はリナムの諫言を耳で聴くより先に、彼女の体を品定めするように一瞥した。

そして女としてまだ未熟な彼女を、遊女の出来損ないでも見るような目で受け流す。誰が見てもリナムの事を、臣下の一端として見ていない事が充分わかった。


「女の身で余に物申すとは、何たる傲慢な奴だ。口を閉ざせ、女郎。お前のそれが役に立つ時は夜。まだ日も暮れておらぬうちに使うでな――」


ヒュンッ!!


「「「 !!? 」」」


 聞くに耐えない侮蔑を繰り出す虎忙の首筋に、一迅の旋風が鎌鼬となって駆け巡る。

その神速なる技は、傅磑や傅冬でも阻止するのに間に合わない程だった。


 紛いなりにも肝の据わった虎忙は、首から垂れ落ちる自らの血を見ても動じず、皆に先駆けて鎌鼬を放った者の方を見る。


 そこには左手を突き出し、今まで見せたことのない睨みを利かすシュラが立っていた。


『祝覧。こんな不毛な会話、続ける必要あるか? ここでこいつ等殺して、さっさと國中の兵を掌握しやぁいいだろ』


「ま、待たれよ魔女殿! 武力行使は……」


「魔女は気が早いな。俺は一応、虎忙の台詞を最後まで聞いてやるつもりだったぞ」


「靖破殿も! 待つのだ! 貴殿の立場は臣下で、今ここで刃を振るえば――」


『祝覧』


「!!? な……なんだ……!?」


『喋るな。黙れ』


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