士が拒む王弟派の歓迎
石岳城(虎忙軍陣営)
「殿下。傅磑です。お楽しみのところを失礼いたします。陽慶軍の大将 靖破が殿下にお目通り願っており、既に城門下まで来ておりますが、いかがいたしましょう」
今回も律儀に、取次役の狒易を介して虎忙と面会する傅磑。
虎忙は今日も今日とて、遊女を侍らしながら酒宴に興じていた。
「靖破……あぁ、靖家の……。カカッ、靖家の人間が王都・陽慶の大将か。いつの間にか乗っ取られたようだな、我が大虎王家は」
「……陽慶軍大将と名乗るのはあくまで建前上です。大虎の残党を率いて北鑑に抗う際、どうしても必要になったもので、叛意はないかと思われます。……お気に召さないようでしたら、陽慶を返上するように申し付けますが?」
「……そうよなぁ。陽慶には余の宮殿があり、ここよりも高く頑丈な城壁がある。侍女達も主人の帰りを、首を長くして待っているだろう。
――傅磑、靖破に伝えよ。「陽慶に余を迎え入れた後、北鑑に落とされた萓宣を奪い返せ。萓宣の地は切り取り次第とする故に、汝の好きなように統治しろ」とな」
「はっ、しかと伝えます。……それで、靖破にはお会いになられますか? この城を北鑑の脅威から救った功労者として、アダオウ共々感状を賜るべきとも思いますが」
「……面倒だな。どうしても会わねばならんか? 余は酒が抜けないかが心配だ」
「……酒はまた後程。今は先に、靖破の面会を許してやるべきです。救助されていながら礼の一つもないのは、さすがに大人気ないと思われます」
「…………狒易、座を設けろ。仕方がないから移ってやる」
「流石は殿下。信賞必罰こそ家臣を飼い慣らす最良の手です。はい」
「…………」
面倒くさそうに立ち上がる虎忙を、太鼓持ちの狒易がやる気にさせる図。
傅磑の目にはやはり不快に映るものの、靖破との面会を取りなせた事に一先ず安堵した彼は、黙って目を瞑る。
「なにを瞑想しているか、傅磑。さっさと行くぞ。供をせい」
「はっ、只今」
多分のアルコールを摂取して尚、足取りに不安がない虎忙は、立派な体格も相まって見掛けは堂々としていた。
これが人格面でも優れていたら、賢兄愚弟などと呼ばれずにいただろうに。
(……素材は悪くないのだ。奸臣を排除し、私がもっと支えられれば、この御方は先王に劣らぬ名君になられる。私がしっかりと支えねば)
靖破から愚直な忠臣と評されるだけあって、傅磑には虎忙を見限るという考えはなかった。自分もしくは周辺の者達が頑張る精神である。
その頃城門では、傅磑の指示を受けた城壁の守将が門を開け、靖破達を出迎えていた。
「お待たせ致しました。どうぞお入り下さい」
『やっとか。えらく待たせてくれたな』
「如何にも。まるで敵の軍使を通すかのような対応だ」
『猫のおっさんもそう思うか。うちらって城の人間からすると味方の筈だよな』
シュラ曰く “猫のおっさん” とは、北部軍長官アダオウの事。
彼は靖破達が石岳城の前に居ると聞くや、陣から出て来て同行を願い出たのだった。
「も、申し訳ありません。城内は長く続いた包囲によって乱れており、皆様を出迎える準備に手間取っていたそうでして……」
「別にお前を責めている訳ではない。開いたからには通させてもらうぞ」
『通させてもらうぞ! 猫のおっさん、突撃だ!』
出迎えた城壁の守将は、アダオウの威圧にビビりまくっていた。
ただし救いといっては何だが、シュラがアダオウの肩車を受けてちょこんと座っている為、マスコット的な印象がアダオウの恐さを和らげていた。
「みんなー、援軍の大将様達のお通りだーー!! 道を開けろーー!!」
「おお! あれは北部軍長官のアダオウ様じゃ! ……ただ、肩車されておるのは、どこのお嬢様じゃ?」
「死んだと噂されていた祝覧将軍に、ルーベルズ家のロキ様も居られるぞ! 大虎軍はまだまだ健在だ!」
「あの髪の白い御方は……誰だろう。カズサノスケ様(ヒタチの祖父)ではないし」
「誰であっても、私達をお助け下さった英雄ですよ! ありがたやありがたや!!」
「なんて雄々しい御方でしょうか。できるならお近づきになりたい!」
「大虎軍万歳! 大虎軍ばんざーーい!!」
城門をくぐった靖破一行は、一転して民衆の大歓声を受けた。
訳あって外見が変わった靖破はもとより、シュラやリナム、張侍に至っても石岳城の民からすると初見であるが、そんな事は関係なく、北鑑軍の虐殺・凌辱・破壊・略奪の憂き目から開放してくれた英雄達の入城に、民衆は大いに湧いた。
「ッヒョー! 見ろよリナム。魔女様も靖破殿も凄い人気だぞ。俺達も仕える身として、鼻が高いな!」
「……はい、兄様。流石は靖破様にシュラ様です」
「反応薄っ。どうしたリナム、変に顔歪ませて。……まさか妬いてるのか? 靖破殿が他の女に気を回さないか、心配なのか?」
「ち、違います。私はただ、この後の謁見の事を考えていて……」
「あぁ、そっちの事か。……ま、百点満点はとれないだろうなぁ。取り敢えず俺達の意見さえ伝えられれば、それで良しと思っていた方が気が楽だろうぜ」
「…………はい」
虎忙の人柄をよく知るロキは、リナム以上に謁見の結果を予想できていた。
そしてリナムも、兄の言う事に間違いないと思っている。
「気遅れはいらんよ。強気で言ってやれリナム。向こうが喚き散らすようなら、俺と魔女の威圧で黙らせてやるまでだ」
「おっ! やっぱ頼もしいな靖破殿は。……だってよリナム。お前の好きなように言え」
「靖破様……ありがとうございます!」
そんな中、先頭を進む靖破が首を回してリナムを励ます。
普通の声量で話し合っていたロキとリナムの会話は、隣り合う当人達には聞き取れるものでも、少し離れた靖破やアダオウには民衆の歓声で消される程だった。
それでも靖破は、リナムの声をちゃんと拾っていたようだ。
(…………えっ!? という事はもしかして、その前の会話も聞こえていたの……!?)
ロキから妬いてるの? 云々言われたあれも、聞かれていたのかもしれない。
そう思うとリナムの顔は、謁見の結果そっちのけで赤みを帯びた。
やがて靖破達は、石岳城内で二番目に大きい屋敷に辿り着いた。
ここが狒易によって設けられた会場であり、狒易本人が出迎えに現れるだけあって、さすがによく掃き清められていた。
「お待ちしておりました。私は虎忙殿下にお仕えする大臣 狒易にございます。早速ですが、皆様の武器はここで預かります。口と手足もお清めくださ――」
「面倒だ。このまま行くぞ」
『猫のおっさんもこのまま行くぞ』
「……う、む。悪いが通させてもらうぞ」
「のおっ!? ちょ、ちょっと! 貴方々……!」
「脂ぎった豚が一匹。喚くな、鬱陶しい。屠殺されたいのか?」
『こんな不味そうな豚は初めて見た。おい! 邪魔! 鏖殺されたいのか?』
「ひ、ひぇぇっ……!? なんでも……ございません……!」
屋敷の門を強引に突破する靖破とシュラは、止めに入った狒易を遠慮なく罵り、開幕から殺る満々で威圧する。
アダオウやロキや祝覧も、苦笑しながらそれに続いた。
「おっ!? えっ!? きゅ、救援軍大将アダオウ様! 靖破様! お越しになられましたぁ!!」
手順をガン無視した靖破一行が、案内役の狒易を伴わずに武装した状態で回廊を進んで現れた為、虎忙が待つ大広間の一歩手前を警備する衛兵が驚いて声をあげた。
「……開けるぞ。よいな」
「い、いえ。我々が開けます故に、少々お待ちを……」
畏縮する衛兵達を他所に、大きな扉に手を掛けようとする靖破。
警備隊長がそれを勇敢になだめ、改めて部下達に観音開きさせる。
「…………フッ!」
扉が開いて中を見るや、ロキが真っ先に鼻で笑った。祝覧も俄に眉根を寄せる。
ただ、リナムにはその意味が解らず、彼女は小さな疑問符を浮かべながら靖破に続く。
「はぁ……アダオウ殿。貴殿が付いていながら何故、武器を持ったままなのだ。ここを何処だと思っている。殿下の御前だぞ」
黒塗りの玉座の側に控える傅磑が、靖破達の歩みを妨げるように苦言を呈す。さもやり直せと言いたげな物言いだった。
「うむ。我輩も――」
「ずっと気に食わなかったが、ここに来てもやはりつまらんな。これは仮でも論功行賞の席ではない。ただ見栄を張るだけの虚空か、俺達を敵と捉えて礼を尽くさぬ戦場の帷幕だ」
アダオウが言葉を詰らせるより先に、靖破が不満を直訴した。ロキと祝覧もそれに続き、リナムは漸く兄の嘲笑を理解する。
「左右三列の儀仗兵。不慣れな者ばかりだぞ。差し詰め、「元気で体格の良い」という条件で集めた急拵えってところか。……おい、そこからそこまで。華やかな重装がキツイなら体勢崩しても構わねぇぞ。それと少しでも格好つけたければ、足で立たずに腰で立て」
「傅磑殿。どうやら我々は、歓迎されておらぬようだな。アダオウ殿という北部の重鎮も居ながら、その出迎えに高が知れた一大臣を寄越すとは思わなかった」
(……そういう事なんですね。何か違和感を覚えると思ったら、味方同士が会合するだけなのに、物騒なほど兵が多いんだわ。……これでは確かに、武功をあげた臣下を招いている様子には見えません)
言われて気付いたリナムが改めて見渡すと、負け続けている虎忙達が甘く見られないように、無理して虚勢を張っている様に映った。
貴族令嬢として軍隊の第一現場に立つ機会が今までになく、王族に謁見した事も殆ど無かったリナムは初見で見抜けなかったが、武人の靖破達には一瞬でわかったのだ。
「…………論功行賞はまだ先である。お前達が殿下にお会いしたいと急かすから、急遽このような席しか用意できなんだのだ。自分達が望んでいながら文句を言うとは、それでも大虎王家に仕える武将か。虎忙殿下の御前だぞ! その尊大な物言いを慎め馬鹿者共!」
「傅磑こそ急に偉くなったな。それに卑屈になった。北鑑との決戦に敗れる前までは、尊敬を集めるに値する武人だったものが、王弟の側仕えになった途端に周りを見下し始めている。武人が虎の威を借ってどうする。恥と思わんのか?」
(うっ!?)
「お前はいつの間にか宰相になった気でいるのだろうが、一臣下として変わらぬ忠誠を誓い、王家を支えて政道を正しく為さんとするなら、先ずは自らの窮地を救った者達に礼の使者を寄越すべきだろう。それもせずに抜け駆けした挙げ句、帰って来ては捕虜の処刑を最優先し、不利益を申して止めに入ったリナムを女だからと軽んじたばかりか、矛を向けさえする。かように侮られ、そして冷遇されるとは思わなかったぞ。陽慶から始まり王家救出の為に各地を転戦とした事が、今となっては恥にさえ思える。だから俺達も無礼を働いた。悪かったか?」
(……むぅ……自分勝手な言動ではあるが、筋は通っている。確かに戦時中とはいえ、恩義に対する礼に欠けたか)
「……これは申し訳なかった。負けられぬ戦に武人としての血が騒ぎ、戦に酔って礼を忘れた私の不明である。深く謝罪いたす。
――殿下。彼等の非礼は、この傅磑の不徳の致すところ。責めは私が受けますが故に、このまま会談に移る事を何卒お許し下さい」
「……好きにすればよかろうが。余はただ、早く終わらせたいのだ」
ようやく口を開いたかと思えば、虎忙の発言は非常に気怠げなものだった。
言葉にこそしていなが、彼は今しがたの舌戦を鬱陶しく思っていたかもしれない。
(これが……王弟の虎忙様……。まるで覇気がない)
(……あぁ……これは駄目だな。大虎王家もコイツで終わりだ)
玉座の肘掛けに右半身を委ね、面倒くさそうに明後日の方向を見る虎忙に、リナムと張侍は早くも絶望した。これは救いようがない……と。




