暗君の戦後処理
定家葛の月
萓宣での軍事行動を終えた連合軍は、今後の統治をヒタチに任せて石岳城へ撤収した。
先頭は変わらず靖破軍が務め、その後に張侍・鐘鬼隊。最後尾は北部軍である。
「さすがにもう、嶄條のおやっさんやリナムは着いてんだろなぁ」
『なぁ靖破。戦はもうねぇんだろ? だったらうち等だけでも先に行っちゃダメか? 早くリナムの飯が食いてぇ』
「魔女専属の料理人じゃあないんだがな、リナムは。あの子にもやらなければならない仕事は山程あるだろうに」
『その仕事ってのは何なんだよ』
「それは知らん。俺にはとても真似できぬ芸当だからな」
「俺にもわからねぇっす。面倒そうなのはリナムかキクズナに丸投げで良いかなって」
「……ロキ殿。仮にも次期当主だったお前が、そんないい加減でいいのか?」
「いやー、最初は家を継ぐ為に色々と頑張ってたんだが……リナムが当主になったお陰で楽できてな。俺は寧ろ、戦場を飛び回る方が向いてるようだ。それでも何かあった時は、ルーベルズ家の顔役として立つつもりだぜ。リナムにばかり負担を押し付ける気はねぇよ」
「むぅ……当人達がそれで構わないと言うなら、俺は口出しせんが……。簡単な軍務ぐらいはちゃんとこなしてやるのだぞ」
「それは当然。部下の把握も将校の責務だからな」
「あとは力仕事もだ」
「当たり前。か弱い妹にそんな事やらせるかよ」
「領内の視察や警備もだぞ。真面目にやれ」
「…………おいおっさん。俺はどんだけ信用ないんだ」
「少なくとも俺を “おっさん” 呼ばわりしなくなるまでだ」
『そりゃ未来永劫無理だな。ロキ、諦めな。おっさんが悪い』
「そっすよねー。流石魔女様!」
「なぜだ!? なぜ俺なんだ!? 納得がいかん!?」
靖破軍の一行は道中、緊張感の欠片もない程に駄弁りまくっていた。追撃の行軍とはまったく真逆の賑やかさで、靖破とシュラも肩の力を抜いていた。
「お、石岳城が見えてきたな。……ん? なんだ、誰かこっちに来るぞ」
『んー、あれは……お前んとこの副官だな』
「キクズナが? どうしたんだよ、出迎えなら野営地の前でいいだろうに」
「……俺達を見るなり駆け出したところを見ると、何か善からぬ事でも起きたか」
戦勝気分から一転して、靖破達は厄介事の気配を感じ取った。
その予感は見事に的中し、キクズナは靖破達と合流次第、お祝いの言葉すら忘れていきなり本題に入る。
「隊長! 靖破様! 大変です! 一昨日の昼に我々が到着するや、虎忙殿下の軍が北鑑軍の捕虜を斬首し始めました!」
「捕虜の斬首だと!? なぜそんな真似を!?」
「ほぉー、数千もの捕虜をねぇ」
不利益を知る祝覧が驚愕し、ロキは呆れたような口ぶりで返事した。
その後で靖破は、普段と変わらない様子で問い返す。
「……嶄條はどうした。あの男はたとえ敵の身であったとしても、無抵抗の者が大量虐殺される様を黙って見ている事はせんぞ」
「はい。嶄條様が止めに入ったお陰で、捕虜の皆殺しは避けられました。殺されたのはざっと六百人程度かと」
「それでもだいぶ殺したな。おそらく、それが虎忙という男の戦なのだろう。生の戦場で得物を振るえないぶん、終わったあとに武功を立てるか」
「その件も含めて、リナムお嬢様が謁見を申し出ても、虎忙殿下は女と話す意味がないと断ります。嶄條様は嶄條様で虎忙殿下を嫌っているので、こちらから会いに行く必要はないと言っていて、祝那将軍も乗り気ではない様子……。皆様方の意見が別れている手前、自分もどうすれば良いか判断がつかず、ただ陣を固めて待っていました」
「賢明な判断だろう。リナムが行けば何をされるか分からぬし、嶄條が行けば手薄になったお前達の陣を傅磑が襲いに来るやもしれん」
「と、とにかく! 虎忙軍と我等の間で合戦になりそうなぐらい一触即発の状態です!!」
「……祝覧、どうだ。このまま殺るか?」
靖破の言葉に、キクズナは一瞬ギョッとした。それでもロキや祝覧が動じていない様子を見て、自分も覚悟を決めねばならぬと沈黙する。
自然と皆の視線が祝覧に向かい、靖破軍参謀の判断を仰いだ。
「…………答えを先に述べるなら、“やらない”。やるとしても時期尚早にして、ここで殿下を討つような事をすれば、今まで築き上げてきた大義を自ら捨て去るようなものだ。……それに今は、北部軍が背後に控えている。彼等は今の状況では間違いなく殿下側に付く筈だ。彼等との合戦に仮に勝ったとしても、二軍を相手ではこちらも半数以上が討たれる事は想像に易い。その結果、一番喜ぶのは北鑑一国だ。これほど癪なものはなかろう」
「成程。理解した。では次に、これからどう動けばいい」
「まずはリナム殿と合流し、改めて殿下への謁見を申し出る。救援軍の大将を門前払いはしないだろうから、こちらも相当な面子で会いに行き、大義を説くべきだ」
「理解した。俺とリナム、祝覧は当然として、ロキも来てくれ。虎忙は男尊女卑に根強い輩だ。おそらくリナムの言葉など無視するだろう。ルーベルズ家代表としての意見は、ロキが言った方が耳を貸す」
「承知。キクズナ、すまんがもう少しだけ、嶄條のおやっさんと守り固めててくれ」
「はっ! 承知いたしました!」
キクズナ一人の出迎えを以て、靖破一行は嶄條率いる本軍と合流する。
その後、一旦連合軍が解散すると、祝那は任務を終えて北部軍の許へ戻り、かの軍は靖破軍と同様に城外に布陣した。
石岳城周辺は靖破軍と元北鑑軍部隊、北部軍、そして虎忙軍の三つ巴となった。
ここに来て靖破軍は、場合によっては二体一の状況に立たされたのだ。
「靖破様っ! ……お手を煩わして、申し訳ありません」
「なに、気にする事はないさ。今から石岳城に殴り込むが、君も来たまえ。虎忙から直接、奴の考えとやらを聞き出してやるぞ」
「靖破殿! 俺も同行させてくれ!」
靖破が謝るリナムを気遣ってやると、そこに張侍が割って入った。
靖破は数秒に亘って嫌悪感のある表情を浮かべるが、祝覧を一瞥すると彼が頷いていた為、まぁよしとする。
「……動機は理解できんが、余計な口出しをしないなら許してやる」
「わかった。それで充分だ」
張侍がかくも望む理由は不明だが、彼の表情からは不穏な色は感じ取れない。
もとから汚い真似をするような男ではない為、万が一にも虎忙暗殺などは企んでいないだろうし、仮にしてもロキや傅磑が寸での所で止めに入るだろう。
「では行くとしよう。虎が出るか鼠が出るか、じっくり鑑賞してやる」
靖破とシュラ、リナム、祝覧、ロキ、張侍の六名は、護衛を連れることもなく石岳城へ向かった。陣の守りには嶄條が睨みをきかせ、キクズナと鐘鬼がその下に付く。
味方の城内に入る筈が、彼等の心境は既に敵中突破のそれであった。




