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萓宣の残党軍

 石岳城を解放した翌日。充分な休息をとった靖破・アダオウ・元北鑑部隊連合軍は、虎忙への挨拶を二の次にして出撃した。時刻は午前十時頃のことである。


「……同情はいらぬぞ。私達は自分の足で城へ戻る」


「……つまらん同情などするつもりはない。お前達はお前達の戦をし、敗れただけだ」


 連合軍は萓宣への道中、石岳城へ撤退する傅磑勢と出くわした。


 抜け駆けの上、派手に打ち負かされた彼等に、無傷な者は一人もいなかった。

大小程度は違えど皆が揃って負傷し、動く度に傷口から血肉が溢れ出ている。勇ましく出撃した靖破・アダオウ連合軍とは真逆の姿であった。


「敵の備えは想像以上に万全である。冬が于雲夏を討ったとはいえ、そう簡単に突き崩せるとは思わん事だ」


「なにっ!? 于雲夏上将を討った!?」


 尊敬していた于雲夏の討死に、従軍している張侍が驚きの声をあげた。かの老将に恩義がある鐘鬼も、眉間に皺を寄せた。


「戦に私情は持ち込むな。貴様らにとって恩のある人物でも、私にとっては敵だ。責められる筋合いはないぞ」


「……ちっ、言われなくてもわかってらぁ」


 鐘鬼は押し黙ったまま、張侍だけが悪態をつく。北鑑の敵となった今、かつての恩師と死別する事は理解していたが、覚悟ができていないうちにその時が来るとは。

傅磑の言うことも正論とあって、張侍は唇を噛むしかできなかった。


「……こいつらは感情で戦をしている。傅磑こそ、お前の流儀(イクサ)を俺達にまで持ち込むな」


「「「 !!? 」」」


 皆が一様に驚いた。まさか靖破が、張侍と鐘鬼のフォローをするとは。


「行くぞ。覚悟のある者だけついてこい」


 会話も早々に打ち切り、靖破は進軍を再開した。彼としてはただ、出遅れた追撃を意味のあるものとする為に過ぎなかった。


「…………アダオウ殿」


「言わずともよい。我輩は大虎に仕える大将だ。今はただ、靖家の坊に協力しておるだけ。それ以上でもそれ以下でもない」


「それを聞いて安心した。もしもの時は頼りに致す」


 傅磑はアダオウの態度に変わらぬものを感じ、彼と別れた。

二人のやりとりを傍で聞いた祝鉱は、アダオウに疑問をなげる。


「……虎忙に付くんすか? あの御仁が選ぶ道は、大将にとって良くないものだと思いますぜ。もちろん、俺ら北部の将兵にとっても」


「その根拠はなんだ?」


「知恵捨てて武力全振りした俺に、小難しい説明はできねぇんで。野生の勘ってことで理解してください」


「……フン、まぁそうだろうな。だが一先ずは敵を討つことを大事とする。

――我輩らも行くぞ。靖家の坊に遅れはとれぬ」


 靖破・アダオウ連合軍は先を急ぐ。傅磑が自分から断りを入れた事もあり、彼等の撤退に手を貸す者はいなかった。


 萓宣に侵入した連合軍は、山間の街道に沿って南進する。

それは傅磑勢の通った道とまったく同じルートであり、暫く進めば于雲夏軍の築いた陣所に辿り着く。

違う点といえば、陣払いを済ました于雲夏軍の姿は既になく、一方的に殺られた傅磑勢の死体のみが大量に残されていたという事だ。


「これはまた、傅磑殿は派手にやられたなぁ」


 戦場となった場所を広く見渡したロキが、さも感慨深そうに言った。

于雲夏と個人的な親交のあった彼が言うと、その薄ら笑みはどちらの味方をしての発言なのかわからないものがある。


「……素晴らしい! 敵地にてこれほど兵法書に則した陣地構築術を、俺は今まで見たことがない。流石は大国・北鑑に、その人ありと言われた用兵家よ」


 方や祝覧に関しても、惜しい将を亡くしたとばかりに感嘆する。

その賛美が嘘やお世辞でない事は、同じ用兵家として目を輝かせている姿から容易に察せよう。張侍も幾分か、心を晴れやかにした。


「………お前達、感傷に浸る間はないぞ。前がもたつけば全軍が止まる」


「これはすまんな。……ロキ、祝覧。陣地見学は帰り道にしてくれるか」


 于雲夏に対して様々な感情を持つ靖破軍の足取りは、確実に遅くなった。

それは連合軍全体の進軍速度に大きく影響する為、後続のアダオウから苦言が飛ぶのは当然である。靖破は理解を示し、進軍の足を再び早めさせた。


「…………さて、魔女よ。感じるか?」


『あぁ、この先で闘気が渦巻いてやがる。どこかの軍が殺り合ってるぞ』


 于雲夏軍の陣所跡を出て、更に南東へ進んだ頃。

靖破とシュラは軍同士の気配を感じ取り、遅れてロキやアダオウも察知した。


「この喊声の量……間違いない。数万規模の軍勢が戦っているな。だが北鑑軍はわかるにしても、その相手は誰だ? 我等と傅磑軍以外に、西方面で北鑑に対抗できる勢力など、いない筈なのだが……」


 石岳城の大虎残軍と合流した今、祝覧の頭には大虎全体の勢力図が完成している。

その中には、北鑑軍を追撃できるほどの戦力を有した残軍は存在しない。


「開けるぞ! おっさん、考えるのは後にして前に集中だ!」


「だから “おっさん” 言うなと! それに言われずとも、ちゃんと集中している!」


 青釭の双剣を抜いたロキが、最先頭を駆ける靖破の隣に馬を並べた。

察するに、靖破と共に突撃するから指揮は任せた、という事だろう。


「開けたァ!! 北鑑軍と……あの旗印は「千葉の猛虎」!! 靖破殿! チバ家の軍勢だ!!」


「一万……いや二万!? チバ家の兵がこれほど残っていたとは!?」


「……敵の虚を突く! ロキ、祝覧。俺に続け」


「オオォッ!!」「承知!」


 靖破、ロキ、祝覧に率いられたルーベルズ騎兵千七百騎が、連合軍の先鋒を担って一斉に突撃する。後には張侍・鐘鬼隊、アダオウの北部軍騎兵隊が続く。


 対する北鑑軍は馬帯候(バタイコウ)の指揮する一万二千。

元々は靖破・アダオウ連合軍の追撃に備えて北向きの布陣をしていたが、チバ家の兵団が西側から急襲してきたせいで大きく陣形が乱れていた。


 大半の部隊の意識はチバ家の兵団に向いており、本来の連合軍への備えは半ば崩壊しているような状況である。


「フゥッ……!!」「セヤァァッ!!」『トリャアァッ!!』


 そこへ靖破とロキとシュラが突っ込み、祝覧とルーベルズ騎兵が後から続けば、馬帯候軍の崩壊は待ったなし。

第一壁を軽々と突破し、次の第二壁も潰走の波に呑まれて消える。


「友軍が現れた! いざ、参ります! 全軍突撃!!」


「お、御嬢!? 御嬢は本陣にいてくださ……って聞いておらぬわーー!?」


「皆の衆! 出撃だ! 御嬢を死なせてはならぬぞ!!」


「「「おおさぁっ!!!」」」


 靖破軍の来援を知ったチバ家本陣も、新当主・ヒタチの号令で総攻撃に出る。

凛とした性格に熾烈さを加えたような、勝ち気な戦い方をする若き女司令官であった。


「北側、陽慶軍! 勢い落とさずに来ます! その後ろに寝返った張侍・鐘鬼隊と、北部軍の姿も確認できます!」


「西側のチバ軍も本陣出ました! 両翼も全ての予備隊を動員した模様! 総攻撃です!」


「将軍! このままでは総崩れです。まだ戦力が残っているうちに、後退を!」


 挟撃に曝された北鑑軍の本陣では、大将・馬帯候が堂々と鎮座していた。

彼は続々ともたらされる敗報を意にも介さず、不退転の覚悟を宿していた。


「退かぬ!! 我が軍勢は壁ぞ。壁に足は無く、愚直に防ぎ止めるが務めである。たとえ押し倒されて崩れようとも、最後まで敵の足元で邪魔するものだ」


「将軍……。……承知致しました。では我々も、最期までお供致します!」


 頑固一徹の馬帯候。バラガスに似た性格の彼は、その気骨を以て配下の者達をよく統率していた。討死を覚悟した将に皆が殉じようとするのが、何よりの証拠である。


「……硬いな。魔女よ、飛ばすぞ。ロキは後からゆっくりと続け」


「冗談ッ! 俺も全速力で駆け抜けるぜ!! ハイヤァァッ!!」


 開戦してまだ僅かな時しか経っていないが、靖破は馬帯候軍の徹底抗戦に付き合っていたら、こちらの被害が増す事を理解した。

故にルーベルズ騎兵と離れ、シュラと共に敵本陣まで強行突破しようとする。


 それに応えたロキも馬に大量の魔力を纏わせるや、勢いよく飛翔。まさかのまさかで、ペガサスの様に敵の上空を滑空した。

更には両手に持つ双剣を高速回転させ、タービンの如き速力装置を生み出すとともに、発生した風の斬撃で靖破の左右に群がる北鑑兵を排除する。


『すげぇーーー!! あれイイなあれイイなあれイイな!! カッケェーじゃんよ、靖破!!』


「空なら敵もいまい。前を進むのは容易だな。地上よりも断然速いかもしれん」


『なぁなぁ、うち等もやろうぜあれ。っていうかうちがやりたい!』


「やらん。俺達は変わらず、地上を斬り進む」


 あんな荒唐無稽な馬術を靖破は身につけていない。やろうと思えば出来ないことも無いかもしれないが、人馬ともに空を狩るのはロキの専売特許。わざわざ彼の見せ場を奪うこともなかった。


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