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傅磑軍 対 于雲夏軍。深淵に散る命

 抜け駆けした傅磑勢一万五千は、石岳領を出る手前で二手に分かれた。

傅磑隊九千が南を真っ直ぐ進み、息子の傅冬隊六千が迂回遊撃隊となる。


 そして石岳南隣の萓宣(ギセン)にて、傅磑隊九千は于雲夏軍一万八千と遭遇し、夜戦に発展した。


「行けぇい! 北鑑の獣を余さず討ち果たせ!!」


「やはり現れたか。だが要所は全て押さえてある。焦らず撃ち返せ!」


 傅磑隊は于雲夏軍の堅固な野営地に苦戦した。有利な地形は先に押さえられており、後から来た傅磑隊は不利を承知で突っ込むしかなかった。


「うわぁっ!? こっちからも撃たれてるぞ! 敵はいったいどれ程いるんだ!?」


「背後をとられた! 奴等いつの間に廻り込みやがった!」


「くっ……! この暗闇で、なんであんなに連携が上手いんだ!」


 各隊苦戦の報告ばかりが、傅磑の下へ舞い込んでくる。彼も用兵には自信があったが、それでも于雲夏が断然上である事に、爪を噛まずにはいられなかった。


(兵力差があるのは確かだ。しかし夜でありながら、昼と変わらず地形を熟知した戦法を駆使するとは……! 少々于雲夏軍を侮ったか)


「……冬の部隊はまだか?」


「傅冬様の気配はまだありません! いま暫くかかるかと!」


「むむ……冬隊の横撃があれば、状況を挽回できそうなのだが……」


 傅冬の武力は虎忙軍随一を誇る。彼の攻撃力をもってすれば多少の堅陣は強行突破が可能な上、配下の騎兵もルーベルズ騎兵に引けを取らない程の精強ぶりだった。


 しかし、その傅冬隊に至っては、進軍する途中で傅磑同様に、于雲鮮の待ち伏せに遭っていた。

それも一方的な奇襲で始まり、奇襲された側の傅冬隊は前後を分断されてしまう。


 魔人として父に勝る武力を有する于雲鮮は、この機に傅冬隊を徹底的に痛めつけた。猛将として戦況を左右する傅冬を半ば挑発するように、彼の配下を狙い討ちしたのだ。


「傅冬様! 駄目です! この細い道では後続の兵が邪魔で反転できません!」


「傅冬様。ここは一旦前へ抜けて、態勢を立て直してから切り返しましょう」


「いや、そんな事をしている内に後方部隊は皆殺られてしまうぞ。強引にでも後続の中を割って入り、救援に向かうしかない!」


「割って入ると言っても、この薄暗闇と混乱の中では敵味方の判別すら難しい。最悪の場合は同士討ちに発展しかねんぞ」


 傅冬の側近達が、あれやこれやと論議する。そんな中でも、傅冬本人は至って冷静だった。さも降り続ける雪のように、普段と変わらない様子を見せる。


「……このまま突っ切って父上と合流する。行くぞ。敵は無視しろ」


 于雲鮮が傅冬を二の次としたように、傅冬も于雲鮮の首を諦めた。


「鮮様! 敵前衛が我等に構わず抜けていきます! 追いますか!?」


「この先にも伏兵はいるが、一千だけ追撃に送れ。万が一にも包囲を突破して、父さんの戦場に乱入されたら面倒だからな」


 前衛の傅冬本隊に近い千名の北鑑兵が、急遽傅冬の追撃に移る。


 方や傅冬隊の後ろ半分は見捨てられた為、于雲鮮の猛襲を前に全滅する。

しかしそれ故に、于雲鮮はこの場に留まって戦闘を続け、傅冬の突破を半ば看過する事になった。


 これが最終的な結果として、于雲夏親子の「凶」に繋がるのだった。


 再び傅磑対于雲夏の戦場。


「…………これ以上の被害は総崩れのもとだ。悔しいが退却するぞ!」


 秒を追って被害が拡大する傅磑隊は、遊撃隊の到着を待てずに撤退を始めた。


 于雲夏はここぞとばかりに追撃する。陣形を多少乱してでも大虎兵の背に襲い掛かり、于雲夏本人も本陣を出て最前線で剣を振るう。

今まで一方的に殺られた分、慎重な彼に似合わぬ大胆さが垣間見えた。


「将軍! 前は危険です! 雑魚は我等に任せてお下がりを!」


「何の! 久方ぶりの勝ち戦らしい勝ち戦! 下がれと言われて下がれるか!」


 魔人ではないとはいえ、並の将校なら簡単に討ち取れる程の武勇を持つ于雲夏は、勝ち戦に気を良くして自重を忘れた。


「ふふふ、他愛もない。まともにやり合えば、そこらの大虎軍などこの程度のものよ」


「将軍、まだそこら中に敵兵がいます。油断は禁物にて、本陣へお戻り下さい」


「わかっておる。……ふむ、こちらの布陣もだいぶ乱れたようだな。一度戻って形を整えようか」


 諫言を聞き入れ、安全な場所へ戻ると言った于雲夏に、彼の側近達はホッとした。


「ん? あっ!? 将軍っ!!」


 それも束の間。周囲を警戒していた小隊長が、猛スピードで迫り来る敵影を発見。

彼は于雲夏に向けて声を発した後、新手の迎撃に当たるが、すれ違いざまの一突きで討ち取られてしまう。


「傅冬見参! 于雲夏、御首貰い受ける!」


 返り血に塗れた雪夜叉の登場により、于雲夏の護衛兵は瞬く間に朱に染まった。

傅冬の後からも、于雲鮮の包囲網の突破に成功した五百騎が続き、一撃必殺の刃と化して戦場を横断する。


「ぬっ!? くっ……うおぉ……!」


「死ね!」


 最初の何撃かは防いだ于雲夏だが、一級の武力を誇る魔人の攻撃をいつまでも凌げるものではない。

傅冬の繰り出した本気の一撃は、于雲夏の首元を容易く穿ち抜き、絶命の声をあげさせる間もなく首級を上げた。


「首を晒しながら行くぞ。動揺する敵兵を討ち抜きながら突破する!」


 部下が于雲夏の首を槍の刃先に掲げ、討ち取られた事を大声で叫叫んだ。

その凶報に于雲夏軍が驚愕すれば、変わらず先頭を突き進む傅冬が血路を開く。


 そして中隊を三つほど突破した頃、傅冬は漸く戦場を脱出した。後に続く兵はおよそ三百騎。六千で出撃した傅冬隊だったが、全滅に近い状態で帰還したのだ。


 だが戦果としてあげたものは、損害を補って余りあるものだった。何しろ大国・北鑑の顔役として名高い于雲夏の首である。その価値は城五つ分と見てもおつりがくる程だった。


「父さん!? 父さん!! 俺のせいだ……俺が傅冬を甘くみたせいだ……!!」


 一方で、凶報を聞いて駆けつけた于雲鮮は、首のない父の亡骸を前に崩れ落ちた。

首は刃先に晒された状態で持ち帰られたと聞くや、彼の悲しみは憎しみの炎に変わる。


「傅冬……貴様だけは許さん!! 同じ世代を生きる者として、何十年も何百年も苦しめてやる!! 断頭台で処されるような楽な死に方をできると思うなァァァ!!」


 復讐を誓った于雲鮮の魔力聲は、後退中の傅冬の耳にも届いた。

傅冬はさして気にする素振りを見せず、真顔のままフッと息を吐き捨てたという。


 この夜戦で、傅磑勢は五千まで数を減らした。継戦能力は皆無となり、追撃を断念せざるを得なくなった彼等は、石岳領の深くまで引き揚げる。


 そして于雲夏を失った彼の残軍もまた、于雲鮮が指揮して萓宣から撤退。代わりにほぼ無傷で軍力を保っている馬帯候(バタイコウ)が、殿(シンガリ)を受け持つ事になった。




「……ヒタチ御嬢様。姜純と于雲夏の軍が萓宣から撤収したそうです。残るは馬帯候の一万程度だとか。今ならワシ等だけでも勝てますぞ」


「えぇ、やりましょう。こちらの戦力は?」


「およそ二万! 各大隊の敗残兵や留守部隊、義勇兵の寄せ集めですが、嬢が立ち上がったと聞いて士気は満点!」


「死に損ないのあっし等が先頭に立って嬢を導きます。だから何も心配せずに、堂々と構えていてくだせぇ」


「徒に死ぬような真似は許さん。私を思って戦うなら、五体満足で戦果を持ち帰れ」


「がっはっは! 我等が御嬢様はなんと欲張りな御方か。皆の衆、聞いたか! 我等が御嬢様に勝利をォォォ!!」


「「「勝利をォォォォ!!!」」」


 萓宣奥地の山中にて、集結した大虎軍の残党が喊声をあげた。

彼等が大将と仰ぎ、士気の柱となっている者は、まだ二十歳になったばかりの女性だった。麦藁色の長い髪と、蝶を模した髪止めが印象的な女性である。


「よし、旗を掲げよ! 北鑑軍を討ち、萓宣を奪り戻す!

――いざ、勝ちに参る!!」


「「「おおおぉぉぉぉーーーー!!!」」」


 嬢の甲高い号令の下、大歓声とともに掲げられる大旗。それは萓宣領主を示すもので、旗印は無数の針状葉から成る虎である。他国はその旗を「千葉の猛虎」と呼んで恐れていた。


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