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籠城軍待望の反攻の鬨

 奚范の殿(シンガリ)部隊を撃破した靖破、アダオウ、ロキ、祝鉱らは、当たるを幸いに逃げる奚范本隊を、徹底的に打ちのめしていた。


「ッハァァ!!」


「ブオオオォォォォーーー!!!」


『わぁはっはぁーー!! どけどけーー!! 蒼髪の魔女様のお通りだぁ!!』


 爆進する騎軍の最先頭に、靖破とシュラ、アダオウの二騎がいた。

強さは鬼神のそれであり、威圧は海を飲み干す怪魚の如し。雑兵がいくら束になったところで敵うものではなかった。


「行くぞ!! 靖破殿に続けェ!! 敵を喰い破れ!!」


「オラオラオラオラァーー!! 一人残らず黒焦げにしてやらァーー!!」


 連合軍の両大将の後ろには、ロキと祝鉱が兵を率いて続く。士気最高潮にして、一騎一騎が猛獣の如き暴れぶりだった。


 この勢いに奚范本隊はズタズタに敗れ去り、もはや隊の形すら見えない有様。奚范も生死不明にて、指揮系統は壊滅。兵はただただ追い散らされるのみだ。


 石岳城の東側を包囲している姜純配下の将軍・リグレイは、迫りつつある大虎軍に対して迎撃に出る。


「……っ! 俺の本陣で敵の勢いを削ぐ! その間に姜純様へ後詰を要請しろ!」


 大槍を手に騎乗したリグレイは、反転した本陣部隊五千を引き連れて出陣した。

靖破とアダオウが率いる騎馬軍は約八千騎。数においても士気においても、練度や勢いにおいてもリグレイは圧倒的に不利な状況だった。


 その危機を瞬時に把握した姜純は、リグレイと殆ど同じタイミングで出撃する。

紛いなりにも、大軍を統率する将軍として場数を踏んでいる彼は、東の方角に火の手が上がった時には既に、出撃準備の七割近くを整えていたのだ。


 それ故に姜純の大隊は、城の北側に布陣していながら、救援要請が届く頃にはリグレイと合流できそうな所まで来ていた。


 しかし、その対応の速さを阻害する者達がいた。


「大虎の旗が見えた! 靖破殿が来たようだぞ、鐘鬼(ショウキ)!」


「あぁ、俺達も動くとしよう。手筈通りにな」


「おぅ! 張侍・鐘鬼隊はこれより、大虎軍に味方するぞ! まずはリグレイ隊の背を討つ!! その次は姜純だ! 一気に勝負を決めてやれ!!」


 大虎軍出現と同時に寝返る約束だった張侍隊と鐘鬼隊。

南側の包囲を担当する二万もの軍勢が一斉に寝返ると、戦局は一気に傾いた。


「私達も出るぞ。門を開けよ! 北鑑軍に突撃する!!」


 勝機到来を五感で捉えた傅磑(フガイ)もまた、城内の虎忙軍に出撃号令を下す。

東門からは傅磑の主力部隊一万二千が、北門からは嫡子傅冬(フトウ)の遊撃隊七千が出た。


「敵将、覚悟ッ!」


 傅冬の騎馬隊は凄まじい勢いで敵中を突破。混乱している北側包囲部隊の将軍・ルーグの本陣に迫る。


「ガキが、調子にの――」


「死ねッ!」


「ぐぼぉっ……!?」


 傅冬の槍捌きは瞬きの如き速さを誇る。ルーグは刃を交える間もなく朱に染まった。


「北鑑の将軍・ルーグ! 傅冬の槍が貫いた!!」


 傅冬自身が魔力を込めた大声で叫ぶと、その聲は城の東と西に充分届いた。

特に東側で戦う姜純とリグレイは、正面に靖破・アダオウ連合軍を、後ろに傅磑率いる虎忙軍を、右に張侍・鐘鬼隊を抱える状況に加え、今また左側も挟撃の恐れに曝された。


「……退くぞぉぉ!! リグレイも続け!!」


 靖破、アダオウ、傅磑、張侍、鐘鬼に三方を囲まれ、残る一方も傅冬が迫る中、姜純は早くも撤退を決断する。


 血路を開いて進む先は、南側に蓋をする張侍・鐘鬼隊。姜純は前線の主力兵をできるだけ回収しながら進み、まずは鐘鬼と相対する。


「ここは通さん! 靖破軍への帰順の証に、姜純! お前の首を貰う!!」


「とってみやがれ裏切り者!! オラァァッ!!」


 鐘鬼の長巻と姜純の大剣が、轟音を鳴らしてぶつかった。

それと同時に、地属性の姜純は大剣に大量の魔力を送る。彼の得物は途端に重量を増し、刃を交えて一合目にもかかわらず、鐘鬼をいとも簡単に落馬させた。


「お前が俺に勝てる道理が、あると思ってんのか!! オラ! オラオラァ!!」


 馬上から振り下ろされる姜純の連続攻撃を前に、鐘鬼は防戦一方になった。


 大剣とは思えぬ程の攻撃頻度は、速さと手数を得意戦法とする鐘鬼を優に上回る。一撃ごとの威力は、手を痺れさせ、足が地に沈み、骨の髄まで響いていた。体に魔力を帯びさせる事で、敵の強攻撃に対する耐性を得られる魔人でなければ、間違いなく圧殺されていただろう。


「チッ……! ナメるな! 好き放題暴れるだけが取り柄の、無法者がっ……! 強者なら何でも許させると思うお前らの傲慢さ……反吐が出る!!」


「……フッ、元盗賊が正義ぶるんじゃねぇよ。お前も俺も大虎の奴等も、皆変わらず無法者だ。だからこうして……戦してんだろうがっ!!」


 会話により若干緩まった分が、次の攻撃に上乗せされた。

先程までとは一味違う強攻撃に、鐘鬼は大きく吹き飛ばされる。


「強奪、蹂躪、凌辱される民を見て、情でも移ったか? あ? 先に戦争仕掛けたのは大虎だろうが。俺達は戦屋として、売られた喧嘩を買えばいいんだよ。民がどうの、国家がどうの、俺達には関係ねぇ。力で圧するのが愉しくて愉しくて、仕方ねぇ事だけを考えろや。そうすりゃ人生楽しいぞ」


「……仮に同じ無法者だとして……オレはお前ほど捻くれはせん……! 見てて嫌なものは、敵国の連中だろうと嫌だ! それを押し通す為に戦う。悪いか!!」


「……フンッ、気分屋が。……まぁ頑張れや。行くぞ! リグレイ!」


 鐘鬼を軽くいなした姜純は、背後から靖破とアダオウが迫っている事を察知し、これ以上の問答はやめて撤退に専念した。


 結果、姜純・リグレイ隊は、弱体化した鐘鬼隊の穴を突いて包囲を突破する事に成功。全体の三分の一が戦場を離脱した。

また、唯一無傷で済んだ西側の馬帯候(バタイコウ)も、姜純を援護するように戦場を離脱。北鑑軍は大敗したとは言え、一軍の戦力は辛うじて保持したのだった。


 一方、靖破・アダオウ連合軍は、虎忙軍並びに元北鑑軍部隊と合流。まだ夜が明けきらぬ中、改めて各軍の将校らが面会した。


「元北鑑軍の将軍・鐘鬼だ。まずはオレの力不足のせいで、姜純に逃げられた事を詫びさせてほしい。……面目次第もない!」


 諸将の前で、勢い良く頭を下げる鐘鬼。

主君になる靖破にとっては、それが鐘鬼の第一声および第一印象だった。

肝心なところで手柄を立て損なった、惨めな印象である。


 しかし、それは普通の感性であればこそ。当の靖破はその辺の事にも関心がなく、寝返り者の対処は祝覧に一任している為、黙して参謀を見る。


「……鐘鬼殿。頭を上げられよ。姜純を取り逃がしたは残念だが、奴等は甚大な被害を出して敗走した。奴を討ち取る機会はまだ充分にある故、その折は今日に勝る活躍を期待するぞ」


「……気遣いかたじけない!」


 祝覧の激励を受け、鐘鬼は顔を上げた。如何にも曲がった事を嫌いそうな、好漢というに相応しい顔立ちである。


「……で、祝覧殿よ。どうするんだ? 今からまた追いかけるのか?」


 鐘鬼の謝罪が荒波立たずに済んだと見るや、次はロキが問う。これに関しても、全軍の参謀を担う祝覧が答える。


「今追えば或いは……とは思う。だが我々も北部軍も、連戦を経て大いに疲弊している。無理を通して追撃しても、戦果と脱落者の数は同程度になるだろう。……それにもう一つ、実は気になる存在が残っている」


「于雲夏の兵が、終始気配を感じなかったな」


「うむ。靖破殿の言う通り、于雲夏軍だ。我々が石岳城に到達しても姿を見せなかった事から推測するに……于雲夏は奚范に見切りを付け、別の道を通って撤退しているのだろう」


 靖破とシュラは常に軍の先頭にあり、索敵および掃討をしていた。その二人がどれだけ警戒しても、于雲夏軍もとい中・小隊の気配すら感じなかったのだ。


「おそらくは牟区市の南西に伸びる険路を通じて、石岳の南に抜けるつもりだろう」


「撤退するのにわざわざ険しい路を通るのか? 山道に慣れた俺達ルーベルズ兵なら兎も角、負傷者も多い于雲夏軍には酷だろ」


「確かに進軍はしにくく、追いつかれやすい。だが欠点を補って余りある利点があるのだろう。まずは単純に、馬が合わない奚范と距離を取れる事。先の戦を見ても、両者の連携はバラバラだった。よほど仲が悪いのだろう。優勢な戦況をまったく活かせない程に」


「何倍もの兵力差をもってしても、アレだったからなぁ。まっ、俺達は助かったから別にいいけどよ」


「次に于雲夏自身、地勢を利用して追撃軍を撃退もとい躱す自信があるのだ。奚范が通った本道と違い、于雲夏の道は細く険しい故に、兵を伏せるにも消息を断つにも向いている。現に我等は皆、于雲夏軍の行方を掴めていないのだからな。

――そして主な理由の最後……これに関しては結果論だが、奚范を囮にして自分達は安全に逃げられる事だ。部下想いの于雲夏にとって、これはとても大きな理由だろう」


 靖破の強さを嫌というほどに知った于雲夏が、今更その武力と行動力を見誤る事はないだろう。

彼は靖破が追撃軍の最先頭に立つと予想した。だから見つかりやすく、軍の足にも追われやすい本道を通って石岳城へ撤退する事を良しとせず、わざわざ奚范が選ばないだろう険路からの撤退を買って出たのだ。


 険路ならたとえ靖破に追いつかれても、四散する事で全滅を免れられる。軍の追撃に遭っても同じ事が言えるし、組織的な反撃も可能だった。


『…………で、結局どうすんだおっさん。追うのか?』


「話を聞いていたのか、魔女よ。追撃はせん、という事で決まりだ。

――ロキ、部下達を充分に休ませてやれ。よく戦ってくれた」


「お褒めに預かり感謝感激! では早速言ってくる」


「祝覧は次の策を練ってくれ。嶄條達が来てから動くか、来る前に動くかは任せる」


「承った」


「……張侍と鐘鬼。疲れを知らぬお前達には、朝まで警戒を任せたぞ」


「おっ!? 俺達に夜警を!? ついさっきまで敵だったんだが! いいのか!?」


「構わん。いまさら時の前後など気にはせん」


「……おぉう!」


 靖破の指示に従い、彼の軍は態勢を整える為の休憩に入った。

アダオウもそれに倣って追撃を中止し、靖破軍とともに休むことにした。


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