筋の査定
牟区市 靖破・アダオウ連合軍陣地
時は少しだけ遡り、靖破達が出撃した後。嶄條が指揮する本軍は牟区市の備えを固めていた。
軍は万事整いしだい、靖破を追って石岳城へ向かう手筈になっている。
「ってな訳だ! アンタの兄ィから護衛を頼まれてる。よろしくなリナム!」
「はい。宜しくお願いします。祝那将軍(どういう訳でしょう?)」
そんな中、制圧した牟区市の軍基地にて、リナムとキクズナは祝那と面会した。
祝覧から祝那の話を聞いていたリナムは、自分と同じ妹という存在に親近感を抱いていたが、いざ会ってみると自分とはまったく別の価値観を持った女傑だと知る。
「さてと、それじゃ早速ーー」
リナムの感情はさて置き、祝那は勢い良くリナムの服を捲り上げた。
加虐性をそそられる程に可愛らしいおへそがペロンと露わになるや、リナムは唖然とし、一瞬遅れてから赤面する。
「な、なな! 何をなさるんですか祝那将軍!?」
「ふ、腹筋が……割れてないだって!?」
「あること前提なんですか!?」
慌てふためくリナムに反し、祝那は絶望の色を浮かべた。
「いつから大虎の女は……こんな弱くなっちまったんだい。これじゃ國を侵されるのも当然だよ……」
「たぶん女性の九割九分九厘九毛は腹筋とは無縁だと思いますよ」
「毛も厘も分もないよっ! 大虎の女に腹筋は必需品! 最低でも腹筋普及率は八割だね! こんな華奢な体で、元気な赤子を産めると思ってんのかい!」
「理想高すぎませんか!? とにかく手を離してください! さっきからキクズナが凝視してて恥ずかしいんです!」
ジィーと見るムッツリ助平なキクズナ君。靖破もシュラもロキもいない今、彼は本能に従って愉しんでいた。
「…………これは深刻だよ。腹筋も割れてない領主に臣民は従わない。必ずなめられるよ、アンタ。何せ力の象徴が目に見えてないんだからね」
「そうでしょうか……」
「こうなったら今から特訓だ! 時間はない。夜明けまでに綺麗な腹筋をつくるよ!」
「……どう思います、キクズナ」
「無茶苦茶ですな!」
ムッツリ助平ではあっても常識人。キクズナは祝那の主張を非現実的だと捉えた。
しかし階級においては将軍の下に位置する為、彼では祝那に意見できず、どうやらリナムは筋トレに励まざるを得なさそうだった。
「副長。ご指示通り、バラガス殿と経清殿をお連れしました」
「何という好機! よくぞ間に合わせてくれた!」
そんな中、捕虜となっているバラガスと経清が連れてこさせられた。リナムが直接説得したいと言うから、キクズナが部下に命じて連行させたのだ。
両者は武器こそ没収されているが、粗略な扱いはされておらず、手足の自由も効く状態だった。ただし魔力はシュラによって封じられている。
「おや、アンタが噂に聞く藤原の姫武将か。どれどれ――」
リナムが止める間もなく、祝那は当然のように腹筋チェックを始めた。
本来敵であるからか、祝那の動作はリナムの時より乱雑で、経清の着物は腹周りを豪快に破られる。
「んなああぁぁぁーーー!?」
ロキとの戦闘で既にボロボロになっていたものが、更に酷い状態になった。
和美人に似合う控えめな美へそと、キュッと締まった腹部。
それが露わになった瞬間、経清は衝撃の顔を浮かべ、祝那は激昂する。
「アンタも失格じゃあぁ!! 鍛えてやるからさっさと着替えなぁぁ!!」
何たる横暴。されどこの場にあって発言力が最も高い人物は祝那である。誰も逆らえない故、大人しく筋トレに励む他なし。
「…………」
「……!?」ビクッ!?
祝那の視線と無言の圧が、蚊帳の外に居たい感満載のバラガスへ向いた。
「アンタみたいな筋肉野郎が脱がなくて誰が脱ぐってんだい!! 需要供給の為にさっさと脱ぎなァァァーー!!」
それから数分後
祝那「っし! さぁやるよ!」⇐腹筋へそ出しスポーツウェア
リナム(将軍直々の鍛錬……きっと激しいものよね)⇐体操着
経清「あ、足がスースーして……恥ずかしいんだが……!」⇐体操着
バラガス(………………ふぅ…………寒いな)⇐褌!! やったね!!
敵味方を巻き込む、戦後最大の筋トレが今! 始まる!!
一方、祝覧から全軍の統率を任された嶄條だが、大雑把な性格に反してわりと真面目に軍務をこなしていた。
彼は現在、一人で牟区市内の警邏に出ている。
「ナマハハハハ、誰かお探しかな? 覆面のお嬢さん」
「!?」
軍営倉庫の物陰から姿を見せた、黒衣の曲者。以前リナムを襲った者とまったく同じ服装をし、肌をさすらう夜風のような動きだった。
その常人には気配を感じさせない刺客の動きに、嶄條はさらに気配を悟らせる事なく待ち構えていた。
「そう身構えずともよい。女子供を切るは我が道に非ず。殺したりはせんぞ。ただ……」
丸腰の剣豪は、わかりやすい挑発の様に腕を鳴らす。
「《白眉》の暗部に、何度もちょっかい出されるのは面倒だ。四肢骨折をもって、大人しく寝ててもらおうか」
「…………!!」
大虎と並んで北鑑の両翼を担う國・白眉。嶄條は沈黙の刺客が、そこから派遣された者だと分かっていた。
刺客は懐から白刃を抜くや、常人離れした脚力で嶄條の背後をとる。如何に名の知れた大剣豪といえども得物はなく、夜の闇と雑然たる倉庫は刺客に味方していた。
「ナマハハ、遅い!」
「――!!?」
動かざること山の如し。どっしりと構えたままの嶄條は、一発の肘鉄で白刃を打ち砕き、そのまま刺客の鳩尾を撃って骨を折る。
「さぁて……格闘魔女っ娘への土産としてやるかのぉ。少なからずあの國と因縁のある魔女が、拷問できる状態の “物” を見て何とするか」
衝撃の表情を浮かべ、吐血と同時に気絶した刺客の四肢を、嶄條は改めてボッキリと折っていく。無論、目を覚まして脱走あるいは暗躍されるのを防ぐ為だ。
(…………それにしても白眉か。代々得意とする策謀と、徹底した合理主義の下に栄える強國。歴代の王達は冷酷な思考を幼い頃より叩き込まれ、行き過ぎた英才教育は時として毒を盛る事すらあるという。今の大虎にとって、実は北鑑や楽羅よりも脅威になるやもしれん)
「……とにかくだ。いい駒が手に入ったのは事実。ナマハハハ! 後は格闘魔女っ娘が拷問なり凌辱なりして情報を聞き出せばよし。儂はやらん」
拷問や尋問は柄ではない。嶄條は無力化した刺客を担ぎ上げ、収容所まで赴くと、地下の特別牢にある拘束台へ縛り付けた。
そして一仕事終えた彼は、何食わぬ顔で基地へ向かう。牟区市内に不穏な気配がなくなり、安全となった証であった。




