信じれぬ報告「敵の大将が斥候となり単騎で無双している」
靖破、シュラ、祝覧の三人は、伏兵が懸念される石切場の裏口に廻った。
案の定、三千近い北鑑兵が靖破・アダオウ連合軍を今か今かと待ち構えており、石切場は彼等の殺気に満ち溢れていた。
「また派手に壊したものだ。制圧後に利用しようとは思わなかったのか」
『……この辺の石は駄目だな。魔具に使えそうなのは無ぇ』
「まぁ当然だ。ここは主に建材となる石の採取場だったからな。魔石や飛翔石といった類のものはない」
大虎の建設業に多大な貢献をした作業場は、先の北鑑軍侵攻で派手に破壊されていた。作業員は当然ながら、役に立ちそうな物資も尽く残されていない。
靖破とシュラの二人は、その光景を険阻な岩山の頂から一瞥していた。
「ぜぇ……ぜぇ……! ご両人、えらく簡単に登るではないか……!」
『んだよおっさん。ついてきたのか? ご苦労だねぇ』
「下で待っていれば良かったものを。どうせ今から殺しに降りるのだから」
「……参謀として、戦場を把握しておく必要がある。……ここで奴等を討ち漏らせば、後々再結集して立て直す可能性があるのだ。……それに、近隣の集落へ落ち延びられても困るからな……!」
「……で、あれば。皆殺しで構わんな?」
「徹底的に……討ち取る他あるまいっ! 逃げ出そうとしている小隊があれば、上から俺が知らせしよう……!」
「それは良い。解りやすくて助かる」
息切れ甚だしい祝覧から、先の展望を見据えた上での皆殺しを頼まれて、靖破は僅かにほくそ笑む。
「では……殺るか」
眼下で息を潜める北鑑兵に再び視線を向けた時、靖破の顔は死神だった。
彼が音もなく飛び降りるや、シュラも一迅の風となって舞い降りる。
その後の戦闘描写は語るまでもない。祝覧が二回ほど聲をあげた以外に、問題らしい問題はおこらないまま一方的な決着となり、北鑑兵の屍は採取された石材のように無造作に積まれた。
「……次だ。祝覧、馬を飛ばすぞ」
「うむ! 煙弾も打ち上げた。ロキ殿達は全速力でここまで進むだろう。次の伏兵地点へ急いで先回りしよう!」
伏兵の排除を知らせる狼煙が合図となり、通常速度で進んでいたロキとアダオウ等は一気に加速した。
そして靖破とシュラと祝覧は、騎馬軍より早くに次の伏兵が予想される場所へ向かう。彼等が索敵と伏兵の排除を兼ねた斥候であるからだ。
しかし、ここで思わぬ誤算がおきた。
なんと靖破達が次の地点へ向かう途中で、奚范本隊の最後尾を視野に収めたのだ。
『見ーつけた。トロトロ進んでやがってマヌケどもめ』
「俺達が早すぎるんだろう。どうする祝覧。ロキ達を待たずに始めるか?」
「…………どうやら、俺が先ほど打ち上げた合図を、奴等も見たようだな。自軍の指示にない狼煙だ。奚范ならずともその意味を察し、追撃軍に対する陣形を整えようとするだろう。……俺としては今のうちに、敵軍後方を掻き乱しておきたい」
「決まりだな。行くぞ魔女よ」
『おぅ! やってやらぁ! おっさんはロキと一緒に後から来な。それまでに道作っといてやるから!』
「かたじけない。では後程、戦場で合流致そう」
靖破とシュラは前進し、奚范軍の後方部隊に突撃。祝覧は一旦下がってロキと合流後、改めて靖破に続く事になった。
「敵接近! 敵接近!! 敵の大将・靖破が、ただ一騎でこちらへ向かってきます!」
「一騎だと!? 我等を甘く見るにも程があるぞ! 者共、出やえ出やえ!!」
「「「うおおぉぉぉっ!!!」」」
数の優位が、北鑑兵の心胆に刻まれた靖破への恐怖心を緩和させた。
奚范軍最後尾の部隊は直ちに反転し――
「「「うわあぁぁーー!? 逃げろぉぉーー!!?」」」
三分も保たずに崩壊した。一振りで二十人を一閃する靖破の強攻と、千切っては投げ千切っては投げを体現するシュラの規格外の強さに、誰もが生きた心地をせずに逃亡を始める。
「たった二人を相手に何たる様だ! 逃げるな! たたか――」
『ほわっちゃーー!!』ドガッ!!
「お星さまキラリン!!?」
勇敢にも指揮を執る中隊長が、視界の片隅から突如現れたシュラの飛び蹴りを喰らい、戦場を強制離脱させられた。今宵の一番星は彼で決まりだ。
「「「うおおぉぉぉーー!! 靖破を討てェェェーー!!」」」
『お! 見ろよ靖破。新手が来たぞ! ちっとは遊べる奴等かね』
「有象無象の雑魚どもだ。期待しないほうが良い」
靖破とシュラの来襲を知った奚范は、八千の中軍を迅速に反転させ、甚大な被害を出している後方部隊の援軍とした。
先に蹂躪された後軍五千は、既に一千以上の戦死者を出していたが、援軍を加えて一万を超える戦力となった事で士気をあげ、再び靖破とシュラに挑む。
「……さすがに一万が相手だと、捌ききれんところがあるな」
『なんだ靖破。もう疲れたのか? 戦はこれからだぜ』
「別に疲れてはいない。ただ、主軸を担う将軍が討たれて尚、副将級の将校どもが味な指揮を執るのでな。矛先を微妙に逸らされるような感覚だ」
『ふぅん……変な事考えるなぁ、お前も。うちは全然気にならねぇよ』
「それは単純に、手当たりしだいに敵を殴り飛ばしているだけだ。少しはロキ達が到着した時を考えて、敵を討て」
『考えるより先に殴る! それがうちの戦法だ! 全ては暴力が解決してくれんだよ!!』
「……やれやれ。それでよく「道を作っておいてやる」と言えたな」
『全員ぶっ飛ばせば同じだろが! ウダウダ言ってねぇでさっさと殺るぞ』
奚范配下の将軍・李勉、鯨罧、ヒソンが戦死した今、奚范軍には万を指揮する上級将校が不足している筈だ。
それでも中軍は組織的な動きを見せ、靖破とシュラを包囲するように動きつつも、後続のロキ・アダオウへの備えを整えようとする。
奚范の指示を忠実に実行できている事を見れば、かの軍もまた鍛えられた兵団の一つと言えるだろう。
靖破は可能な限り、中軍の動きを阻害しながら戦うが、本人も言ったように現在指揮している将校が鋭い為、思いのほか道を確保できなかった。
「ルーベルズ・ロキ推参! 行くぞ皆! 敵を喰い破れェェ!!」
「北の猛虎どもよ、我輩に続け!! 一人残らず粉砕する!!」
「雷神・祝鉱様のお通りだ! 命惜しけりゃ今すぐ死ねぇ!!」
「「「ウオオオォォォーーー!!! 将軍達に続けェェ!!」」」
完全に仕事を成したと言えぬうちに、ロキ、アダオウ、祝鉱の騎馬軍が駆けつけた。
敵味方の動きの速さを誤算と感じた靖破は、僅かに動きを止める。ロキとともに疾走する祝覧も、靖破対奚范軍の戦況を見て眉を顰める。
(!? 敵は既に後詰を出したか! 想定より大分早い! ……ならば目前の敵が全てではない筈だ。やはり伏兵を置くに適した場所、左右の森に注意せねば)
「突撃陣形を改めるぞ! 中央をアダオウ殿に任せ、ロキと祝鉱は左右両翼となり、錐行の陣を成すのだ!」
「何っ!? 陣変えだって!? この場でか!?」
「……何かを察したというのか。良かろう。我輩の部隊は中央を突っ切る! 祝鉱とロキは一歩遅れて付いて参れ!!」
祝覧の指示に従い、騎馬軍は走りながら陣形を改める。アダオウを中央の再先頭に配置し、ロキと祝鉱は左右斜め後方に続くという形だ。
「祝覧殿! いいのかこんなんで!? すごい歪だぞ!」
「構わん! 大まかな配置さえ出来ていれば充分だ!」
急な陣形変更ゆえに隊列が整っておらず、その不格好をロキは心配した。
だが祝覧からすれば、その歪さこそが、敵を誘い出す為の芝居だった。
「大虎軍は陣形を崩したぞ! 今が好機だ! 突撃開始ィ!」
乱戦場から南北に離れた森より、急いで配備されたであろう奚范軍の騎馬隊が出現する。数はそれぞれ一千騎。タイミング的にも場所的にも、靖破やアダオウの突撃を受ける味方を救援し、かつ挟撃するつもりだったのだろう。
「そら来たぞ! 両翼は展開せよ! 数でも質でも凌駕している事を思い知らせてやれ!」
「そういう事か! ロキ隊進路変更! 新手の騎馬隊を喰らい尽くすぞ!!」
「祝鉱隊もだ! まんまと出てきた奴等を狙い討ちするぜェ!!」
前面の敵に突入する寸前で、ロキと祝鉱は目標を変更した。
奚范軍の騎馬隊は奇を突くつもりが、誘い出されて逆に危機に陥ったのだ。
結果、この地の戦闘は靖破・アダオウ連合軍の圧勝に終わる。
ロキと祝鉱は新手の騎馬隊を圧倒的力量差で返り討ちにし、靖破とアダオウは中央を突破して敵陣を分断後、潰走する北鑑兵を完膚なきまで葬った。
出陣して早六時間。連合軍はいよいよ、奚范本隊へ迫るのだった。




