勝機逃さず。常識外れの追撃軍結成
制圧した牟区市内に、奚范や于雲夏といった迎撃軍主力の姿は見当たらなかった。
彼等はバラガスの出撃と時を同じくして、反対側の西門から石岳城へ向けて撤退していたのだ。
「靖破殿、このまま追撃しよう。奚范はまだ、俺達が牟区市を攻めていないと思っている筈だ。ケツに喰い付きさえすれば、あとは竹を割くように撃ち破れるぞ!」
「あぁ、それは面白そうだ。行こうか」
「よし!! 皆、出るぞ! 今度こそルーベルズ騎兵の精強ぶりを思い知らせてやるんだ!」
「「「オオオオォォォッ!!」」」
血気盛んなロキの進言に、靖破は頷いた。祝覧に先んじて市内に入り、靖破と合流したアダオウも賛同を示す。
「我輩も供に行こう。この機を逃して石岳城の開放はあり得ぬ」
「おぉ、それは心強い! ただ、一つだけ頼みがあるんですが、いいですかね?」
「……なんだ。言ってみろ」
「祝那殿に、妹の護衛を頼みたくて。本人には内緒だが、どうやらあいつを付け狙う奴がいるみたいなんです」
リナムを襲った曲者の存在を、彼女を除く靖破軍の主将達は警戒していた。
昨日まではシュラもとい靖破が傍らに居り、風呂場ではシュラがおもちゃにしながら護衛していたアレである。
アダオウは「なぜリナムが」という当然の疑問を抱きつつも、それは一先ず置いておいて、女性にしか頼めない役目を祝那に振る。
「……という事だ。頼めるか、祝那」
「留守番なんて柄じゃないんだけど、まぁいいさね。任せときなロキ兄ィ。楽しい女子 談話に花を咲かせようじゃないか」
「ハッ! ハッ! ハァ! 祝那のどこに女子要素があんだよ! 幻滅されるから黙っとけ」
「兄貴こそ黙んな。雑兵に脇腹刺されて死ね」
「あぁ!? んだと祝那! もっぺん言ってみ――」
「止めぬか、話が進まぬ。祝那は直属の騎兵を半分、祝鉱に預けよ。祝鉱も歩兵は置いていけ。追撃は騎馬隊だけでするぞ」
辛辣な返しに逆ギレする祝鉱を、アダオウが慣れたように制止する。北部軍長官は大変だな……と、靖破は理解した。
その一方で靖破の半身たるシュラは、リナムの護衛を任された祝那にやや険しい視線を送り、予め釘を刺しておく。
『……一つ警告するぞ、おっぱいちゃん。留守はいいが、うちの居ない間にリナムの初めて奪ったら全身粉々に叩き折るからな』
「はっはっは! 安心しな。女同士で乳繰り合う趣味はないよ!」
『その意気や良しだ。んじゃ靖破。さっさと行くぞ!』
何の警告だ……と、男性陣が怪訝な表情を浮かべる中、シュラは至って真剣だった。
とにかく話が纏まった一行は、九千騎の戦力で北鑑軍を追撃した。
祝覧率いる靖破軍本隊が入城したのは、そこから一時間を超えた頃だ。
祝覧は出迎えに現れたロキの部下から、事の次第を聞くと驚いた。
「なにっ!? 靖破殿はもう出てしまったのか!」
「はっ。祝覧様と祝那様にこの場を任すとして、ロキ隊長とアダオウ様を伴って西の門より出撃しました」
「むぅ……そうか。できれば一言、忠告を聞いてから出てもらいたかったが……」
「祝覧将軍。靖破様への忠告とは、何でしょうか?」
「うむ。我々が牟区市をこうも早くに制圧したのは、確かに奚范にとって想定外だろう。故に、靖破殿の追撃はまだ来ないと思うのも頷ける話だ。
――だが、敗れたりとは言え、奚范と于雲夏は知略に富んだ将軍。必ずや予期せぬ追撃に対して、伏兵を配備して備えていよう」
「ふむ……靖家の小倅やアダオウなら、ちょっとやそっとの伏兵ごとき難なく突破するであろうが、ルーベルズ家の連中は気になるな。あやつ等はこの軍にあって、替えのきかない貴重な戦力。可能な限り損耗は控えさせるべきだろう」
「嶄條殿の言うとおりだ。ロキ殿の騎馬隊は、残党の集まりに等しい我々にとって最大最後の鉞。それが折れるような事態は避けねばならん」
追撃軍の圧倒的有利は、古来から変わることのない戦略体系ではあるものの、奚范や于雲夏がただ追撃されるだけの愚将とも思えない。
祝覧は伏兵の存在を懸念し、嶄條も兵法者として逸早い理解を示した。
「牟区市の西……ちょうど石岳城との中間辺りに、大虎有数の石切場がある。そこは主要な街道に近い事もあって、進軍する敵を待ち伏せるのに適した場所だ。俺が于雲夏や奚范なら、ここに三千の兵を置いていく」
「場所まで予測がつくなら、尚更急げだ。今なら早馬で軍の足に追いつけるぞ」
「うむ! 申し訳ないが、ここは嶄條殿に預ける」
祝覧は僅かな供を引き連れて靖破の後を追う。本隊の指揮と戦後処理は、代わって嶄條が執ることになった。
「すまんが俺は飛ばすぞ。お前達は可能な限りで付いてきてくれ」
最前線で剣を振るう機会こそ少ないが、祝覧も魔力を扱える魔人である。
彼は跨がる足を介して愛馬に魔力を送り、身体能力を上昇させた。
馬は主の期待に応えるように疾風となり、緑のオーラを纏いながら超科学的な速さで爆走する。
その速さは後続の人馬ともに、絶望を抱くに等しい。魔力強化に慣れていない馬達は、自分と同じ姿をした生き物が自分の何倍もの速さで駆けていく様子に驚嘆する余り、騎乗者の必死な想いを無視して手を抜いてしまった。
祝覧がもし後ろを振り返れば、供の騎兵があっという間に豆粒になっていた事だろう。
『……ぁん? なんか後ろから、すげー勢いで近付く奴がいるぞ。この気配は…………脛毛足のおっさんだな』
「脛毛足のおっさんなんて、この世界には腐るほどいますぜ、魔女様。まっ、誰のこと言ってるか容易に想像つきますけどね」
「……祝覧が何かを伝えに来たか。足を止めるぞ」
流石はシュラだ。祝覧の接近に真っ先に気付く。
最先頭を進む靖破は馬を止め、それに倣ってロキやアダオウも進軍を停止する。
一時間も遅れて出発した祝覧だったが、靖破が一般的な軍馬の速度に合わせて進んだ為、何とか間に合う事ができた。
「靖破殿! 暫し! 暫し追撃を控えてもらいたい!」
「祝覧殿、そんなに馬を飛ばしてどうした。戦は追撃軍が有利。それを控えろとはどういう意味だ?」
「伏兵を懸念してのことだ。北鑑軍にはまだ、策を弄する余力はある」
「フッ、心配性だなぁ祝覧殿は。さすがはおっさん。今更伏兵を置いたところで、せいぜい二千か三千だろ。そんなもん軽く喰い破ってやるさ」
「馬鹿言うなロキ殿。将たる者は、一騎の損失でも軽く見ぬものだ。ましてや自分の兵であれば尚更。ただ進むだけが将の道ではないぞ」
武将として兵を大事にすることは当然の事。そう言われては、部下想いのロキに反論の余地はなく、彼は今度ばかりは黙って従う。
「ここは物見を出して、先の状況をよく知ってから動くべきだ。最悪、石岳城包囲の軍がこちらに向かっている事も考えられる。このまま進むのはあまりにも危険だ」
牟区市より西の情報を殆ど知らない連合軍が、勢いのまま進軍する事。それは祝覧から見れば、先の見えない虎穴に入らんとする猟師同然だった。
「理解した。祝覧の忠告、至極尤もな話だ。……だが、物見を出していちいち対応していては、敵に逃げられよう」
「では、危険を承知で突っ込むか? 虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。戦果・功名の為なら犠牲も已む無しだ。……我輩らは、それでも構わんぞ」
「いいや。物見を出す事も、不要な犠牲を出す事もしない」
「?? ではお主は、どう動くと言うのだ? まさかここまで来ておきながら、追撃を中止するとは言うまいな」
靖破の言うことに、アダオウは怪訝な眼差しを向ける。
その一方で、祝覧とロキは靖破の考えを察し、二人は自ずと微笑を浮かべた。
「俺と魔女が必殺の物見となって露払いしよう。ロキとアダオウは先に進め。祝覧は俺とともに行動し、伏兵のいそうな場所を教えてくれ」
「なっ……なに!? 大将自らが伏兵を排除するだと!? 正気か!?」
「沙汰などとうに壊れている。問題ないだろ? 祝覧」
「うむ! 靖破殿ならそう言われると思っていた! ロキ殿も異論はないな」
「当たり前だ。靖破殿と魔女様が索敵してくれるなら、これほど心強いものはない! 今日の勝ちも貰ったぞ!」
軍法戦術も立場も関係なかった。若気の至りでもない。強者の余裕だった。
(こやつらは戦を愉しんでおる。…………フッ、功名餓鬼どもめ。我輩を震わせるとは、やりよるわ!)
戦略的意義を感じて参陣したアダオウだったが、彼はいつしか靖破の為す戦に魅せられていた。
そこには若りし頃の大虎王の面影があり、単騎でアダオウの窮地を救いに来た大胆不敵さが重なって見えたという。




