げに珍しき一聲が戦場を動かす
全力を出して尚、靖破との一騎討ちに敗れたバラガスは、および腰で駆け付けた民兵達に注視されながら捕縛された。
「……二度も縄目の恥を受けるとは、武人として生きる価値はない! 早う殺せ! それで貴様等も優位に動けるであろう!」
シュラによって魔力を封じられ、ルーベルズ兵によって雁字搦めにされたバラガスだが、それでも気を抜けば暴れかねないほど、彼の覇気は衰えていない。
靖破は自分を睨む根っからの武人を一瞥する。哀れむでも殺意を向けるでもなく、ただ必要があるから捕縛したのだと言いたそうな目だ。
「……なぜだ。なぜ殺らん! このバラガスには首を刎ねる価値すら無いと言うのか!」
「…………」
「それとも人質として利用するつもりか! はたまた寝返り者の末路を、惨たらしい最期で見せしめとするか!」
「……吠えるな。別に何もせん」
「なんだと? それはどういう意味だ。何もしないなら、生かす意味もなかろうが。……もしや貴様、生き恥を晒す我を見て、楽しむ趣味でもあるのか?」
「ただの北鑑の将であれば、問答無用で斬り伏せている。……だがリナムは、お前の価値を拾った。お前を討つは容易いが、それをすればあの子の人を視る目が間違いだった事になる。故にバラガス、お前には無様にも我が軍の将になってもらう」
「北鑑への復讐の鬼が……我が北鑑の武人である事を承知で、そう言うか?」
「……あとはリナムと話せ。だがあの子の心を痛めるようであれば、その時は容赦せん」
靖破は顎を使ってルーベルズ兵達に指示し、バラガスを自軍の後方へ連行させた。
『……さて、と。次はあんたらかぃ?』
圧勝劇を演じつつも覇気に欠ける靖破と代わり、軍の先頭に立ったシュラが民兵隊へ闇がかった笑みを向ける。
素の顔が月の如き美麗さを誇るだけあって、魔女らしい闇を帯びた時は一際恐怖心を駆り立てた。
「突破する。魔女よ、乗れ」
『ん? おぉ、了解了解。……っとぉ!』
騎乗した靖破がシュラの横に並ぶや、魔女は軽やかに飛び乗った。
後ろにはロキの率いるルーベルズ騎兵二千が待ち構え、靖破の号令を待つ。その勇壮にして圧倒的勝者感に、民兵達はただ震えるのみだ。
「ひっ……!? 来るぞ!? ど、どうすれば……俺たちゃいったい、どうすれば……!!」
「逃げれば家族が殺される……でも、ルーベルズ家の正規兵に勝てる訳ねぇ!」
「ちくしょう……! なんでだ、なんで俺達は、味方の筈の大虎軍に殺されなきゃいけないんだよ……!!」
目前で指揮官を失い、進退窮まった民兵隊も待ち構えるような状態だったが、ルーベルズ騎兵隊との士気は天と地ほどに違う。
数秒後には死の演目が始まると本能で察した民兵達は、退いてはいけないとわかっていながら、足が後ろへ下がろうとした。
「バラガスが言ったぞ! 左右に分かれて迂回しろ! 祝覧の本陣を突け!」
「「「うっ!!? っ……う、うおおおぉぉーー!!」」」
足が退ける寸前で、靖破が珍しく大声を上げた。「捕縛されたバラガスが残した指示だ。二手に分かれて靖破とロキを迂回し、後方の靖破軍本陣を強襲しろ」……と。
民兵達は上官の怒号にビクついた様に体を動かし、半ば逃げ足で左右に散り始めた。
「ロキ、行くぞ。中央を最速で駆ける」
「っしゃアァ!! ルーベルズ騎兵! 突撃ィィーー!!」
「「「オオオオォォォーーー!!!」」」
ルーベルズ騎兵隊も堰を切ったように猛進を始め、鬨の声と馬蹄の響きが突撃の軍歌となった。
相対する同國の男達が、一歩も下がらず一縷の遠慮も見せずに突撃しあったのだ。
「はっはっは! 靖破殿、考えましたな。下がれば人質を害されるなら、前に進めさせればいいとは、面白き考え!
――民兵の相手は、この祝覧が承った! リナム殿、キクズナ。本陣を捨てて関所跡まで下がろうぞ。後がない者達の為に、我等が下がるのだ」
「はいっ!」「ははっ!」
「ナマハハハ! 儂の出番はなさそうだな。よい、これも戦よ!」
靖破軍本隊を預かる主将達は、大将・靖破の意図を即座に読み取り、軍全体を最後衛に位置する補給陣地まで下げる。
民兵隊はそれを追うようにして、祝覧が捨てた無人の本陣に攻撃を始めた。
「……ふん。靖家の坊め、味な真似をする。
――祝鉱! 祝那! 聴こえるか! 我輩等も出るぞ!! 民兵を無視して城を攻める!!」
靖破とロキを迂回した民兵隊がそのまま北部軍を無視したように、北部軍も靖破軍本陣の救援には向かわなかった。
アダオウは北部軍二万に突撃号令を下し、靖破に続く形で都城攻めに移る。
方や防衛配置につく北鑑兵は、出撃した民兵隊の行動に混乱し、処罰の有無に迷った。
もう命令が届かないところまで突撃しているし、一応敵軍を退かせた上で本陣を攻撃している。この状況で人質を処断しようものなら、怒り狂って靖破軍に寝返る可能性も考えられた。
そして何より、人質を処する暇がないほどの速さで、靖破とシュラとロキが急接近していたのだ。
「えぇい! こうなれば壁の防衛は諦め、全兵士を街の中央に集めろ! 人質の女子供を盾にして、中に入ってきた大虎軍を牽制し続けるぞ!」
殿の任務と人質の身柄を預かった奚范配下の将校が、最後の抵抗をすべく人員を一極集中させた。
その為、靖破もロキもあっという間に都市の防壁を越えて中へ侵入する。ここまでは無血の電撃戦であった。
「大虎軍に告ぐ! それ以上踏み入るな! 少しでも近寄れば、片っ端から女子供を切り捨てていくぞ!!」
靖破達が市街中央に位置する軍基地へ迫った頃。奚范配下の将校が警告の声をあげる。軍基地には二千の北鑑兵が籠城し、万を超す人質を有していた。
「性根の腐った連中だ。……が、それはともかく、どうするかなぁ」
「……安心しろ、ロキ。俺達がする事はなさそうだ」
「え? なぜ?」
「あそこを見ろ。奴等、既に殺る気だ」
ロキが靖破の視線を追うと、基地内部にある鉄塔が映った。そしてその頂に、祝鉱と祝那の姿がある。
二人は北鑑兵の注意が前面の靖破に向いている隙を突いて、密かに基地の中へ侵入していたのだ。
「祝那、俺ァ先に行くぜ。ッアアァァッ!!」
言うやいなや、祝鉱は雷撃を纏う閃光と化して宙を駆ける。
一瞬以上、一秒未満の出来事だ。雷鳴と同時に基地の一角がまるまる消し飛び、北鑑兵や人質は一様に仰天した。
「うわあぁぁっ!? なんだ! 隊長のいる司令室が吹き飛んだぞ!?」
「きゃああ!? 雷!? 晴れてるのになんで!?」
「あ、あそこ! 人が立っているわ! あの方は確か……」
真っ黒な焼跡にただ一騎、得意げに笑う祝鉱が仁王立つ。彼は靖破軍・北鑑軍・民間人、全ての注目を集めていた。
「ハッ! ハッ! ハァ! 雷神の前でわざわざ大声あげるなんざ、居場所バラすようなもんだぜ! この大馬鹿野郎めェッ!」
「……あんたらの頭はおっ死んだよ。まだヤル気かい?」
一呼吸遅れて、祝那も北鑑兵の群れの中へ降り立つ。
着地と同時に得物の細剣を地面へ突き刺し、北鑑兵の足下に冷気を放出しながら。
「くっ……女が、ふざけやが――」
「パキンッ♪」
「うっ……ぎゃあぁっ!? 足が! 俺の足がァァァ!? アアァーー!?」
祝那の呟きで、尚も抵抗しようとした北鑑兵の両足が、氷塊と化して砕け散る。
当然、足を失った兵士は地面に倒れ伏し、全身を冷気の中へ踊り入れた。
それを見た他の北鑑兵は、自分の足下を漂う冷気に視線を移し、ゾッとする。
「あんたらはもう、アタシの領域内だ。動こうなんて考えるんじゃないよ。瞬き一つしただけでも、両足を全損させるからね」
魔人の圧倒的実力に凌駕され、北鑑兵は一人残らず戦意喪失。自ずから武器を捨てて人質を解放し、降伏を表明した。
「……落ちたな。祝覧のおっさんに伝えてくれ。「人質解放。民兵の相手おっさんさま。彼等を伴って入城しておっさん」……ってよ。“おっさん” って言葉は絶対に二回いれるんだぜ。大事だからな」
「はっ! 祝覧のおっさん様へ直ちに伝えます!」
牟区市は呆気なく陥落した。祝覧は民兵に人質の開放を伝え、彼等を投降させる。
北鑑軍の死傷者を除けば、無血の勝利だった。
これが後の大虎戦史に語られる「牟区市第二会戦」である。
人質を取られ、かつ矢面に立たされながらも生還し、家族を抱きしめる事が叶った民兵達は、皆が一様にこう言ったという。
「靖破軍こそ真の官軍である」と。




