目には目を、非道には非道を
牟区市全域が慌ただしいまま、これといった動きもなく夜が明けた。
北鑑軍を監視し続けた祝覧は、僅かに伸びた顎髭をさすりながら訝しむ。
「むぅ……どこか腑に落ちんな。我々を休ませない為に騒然とした素振りを見せるには、少々度が超えている。あれでは我々以上に気を揉んで疲れる筈だ。奚范はそこまで馬鹿でない上に、于雲夏もいる。……何か、別の狙いがあるのか?」
斥候からの報告では、靖破・アダオウ連合軍と面していない西側でも、東側同様に騒がしいままだと言う。
連合軍に厳戒態勢を取らせて休ませない事が目的なら、騒然とするのは正面の東側だけで充分だろうに。市全域が血の気を帯びていては、連合軍以上に疲労困憊となるものだ。
『……ド素人どもの殺気が街の中で渦巻いてやがる。うち等に向いてるわけじゃねぇ。どうなってんだ、ありゃ』
「靖破殿、それに魔女殿。またいつの間にそこへ……」
物見櫓から聲が聴こえたかと思えば、櫓の屋根上に靖破とシュラが居た。
靖破は足癖悪く座り、シュラは仁王立ち。朝の風に揺られて靡くスリットからシュラの生足がチラチラと覗き、徹夜明けの祝覧には程よい刺激となる。
「……魔女殿。殺気が渦巻いているとは、どういう意味だろうか」
「はんっ。北鑑軍の奴等、住民の造反でも受けてんじゃないか?」
「……ロキ殿にリナム殿。早いな」
「皆様、おはようございます。今、紅茶の用意を致します」
「かたじけない。徹夜明けに、少々熱めのものをお願いしたい」
「はい。承りました」
風の如くふらっと現れ、何気なく祝覧の問いに答えたロキ。彼の答えがなんとなく正解に近いように感じた。
「……ロキ殿の言う通りだとしたら、北鑑軍は良くも悪くも大きく動く。嶄條殿はまだ起きて来ないか?」
「おやっさんまだ寝てるぜ。陽気なもんだ」
「そうか。誰か、嶄條殿にできるだけ早く来てもらうように頼んできてくれ」
戦闘準備を整えんとする祝覧に、彼の側近が応えて嶄條を呼びに行く。
大剣豪中の大剣豪ともあれば、朝は早そうなものだが、ゆとりがあるからこそ堂々と寝ていられるのかもしれない。
「……祝覧、三方の門が開くぞ」
「何!? おおっ!」
シュラとの契約によって身体能力が爆上がりしている靖破が、その優れた視覚をもって物見櫓の兵士より早く、北鑑軍の異変に気付く。
祝覧につられてロキとリナムも東側の都城壁を見るや、開かれた門からバラガスが一隊を率いて現れた。
続けて北と南の門からも、中級指揮官に率いられた部隊が出撃する。
だが、その兵の様子を見て、靖破と祝覧とロキは違和感を覚えた。
『おい靖破。なんだあれ。貧相な武具付けてるだけで、あれはぜってぇ一般人だぞ』
「……そういう事か。祝覧、魔女の言った通りだ。北鑑軍は市民を徴兵したようだ」
「何という愚策だ!! 大虎の民を人質に取るなど、それが大国・北鑑の戦術か!!」
「于雲夏じゃあないな。あの御仁はそんな事しない。バラガスも線引きはできる武人だ。……となると、迎撃軍大将の奚范が断行したってところか」
「…………靖破様」
用兵家にあるまじき恥ずべき戦術に、祝覧は激昂した。リナムも守るべき自国民が駆り出されたと聞いて、不安の眼差しを靖破に向ける。
「……心配無用だリナム。君の掲げる大義を、同胞の血で染める気はない。
――ロキ。嶄條を叩き起こして本陣の守備につかせろ。それと今すぐ動かせる騎兵を率いて俺に続いてくれ。祝覧はアダオウに「手出し無用」と伝えよ」
「承った!!」「委細承知!!」
大将・靖破にあって、彼の両翼とも言えるロキと祝覧は勇んで動く。改まって檄を飛ばす必要もなく、二将の士気は旺盛だった。
「すぐに戻る。君はここで待っていたまえ」
「……はいっ! 靖破様、ご武運を!」
物見櫓から飛び降りた靖破が、用意された馬に跨がる前に、リナムの頭を撫でてやる。
リナムは安心した様に頬を染めつつ、力強く靖破を見送った。
「ロキ、出るぞ。今回は俺が指示を出す。俺が相手する奴以外は手を出すなよ」
「了解ッ! わかったか皆! 靖破殿の指示に従え!」
「「「オオオオォォッ!!」」」
二千のルーベルズ騎兵が得物を掲げるや、雄々しい喚声をあげて出撃する。
方や、先んじて出撃した牟区市民軍は、三方の門から合計二万が現れ、大虎軍の正面に横陣を展開。バラガスの東門部隊一万を中央にして、南北の部隊が左右に布陣した。
彼等の後方にある牟区市内では、徴兵された市民の家族が人質にとられていることだろう。正に進むも引くも敵しかいなかった。
「さて、勇んで出たはいいが……どうする靖破殿。俺としても無辜な民を傷つけるのは性に合わない。できれば派手な突撃なんかはしたくないんだが」
「まずは俺が行く。ロキは号令があるまで、部下を待機させてくれ」
靖破は自分の後ろにシュラを乗せたまま、戦場の真っ只中を単騎駆け抜ける。
北鑑軍も大虎軍も、大胆不敵な靖破の行動を黙って見つめ、そのまま素通りさせた。
やがて銃の射程圏内まで近付いた頃、靖破はおもむろに馬の足を止め、一旦シュラにバトンを渡す。
「……この辺りでよいか。魔女よ、バラガスを盛大に侮辱してやれ」
『よっし、うちに任せとけ! 後世兵家が語り草にするような、超絶怒涛で風光明媚なやつを見せてやるぜ!!』
シュラは服の中に隠し持っている魔法の小袋を取り出すや、中をゴソゴソした後、靖破の頭上で意気揚々と腕を上げた。
『バラガスーー!! うちからの贈りもんだ!! 受け取れこのド馬鹿野郎ーー!!」ビュンッ!!
「…………」パシッ
無言でキャッチしたバラガスが掌を返して見ると、顔とお尻を向けた状態で丸まっている小動物を見た。
「ヘヘ、ドーモ!」プゥッ!!
「!? ――んぐわぁぁぁぁーーー!!?」
スカンクだッッ!!! 広範囲に死と苦しみを散布する悪魔の生物兵器!! その威力は魔女の魔法を凌駕し、魔人が扱う鉄壁の防御術・魔障壁すら貫通する。
古来より「泣く子と地頭には勝てぬ。あとスカンクも」と言われるだけあって、心身ともに鍛え抜かれたバラガスさえも落馬し、目を白黒させて生死の境に踏み入った。
(ぬぅ……あれは生前、よく世話を焼いてくれた三丁目のトメヨさんでは……)
「バラガス将軍!? お気を確かに……うがぁ!? 臭ぇ!!」
「ぬはっ……! 誰だ……今、我が匂うと言った者は」
「い、いえ……! 申し訳ありません! 将軍の事を言ったわけでは……!」
「後で褒美を遣わそう。危うく死の淵に降り立つところであった」
「えぇっ!? は、ははっ! ありがたき幸せ!」
怒りの鉄拳ではなく感謝を向けるほどに、酷く苦しい毒ガス攻撃。並の者では即死級の一撃を顔面零距離で浴びて尚、側近の声で蘇生するバラガスは流石と言えた。
「うひゃひゃヒャヒャ!! 見ろよバラガスを、スカンクなんかに負けて情けねぇ!!」
「おーい大丈夫かー! なんなら俺達が手を貸してやってもいいぜぇ!!」
「あぁー臭ぇ臭ぇ!! バラガスの奴、なんて臭さだ! 鼻がひん曲がるぜ!」
「あれは一年近く風呂に入ってねぇぞ! 不潔じゃ! 大国北鑑の不潔将軍じゃ!!」
続けてロキの指示を受けたルーベルズ騎兵が爆笑し、バラガスを一斉に侮辱する。
「おのれ大虎兵め……好き放題いってくれるな……! む?」
スカンク三兄弟「ヘヘッ!」プウゥゥーー!!
「ぬぅんぎゃああぁぁぁぁーーー!!?」
怒気を含んで靖破軍に向き直ったバラガスを、後続のスカンク三兄弟がナイス笑顔でお出迎え。鼻を物理破壊し、残る五感を焦土作戦させねば耐えられぬほどの超絶怒涛の毒ガス攻撃!! 効果は抜群だ!!!
『わーはっはっはぁ!! どーだバラガス! 魔女を泣かせた悪魔生物のお味はよ!! より効果的で面白くて即効性のある毒薬の調合に四苦八苦したうちの苦労を、たった一瞬の放屁で解決された屈辱の味だ!! たーんと味わえ!!』
「へへへ、ドーモ!」
『お? まだ一匹残ってたか――』
プウゥッ!!
『おぅぅんぎゃああああぁぁぁぁぁーーーー!!?』
「「「魔女様ァァァーー!!?」」」
敵陣営・味方陣営ともに、軍頭を進む者が先んじて重傷を負う図。彼等の足下には、何食わぬ顔でテヘペロしている小動物が這い回っていたという。
《毒兵器を浴びた者を見る者達》
「ヘヘ、ドーモ!」プゥッ!!
「ぐわぁぁぁぁーーー!!?」
靖破の後方に控えるロキとルーベルズ騎兵達は、屈辱的な攻撃に曝され苦しむバラガスの様子を、温かい目で見守っていた。
兵士A「たいちょー! 俺、中年男性の顔だけはどんだけ離れてても良く見えるんすけど、バラガスの奴泣いてるように見えます。気の所為ですかね?」
「あぁ、見なかった事にしてやれ。武人の尊厳を守ってやるんだ」
兵士B「たいちょ! オイラ実は、一回縛られた経験のある敵の心が読めるんすけど、バラガスしゃん、心の中でも泣いてやすぜ」
「まじか。凄いなお前。今度から捕虜の尋問とか頼むわ」
兵士C「リーダーリーダー! おいどんはおっさん限定の透視能力を持ってごわす。バラガスの下半身や如何に! ……む、むむむ! これは!? I・YA・HA・YA!!」
「何が “いやはや” だよ。無骨な心に五寸釘打ち込むんじゃねぇ。立ち直れねぇよ」
兵士D「ロキ隊長ロキ隊長! それがしも、ハァハァ……! ハァハァ……! ハァハァ……!」
「お前は何に興奮してんだよ!? ハァハァすんな、気持ち悪いわ!」
兵士D「いやあのスカンク、魔女様はどこから出したのかなって……!」
「…………おい、お前が出そうとすんな。しまえ。もげられるぞ。……つーかお前達なに? 実は隠れ強キャラだったりする?」
「「「「サーセン隊長。実は嘘っす」」」」
「ははっ、だろうな。そんな変な能力持つ奴がいてたまるか」
ロキはふざけた空気のまま、部下達にバラガスを侮辱するように言う。
それを耳で聞いて、シュラもスカンク三兄弟を続投した。
兵士D「ハァハァ……! ハァハァ……! ハァハァ……! 魔女様、ハァハァ……!」
(おぉぉぉっと……こいつは能力とかじゃない気がするぜぇぇぇ)
挑発の嵐の中、一人興奮するヤバイ部下。ロキは改めて、世界は広いと知った。




