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見捨てる側と読み取る側

 靖破・アダオウ連合軍は戦にこそ勝ったものの、兵の数は牟区(ムク)市に籠もる北鑑軍が依然として上であり、かの都市を包囲する事はできなかった。


 方や、惨敗を喫した北鑑軍の本陣は、初戦を終えたタイミングとしては早すぎる決断を下そうとしていた。


「…………姜純殿と合流する……か。すなわち、この戦は棄てるのだな?」


 迎撃軍全体の副将を務める于雲夏は、やや鋭い視線をもって奚范に問い返す。


「えぇ、その通り。今日は奇を突かれて敗れる形になりましたが、そうでなくともここの陣容では、遅かれ早かれ突破されていたでしょう」


「確かに、ただの北部軍の増援なら、ここまで一方的に殺られはしなかった筈だ。アダオウ本人が現れた事は、我等にとって想定外の事態に他ならぬ。……だが、それで簡単に引き上げてよいものか?」


「……どういう意味です? 戦略的撤退に七割以上の残存兵力が大前提な事ぐらい、あなたなら存じているでしょうに。この地を墓場として無駄な被害を出すよりも、無傷で軍力を保っている姜純殿と合流した方が、今後の展開を考える上でとても有利ですよ」


 于雲夏の睨みに似た視線が意味するところを、奚范には理解できなかった。

于雲夏はならばと、戦略的な意味でこの場に留まって戦う利を説く。


「――あなたにも考えがあることは充分わかりましたが、これは迎撃軍「大将」を務める私の決定です。私の指揮下にある以上は、私の判断に従っていただきます」


 それでも奚范は、己の決定事項を覆す気はなかった。位では于雲夏が圧倒的上の立場にあり、本来ならこの場の大将となる筈だが、先の決戦でルーベルズ家を助命していた事で味方からの不興を買い、強く出られないのだ

于雲夏は仕方なく、率直に問い掛けることにした。


「……敵方に降った兵達はどうされるつもりだ。我が部隊からも、多くの者が投降せざるを得なかった。彼等を救う為にも、一度勝ちを収め、両軍ともに捕虜を解放した後に撤退しても遅くはないと思うが?」


「あぁ、投降兵のことですか。……知りませんよ、北鑑の名に泥を塗った者達の事なんか。ましてやあなたの部隊に関しては、敵に降るなど恥て然るべき行為のところを、貴方が許可したんですから。貴方が自分で責任を取ってください」


「…………それが大将の判断か。ならばもう、何も言うまい……」

(……愚かな。奚范はたかが “数千” の捕虜と、数字だけを見ている。その数千の後ろに、数十万人の嘆き悲しみ、数百万人の国庫的損失があることを理解できないのか)


 桶の水でそそぐように軽く流され、かつ批判された于雲夏の無念を、傍で聞いていた息子の于雲鮮は容易に察する。

そして彼も于雲夏同様に、もはや何を言っても無駄だと悟り、献策を控えてしまった。


「……とは言え、ここから撤退するのも言うほど易くはないぞ。現に奚范殿の軍は、ヒソン、李勉(リベン)、鯨罧(ゲイシン)といった主将が軒並み討ち取られ、機能しているとは言い難い。于雲夏殿の軍も、客将の経清殿を始め、連戦に次ぐ連戦で有力な将校を失っている。この状況で牟区集落を出たとしても、大虎軍の追撃に曝されて敗れるがオチだ」


 沈黙した于雲夏親子に代わって、口を開いたのはバラガス。

彼が言うように、北鑑軍は初戦にして将校の多くを失い、今残っているのは奚范、于雲夏、于雲鮮、バラガスのみ。これでは野戦はおろか撤退戦すらできたものではない。


「それに関して、バラガス殿に頼みがあるのですよ」


「我に……だと?」


 僅かに見せた闇がかった笑みに、バラガスと于雲夏は嫌な予感を覚えた。


「……なんと、奚范殿……! 正気か!?」


 その予感は的中する。続けて言われた奚范の決定事項に、于雲夏は声を荒らげた。




 場所は変わって靖破軍の本陣。こちらではアダオウと祝鉱を交えて、祝覧達が明日以降の作戦について協議していた。


「軍議の最中に失礼します! 物見より報告! 北鑑軍に動きありとの事! 市街地に灯りが多く灯され、出撃する気配があります!」


 物見の報せを受けたキクズナが飛び込んで来るや、連合軍の主将達は目つきを鋭くした。誰一人として動揺する者はなく、皆が一様に落ち着き払っている。


「あぁ? なんだ、見え見えの夜襲でも仕掛けて来るつもりか?」


「そんな訳があるか、祝鉱(シュコウ)。おそらくだが、何かしらの陽動だろう。さすがに今から出来る事はない上に、大軍であればあるほど、軍の再編には時間がかかるものだ。今の北鑑軍は、まだそれもできていない筈」


「……仮に陽動だとして、我輩らの目を欺いた先に何を狙う。退路を断って挟み撃ちする為に、夜陰に乗じて別働隊でも送り出す気か?」


「……あくまで推測に過ぎないが、北鑑軍はこの戦を棄てる気ではないだろうか」


「ほう、奴等が逃げるとな。その根拠やいかに」


「今日の戦いでわかったように、兵の数は向こうが上回っても、将の力量はこちらが圧倒的に上。名のある武将も多くが戦死するか捕虜となった今、北鑑軍に明日以降の継戦能力があるようには思えん。差し詰め、夜襲するように見せ掛けておき、無駄に警戒した我等を疲れさせた後、隙を見て戦場を離脱する気だろう」


「いや、祝覧のおっさんよ。撤退はさすがに早すぎるだろ。北鑑軍が都会かぶれした戦士の集まりだからって、負けるだけ負けて逃げるなんて恥晒しな真似はしないと思うぞ」


「プププ! 兄貴、“おっさん” って呼ばれてんのな」


「えぇい、祝鉱(シュコウ)もロキ殿も黙れ。おっさん言うな」


「んじゃ脛毛足の姫」


「黙れっ!!!」


 弟と後輩に遊ばれる苦労将軍(おっさん)の図は、敵の動向に警戒すべき軍議の様からはかけ離れていた。

さすがに良くないと思ったのか、ここで最年長かつ兵法者という側面を持つ嶄條が話を戻す。


「それで、儂等は結局のところどう動けば良いのだ。何もせん訳にはいかんだろ」


「うむ、嶄條殿の言う通りだ。当然、我々も北鑑軍の裏をかくように動かねばならん」


「ナマハハ、裏をかくか。具体的にはどうする?」


「北鑑軍の今夜の狙いが、警戒した我々を疲弊させる事にあるのなら、それに応じたように構えつつ、軍の六割方を休養させる。勿論、本当の夜襲に備えて物見は多めに出し、遊撃隊も配備しておくつもりだ」


「……良かろう。遊撃部隊は我輩の騎馬軍から幾らか廻しておく。北鑑軍の監視はお主等に任せたぞ」


「承った。後で我が手の者を北部軍の陣へ向かわせます。情報を共有できるようにすれば、問題が起きても迅速に対処できると思われる」


 靖破・アダオウ連合軍の動きも決まった。彼等は北鑑軍に反応して警戒を強めたように振る舞いながら、裏で兵を休ませ、北鑑軍が隙を見せた時に大打撃を与える算段だった。


「――という作戦になったぜ、靖破殿」


「そうか、理解した。俺の軍議不参加について、アダオウは苦言を呈したか?」


「「魔女様が俺の妹を乳繰るのに付き合わされた」って説明したら、特に何も言い返さなかった。ただあの顔は、羨ましいって感じの風を吹かせてたぜ」


 一仕事終えたリナムを湯浴みに誘った(連行した)シュラに同行する為、宿主たる靖破も傍に居る必要があった。

故に靖破は軍の大将でありながら、軍議に参加せず、彼の代わりに祝覧が靖破軍の代表を務める形で軍議が進行していたのだ。


『なぁーにが “乳繰る” だ。心外なこと言いやがってロキはよ。なぁ、リナム』


「……えっ///」


『えっ? なんだその反応』


「…………魔女よ、リナムで遊ぶのも程々にしておけ」


『遊んでねぇーし! 肌身離れず護衛してただけだしっ!』


 シュラの言う “護衛” とは建前で、本当はねちっこく揉んだり挿れたりしたんだろなと、靖破とロキはリナムの赤面ぶりから容易に想像がついた。


『だーかーらー! 遊んでねぇし! 護衛してただけだしーー!! そんな目でうちを見るなし!』


「わかってますって魔女様。で、リナムの体は襲い甲斐あったっすか?」


『おぅ!! あったりめぇよ!!』


 おぅ、じゃねぇ。靖破はシュラに半眼を向け、靖破に紅茶を淹れるリナムは無神経な兄にジト目を向けた。


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