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大虎第一将アダオウ

靖破軍本陣


 後処理を祝鉱と祝那に任せたアダオウは、祝覧と入れ違う形で靖破と会見した。


「絶妙な頃合いだったな、北部軍長官・アダオウ」


「靖家の坊。暫く見ないうちに、大層偉くなったものだ」


 アダオウ並の貫禄ある姿になったとは言え、靖破とアダオウでは、年功も地位も名声もアダオウが遥かに上である。

ともなれば、靖破はアダオウを丁重に出迎えるべきだった。援軍を要請した側であれば尚更であろう。


 しかし、その辺の事を祝覧に一任している靖破は、特に何の準備もせず、相手が現れるのをただ待っていた。


 その事をアダオウが皮肉ると、祝覧の指示の下で動いていたリナムが謝罪する。


「アダオウ様、大変失礼いたしました。ただ今、席を設けております故に、もう暫くお待ちくださいませ」


「ふん……別に長居するつもりはない。少し戯れてみただけだ。気にする必要はないぞ、ルーベルズ家のリナム嬢……いや、新当主リナムか」


 ルーベルズ家の状況は、当然ながら北部軍の知るところであった。

リナムからロキに目線を移したアダオウに、ロキも軽く頭を下げる。


「……ルーベルズ家は完全に、靖家に付いたか。なぁ、ロキよ」


「ええ。俺達兄妹は靖破殿に救けられた。家をあげて返すべき大恩があるんです。それに、次期國王に即く予定の虎忙殿にも期待してません。彼では北鑑の従僕になれても、民を導く王にはなれない。……大事なのは外敵から民を守ることで、血統を重んじて暗君を奉じることじゃないと考えました」


「時局に沿った考えだ。ジオンは良き子らに恵まれた」


「……因みに、貴方はどちら側に付くおつもりで?」


「我輩は大虎に仕える武将だ。どちらかなど関係ない。大虎王家が存命な限り従い、滅びれば殉ずるまで」


「虎忙は、貴方がかしずく程の器量持ちではないと思いますよ」


「我輩もお前達兄妹のように、大虎王に大いなる恩と禄を貰っていた。亡くなられたからと言って、それを昨日の事のようにする訳にはいかん」


 ロキとリナムは、アダオウの理由に納得せざるを得なかった。自分達が同じ立場になったら、きっとそうするだろうと思ったからだ。


「……兎も角、北部軍は利害の一致により、今回お主等の戦いに馳せ参じたまでだ。靖家の軍門に下った訳ではない事を、予め断言しておく。そしてお主等が大虎王家と争うような事態に発展すれば、我等は王家に付く。この大前提を努々忘れるな」


 味方ではあるが、場合によっては敵となる。アダオウはバルチャーと同じ考えだった。

それに関しては、一応軍の代表を務める靖破が答える。


「あぁ、それで構わんぞ。納得のいくように動けばいい。こちらもそのつもりだ」


「……ふん、余裕だな。未だ余力のある我等と比べ、動員できる戦力を限界まで引き連れて尚、この数だというのに」


「兵の数は勝敗の一因に過ぎんな。最終的には将の力量による。強きは勝ち、弱きは負けるが戦場の掟だ」


「ほぅ、面白い事を言う。では我輩とお前が相争えば、どちらが勝つというのだ?」


「無論、俺だ」


 アダオウを刺激するような返答に、ロキとリナムはどきりとした。

強さに於いて靖破を疑うことは微塵もないが、これから共闘して北鑑軍を撃破するという時に、自意識過剰とも見られる発言はできるなら控えてほしかったのだ。


「ぶっ! ……ブハハハハ!! そうか……断言するか」


「あぁ、断言しよう。俺が勝つ」


「その心やいかに」


「リナムという大義があり、ロキや祝覧、嶄條という知勇がある。そして何より――」


『うちは強い。うちは負けねぇ。リナム、飯』


「……ということらしい」


(“らしい” って!? さっきまでの威厳は!?)


 良いところをシュラに取られ、靖破は急にどうでもよさ気になった。

ロキがその事に心の中で突っ込むように、アダオウも僅かに拍子抜けする。


 だが、アダオウに関して言えば、初めて見えたシュラの気配に偽りの強さがない事を感じ取り、それがそのまま靖破の言葉になっていると理解した。


「……ふん、なる程な。お主が噂に名高き “蒼髪の魔女” か」


『なんだ猫のおっさん。やんのか? うちは強ぇぞ』


(猫!? 魔女様、このゴツいおっさんの何処に猫要素が!?)


 重装甲に身を包んだ剛腕無双の巨漢は、どちらかと言うと熊である。猫のような可愛らしさは、逆立ちしても見当たらない。ロキは再び心の中で突っ込んだ。


 そしてアダオウ本人も似たような事は思った筈だが、それでも彼は気にする素振りを見せず、ただシュラを見据えて話し掛ける。


「平時であれば、是非手合わせ願いたいところだ。だが、今はその時ではない。お互いに落ち着いたら思う存分試合おうではないか」


『ふふんっ! いいぜ。猫のおっさん相手なら、手加減なしの真剣マジ勝負ができそうだ。うちに異論はない!』


「うむ。……では戦勝の挨拶も済んだところで、我輩は一度軍の許へ戻る。夜になって改めて軍議を開け。我輩らの方から出向いてやろう」


『おぅ、それじゃまたなー猫のおっさん。飯はリナムが用意するから気軽に来いよ』


「皆が大飯食らいだ。質は二の次で構わんから量を用意してくれ」


 そう言い残したアダオウは、ゆっくりと踵を返した。大軍を統率するに相応しい、大きな大きな背中であった。


 その背中を見送るロキは妙な違和感を覚え、靖破にだけ聴こえる声で問いかける。


「……なーんか、来た時に比べて丸くなって帰らなかったか? 俺の気のせい?」


「魔女を見て、己が格下であることを察したのだろう。あの男、見かけは誉れを重んじる武辺者だが、内情は実に多感だ」


「なる程……道理で。それにしても、まさか北部軍長官が直々に来てくれるとは驚いた。俺はてっきり、祝兄妹が来るだけと思っていた」


「俺も祝覧に丸投げしている故、詳しくは知らんが、俺の武力を担保に交渉したそうだ。祝覧の兄を仲介に挟み、「楽羅が北部に侵攻した際、我等は何があっても北部軍の援軍に赴く」という条件でな」


「それは確かに、國土防衛を第一に考えるアダオウ殿が乗るような条件だな」


「更には石岳城を北鑑軍に落とされた場合、次は北部軍管轄の陽堅ヨウケンが狙われる」


「連携するには今しかない……か。北と南から攻められたら堪らねぇもんな」


 北から楽羅が、南から北鑑が攻め寄せれば、精強な北部軍八万でも勝機はない。

そこに交渉の余地があると見た祝覧は、扶美フビの領主である兄を通じて、北部軍長官のアダオウに協力関係を願い出ていた。


 結果、アダオウは非常事態を考慮して独断で協定を結び、北部軍と靖破軍による共同戦線が実現したのだ。


「まぁ一先ずは勝ってよかった。俺達も明日に備えて、態勢を立て直すとしようぜ」


「あぁ、そうだな。直に日も暮れる。野営の準備をしてくれ」


 一足先に晩飯を食らっているシュラを他所目に、靖破は後の事をロキに任せた。

ロキはキクズナとともに軍の再編に努め、やがてアダオウと入れ違いになった祝覧が戻ると、靖破軍は破壊された関所を基点とした野営地を築く。


 アダオウの北部軍も隣り合うようにして陣を築き、連合軍は北鑑軍の正面に堂々と陣地を構えた。






《威風堂々たる北の猛獣 アダオウ》

 大虎北部軍を統括する猛将。経験に裏付けされた知略と統率力をもとに、残存する大虎軍の中にあって、最大級の戦力を保持する北部軍をまとめている。

尊大な言動が目立つものの、筋を通すべきところは通す性格をしており、一貫して王家に忠誠を尽くす姿は、多くの武人達からの尊敬を集めている。


個人としての戦闘力は北部軍随一であり、嶄條に勝るとも劣らない武力を持つ。

得物はその時々によって変わる事が多く、大矛・大鉄槌・戦斧・斬馬刀などを好んで用いる。通称 “隠れ武器愛好家”。本人は隠しているつもりだが、武器庫の前でニヤけている姿が頻繁に目撃されている為、まったくといっていい程に隠せていない。


一人称は「我輩」。「……は猫である。名前はまだ無い」ではないが、シュラは何となく、アダオウに猫っぽさを感じた様子。


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