初戦決着と祝兄妹
「勝負ありだぜ! 降れ、経清!」
「降伏はせん! かくなる上は……」
落馬の衝撃で手から太刀が離れ、ボロボロになった体の上にロキが跨がれば、経清は手も足も出ないに等しかった。
それでも彼女の声には覇気が宿り、激痛に涙する様子は見られない。
寧ろ、意を決した経清は舌を噛み切り、自害しようとする。
「おいっ! やめろ馬鹿! それは意味ねぇって教えただろ!」
「むごごっ!?」
意図を悟ったロキが間一髪で口を広げ、経清の着物を破いてぐしゃぐしゃの塊にした物を口の中に捩じ込む。
「やへろぉ……! ほろせっ! 慰みものにするふらいなら、いっそ殺せ!!」
「そういうのはしねぇって! 安心しろ! ちょ、暴れるな!」
「ぅなあぁぁーー!! 誰はぁ! わたしを殺せぇ! へきの情けを受けるまへに、私を……!」
十数本骨が折れているだろうに、経清は必死に抵抗した。
そうしている間にも、ロキが破った着物の隙間は広がっていき、普段ガードが固い白い柔肌が露になっていく。
「ちっ! この頑固娘め! 少し落ち着け――」
『代われ、ロキ』
「え?」
言うや否や、結果を見届けたシュラが経清に軽い脳天チョップをくらわし、この暴れ武者をあっという間に鎮めて見せた。
「ロキ、ご苦労だったな。後は魔女とリナムに任せておけ」
「……いたぶったりするのは、無しの方向で」
「愚問だな。あの子のいる前で、そのような事はしない」
シュラの傍らに立つ靖破の視線先は、本陣から走ってくるリナムに向けられていた。
“リナムのいる前で” という言葉に、ロキは一抹の不安を覚えつつも、ここから先は自分の出番ではないと思い、静かに頷いて経清の上から身を退く。
『んで、隊長を失った後の奴等はどうするんだ? 皆殺しにするのか?』
「……キクズナ。ロキの行動を尊重した声明を出せ」
「はっ! 承知いたしました!
――経清直下の于雲夏軍兵士に告ぐ! お前達の将は今、戦い敗れて捕虜となった! お前達もこれ以上戦いを続けると言うのなら、容赦はしないぞ! 早々に降れ!!」
ロキや靖破に代わり、本陣前で繰り広げられる掃討戦の指揮を執っていたキクズナが、経清隊残兵に投降を呼びかけた。
かの残兵達は、血汗に塗れた困憊顔を互いに見合わせた後、決まって後方の牟区市に撤退した于雲夏を仰ぎ見る。
「…………白旗をあげよ。ロキならば、捕虜達を苦しめはしないだろう」
于雲夏は部下達の投降を認可した。于雲夏軍の旗の隣に白旗を一本掲げて、名誉ある戦死より存命をとったのだ。
無論、これは奚范の同意を得ていない、于雲夏の独断であった。
経清とともに殿を果たした于雲夏軍の兵士達は、直ちに武器を捨てて降伏する。
その数は七百名に及び、完全包囲を受けた状態でまだこれだけの戦力が残っていたところに、于雲夏兵の精強ぶりが垣間見えた。
視点は変わり、北鑑軍を追撃して牟区市街地まで攻め寄せた北部軍に移る。
「……今日はこれまでだ!! 祝鉱と祝那に伝えよ! 攻撃を止めて靖破軍と合流する! 都城攻めはまた後日だ!!」
アダオウは郊外で戦う諸軍がいなくなった事を確認するや、戦終いの号令を下した。
祝鉱と祝那は北鑑軍本陣への攻撃を中止し、敵の追撃に備えながら早急に兵を引いた後、アダオウ本隊とともに靖破軍の本陣へ向かう。
靖破軍もこれに応え、バラバラに戦っていた各隊を集結させるとともに、一軍の体を取り戻した状態で北部軍を迎えんとした。
大虎戦史に語られる「牟区市第一会戦」は、こうして幕を閉じたのである。
両軍の死傷者は合わせて三万を数え、うち二万三千を北鑑軍が占めていた。
「祝那! おめぇ都市壁に一番乗りしときながら、中入れなかったのかよ」
「ハッ! 中までは入ったわよ。ただ、その後でどっと敵が戻ってきたから、袋叩きに遭う前に出たのさ。……そう言う兄者こそ、敵将首あげてないじゃないのさ」
「おぅ、奴等すげぇ速さで逃げるもんでよ」
「なにさ、“蒼雷の血潮” が聞いて呆れるよ。兄者がしっかり敵を抑えとけば、アタシだって都市を落としたわ」
「いやいや、祝那がとろくさいんだぜ」
「何いってんだい。兄者が敵に振り回されすぎなのさ」
「いーや、祝那がとろいんだぜ! 立派なお胸ぶら下げてるから、行動に支障が出てんだよ! 武人なんだからちっとは痩せろ」
「兄者のおつむが悪いんだよっ! アタシの胸は関係ないわ!」
「あぁん!? 俺の何がなんだって!? やんのか祝那!」
「やってやろうじゃないのさ。雷頭のクソ兄者!」
「言ったなデカ乳! 妹でも容赦しねぇぞ!」
「上等だよクソ兄者! かかってこいやぁーー!!」
「やめんか!! このバカども!!」ボゴボゴ!!
「「あがぁっ!!?」」
久方ぶりに見る弟妹の喧嘩を、祝覧は鉄拳制裁で鎮めた。
「あ、兄貴!? 生きてたのかっ!?」
「あ、兄者!? 生きてたのかい!?」
「勝手に殺すな!! ……まったく、お前達は本当に喧嘩ばかりしおって。……それはそうと、アダオウ殿は何処に居られる? 靖破殿に先んじて謝辞を述べに来たのだが……」
「大将ならもう先に向かったぜ。完全に入れ違いになったな、兄貴!」
「残念だったな兄者! 兄者はこれから、アタシ等と一緒に決闘んだよ!」
「鍛錬はまた今度だ。今はアダオウ殿に会わねば……」
ロキ同様に、祝鉱と祝那も、祝覧をからかう質だった。
祝覧は厄介事を避けるように、サッと弟妹に背を向けた。
「大将には俺等から夜露死苦いっといてやんよ!」
「逃げられると思ったのかい兄者! さぁ、決闘よ!!」
振り返ったら既に、祝那が退路を塞いでいた。祝鉱は当然ながら、二人の側近達もノリノリで祝覧の前に立ちはだかる。
「…………そうか、仕方ない。敢えて邪魔だてするというのなら――」
拳を握り固めながら、目をギラリと輝かせる祝覧。問題児達を指導する鬼教師が如き強敵ぶりが、靖破軍参謀からひしひしと伝わった。
「全員まとめて、再教育だ……!!」
「「「ウオオォォォーーー!!! 祝覧将軍に遊んでもらうぞぉぉーー!!」」」
戦の後だというのに、なんとも元気な者達である。
祝覧は迫りくる教え子達を拳で払い除けながら、そう思ったという。
《荒くれの雷武者 祝鉱》
祝家の三男。「蒼雷の血潮」と異名される程に血の気が多い猛将。末妹の祝那とともに北部軍主力の一翼を担う。
31歳。祝覧とは3つ離れ、靖破やロキから見ると先輩に当たる。
破天荒な性格をしており、標的を捉えたら一直線で突撃するタイプ。
蒼い雷をイメージした派手な軍服に身を包み、祝那から雷頭と言われるような逆だった頭髪を決める等、全体的に若々しい風貌をしている。気苦労が多く質実剛健な “祝覧のおっさん” とは対照的だ。
祝鉱と祝那の部隊は、北部軍全体を見渡しても上位の実力を持ち、粗野だが命知らずの猛兵が多い。これは中央にあって、陽慶周辺の治安維持に大きな功績を立てた “祝覧のおっさん” によるものだ。補導しまくった荒くれ者達を根気よく教化して、祝家の戦力に当てたのである。故におっさんは、祝鉱・祝那隊から絶大な人気を誇るのだった。
《砕氷烈女 祝那》
祝家四兄妹の末妹。4つ上の兄である祝鉱と行動をともにする事が多い。27歳。
勝気な性格と鍛えられた豊満な肉体から、部下からは「姐さん」扱いされている。
単純な武力は祝鉱にやや劣るものの、兄に無い繊細さを隠し持っており、祝家の兵団が上手く機能するように尽力している。流石 “姐さん”。
家族内の呼び方は、祝鉱は “シュコウ”、祝那は “シュナ” 。




