これから先の大虎
有無を言わさぬ破壊光線 “奥義・破國”。超火力を誇る必殺技は新たな脅威をいとも容易く打ち払い、その凄まじい威力は全軍に畏怖の念を抱かせた。
「…………!」バッ!
「「「!? ――オオオォォォォーーーッ!!!」」」
僅かな沈黙の後、靖破は蒼月の方天戟を一振りするとともに、マントを翻す。
それが靖破なりの勝利宣言であると兵士達が理解すると、一瞬の後には向かう所敵無しの威風に全軍が狂喜した。
彼等の目に映る堂々たる靖破は、正に覇王。高名な画家が肖像画に望み、後世見た者の闘志を虜にするような、圧倒的武力を誇る不敗の王であった。
「靖破殿ォォーー!! やりましたなぁ!!」
「祝覧か。北の戦場、ご苦労だった。祝覧こそよくやってくれた」
陽慶の北側より駆けてきた祝覧。喜びの余り護衛もつけず、単騎で現れた。
「おっさん。楽羅軍はもういいのか? なんなら加勢に行くぜ?」
「心配はいらん。後は北部軍が完膚なきまで討ち取ってくれるだろう」
「北部軍が……ねぇ。開戦前は敵につき、戦の最中で半数が寝返り、ここぞという時に残る半数が寝返ったと聞く。些か虫が良すぎないか? このまま赦せば、今後他の軍に示しがつかないと思うぜ」
徹頭徹尾靖破寄りのルーベルズ家としては、冷ややかな視線を向けざるを得ない。
だが、これに関しては仕方ないと祝覧は説く。
「……現大虎王が虎忙である限り、第三者から見れば俺達は逆賊。北部軍同様にバルチャー軍とて、我等に刃を向けざるを得なかった。こればかりは無理のない事だ」
「そんなもんかね。俺には仕える主君を間違えたから、手柄を立てて帰参しようとする風に見えたぞ」
「……開戦当初、俺の実家が敵対した事は詫びよう。紛れもない事実だ」
「あ! いやぁ、祝覧殿を責めてる訳じゃなくて…………すまん。この話、無しにしてくれ」
国家の大事を前にして、自分が持ち出したものは感情論であったと気づくロキ。
彼は前言を撤回し、祝覧を皮肉るつもりは無いと弁明する。
無論、祝覧もロキにその気がないのは百も承知。彼もまた気に留めなかった。
「ナマハハハ! ルーベルズの坊よ、武人に言葉は無用だ。それが北部軍、強いては大虎の戦い方である。構うな構うな!」
「嶄條。ご苦労だった。陽堅と虎忙軍の様子はどうだ?」
「白眉軍が戦線離脱できたと知るや、颯爽と逃げ帰りよったわ。まぁ奴等は生かしておいてやれ。どの道白眉に裏を取られておるなら、今暫くは何もできんだろうよ」
西側の敵を適当にあしらった嶄條。彼の持ち場は味方の被害が一番少なく、かつ危機的状況にも陥らなかった。敵が彼の武勇を警戒し、戦闘を避けたからだ。
「……それにしても疑問が残る。白眉軍のあの慌てようは、いかにもかの國らしくない。戦況不利を悟って戦を放棄するのは理解できるが、もう少し体裁を保って退くものだと思っていた。あれはまるで雑軍の群れだ」
自らの戦場で指揮を執りつつも、祝覧は白眉軍の形振り構わぬ総退却を視認していた。
恥を捨てて軍の損耗を防ぐ、という行動は國柄で納得がつく。それでも常に氷のような毅然さを持って行動するのも、また國柄である。
だからこそ白眉第一王子軍の総退却は矛盾の極みに感じられた。
だが、これに関しては嶄條が、自身の経験をもとにある仮説を立てる。
「……あの “らしくなさ” は、何となく既視感があるぞ。本國を揺るがす大事件で戦どころではなくなった時のそれだ。昔、ある戦場で味方の諸侯軍がそんな感じに逃げていったのを見た事がある。違いは殿がおらんかったせいで、無惨に壊滅しよったぐらいか」
「成る程。本國での一大事か……反乱でも起きたかな? ……祝覧殿はどう見る?」
「多方面から恨みを買っていそうな白眉王なら、さもありなんと思えるが……一つや二つの反乱ごときで、第一王子軍を引き返させるだろうか」
「まぁ何はともあれ、白眉はしばらく攻めてこんだろう。儂等もこれからは劇的に忙しくなるぞ。大虎王の権威が失墜して、國の行く末を靖家の坊が握るようになったのだ。自國はもとより、他國もこれからは儂等を大虎と見るだろう」
嶄條が言うように、この戦の勝利は殊更大きかった。
武の名門たる大虎王家が、開戦前に敵前逃亡した事から始まり、十倍近い戦力差の連合軍が正面切った決戦に敗れたのだ。
大虎の民や残軍はこぞって靖破を國主と認めるだろうし、北鑑の惨敗から反剣合国派に移る諸侯らは靖破軍に靡くだろう。第三勢力の加入も充分にあり得る。
そうなれば膨大な勢力となり、それを的確に維持し続ける為にも、國家規模の改革や制度の制定が必要になってくる。烏合の衆とさせない為の初動が重要になるのだ。
「牙殿! 北鑑軍を追撃中のバルチャー軍より、火急の報せです! 「李迅軍は陽慶南部の支城に入らず、海路をもって本国に撤退する様子。我々はムラサキ軍を追討しつつ、人質にされている眞城の奪還に移る。ついては李迅軍撤退後の、南東の守りを誰かにお任せ願いたい」との事です。李迅軍が今から引き返して、単独で我々に勝負を挑むとは考えられませんが、念の為にも一軍を派遣するべきかと。敵が放棄した拠点を一気に奪い取る好機でもあります」
話は変わり、友軍の要請を受けた于雲鮮が、部隊をまとめた状態で進言する。差し当たって自らが向かうつもりだろう。
「……理解はできるが、動ける者がいるのか?」
「私の部隊が参ります」
「疲弊しきったお前達が行っても返り討ちに遭うぞ」
案の定、于雲鮮は出撃を名乗り出たが、それは靖破の言うように強行軍が過ぎる話だ。
「于雲鮮殿はここで休め。南東の守りには我が行こう」
そこで代わりに名乗り出たのは、楽羅軍を追い散らしたばかりのバラガスだった。
確かに部隊の損耗率が低いという点では、彼ほどの適任はいない。
しかし靖破は一点だけ、バラガスに対して疑問があった。
「お前に北鑑の敗残兵が討てるのか?」
「北鑑の敗残兵だからこそ我が行くのだ。我の言葉であれば、かの者らも降伏しよう。それを貴様は殺さぬ筈だ。後は于雲鮮殿が上手く活用してくれる」
「……好きにするがいい。だが罠に嵌っても援軍を送る余力はないぞ」
「……寝返りは疑わぬのだな」
「三度目の恥辱を甘んじるような男ではあるまい。行け」
今さら敵へ内通するバラガスではない。ロキや祝覧が俄に不信感を抱く一方、靖破はそこに関してはまったく気にもしていない様子だった。
「……靖破様――わっ!?」
『よっと。大丈夫だったかリナム』
諸将が靖破の周りに群れる中、片隅で声をかける時を伺うリナムへ、結合を解いたシュラが後ろから抱きかかる。
リナムはシュラに振り返り、小さく頷くとともに、自身を襲った者の正体を尋ねた。
「……シュラ様。本陣に現れた方は、シュラ様が以前「私の身体を狙っている」と言った刺客だったのですか? 彼は私達の勝利が、“大戦乱の実を成した” と言っていました」
『そんなこと吐き捨てたのかあいつ。……あいつは徐世勣って奴で、現役の剣合国二十七将軍の一人だ。本来は南方大陸の英国で国王やってる筈なんだけど、能力や生存の為に他人の血が必要なんだ。だから剣合国の統一戦争時代にも嬉々として戦場に現れては、流れでた鮮血を吸いまくってた』
「剣合国二十七将軍の生き残りといえば、生きる伝説と恐れられる方々。そのうちの一人が大虎に宣戦布告を……」
『どーだろな。久々の大戦を聞きつけて、ただ血を吸いに来ただけだと思うぞ』
「……シュラ様と靖破様を手玉に取る私を見に来た……とも言っていました。敵情視察を兼ねているのではないでしょうか?」
『まっ、仮にそうだとしても、うちの恐ろしさを充分知ってる奴だ。思いつき程度で討伐に乗り出すような軽率はしないよ。うち等が國外を威圧する間は何もしてこない。
――それに次あいつが現れたら、リナムを虐めた分を何千倍にもして返してやる。だから安心しろ! なっ!』
「魔女の言う通りだ。次に姿を見せた時、それが奴の命日となるだろう」
今度は靖破が、リナムの後ろから彼女の頭を撫でてやる。
会話を中断された祝覧ら諸将も、靖破の後ろからリナムとシュラを見ていた。
「靖破様……! はい。靖破様とシュラ様なら、剣合国二十七将軍でも敵いません」
頭に添えられた大きな手に頬を染めるリナムが、今度は靖破へ振り向いた時。
諸将の視線がある一点に集まり、それに気付いたリナムは再び背を向けてしまった。
「し、失礼しました! 私とした事が、はしたない姿で……!」
言うや、徐世勣によって露出させられた腹部を両手で隠す。
ロキを除いた諸将も視線を泳がせ、申し訳なさそうに沈黙した。
「……ぁっ!」
恥じらうリナムの肩に、そっと靖破のマントが掛けられる。
ほのかな温もりに心地良さを感じて向き直れば、覇王は既に逞しい背中を向けていた。
「北鑑の駄犬が起こした地震に、城内の難民が苦しんでいるようだ。次は彼等を助けてやらねばなるまい。……行くぞ」
「「「おぉっ!!」」」
威を纏う靖破が先頭を歩み、諸将がそれに続く。
リナムは漢達の大きな背中に胸を熱くする傍ら、シュラによって自らの背中もポン! と叩かれるや、彼女とともに後に続いた。
《綺麗な終わりに汚き最期を!!》
吸血中の徐世勣に、シュラが上空から飛び蹴りを食らわして地底深くに押し込んだ。
すると底の見えない大穴へ向かって、血水が流れ込んでいく。
そんな状況下で、ロキがふと呟いた。
「……なぁ靖破殿。これ言ってもいいか? 不謹慎な事は重々承知の上でめっちゃ言いたい。あの穴に小便かけてやったらどうなると思う?」
「爆ぜるかもしれん。やる価値はあるだろう。于雲鮮、行け」
「ぇ゙ぇ゙っ……!!? ちょ、それはさすがに……」
「では張侍だ。やってやれ」
「しゃーねぇーな。大きいほうブチかましてやるぜ!」
「「「そういう事であれば!! 我等ルーベルズ兵にもお任せを!!」」」
そういう事であれば、ルーベルズ兵の有志達は恐怖心を忘れて動き出す。軽快な足取りで大穴の周囲を囲み、張侍に次いで皆が仲良くズボンを下ろした。出す気マンマンだ。
「おやめなさい!! 糞尿を混ぜるな!! 破傷風になる!! 魔女も止めさせろ!!」
地底より徐世勣の悲痛な叫び聲が響くものの、当のシュラといえば――
『……プッ。ザマァ……!』ニヤァァ(ΦωΦ)
悪ガキの笑みを浮かべて嘲笑っていた。そういう間にも、漢達の準備は整う。
「「「いくぞーー! せーの」」」
ジョボジョボ〜シャ〜ピュ〜〜シャラララァ〜〜ン♪
「ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ーーーー!!!?」
軍楽隊よろしく致している最中の音は雅なりけり。張侍もつい詩を詠みたくなった。
「大量に出た 朝夕ともに快便 スッキリしたぜ。季語なし、字余り。張侍」
「後は野となれ糞となれだ。そのまま爆ぜて死ね」
言うや、靖破とシュラは地面をえぐり返して土砂を流し込み、無情にも蓋をした。
涙ながらに脱した徐世勣は、金輪際彼等と関わることをやめたとか何とか……。




