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覇王の奥義

「先も言った通り、やり合うつもりはない。ほんの下見と挨拶。……それと僅かながらに礼も述べておこうか」


「礼だと? 言われる筋合いはない。言うぐらいならここで死んでいけ」


「おかげでまた愉しい乱世が訪れる。その切っ掛けをつくったのは紛れもない貴女達だ。乱世でしか生きれぬ者同士、今後とも宜しく」


 言うや否や、靖破の斬撃波とシュラの衝撃砲が徐世勣(ジョセイセキ)を襲う。

当の徐世勣は細切れとなり、一瞬遅れて粉砕されるが、やはり血水と化して存命する。


「とは言え! 私とて国主の面子がある! 正体がバレて何もしなければ少しだけ面倒だ!」


 城壁の上に自身だった血溜まりを残し、徐世勣本人はロキや于雲鮮、経清がいる南側の戦場に降り立った。


『そもそもお前、三百年前にも言われてたろ。“出てくるな。自分の国治めてろ”』


「フフッ……血も吸えぬ法治国家など御免被る。あんなものは方針だけ定めて、後は政治ごっこに興じる輩どもへ丸投げすればいい」


 南方(アスベル)大陸に自らの国を持つれっきとした王であり為政者だが、その地位で贅沢すれば満足するような人物ではない。

生きる為に血を求める彼にとって、豪華な城や料理よりも、戦場やそれを生み出す乱世の方が何十倍も価値のある楽園なのだ。


「乱世の幕は開かれた! 壇上の死神は手を差し伸べ、王侯貴族・平民官吏を問わず死へ誘う! 歌え踊れ! 死の舞踏!!」


 靖破軍の真っ只中で声高らかに謳う徐世勣に、周囲の者は呆気にとられる。

いかに身振り手振りが自然であろうと、聲が澄んでいようとも、バルチャーから多少の共感を得られようとも、この一人劇場は武人達の前で明らかに浮いていた。


 それでもロキや経清は油断ならない大敵と見て、一挙一動に最大限の警戒を向ける。


「ともに謳歌しよう。新たな時代、戦国文化の幕開けを……!!」


「「「!!?」」」


 徐世勣が牙を剥いて嗤った瞬間、皆がその言動に凄まじい悪寒を覚えた。

わざとらしく反響する聲に地獄の深淵を感じ、本能がこの上ない警戒音(アラーム)を発する。「彼は危険すぎる」……と。


 悪寒は時を置かずして恐怖へと変わり、その隙をついて戦場全体に散らばる屍の一つ一つから血水が噴き出した。

大地はあっという間に赤く染まり、兵士達は泥のような血に足を取られ、立ち尽くすしかできなかった。その様はまるで、赤い水田に立つ兵士という名の稲穂である。


 そして血水は徐世勣へ向かって大移動を始め、吸血鬼の笑みは嬉々を増した。


「せやぁぁっ!!」「ハァッ!!」「シッ……!!」


 気圧されず、それでいて血水の汚濁を振り払ったロキ、経清、于雲鮮が、徐世勣に三身一体の攻撃を食らわす。

右側に切り抜けるロキの双剣が体を三等分し、左に切り抜ける経清の太刀が首を刎ね、一拍遅れる于雲鮮が刺突による突進で爆散させた。


「藤原のッ! 手応えは!?」


「微塵もなし!」


「!? 二人とも離れて!」


 ダメージがまったく無いばかりか、寧ろ殺気をはらんだ血水が飛び回って反撃に出た。

ロキ達はその場から飛び退り、敵意のある液体を切り払う。


『おめぇ等は下がってろ! うちが殺る!!』


 シュラが上空から飛び蹴りを食らわす。華麗な生足が衝撃を一点に集中させ、原型を留めていない徐世勣を地底深くまでねじ込んだ。


『…………チッ、だめか』


 血水の流動は尚も止まらず、寧ろ勢いを増して地下の深淵に消えていく。液体という特性上、道が出来ればそこを流れるだけだった。


「靖破殿……こいつは一体……」


「ロキ。リナムを頼む。気を失っているだけだ。……お前達も下がれ。俺と魔女が殺る」


 血水を介して大地が脈打ち、腹の底から込み上げる気味悪さが皆の沈黙を作る。

やがて全ての血水が吸い込まれた後、大地は普通の土肌に戻ったが、屍は生乾きの肉袋のようにおかしな状態で残された。


「されば、このような敵はいかがかな……!」


 地底から愉快そうな聲が響く。身動きが取れるようになった兵士達が一目散に距離を取り、経清や于雲鮮がその前に立つ。


「コうイウ奴はァ、ドウだァァァーー!!」


 大穴から突如吹き出る巨人。優に十メートルを超えるそれは、得物の大剣から体から吐息まで、全てが血水と魔力で形付けられた姜純だった。


「北鑑の駄犬が。失せろ……!」


 飽きた敵の再登場に、靖破の方天戟が一閃をお見舞いした。


 だが、先のロキや経清のように、刃は血水を両断するだけで一切の手応えがなかった。

血は飛散するや、一滴一滴が小さな刃となって反撃に転じる。それはシュラの拳一発で露と消えてなくなるが、攻撃すればするだけ自動反撃されるのは厄介と言えた。


「眠気覚ましはこれぐらいで充分か? リシュターブ・シュラ・ノウエ」


『……いちいち真名で呼ぶんじゃねぇよ。吸血鬼(ヴラド)』


「私は呼んでほしいまであるが……ね」


 知らぬ間に這い出していた徐世勣が、さも当然の如く兵士達の中から聲をあげる。


 方やシュラに関しては、湧いたばかりの蛆虫でも見るような目で一瞥して返す。

その視線の先で徐世勣は、今度こそ静かに消えた。


「失せたか……さて、魔女よ。この無駄にデカい置土産をどうする」


 自軍に襲い掛かる姜純の成れの果てを、経清や于雲鮮、駆けつけた張侍が堅実にいなす中、靖破はシュラの考えを待った。


 といっても、徐世勣と戦闘する必要がなくなった今、シュラの考えはただ一つ。


『結ぶぞ靖破! 小手先の攻撃が効かなけりゃ奥義で屠る!!』


「よかろう。一滴の血痕すら残しはしない」


『「――殺るぞ。魔力結合……!!」』


 開戦以降二度目の魔力放出に、天は目まぐるしく空模様を変えた。

そそり立つ蒼き魔力の柱が天上にありし雲を払い除け、骸の原に似合わぬ晴天を見せるや、蒼月の方天戟を握る靖破を照らして魅せた。


「ん……ぁ…………あれは……靖破様?」


 ロキに抱えられながら目を覚ましたリナム。彼女の視界に映る靖破は正に英雄王。その背中には、絶大な武力で世を鎮める覇者の風格を纏って見えた。


「目が覚めたか、良かった。……見てろよリナム。今から俺達の大将が、お前を虐めるクソ野郎を成敗してくれるからな」


「……はいっ……!」


血の気の引いた顔に薄幸な笑みを浮かべるリナム。顔色とは裏腹に、彼女の声音には安堵の色が混ざっていた。


同時に多くの者が靖破に注目する。血水の姜純も矛先を改めた。


「魔女よ、一つだけ確認したい事がある。今から振るう武は、完全に護りの刃だ。それでお前が望む威力を出すことが可能か?」


『気にする必要はねぇ。こいつはうちのリナムを汚したんだ。ぶっ潰す!!』


「フッ……それもそうだな。理解した」


 血水の巨人が大剣を振りかざした。これを防ごうものなら弾ける血水に呑まれ、迎え撃とうものなら四散する血水が第二の刃となって襲い掛かるだろう。


『「目障りだァ!!!」』


 シュラに乗せられたとは言え、靖破にしては珍しい怒号。覇者の一喝とでも言おうか。

そして堂々と構える靖破から規格外の覇気が迸るや、それは蒼き魔力を纏った波動となって血水の巨人を怯ませ、あれよあれよという間に上空へ舞い上がらせた。


「駄犬には贅沢すぎる棺だが、受け取れ……!!」


 蒼月の方天戟が蒼く煌めき、魔力の波動を纏って突きの構えをとる。

靖破の眼光に生気が宿り、鋭くかつ美しく、方天戟(シュラ)とともに一点を見据えた。


『「奥義・破國ッ!!!」』


 大虎流槍術の型にあるまじき殴り飛ばすような凄絶な突き。

それより穿たれしは、蒼き旋風の魔力が渦を巻く特大光線。直径三十メートルはあろうか、先端は拳の形にも見て取れた。


「ごオ……ウオオォォォ……!!?」


 切り裂き破壊し焼き尽くす。兎に角、“破國” の名に偽りなき特大光線は、触れたものの全てを粒子単位で消滅させる威力を誇った。


 血水の巨人は抗う術も時も与えられず、圧倒的が過ぎる一撃をもろに受けて晴天の棺と同化する。宣言通り、血の一雫すら残さぬ完璧な消滅であった。


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