新たなる脅威の影
「北鑑軍大将 姜純、大虎の牙 靖破殿が直々に討ち取った!! 繰り返す!! 北鑑軍大将の姜純は、大虎の牙 靖破殿が討ち取ったァ!!」
「「「「ウオオオオォォォォーーーーー!!!」」」」
于雲鮮の聲が姜純戦死を高らかに告げると、四方の大虎側勢力が一斉に歓声をあげた。
この瞬間に北鑑連合軍の敗北は確定。連合の主体たる北鑑軍は、総大将の戦死および本陣の陥落に伴い、全滅必至の総崩れと相成った。
「……ムラサキ軍全軍、退くぞ! 眞城まで撤退する!」
「不協和音のムラサキィー。儂を前にして背を向けるとはいい度胸しておるわ! 完膚なきまでイテコマシてやるから、首に香を焚いて地になおれ! 追撃開始ィィーー!!」
真っ先に反転したムラサキ軍の追撃には、霊玄と鐘鬼が即応する。
また、榲國から内密に派遣されている三千騎も呼応し、先回りして退路を絶った。
「ちっ……姜純に付き合ったらとんだ貧乏くじを引かされた。我等も下がるぞ!」
「逃がすかァァーー!!」
姜純の命令で潰れ役となり、副官からも離反されたジョウセン。
散々な目に遭いながら戦いを継続していた彼も、事ここに至っては撤退を選ぶが、そこにロキと彼の騎馬隊が立ち塞がった。
「おのれ……! 邪魔をするなガキがァーー!!」
「ハッ! そんな攻撃が効くかよッ!」
ジョウセンが道を切り開こうと魔弾を射出するが、勢い余って天をも喰らいそうなロキには石礫に等しい。魔弾は冴え渡る双剣の餌食となり、銀の火花となって儚く散った。
「行くぜ! 翔碧神喰!!」
人馬一体の突進技・翔碧神喰。風の魔力と碧色の衝撃波を纏い、超重量の物体となったそれが風を切る速さで突進する技だ。
靖破との戦いで負傷・疲弊していたジョウセンにこれを止められる術はなく、彼は超特急で突っ込んでくる馬によって粉砕され、跡形もなく消し飛んだ。
「鳳を狩るに小銃は不足。生まれ変わったら大筒でも用意するんだな!」
もはや聴こえる筈もなかったが、敵将を討ち取ったロキは勝利台詞を決めた。
一方、友軍が我先にと撤退を始め、無様な姿を晒す中、バルチャー勢と交戦している李迅軍だけは整然とした動きを見せていた。
「李迅将軍。御味方は総崩れです。我々も撤退戦に切り替えましょう」
「よし、後軍を前に出せ! 九亀の陣より鵺の陣に改める!」
「はっ! 後軍、前へ!! 陣替えを行うぞ!! 鵺の陣を敷けぇ!!」
バルチャーと楊輝の猛攻を凌ぎつつ陣替えを行う李迅。
配下の将兵も僅かな動揺を見せるだけで迅速かつ的確に動く。
「…………主役は遅れてやってくると言うが、最後に参戦した李迅軍が一番精強という事で間違いなさそうだ。生かして返せば、後に厄介な存在となるだろう。
――楊輝! 敵の陣形が変わる前を突くぞ! 主力部隊を全て投入したまえ!」
想定以上の血を流してでも、李迅とその軍をここで屠る必要を感じたバルチャー。
楊輝も巻き込んで全ての主力を突撃させ、敵の前軍と後軍が入れ替わる隙を突いた。
「かかったぞ。やれ!」
しかし、李迅が下した次の指示で、バルチャー勢の前衛は大きく崩された。
「!? どうゆう訳だ? 後詰めにしては強すぎる。……まさか」
好機と踏んで大攻勢を仕掛けるも、交代したばかりの敵の後軍に跳ね返される。
まるで大きな怪物が手足を駆使して人間の群れを蹴散らす様に、軍全体が一つの意思をもって動いていた。
これがただの後詰めではないと感じた瞬間、バルチャーはそのからくりを理解する。
「そうだ、気付いたかバルチャー。お前は後軍がただの時間稼ぎに思ったようだが、後軍は既に鵺の陣を組んでいる。鵺は一見単純な横陣を成し、各備の動きも至って普通だが、それは基礎中の基礎を極めた隙の無い万能陣形だ。私が編み出し、私が繰り出す中で最強の陣。崩せるものなら崩してみろ」
李迅はわざと隙を見せ、自慢の陣にバルチャー勢の主力を誘い込み返り討ちにする。
用兵に関して、李迅はバルチャーより一枚上手であった。
「李迅将軍。後は我々に任せて、将軍は撤退してください」
「……皆、すまない。私が無事に戦場を脱した後は、敵に降っても構わぬ。逃げる私に義理立てる必要はなく、術があるなら生き延びろ。大虎の牙 靖破……いや、それを操るルーベルズ・リナムがいる限り、捕虜を皆殺しにはしない筈だ」
「承知いたしました。……さっ、将軍は早く撤退してください! 殿はお任せを!」
「……あぁ、今は退く。……九亀の陣を崩せ! 走狗となって港を目指す! 後軍は撤退だ!!」
軍の半分を殿として残し、李迅も撤退を始めた。
バルチャー勢は追撃しようにも交代した前軍に阻まれ、李迅本隊に逃げられてしまう。
李迅が独自に編み出した陣形の強さ然り、それを担う配下の質の高さ。何より将の配慮で降伏を許されたにも関わらず、最期まで徹底抗戦された事が最たる原因だった。
用兵家の祝覧や于雲鮮をして、李迅が名将と言われる所以である。
ともあれ戦の勝敗は決した。陽慶から敵軍が撤退した事で、靖破軍を主とする大虎軍の完全勝利に終わったのである。
「やったな靖破殿!! これで北鑑や楽羅は暫くのあいだ立ち直れねぇ! 白眉も誰と手を組むのが得策か思い知った筈だぜ!!」
「あぁ、その通りだ。ロキ、よく来てくれた。感謝する」
『騎馬の突撃も良かったぞ!! うちらの中にロキありってな!』
「魔女様、有り難く! ……だが、俺からすれば遅くなって申し訳ない気持ちだ。ケトの守備を榲國軍に引き継ぐのと、全軍を召集するのに手間取った」
『気にする事はねぇだろ。逆に数日でここまで来れた事がスゲェよ』
「魔女の言う通りだ。恥じる事はなく、誇っても異を唱える者はいない。……それと、榲には一つ借りができたか。せめて中立は保ってくれるだろうと思っていたが、まさか援軍まで出してくれるとはな」
「榲國王が北の楽羅軍を止めたんだ。しかもケトの守備にも軍を割いてくれて、戦場にはトキ一派のトシミツ殿を派遣してくれた」
「大きな借りだ。落ち着いたら國をあげて礼を言わねばなるまい」
「その時はルーベルズ家が全力で応えさせてもらう。
――じゃあ話もそこそこにして、残る敵を掃討しようぜ!!」
「あぁ。北鑑の首脳どもに、完膚なき敗北を味わらせてやる。魔女も好きに暴れろ」
『よっしゃぁ! ザマァ見せてやる!! 行くぞぉぉーー!!』
ロキと合流した靖破は北鑑軍の追撃に移ろうとした。
その様子は城壁上の本陣に居るリナムにも見て取れ、彼女は味方の勝利に安堵する。
「靖破様、兄様……! 私達も城内に戦の勝利を広めましょう。被災した皆さんを鼓舞して、手を差し伸べて助けなければ」
リナムは本陣の役目を果たしつつ、姜純が起こした地震による被害の回復に努める。
情報部を兼ねるリナム護衛兵は素早く動き、城下に戦勝を伝え広めに行った。
「もう心配はいりません。ここは私を含めた最小限の人員で充分です。皆さんも城下の難民を助けに向かってください」
城の周囲に敵は居なくなった事で、敵襲に備えた実働兵も城壁を降りた。
リナムの周りには数人の情報官と、伝令役の兵士が二十人ばかし残っただけである。
「本当に……良かった。これでこの國は――」
「大戦乱の実を成した」
「……えっ?」
緊張の糸が緩み、深呼吸とともに胸を撫で下ろした時。リナムの独り言に望まぬ答えを返す者がいた。鈴虫の様に澄んだ声であるのに、不自然な残響が耳に残った。
「だ、誰ですか? いつの間にここに……」
リナムが振り向き、周りの護衛兵も遅れて彼女の側を見れば、そこには金色の装飾を散りばめた漆黒の礼装に身を包む、容姿端麗かつ色白な男が居た。
頭にはこれまた金色の刺繍を施した黒地の軍帽を被り、その頭髪は銀白に輝いて、唇は異様に赤く染まっている。それでいて整った礼装に似合わず、胸元を大きく開いては、伽羅な首飾りを堂々と下げていた。
彼から敵意は感じられない。というより、不気味なほど人としての気配がなかった。
例えるなら、そこに居ても誰も気に留めないような虫の如き存在。
しかし虫のように無害かと言えばそうではなく、寧ろ靖破やシュラのような規格外の化物を肌で感じる事が多いリナムの本能は、この男がとてつもなく危険に感じた。
「貴様、何者だ! リナムお嬢様から離れろ! さもなくば」
「待ってください! 手を出してはいけません! きっと何千もの兵士が束になっても敵わない筈です! ……それに私の命が目的なら、もう殺されています」
リナムの護衛兵は情報官を兼ねるとは言え、本職は要人警護である。不審者の侵入に際して直ちに抜刀するや、指示も要さずその場に合う臨戦態勢を整えた。
だが当のリナムが、護衛兵達の宣戦布告を思い留まらせた。今の状況を冷静に把握すれば、この不審者を刺激するのは得策ではないと思ったからだ。
「ほぉ……! 見事なものです。女だてらに契約者の手綱を握るだけあって、そこらの指導者以上にわかっている。聡明にして可憐で多才……成る程、あの魔女が気に入る訳だ」
「……何か話があって来られたのですか? 私はただ本陣を預かるだけなので、國の行く末に関する大事な話は、改めて席を設けさせていただきます」
「今の私には国交なんてものはどうでもいいのですよ。ただ乱世の先駆けを果たした國の面々……特に契約者を手玉に取る少女がどんな人物か見たかっただけです。それと些か、新鮮な血液が大量に出たので、それを回収しに……ね」
そう言って笑う男の表情は、紅い月を背景に牙を覗かせる吸血鬼であった。
それを機にリナムの全身から一斉に血の気が引き、次の瞬間には辛うじて意識を保てるほどの無気力状態となって膝をつく。
側に控える護衛兵もどっと倒れ伏し、彼等に関しては気を失っていた。




