003: 学長室
ここは《本国》から離れた中立地点のど真ん中にある学園の一室
学園の長である老人が珈琲を口にして顔を苦々しく歪めていた
「《第三次世界裂戦》以来のコーヒーは不味くていかんな」
《第二次世界大戦》の後に勃発した《第三次世界裂戦》
《ピースメイカー》を主に置いた《第三次世界裂戦》は苛烈を極め、無傷の国は存在せず、勝者を出すことなく幕を閉じた
《第三次世界裂戦》自体は終了したが国と国が和解した訳ではなく、《ピースメイカー》の生みの親である咲座木 一を有する日本は江戸時代のように他国との繋がりを断ち切り鎖国を敢行した
しかし、この対策を取ったのは日本だけではなかった
大国と大国は睨みあいを続け、和解する道を選ばなかった
国と国が手を取り合う時代は終わり、世界は分かたれた
それが《大戦》ではなく《裂戦》と呼ばれる所以である
人が一人で生きれないように国が他国との交流を断って成り立つ訳がない
特に日本のような輸入して食料などを確保していた生産力の低い国はジリ貧で倒れる
それが鎖国に踏み切る程、《ピースメイカー》は魅力的だった
当時の総理大臣が豪傑だっただけではという世論もある
咲座木 一は総理大臣の行動力を気に入り、快く《ピースメイカー》を生活の基盤に組み込み安定を図った
それでも日本の半分の荒廃は避けることは出来なかったが、食料プラントを完成させて餓えが消え、労働も人間に取って代わり《ピースメイカー》が行う平和な時代が訪れた
豪傑総理大臣が亡くなるやいなや政治も機械に乗っ取られるとは思いもしなかったに違いない
争いがなく、餓えはなく、不自由がなく、皆が何も考えなくていい幸福な世界
学長になる前の男は、上っ面だけの平和だと唾を吐き捨てた
荒廃した土地に投げ出された国民を見捨てているではないか、と
閉ざされた世界に背を向け、豪傑総理大臣の血を引く学長は救われぬ、外の人間のための学園を立ち上げた
これにも咲座木 一が一枚噛んでいる
寧ろ、咲座木 一に唆されいいように使われたのではないと今になって学長は思う
真実は学長の深読みでしかなく、単純に『面白そうだから』という動機で協力していたのだが故人の意思を伝える者はいない
「なんにせよ過去を変えることは出来ん」
学長はただ機械に飼い殺しにされるのが耐えられなかった
豪傑総理大臣の名高い父親なら別の道を選べたかもしれない
けれど、反乱が学長の考え付いた最善だった
それを後悔していない
老骨は今も人間としての誇りを胸に宿している
「故に未来を変えるのだ。《滅び》を回避するために」
いずれ来る《滅び》を回避するために学長は学園を設立し、影で《アンティーク》を育て上げた
それは失敗だったが全くの無駄ではない
失敗から経験を得た
可能性を得た
今、馬鹿息子が《アンティーク》を率いている
あれが何を仕出かすかは不明瞭だが、《滅び》から逃げる術を全力で模索している筈だ
親友を裏切り、父親さえ騙し消えた息子を学長は、まだ、信じている
「……」
学長の言葉を静かに聞くのは学園の一、教師、一條 善哉
ただ一人だった
本来なら学長の息子、善哉の親友も共にーーー
今となっては栓無き事なり
『駄目なんだ。駄目なんだよ善哉。親父のやり方じゃ温過ぎる。《滅び》に食いつぶされる』
あの日の友の言葉の真意は未だ知れず
善哉は仮面の下を覗かせない
※ ※ ※
学園を遠巻きに眺める影が二つ
そこは通常の《ピースメイカー》の視覚器官を用いても届かぬ距離にある
されど、彼女等には、彼女達といっても性別など存在しないのだが、確かに学園が見えていた
「人間ってさ、凄いよねー。無駄無駄無駄なのにさー」
「人間は無駄と投げ出し、停滞に沈まず足掻き抜く。私達には出来ないことだ」
片方は人間を見下した発言をし、もう片方は遠回しに人間に好意的な考えを示す
無機質な目には焦がれが見える気がする
「何何何、黒犬ってば、人間に惚れちゃったー?」
「違いない。人間は私達を作り、新たな可能性を常に紡いで繋いできた生き物だ」
「そっかなー?咲座木様は確かに凄いけど、人間なんて有象無象だよー?進歩がないどころか退化の一途だよー?」
「はたしてそうかな?彼等は《滅び》に抗う。予定通りに事が運べるとは思わないほうがいい」
「予定通りも何も、翡翠様のせいで予定は、けっこー早められちゃったんだけどねー。あの人、何がしたいんだろねー?」
「翡翠様は人間と機械の両方を愛しておられる。その愛に報いねばなるまい白猫」
その愛が歪んでいても愛されていることに変わらない
感情に敏感ではないピースメイカーはその歪みに気付かない
「愛とかよくわかんないけど、お仕事はきっちりやるよー。それが私達の存在理由だしー」
「あぁ、《滅び》の笛を高らかに!」
「黒犬黒犬、それフライングだから、まだだから、そんなテンション上げないでよ鬱陶しいー」
機械は人間味を得て、対照的に人間味を失っていく人類
これより起こる滅びは必定
抗う意思を持つ人間がどれほどいるのか




