第4話「エイモアと男子たち」
前方から数人の男子生徒が歩いてくるのが見えた。
「あ……」
俺は思わず足を止めた。
見覚えのある顔。昨日、俺を馬鹿にしていた男子たちだった。
「ん? あれ、神代じゃね?」
男子の一人がこちらに気づいた。
「おいおい、何でお前がこんなところにいるんだよ?」
中心にいた男子生徒がニヤニヤと笑いながら近づいてくる。
そして、俺の隣にいるエイモアへと視線を移した。
「……ん? なんだ、その子?」
男子生徒は不思議そうにエイモアを見つめた。
「お前、誰だよ?」
エイモアはそんな男子生徒を静かに見つめていた。
「私はエイモア。連様によって生み出された存在よ」
「……は?」
男子生徒たちは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた。
「何言ってんだ、この子?」
「神代、お前の妹か何かか?」
「それとも、どこかで拾ってきたのかよ?」
男子たちは再び笑い始めた。
俺は小さく息を吐いた。
(……また始まったか)
すると、エイモアが俺の前に一歩出た。
「あなたたち」
その声は、先ほどまでの穏やかなものとは少し違っていた。
「連様に対して、随分と失礼な態度を取るのね」
「はぁ? 何だよ、お前」
男子生徒の一人が不機嫌そうに顔をしかめた。
エイモアはそのまま、男子たちを見つめていた。
「……」
(エイモア、頼むから問題は起こさないでくれよ)
俺はそんなことを考えながら、二人の間に割って入ろうとした。
そのとき、
スゥゥゥ……。
辺りに霧が出現した。
この霧は……。
「なんだ? 霧?」
「おい、エイモア」
「大丈夫よ。すぐ終わらせるわ」
エイモアの周囲から、白い霧が広がっていく。
「な、なんだよこれ……!」
男子生徒たちは突然の霧に戸惑い、周囲を見回した。
「おい、何も見えねえぞ!」
「落ち着け! ただの霧だろ!」
男子生徒の一人がそう叫ぶ。しかし、その声には明らかな動揺が感じられた。
「エイモア、これはお前の力なのか?」
俺が尋ねると、エイモアは小さく頷いた。
「ええ。私の権能を使っているのよ」
「でも、昨日見せてくれたのは猫とか霧だっただろ?」
「ふふっ。想像したものを具現化する。それが私の権能よ。もちろん、こうした使い方もできるわ」
そう言って、エイモアは男子生徒たちへ視線を向けた。
「さて、あなたたち。少し反省してもらいましょうか」
「ふざけんな! 何をするつもりだ!」
男子生徒が声を荒らげる。
その瞬間だった。
「なっ!?」
男子生徒たちの足元から、突然、巨大な腕のようなものが現れた。
それは霧の中から伸び、男子生徒たちの身体を次々と掴んでいく。
「うわあああっ!」
「な、何だよこれ!」
「離せ! 離しやがれ!」
男子生徒たちは必死にもがくが、腕はびくともしない。
そして次の瞬間。
ドサッ! ドサッ! ドサッ!
男子生徒たちの身体が、まとめて床へと叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「いってぇ……!」
一瞬の出来事だった。
さっきまで俺を馬鹿にしていた男子たちが、全員床に倒れている。
「……え?」
俺は目の前の光景に呆然とした。
「ふふっ。これで少しは懲りたかしら?」
エイモアは何事もなかったかのように微笑んでいる。
「お、お前……何をしやがった!」
男子生徒の一人が、床に倒れたまま声を上げた。
「何って、ただあなたたちを倒しただけよ」
「ふざけんな! こんなことしてただで済むと思うなよ!」
「そうね。あなたたちがこれ以上、連様に無礼を働くのなら、次はもっと強くお仕置きしなければならないわね」
エイモアは笑顔のまま答えた。
……いや、笑顔なのに怖い。
「エイモア!」
俺は慌てて彼女の肩に手を置いた。
「もういいだろ! これ以上はやめてくれ!」
「あら、連様。もうよろしいの?」
「ああ! 十分だ!」
「分かったわ。連様がそうおっしゃるのなら」
エイモアが手を下ろすと、周囲に広がっていた霧が少しずつ消えていった。
床には、倒れた男子生徒たちが残されている。
「……」
俺は改めて男子生徒たちを見る。
どうやら大きな怪我はしていないようだが、全員が驚いた表情を浮かべていた。
「お、お前ら……覚えてろよ!」
中心にいた男子生徒が、仲間たちに支えられながら立ち上がった。
そして、俺とエイモアを睨みつける。
「行くぞ!」
男子生徒たちはそう言って、足早にその場を去っていった。
「……はぁ」
俺は大きく息を吐いた。
「連様、大丈夫?」
エイモアが心配そうに俺を見上げる。
「ああ。俺は大丈夫だけど……」
「けれど?」
「学校でいきなり騒ぎを起こすのはまずいだろ!」
俺は思わず声を上げた。
「そうかしら?」
「そうだよ! 先生に見つかったらどうするんだ!」
「それなら問題ないわ。私が説明するもの」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
俺は頭を抱えた。
(……やっぱり連れてくるんじゃなかったかもしれない)
そんなことを考えていると、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
「おい! 今の音は何だ!」
先生らしき男性が、こちらへ向かって走ってくる。
「……あ」
俺は思わず固まった。
「どうしたの、連様?」
「どうしたもこうしたもない! 絶対に今の騒ぎを聞きつけて来たんだよ!」
先生は俺たちの前で立ち止まると、俺たちを見た。
「何があったんだ?」
「あ、えっと……」
俺が説明しようとした、そのとき。
「私が愚か者を倒しました」
エイモアが堂々と答えた。
「なっ!?」
俺は思わず目を見開いた。
「どうしてそんなにあっさり言うんだよ!」
「隠す必要はないでしょう?」
エイモアは不思議そうに首を傾げた。
先生はエイモアと俺を交互に見つめる。
「……とりあえず、事情を聞かせてもらおうか」
「はい……」
俺は諦めたように頷いた。
こうして、俺たちは先生に事情を説明することになった。
男子生徒たちが普段から俺に嫌がらせをしていたこと。そして、今日も同じように絡んできたこと。さらに、エイモアが俺を守るために力を使ったこと。
先生は黙って話を聞いていた。
「そうか……また彼らか」
「知っているんですか?」
「ああ。以前から何度か注意していたんだが、なかなか改善されなくてな」
先生は申し訳なさそうに眉を下げた。
「神代、すまない。もっと早く対応できていればよかったんだが」
「いえ……もう大丈夫です」
俺はそう答えた。
すると、エイモアが俺の手をそっと握った。
「連様。これからは私がそばにいます。だから、もう一人で我慢する必要はありませんよ」
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
まだ学校生活がどうなるのかは分からない。
けれど、少なくとも今までとは違う。
俺の隣には、エイモアがいるのだから。
そして、この日を境に、俺の学校生活は少しずつ変わり始めることになるのだった。




