第2話「神様の力」
家に入った俺とエイモアは、リビングへと向かった。
「あ、連、ちょっと待っててね! 今、お茶を用意するから!」
母さんはそう言って、キッチンへ戻っていった。
「……」
俺はソファに座り、隣にいるエイモアを見つめる。
「なあ、エイモア」
「何かしら、創造主?」
「その創造主って呼び方、どうにかならないか?」
「どうして?」
「いや、なんだか落ち着かないというか……普通に連でいいよ」
俺がそう言うと、エイモアは少し考えるように首を傾げた。
「そうね……創造主を名前で呼ぶのは少し抵抗があるけれど、連様がそう望むのなら」
「様もいらないんだけど……」
「それは譲れないわ」
エイモアは微笑みながら、きっぱりと言った。
(……まあ、いいか)
そんなことを考えていると、母さんがお茶を持って戻ってきた。
「はい、お待たせ! エイモアちゃんもどうぞ!」
「ありがとうございます、お母様」
「ふふっ、いいのよ!」
母さんは嬉しそうに笑いながら、俺たちの向かい側に座った。
「それで、エイモアちゃん。少しお話を聞いてもいいかしら?」
「ええ、もちろんです」
こうして、俺たちの奇妙な生活が始まろうとしていた。
「連のスキル名は何かしら。聞いても教えてくれないし、見せてもくれないのよ」
母さんには心配をかけたくなくて、黙っていたんだよな。
すると、エイモアがこちらを一瞬見た。
「別に言ってもいいよ。もう隠す理由もない」
俺がそう言うと、エイモアは話し始めた。
「《神核生成》。それが連様のスキル。神々を作り出す力よ」
「まぁ! そんなすごい能力だったのね。どうして黙っていたの?」
「いや、恥ずかしくて」
本当は違う。スキルの使い方が分からず、心配をかけたくなかったからだ。
しかし、今は偶然かもしれないが発動した。もう隠す理由はない。
「もう、恥ずかしがり屋さんなんだから」
母さんはそう言って、にっこりと笑った。
母さんはエイモアに興味津々といった様子で、次々と質問をしていた。
「それで、エイモアちゃんはどんなことができるの?」
「そうですね。私たちには星を象徴する力が備わっています」
「星を象徴する力?」
「ええ。私たちはそれぞれ異なる星の力を持っているのです」
「まぁ! そうなのね!」
母さんは感心したように頷いた。
俺はそんな二人の会話を聞きながら、ふと気になったことを尋ねる。
「なあ、エイモア。その力って、具体的にはどんなものなんだ?」
「私の力のことかしら?」
「ああ。星の力って言われても、いまいち想像できないんだ」
「ふふっ、そうね。言葉で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いかもしれないわね」
エイモアはそう言って、立ち上がった。
「えっ、今ここで見せるのか?」
「ええ。少しだけなら問題ないわ」
「少しだけって……」
俺が不安そうに見つめると、エイモアは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ、連様。心配しないで」
そう言うと、エイモアはリビングの少し開けた場所へと移動した。
「それでは、お見せしましょう。これが私の持つ力よ」
エイモアは小さな手を前にかざした。
その瞬間、彼女の周囲に淡い光が集まり始める。
「これは……?」
思わず息を呑む俺。
「ふふっ。それでは、始めるわね」
エイモアがそう言うと、辺りが霧に包まれた。
「ふふっ、これだけじゃないわよ」
すると、エイモアの手のひらに何かが出現した。
「これは、猫か?」
小さな猫がエイモアの手のひらの上で動いている。
「ええ。これが木星である私の権能『想像』。その力、《大赤斑の具現化》よ」
エイモアは手のひらに乗った小さな猫を、優しく撫でた。
「この子は、私が想像したものを具現化した存在よ。もちろん、本物の生き物ではないけれど、こうして触れることもできるわ」
「へぇ……すごいな」
俺は思わず感心した。
何もないところから、生き物のようなものを作り出す。それがエイモアの力なのか。
「ちなみに、この霧も私の力で作り出したものよ」
「そうなのか。じゃあ、さっきの霧も想像したものなのか?」
「ええ。私の権能は、想像したものを形にする力。大きさや形、性質などもある程度自由に決められるわ」
「ある程度ってことは、何でもできるわけじゃないのか?」
「もちろんよ。私にもできることとできないことがあるわ。それに、想像するものによって必要な力も変わってくるの」
エイモアはそう言うと、手のひらに乗っていた猫をそっと床に下ろした。
猫は小さく鳴くと、リビングの中を歩き始める。
「わっ! 動いた!」
母さんが目を輝かせながら、猫の後を追いかけた。
「ふふっ。お母様にも気に入っていただけたようね」
「……そうだな」
母さんは昔から動物が好きだった。だから、こういうものを見ると放っておけないのだろう。
「ねえ、エイモアちゃん! この子、抱っこしてもいい?」
「ええ、もちろんです」
母さんは嬉しそうに猫を抱き上げた。
「かわいいわねぇ!」
「にゃあ」
猫は母さんの腕の中で、気持ちよさそうに鳴いた。
(……本当に不思議な力だな)
俺は改めてエイモアを見る。
こんな小さな身体のどこに、これほどの力があるのだろうか。
「ところで、エイモア」
「何かしら、連様?」
「さっき言っていた木星の権能っていうのは、今の力のことなのか?」
「ええ。正確には、木星の私が持つ権能は『想像』。そして、その権能を使った能力の一つが《大赤斑の具現化》よ」
「能力の一つ?」
「そう。権能と能力は少し違うの。権能は私たちが持つ根本的な力で、能力はそれを使って発動する技のようなものね」
なるほど。
つまり、エイモアは『想像』という力を持っていて、それを使ってさまざまな能力を発動できるということか。
「じゃあ、他の惑星の神様たちも、それぞれ違う権能を持っているのか?」
「ええ。私たちはそれぞれ異なる星を象徴する存在。だから、持っている権能も異なるわ」
「そっか……」
俺は少し考え込んだ。
太陽系の具現化。それがエイモアたちの正体なら、他の神様たちも同じように強い力を持っているのだろう。
(俺、本当にそんな存在を生み出したのか……?)
まだ実感が湧かない。
つい昨日まで、自分のスキルが何なのかも分からなかったのに。
「連様?」
「ん?」
「何か心配事でもあるのかしら?」
エイモアが心配そうに俺を見つめていた。
「いや、ただ自分がそんなすごい存在を生み出したっていうのが、まだ信じられなくてな」
「ふふっ。無理もないわね。でも、私たちは確かに連様によって生み出された存在よ」
「……そうか」
「それに、私たちは連様のことを大切に思っているわ。だから、何か困ったことがあれば遠慮なく頼ってちょうだい」
エイモアはそう言って、優しく微笑んだ。
その言葉に、俺は少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
今まで、誰かに頼ることなんてほとんどなかった。
自分のスキルが分からず、周囲から馬鹿にされても、誰にも相談できなかった。
けれど、今は違う。
少なくとも、目の前にいるこの少女は俺の味方でいてくれる。
「ありがとう、エイモア」
「ふふっ。どういたしまして、連様」
その後、母さんも交えてしばらく話をしていた。
エイモアは母さんからいろいろと質問されていたが、嫌がる様子もなく、一つ一つ丁寧に答えていた。
どうやら、母さんはすっかりエイモアのことを気に入ったらしい。
「そういえば、エイモアちゃん。今日はどこで寝るの?」
「えっ?」
母さんの言葉に、俺は思わず声を上げた。
そうだった。エイモアは今日からどうするんだ?
「そうね……私は連様のそばにいるつもりだけれど」
「じゃあ、連と一緒の部屋でいいかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は慌てて二人の会話に割って入った。
「いくらなんでも、それはまずいだろ!」
「どうして? エイモアちゃんはまだ小さいんだから、連が面倒を見てあげなさい」
「いや、そういう問題じゃなくて……!」
「ふふっ。連様、私は構わないわよ?」
エイモアは涼しい顔でそう言った。
(いや、俺が困るんだよ……)
結局、母さんの提案でエイモアは俺の部屋で過ごすことになった。
もちろん、寝る場所は別々に用意することになったが。
「それじゃあ、今日はもう遅いし、お風呂に入って寝ましょうか!」
母さんはそう言って立ち上がった。
「エイモアちゃん、お風呂の使い方は分かる?」
「いえ。初めてなので、教えていただけると助かります」
「あら、そうなのね! じゃあ、お母さんが教えてあげる!」
「ありがとうございます、お母様」
母さんとエイモアは楽しそうに浴室へ向かっていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、ソファに深く腰掛ける。
(……なんだか、すごい一日だったな)
自分のスキルが発動したと思ったら、神様が現れて、家族の一員のように家に馴染んでいる。
つい数時間前まで、こんなことになるなんて想像もしていなかった。
「……明日からどうなるんだろうな」
俺は小さく呟いた。
そのとき、ふと頭に一つの疑問が浮かんだ。
(そういえば、エイモアは学校に連れていっても大丈夫なのか?)
明日も学校はある。
そして、あそこには俺を馬鹿にしている連中がいる。
エイモアのことを知られたら、また何か言われるかもしれない。
(……まあ、なるようになるか)
今は考えても仕方がない。
俺は立ち上がり、自分の部屋へと向かった。
こうして、俺とエイモアの奇妙な共同生活が始まった。
しかし、このときの俺はまだ知らなかった。
彼女との出会いが、これからの学校生活だけでなく、世界そのものを大きく変えていくことになるとは。




