第四幕 真空寺その2
それから季節がひとつ巡り、八月初旬を迎えた、日曜日の午後。
今週も一週間、須弥山総合病院での激しい勤務に疲労した眞琴は、再び一人で小高い丘の上に佇む真空寺の参道を登っていた。
石段を一段上るごとに、ワイシャツの背中にまとわりつく汗がじわりと滲み出していく。ギラギラとした太陽が照りつけるアスファルトの熱気で街中は息が詰まるほどの蒸し暑さだったが、石段を上りきって山門の影をくぐると、肌を撫でる空気の質感がふっと変わった。境内の深い木立が強い日差しを遮り、古木の苔と打ち水を含んだ風が、火照った皮膚をひんやりと冷やしてくれる。街中に比べれば、ここはまるで別世界のように涼やかだった。
頭上の青もみじや濃緑の葉隙からは強い夏光が漏れ、木漏れ日の斑影を揺らしている。遠くの境内からは、真夏のピークを告げる蝉時雨が降り注ぎ、かえって深遠な静寂を際立たせていた。
重厚な層塔の屋根や風格ある本堂の佇まいは、この寺が重ねてきた長い年月と歴史の重みを静かに物語っている。時間帯が中途半端なせいか、いつもなら境内の掃除に勤しんでいるはずの十五歳の修行僧、実蓮の姿も今日はない。
眞琴は静けさを踏みしめるように本堂へと歩みを進めた。賽銭箱に銭を投げ入れると、乾いた金色の音がしんと静まり返ったお堂に低く響く。
線香を一本手向け、鰐口を鳴らした。香煙がかすかに揺らめく薄暗いお堂の奥、幽玄な光を纏う本尊に向かい、眞琴は静かに両手を合わせた。
昼間に病院の窓口で消耗した心を癒すように、ゆっくりと深く息を吐き出し、まぶたを閉じる。
――その時だった。
完全な暗闇であるはずの眞琴のまぶたの裏に、不意に奇妙なビジョンが映し出された。
暗黒の空間に、キュルキュルと小さな微動の音を立て、光の尾を引くような螺旋の『渦』が、突如として無数に生まれ出たのだ。それらの渦は、生き物のように激しく回転しながら自らの形を維持しようとしたかと思えば、次の瞬間には糸が解けるようにして暗闇へと消えていく。気配が消えたかと思えば、また別の場所に新しい渦がキュルキュルと生まれては、儚く消えていく。
ただの疲れが見せた明かりの残像などではない。それは、ぞっとするほど精巧で、妙に生々しい物理的なリアリティを持った、不思議なビジョンだった。
(……なんだ、これは? 一体どういう意味なんだ?)
眞琴は目をつむったまま、困惑して眉をひそめた。
生まれては消え、消えては生まれる、無数の不思議な渦の群れ。それが何を意味しているのか、この時の眞琴には全く分からなかった。数年前に死にかけたあの夜に視た、完璧な一本の直線の記憶とも、どこか違うような気がする。
眞琴がゆっくりと目を開けると、ビジョンは掻き消え、いつもの薄暗い本堂の祭壇が、何事もなかったかのように目の前に戻ってきた。
眞琴は自分の額に触れ、奇妙な動悸を抑えるように小さく首を振った。
いま目撃した光景を深く刻み込むように一呼吸置くと、眞琴は本堂の重い敷居を跨いで外へと出た。
境内の静寂はいっそう深まり、昼下がりの光が本堂の回廊や古い鐘楼の木肌を照らし出している。丘の上を吹き抜ける涼風が青もみじの濃い緑を揺らし、下界の町の喧騒を遠くへ押しやっていくようだった。
眞琴は参道の石畳から外れ、苔むした庭の飛び石の上をゆっくりと歩いた。どこか所在ない足取りのまま、ここ数年、仕事の合間を縫うようにして貪るように読み込んできた「唯識」の思想について思考を巡らせ始める。
ーー唯識。それは仏教の深奥に位置する高度な心理学だった。
それは文字通り、「唯、心の識別だけが存在する」――私たちが客観的な現実だと思っている世界は、すべて自分の心が作り出し、映し出している映像に過ぎない、という徹底した唯心論であり、一種の精神物理学だ。
眞琴が愛読した唯識の本では、「唯ちゃん」というマスコットキャラクターが難解な概念を解説してくれていた。
仏教に馴染みのない人間からすれば難解極まる学問だが、「唯ちゃん」が言うには、唯識では、人が物事を認識する時の心を「海の深さ」のように、大きく五つのレイヤー(階層)に分けているらしい。
まず一番の表面にあるのが「前五識」だ。前五識とは目(視覚)、耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、舌(味覚)、皮膚(触覚)という、いわゆる「五感」のことだ。「識」を「物事を認識して心の奥に取り込む行程」と考えるので、それらの感覚器官が最も浅い「識」なわけだ。
そしてそれを総括して思考するのが、カメラの本体にあたる「第六意識」。僕たちが普段から「自分」だと感じている、いわゆる「顕在意識」、英語で言うと「マインド」だ。「唯ちゃん」は「意識」はとてもおしゃべりだと言っていた。確かに普段は絶え間なく頭の中で何かをしゃべっているよね。
そのすぐ奥に潜んでいるのが、「第七末那識」と呼ばれる階層だ。いわゆる「潜在意識」のことで、一つ前の「顕在意識」と二身一体だ。仏教では無意識の心の動きを「煩悩」や「執着」という視点で考えるので、ここが「諸悪の根源」みたいに解釈されている。「僕はこうしたい」「僕はこれが欲しい」と、「前五識」と「第六意識」が捉えたすべての情報に「自分」を紐付け、執着し、歪める。人間が誰しも持っている、頑固な自己愛の塊だ。「唯ちゃん」はこれを「剝き出しのエゴ(自我)の製造工場」と言っていた。
そしてさらにその奥、底知れない深層に広がっているのが、「個人」を超えた巨大な無意識のデータベース、「第八阿頼耶識」だ。ここには過去のすべての記憶や行動が消えないデータとして保存されており、精神世界でいうところの「アーカーシャ」や「アカシックレコード(全宇宙の記憶のデータバンク)」に該当する。「唯ちゃん」が言うには、この莫大な記録庫からいろんな情報が読み出されて、僕たちのレンズ(前五識)に「現実」という名のホログラムが上映されるシステムになっている、のだそうだ。
そしてさらにその奥、というか、後から付け足された論理として、エゴも記憶も、すべての汚れやデータすらも洗い流された、生命の根源にあるどこまでも澄み切った清浄な心――「第九阿摩羅識(あまらしき=アマラ)」があるという。「唯ちゃん」はそれを「個人の心を超えた汚れのない宇宙そのもののエネルギー」と言っていた。
前五識(感覚器官)と意識があり、末那識があり、阿頼耶識があり、この四つのレイヤーと、その根源に純粋な生命の息吹である阿摩羅識が流れている。この五つのレイヤーが重なり合って、人間の「心」と「世界」は同期している、というのだ。
しばらく「唯識」に思いを馳せながら境内を散歩していた眞琴は、ちょうど寺務所の前にたどり着いたところで、じいちゃんに顔を見せようと、その引き戸をトントンと叩いて中へと入った。
「じいちゃん、いる? 仕事帰りにちょっと寄ったんだけど」
薄暗い土間の奥、居間に座っていたのはじいちゃんではなく、一人で静かに外を眺めていた祖母の絹代だった。
「あ、婆ちゃん。こんにちは」
眞琴がいつものように親しげに声をかけ、畳に足を踏み入れようとした、その瞬間だった。
絹代がハッと肩を震わせ、弾かれたように眞琴の方を振り返った。その顔を見た瞬間、眞琴は息を呑んだ。
そこにあったのは、いつも自分を温かく迎えてくれる祖母の優しい顔ではなかった。恐怖と、嫌悪と、激しい拒絶に歪んだ、見たこともないほど冷酷な老女の表情だった。
「……あんた、誰?」
低く、地を這うような掠れた声が、静かな部屋に響いた。
「え……? 婆ちゃん、何言ってるんだよ。僕だよ、眞琴だよ」
「知らない! あんたなんか知らないわよ! 気持ち悪い……っ、人の家に勝手に入り込んで、何企んでるの!?」
絹代は座布団を抱きしめるようにして身を縮め、まるで狂暴な不審者でも見るかのような目を眞琴にぶつけてきた。その大きな瞳は血走り、激しく見開かれている。
「婆ちゃん、落ち着いて、僕だよ! 孫の眞琴――」
「出てってくださいな! 泥棒! 出てって!!」
金切り声のような叫びが、古い木造の寺務所を激しく震わせた。
目の前にいるのは、間違いなく自分の大好きな祖母だ。けれど、その瞳の奥にいる人間は、自分のことなんか1ミリも覚えておらず、ただただ害悪として排斥しようとしている。
眞琴の足元から、世界がガラガラと崩れ去っていくような凄まじい衝撃が走った。胸を直接包丁で抉られたような、目の前が真っ白になるほどのショック。あまりの恐ろしさと哀しさに、言葉を失い、一歩も動けなくなって立ち尽くす。
「――絹代。もう大丈夫だから、お部屋で少し休んでいなさい」
襖の向こうから、海印阿闍梨が静かに部屋に入ってきた。
海印は激しく取り乱す絹代の前に進み、その小さな身体を包み込むようにして優しく抱きしめた。海印に触れられ、声をかけられると、絹代はハァハァと荒い息を吐きながらも、次第に毒気が抜けたように静かに落ち着きを取り戻し、海印に促されるまま、奥の寝室へとゆっくり歩いていった。
静まり返った土間に、眞琴は一人、幽霊のように呆然と立ち尽くしていた。身体の震えが止まらない。
やがて、絹代を寝かしつけた海印阿闍梨が、静かな足取りで居間へと戻ってきた。その手に抱えられた古い木製のお盆の上には、好物のガラス瓶のサイダーと二つのガラス製のコップ、そして氷が入った製氷皿が窮屈そうに並べられていた。歩くたびに、サイダーの瓶とコップがちり、と微かな音を立てる。
海印は深く刻まれた目尻の皺をいたわるように和らげ、居間の机にお盆を下ろして、まずはコップを一つ置いた。
「まあ、中に入りなさい、眞琴」
その海印のいつもの優しい声に導かれるようにして、眞琴はのろのろと框を上がって机の前に座った。しかし、まだ身体の震えは収まらず、手の平には祖母に拒絶された時の冷たい汗が滲んでいる。
「じいちゃん……婆ちゃん、本当に僕のことが分からなくなっちゃったの?」
かすれる声で問いかける孫に対し、海印は机の上に置いてあった一幅の手写しの曼荼羅をそっと手に取った。自由な発想で諸仏が整然と並ぶその紙面を山折り、谷折り、山折りと交互に折り曲げてみせた。
「わかったじゃろうが、あれの心はもう半分くらいあちらに行ってしもうとる。悪気はないんじゃ」
海印は折った曼荼羅を机の上に置き、真ん中の「谷」の部分を指差して言った。
「ただ、こうな。アレには折れ込んで谷になっとる部分が、時々見えなくなるんじゃ」
海印はそう言うと、今度はその折れ曲がった曼荼羅の、隣り合う「山」と「山」の頂点同士を指先でぴたりと繋ぎ合わせてみせた。谷の隙間が完全に隠れ、本来は遠く離れていたはずの二つの山が、まるで最初から隣り合わせだったかのように地続きになる。そこには本来の秩序が失われ、尊い仏たちが奇妙に重なり合った、いびつな世界があった。
「アレにはこう見えとる。ただ、それに正直に生きとるだけなんじゃよ」
眞琴はその折り畳まれた曼荼羅をじっと見つめた。
(そうか……。婆ちゃんの頭のなかでは、僕との思い出や、積み重ねてきた時間が消えてしまったわけではないんだ。ただ、その記憶が「谷」の隙間へと深く折り込まれて見えなくなってしまっているだけ。そして、「谷」が消えたせいで、過去の別の記憶と、今の目の前の現実(「山」と「山」)が、歪んだ形で直接繋がってしまっているんだ。婆ちゃんはデタラメを言っているのではなく、その折り畳まれた世界の景色に、ただ真っ直ぐに、正直に従っているだけなんだ)
「さ、気分転換にはやっぱりサイダーじゃ。」
海印はニヤッと笑いながらそう言って、栓抜きでシュポンと軽快な音を立てると、透明なサイダーを二つのコップに、泡が溢れないよう静かに注ぎ入れ始めた。カラン、と涼やかな音が響き、炭酸の気泡が、氷の表面をかすめながらパチパチと音を立てて弾けていく。喉を鳴らして飲む冷たいサイダーの炭酸が、汗ばんだ体に心地よく染み渡っていった。
眞琴は、海印が教えてくれたその「折り畳まれた曼荼羅」の景色を脳裏に焼き付けながら、注がれるサイダーの泡へと視線を落とした。
それからしばらく会話は途切れた。沈黙が重く、けれど優しく、二人の間に横たわっている。
海印は誰を咎めるでもなく、慰めるでもなく、ただゆるりと座ったまま、庭の向こうへ視線を送っていた。沈黙を破らないことが、今の眞琴に対する深い慈悲なのだった。
眞琴は息を小さく吐き出し、膝の上で拳を握り直す。祖父である海印の辛さが伝わってきたからだ。長年連れ添った妻に解きほぐされていく記憶を、一番近くで見守り続けているのは、誰よりも海印自身なのだ。その横顔に刻まれた沈黙の深さに気づいたとき、胸の奥で何かが静かに温かさを取り戻していった。
《唯識論》
・前五識=感覚器官
・第六意識=マインド
・第七末那識=エゴ
・第八阿頼耶識=アーカーシャ
・第九阿摩羅識=アマラ




