第九幕 須弥山病院その3
それから季節が移ろい、街を包む風に秋の冷たさが混ざり始めた十月のことだった。四月末に倒れ、その後、一時的に容態が安定したので集中治療室から療養病棟へと移されていた北川宏さんだったが、ここにきてついに大きな局面を迎えようとしていた。
「生島さん! 脳外科の北川さんのご家族が今、正面玄関に到着されたの! 容体が急変して危険な状態だから、大至急、七階の脳外科病棟までご案内して!」
一階の総合受付に飛び込んできた先輩職員の緊迫した声に、眞琴は反射的に立ち上がった。
「分かりました、すぐ行きます!」
受付の自動ドアを出ると、ロビーの入り口には、息を切らし、今にも泣き出しそうな表情で立っている中年の女性と、その息子らしき若い男性の姿があった。
「北川宏さんのご家族様ですね? 医療事務の生島です。こちらへどうぞ、エレベーターへご案内します!」
眞琴は二人を急かせるように先導し、高速エレベーターへと滑り込んだ。上昇するケージの中で、家族の張り詰めた吐息と、震える手が衣服に擦れるかすかな音が無機質に響く。
七階に到着し、静まり返った脳神経外科病棟の長い廊下を早足で進む。辿り着いた病室のドアを開けると、そこにはあの日から数ヶ月間、ベッドに横たわり続けていた北川さんがいた。
部屋の隅では、いくつもの医療モニターが不規則なアラーム音を鳴らし、心電図の緑色の波形が危うく脈打っている。
ベッドの傍らには、主治医である河野陽一と、乃木看護師長の姿があった。
「先生! 父は……!」
家族がベッドに駆け寄る。
河野は腕時計に視線を落としたまま、感情を一切交えない冷徹なトーンで、淡々と現在の数値を告げた。
「心拍数、血圧ともに低下し、下顎呼吸も始まっています。いつ亡くなられても不思議ではありません。もってあと半日でしょう」
そう家族へ告げた後、河野はサイドテーブルのカルテの端末へ視線を戻し、傍らにいた看護師へと歩み寄った。そして、ポケットに両手を突っ込んだまま、周囲の耳にどうしても届いてしまうような低く掠れた小声で指示を出した。
「……では、心拍停止したら呼んでください」
それ以上の言葉をかけることもなく、河野は機械的に病室を出ていった。家族にかけるお悔やみの言葉も、振り返る眼差しもない。彼にとってこの状況は、ただ「脳梗塞による物質的なハードウェアの全停止」へ向かう、予定通りのカウントダウンにすぎないのだ。心臓が止まるというデータが確定するまでは、自分がそこに留まる意味はない――その冷たい背中が、そう語っていた。
その河野の態度とは対照的に、乃木看護師長は涙を浮かべる家族の肩にそっと手を置き、ベッドの上の北川さんに視線を向けながら、優しく、けれど確信に満ちた声で語りかけた。
「皆さん、宏さん、耳だけは最後まで聞こえてますからね。たくさん声をかけてあげてください」
家族は溢れる涙を拭いもせず頷き、北川さんの痩せた手を両手で強く握りしめた。そして、ベッドに顔を近づけて、必死に言葉を紡ぎ始めた。
「おとうさん、頑張ったね。ここにいるよ……。おとうさん、ありがとう、今までありがとうね」
何度も、何度も繰り返される「ありがとう」という感謝の呼びかけ。
ドアの近くで、案内を終えた眞琴は静かにその光景を目撃していた。
乃木看護師長の放った「耳だけは最後まで聞こえている」という言葉。そして、家族が伝える「ありがとう」という言葉。それらが、眞琴の頭の中で、驚くほど生々しい「世界の仕組み」の検証として弾けた。
(……そうだ。耳が聞こえている。北川さんの「意識」は、まだここに踏みとどまっているんだ)
眞琴は病室の片隅で、息を呑んだ。
河野先生の価値観では、広範囲の大脳皮質が損傷した時点で、北川さんの脳は死んでおり、意識など存在しないことになっている。
けれど、違うのではないか。脳の活動がわずかでも残っているなら、北川さんの記憶の輪郭も、まだ消えずにそこに広がっているのではないか。
ただ、脳という変換器が壊れてしまったせいで、北川さん自身は、自分の意志で手を動かすことも、目を開けることも、言葉を発することもできなくなっている。自分一人では、もうこの共有された現実に意識のピントを合わせるエネルギーを維持できない。
だからこそ、今、この場所での家族の「ありがとう」という強い声が必要なのだ。
眞琴が自宅のソファーで掴み取った、あの世界の三段論法が頭の中で激しく明滅する。
家族が「おとうさん、今までありがとうね」とこれまでの確かな記憶をぶつけ、その存在を全身全霊で肯定し続ける。
この家族の関わりこそが、北川さん一人では維持できなくなった「観測共有」のアンテナを、外側から必死に補強しているのだ。
他者がその存在を強く覚え、認め、呼びかけることで、北川さんの「存在する力」が、この世界にギリギリのところで繋ぎ止められている。北川さんは今、家族が紡ぐ深い記憶の投げ掛けに守られて、個としての自我が元の海へと溶け去っていくのを、必死に堪えているのだ。
やがて、心臓が完全に停止し、脳の活動も途絶える瞬間が来るだろう。
その時、医師が死亡を確認し、家族や看護師たちも北川さんの死を認識する。周囲の人々が「北川さんは亡くなった」という同じ現実を共有したその瞬間、僕たち残された者にとって、北川さんの生命活動は終了し、生死の区別が確定する。
こちら側の世界における「客観的な肉体の生死」とは、周囲の人々の観測共有によって「その存在がこの現実世界に確定しているかどうか」が決定されるという、ただの認識のシステムなのかもしれない――。
家族の震える「ありがとう」の声と、無機質なモニターの電子音が交錯する病室の中で、眞琴は、自らの仮説が、人間の生と死の最も生々しい瀬戸際で、確かに検証されていくのを、畏怖の念とともに実感するのだった。
【気づき】
《意識の死その3》……「意識の死」へ向かう途上にある人は単に無に帰しているのではなく、一人では維持できなくなったこの世界との観測共有を、家族や他者の愛ある呼びかけによって現世へと繋ぎ止められているのではないか。
《肉体の死》……肉体の死とは単なる生物学的な機能停止ではなく、周囲の人々が「その人が旅立った」というひとつの現実を等しく観測し共有した瞬間に、初めて確定する世界の認識システムなのではないか。




