忘れられない絶望
僕は一度深呼吸をしてから、小屋の奥に隠していた荷物を取り出した。
黒いローブ。
光を吸い込むような色合いのそれは、数年前から少しずつ素材を集め、自分で仕立てたものだ。目立たず、動きやすく、返り血が付いてもわかりにくい。
そして、簡素なマスク。
顔全体を隠す必要はない。
重要なのは、“僕だと認識されないこと”だ。
前世の失敗は繰り返さない。
恐怖というものは、正体不明だからこそ増幅する。
誰かわからない。
どこにいるかわからない。
何者なのか理解できない。
その不気味さこそが、人間を最も深く絶望させる。
「ま、今の僕を知ってる人間なんてほとんどいないだろうけど」
苦笑しながらローブを羽織る。
村人たちの認識する僕は、“少し無口な村の少年”程度だ。
まさか世界を壊そうとしている化け物だとは夢にも思っていないだろう。
……その落差を想像すると、少し笑えてくる。
マスクを付け、鏡代わりの水面を覗き込む。
そこに映っていたのは、もう“レオ”ではなかった。
黒衣を纏った、得体の知れない何か。
「うーん」
僕は腕を組みながら首を傾げる。
「どんな感じにしよーかなー」
胸の奥が妙に高揚していた。
まるで祭りの前みたいだ。
いや、実際これは僕にとっての祝祭なのかもしれない。
世界への復讐、その開幕。
そう考えると、演出にも少しこだわりたくなる。
「団子三兄弟スタイルとか」
指を鳴らしながら呟く。
「千手観音スタイルも捨てがたいな〜」
思わず笑みが漏れた。
もちろん意味不明な単語だ。この世界の人間が聞いても理解できないだろう。だが、前世の記憶を持つ僕にとっては妙にしっくり来る。
団子三兄弟。
つまり、綺麗に並べる感じか。
千手観音。
あれは視覚的インパクトが強い。
「いやぁ、でも最初だしなぁ」
僕は楽しげに独り言を漏らしながら、魔力を指先で回転させる。
普通の人間なら吐き気を催すほど濃密な魔力。
それが今の僕には、呼吸と変わらないほど自然だった。
「せっかくだから、“忘れられない絶望”にしてあげないと」
誰もいない部屋の中で、くつくつと笑う。
不思議だった。
前世で復讐を誓った時より、今の方がずっと心が軽い。
もう迷いがないからだろう。
善悪なんてどうでもいい。
正しさも興味がない。
僕はただ、この世界を絶望で満たしたい。
それだけだ。
ローブのフードを深く被り、僕はゆっくり立ち上がる。
外では、村人たちが夕食の準備でもしているのだろう。
遠くから笑い声が聞こえる。
平和だ。
本当に、反吐が出るほど平和だった。
だからこそ。
壊した時、きっと綺麗なんだろうな。




