虫けら
そこからさらに九年。
僕は十五歳になっていた。
この世界に転生してからというもの、僕は一度たりとも鍛錬を止めていない。むしろ年齢を重ねるごとに、その量も質も異常になっていった。
もっとも、その成果を誰かに見せびらかすような真似はしなかったけれど。
「力を誇示するのは三流だけだ」
それは前世で嫌というほど学んだ教訓だった。
どれほど強大な存在でも、目立てば監視される。
監視されれば対策される。
そして最後には、必ず群れに潰される。
僕はそれを知っている。
実際、前世の僕――《Torturer》が敗北した最大の理由もそこだった。力を持ちすぎたことで世界そのものに認識され、時代に追い詰められた。
だから今世では違う。
僕は力を隠した。
村では適度に失敗し、適度に怠け、適度に“普通”を演じた。
木剣の訓練でも、わざと打ち負ける。
魔法も火花程度しか見せない。
「レオ、お前ほんと器用貧乏だよな」
村の少年に笑われた時など、内心では少し愉快だった。
器用貧乏?
違う。
お前たちが弱すぎて、僕が手を抜いているだけだ。
もちろん、そんなことを口にするほど愚かではないが。
僕は表では平凡を装いながら、裏では狂気じみた鍛錬を続けていた。
魔力操作。
身体強化。
感覚拡張。
近接格闘。
殺傷技術。
さらに、前世の記憶も徹底的に掘り起こした。
暗殺技術。
人体構造。
戦闘心理。
効率的な殺傷法。
最初の頃は断片的だった記憶も、年齢を重ねるごとに鮮明になっていく。
「ああ、そうだったな」
夜の森で木を殴り砕きながら、僕は時折そんなふうに呟く。
「僕はこうやって、人を壊していた」
妙に懐かしかった。
そして、この九年間で特に役立ったのが、“観察”だ。
この村には時折、近隣領地の騎士団らしき連中が訪れる。
治安維持だの魔物討伐だのを名目にしているが、実際は半分以上が税の徴収と権力誇示だ。
鎧を鳴らしながら村を歩く様子は、前世の警察や軍隊と大差ない。
だが、僕にとって重要なのはそこではなかった。
僕は彼らの動きを観察した。
呼吸。
重心移動。
剣筋。
視線。
筋肉の使い方。
一つ残らず盗んだ。
そして理解した。
「……非合理的すぎる」
この世界の武術は、驚くほど無駄が多かった。
動作が大振りだ。
力任せだ。
隙が多い。
騎士たちは皆、“型”に縛られている。
もちろん一般人から見れば強いのだろう。実際、村人たちは彼らを英雄のように見ている。
だが、僕からすれば欠陥だらけだった。
「そんな振り方じゃ、首を落とす前に殺される」
思わず口に出た時は、自分でも笑ってしまった。
前世の僕は、もっと効率的だった。
もっと合理的だった。
もっと洗練されていた。
だからだろう。
十五歳になった今、僕は既に理解していた。
――僕は、一般の騎士より遥かに強い。
いや。
“強い”なんて生易しい話じゃない。
もはや比較にすらならなかった。
虫けらだ。
僕にとって、この世界の騎士団など、その辺を這っている虫と同程度の脅威でしかない。
本気を出せば、一瞬で全員殺せる。
それも、息をするより簡単に。
「……随分差がついたな」
森の奥で木剣を振りながら、僕は静かに呟いた。
理由は単純だ。
この世界の人間は、あまりにも鍛錬不足だった。
僕は幼少期から、死ぬ気で魔法を練習してきた。
毎日、限界まで魔力を絞り出し、気絶し、回復したらまた鍛える。
その繰り返し。
一方で、この世界の連中は才能だの血筋だのに胡座をかいている。
差が開くのは当然だった。
だが、それでいい。
むしろ都合がいい。
僕の敵は人間ではない。
世界そのものだ。
ならば、人間相手に苦戦している暇などない。
もっと強くならなければならない。
もっと壊れなければならない。
この程度で満足していては、また前世と同じ結末を迎えるだけだ。
「次は負けない」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、僕は掌に魔力を集める。
瞬間。
圧縮された魔力が暴風のように周囲へ放出され、森の木々が一斉に軋んだ。
鳥たちが悲鳴のような鳴き声を上げ、空へ逃げていく。
その光景を眺めながら、僕はゆっくり笑う。




