決意
僕は昔から、不運だった。
そう言うと、多くの人間は「そんなことない」と適当な慰めを口にする。
だが、僕の場合は違う。比喩でも誇張でもなく、本当に、生まれた瞬間から世界そのものに嫌われていた。
僕を産んだ直後、母親は死んだ。
物心ついた頃にはその事実を聞かされていたが、不思議と悲しみはなかった。顔も知らない人間を愛せと言われても無理な話だ。ただ、その話をする周囲の大人たちの目には、いつも奇妙な色が浮かんでいた。哀れみとも違う、もっと薄気味悪いもの。まるで、「この子は何かおかしい」とでも言いたげな目だった。
そして父親は、その数年後に自殺した。
理由は知らない。借金だったのか、絶望だったのか、それとも僕の存在そのものが耐えられなかったのか。
まあ、どれでもよかった。
祖父母は既に死んでいたため、僕は叔父夫婦に引き取られることになった。もっとも、“保護”という言葉から想像するような温かさは一切存在しなかったが。
「お前、飯食ったのか? 誰の金で?」
酒臭い息を吐きながら叔父が怒鳴る。
答えるより早く、頬に鈍い衝撃が飛んできた。
叔母は叔母で、僕を見るたび露骨に顔を歪めた。
「本当に気味悪い子……」
そう吐き捨てながら、冷えた味噌汁と固くなった米を机に置く。
子供ながらに理解していた。僕は家族ではない。ただ“仕方なく置かれている異物”なのだと。
だが、僕の不運はそんな家庭環境程度では終わらなかった。
サイコロを振れば一が出る。
じゃんけんをすれば、ありえないほど連敗する。
外を歩けば鳥の糞が頭に落ち、急いで走れば段差もない場所で転倒して骨を折る。
「っ……はは」
病院の白い天井を見上げながら、僕は笑っていた。
骨折したと思ったら、その検査のついでにマイコプラズマ肺炎まで見つかったのだ。
ここまで来ると、もう笑うしかない。
「なんなんだろうな、本当に」
泣きっ面に蜂、なんて言葉では足りない。
蜂に刺されたあと崖から突き落とされ、下で待っていた熊に噛み殺されるレベルだ。
僕は気づいてしまった。
――ああ、この世界は僕を不幸にするためだけに存在しているんだ、と。
だから、運というものを信用するのをやめた。
幸運を期待するから裏切られる。
偶然に頼るから叩き潰される。
ならば必要なのは、運をねじ伏せるだけの“実力”だ。
僕は勉強した。
身体を鍛えた。
人を観察した。
どうすれば相手が怯えるのか、どうすれば支配できるのか、どうすれば壊れるのかを徹底的に学んだ。
その頃だった。
僕は、“復讐”という言葉を知った。
不思議なほど、その響きは僕の中へ自然に溶け込んだ。
復讐。
なんて美しい言葉なんだろう、と思った。
では、僕は誰に復讐すればいい?
いつも僕を殴っていた叔父か。
冷たい視線を向け続けた叔母か。
違う。
違うのだ。
そんなものは枝葉に過ぎない。
僕をここまで歪めたのは、もっと巨大で、もっと根源的な存在だった。
――この世界そのものだ。
生まれた瞬間から僕を呪い、嘲笑い、何もかも奪い続けた理不尽。
それが僕の敵だった。
だから僕は組織を作った。
Executor。
人の憎悪を集め、悪意を現実へ変えるための組織。
復讐者たちの居場所。
そして、僕自身が世界へ叩きつける呪詛だった。
僕は多くの人間を殺した。
悲鳴を聞いた。
絶望を見た。
壊れていく顔を眺めながら、心の底から笑った。
なぜなら、その瞬間だけは、この世界に傷を付けられている気がしたからだ。
だが、結局。
僕は敗北した。
どれだけ力を積み上げても、世界そのものには届かなかった。
時代は進み、僕は老い、世界は僕を飲み込んだ。
処刑台へ向かう時、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、美しかった。
死とは、こんなにも完成された瞬間なのか、と感動すら覚えたほどだ。
「美しく殺してくれ」
そう言った時、看守は奇妙な顔をしていた。
理解できなかったのだろう。
だが、僕は満足していた。
首に縄が掛けられ、床が外れ、肉体が軋む。
意識が暗闇へ沈みながら、僕は笑っていた。
及第点だ。
敗北にしては、美しい終わりだった。
……けれど。
終わりじゃない。
終わるものか。
たとえ魂がどこへ流れ着こうと、たとえこの意識が別の世界へ落ちようと、僕の決意だけは変わらない。
僕は必ず復讐を果たす。
元の世界に。
僕を生まれた瞬間から呪い続けた、この理不尽そのものに。




