不意に訪れる決着
大橋が死んでいた。玲騎も死んでいた。魔女狩り執行官の明智も死んでいた。
その光景が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
走馬灯が見えたってことは死ぬのか、俺。
そもそも、死ぬ前に走馬灯が見えるってなんだ。
漫画とかではよくあるけど、現実でもそうだと誰が確かめられる。
それを確かめることが出来るとすれば、それは死んでも意識を保つか、生き返るしかない。
だが、死んでも意識があるのは死んだと言えるのか。
死んで生き返ったのなら、それは本物の死ではなく仮死状態ではなかったのか。
本当に死んで生き返ったのなら、その人は本当に人間か。
――どう考えても死ぬだろうという状況で、死にもせずにのんきにそんな事を考えている俺は、人間か。
「……どうなってる?」
敬博が眉をひそめる。
彼が手にした剣は、俺の首に当てられたまま、動きを止めていた。
「このっ……」
力が込められていないのではない。腕はプルプルと震えているし、表情からも殺すつもりなのは明らかだ。
剣が偽物という説もない。
明智の首を落としたのはこの剣だろうし、俺のチョーカーは斬られ、壊された。
「どうなってるんだろうな」
「くっ……」
剣を掴んでやろうと手を伸ばすと、敬博が剣を引く。だが、その刃には血の一滴すらついてはいない。
「お前も防げるのかよ」
苦々しい顔を浮かべて、敬博が距離をとる。
剣を持った男が離れて、武器を失った俺は留まった。
傍目に見れば、なんとも滑稽な光景だろう。
いや、あるいは素手でも強い格闘家と一般人ならありえるかもしれない。だが、俺に武術の心得はないし、敵も一般人ではない。
ここにいるのは、ただの2人の魔術師だ。
「まさか……てめぇ」
敬博もそのことを悟ったのか、今までに見たこともない笑みを浮かべる。喜怒哀楽を全て混ぜ込んで、むしろ感情が読み取れなくなったような歪んだ笑みを。
「……てめぇも魔術師だったのかァ! 浅見真ォ!」
躍動。剣を振り上げた。その輝きは、赤というよりは紅だろうか。よく言えば深い、悪く言えば濁ったような輝きを放つ剣が、振り下ろされる。
俺は素手で、それを受け止めた。
真剣白刃取りーーなんて上等なものじゃない。
ただ素手で掴んで、受け止めた。
真っ赤な鮮血が飛び散る。
刀身を受け止めた俺の手からではなく、柄を掴んでいる敬博の手から。
「なっ……何をした」
「俺が知るかよ」
そんな剣を手放すほど狼狽えられても、俺が困る。
攻撃されても斬られない。そう感じたから、防いだだけなのだ。俺に攻撃の意思は全くない。
試しに剣を掴んでみたが、柄に罠がついているというわけでもなさそうだ。
「ナメるなよ」
敬博は鉈を取り出して、構えた。
穏便に、とはいかないらしい。
「そんなつもりはないんだけどな」
俺はゆっくりと剣を構えた。
睨み合い、距離を詰め、2つの金属がぶつかり合う。不協和音が響き、手元にずっしりと重たい感覚が戻ってきた。
これなら、渡り合える。
「なんだよその笑みは! 馬鹿にしてるのか! 見下してんのか! 俺がてめぇより下だと、そう思ってるのかよ!」
繰り出される攻撃は、大振りで直線的だ。それでも、さっきまでの比較にならないくらいに力が込められている。
だが、防ぐことは難しくない。
軌道に剣をあてがうだけで、俺は攻撃を全て防げていた。これは俺の力か、剣の力か。
苛立ちを隠すことなく、敬博は叫ぶ。
「獲物は大人しくくたばれよ!」
「くたばらないよ!」
鉈と剣が激しくぶつかり――鉈が砕けた。
「クソッ……がァ!」
鉈を投げ捨て、敬博は拳を振るう。俺はそれを受け止め、振り払い、がら空きになった胴に向けて拳撃を見舞った。
「ガゥッ」
防御の間に合わなかった敬博は苦悶の声を漏らし、後退る。
俺は追撃を仕掛ける代わりに、剣を向けた。
「で? まだやるつもりか?」
この場面を誰かに見られたら、俺が完全に悪役だな。その時は、荒瀨に敬博に襲われたとでも証言してもらうとするか。
俺と敬博はともかく、俺と荒瀨が組んだり、荒瀨が敬博を貶めるような関係でないことは明白だ。
懸念することがあるとすれば、道連れに俺が魔術師だと暴露される展開か。これからの学校生活を考えるならば、それは望ましくない。
俺はただ、普通の日常が送れればそれでいいのだ。
人死にが出てる時点で元通りとはいかないだろうが。
「俺はお前が自白して、俺が魔術師だということを黙ってさえいてくれるなら、殺すつもりはない。私的制裁は好まないからな」
言いながら、俺は剣を床に突き立てた。力による解決は望まないという俺なりのアピールだ。
「はっ、甘いな」
どっかりと敬博が腰を下ろした。
「これみよがしに魔力を放出しやがって」
怒る、というよりは拗ねているのだろうか。
「そんなつもりはないんだけどな」
ここは納得してもらうためにも、素直に全てを話すとしよう。生い立ちまで話すつもりはないが……そう、魔術師になってからの行動くらいは話す必要があるだろう。
「俺がこの力に目覚めたのも、ある日突然だった。あの日は他にもショックなことがあったからよく覚えてるよ」
それは俺の記憶に強く刻まれた日の思い出だ。
「ただ、お前と違って俺はこの力を制御することが出来なかった。体の中をぐちゃぐちゃに捏ねくり回されるような激痛に、焼かれるような高熱。正直死ぬかと思ったよ」
実際、あの人の助けがなかったら死んでいただろう。
「今の俺は確かに魔術師だ。
でも、お前が壊したこのチョーカーがなきゃ、俺は、自分の魔力を抑えることすら出来やしない。
魔術も使えないし、魔力の感知も無理だ。だから、あの2人も本人達が名乗るまで魔術師だとは気がつけなかった。
あえて言うなら、魔力を持っただけのただの人間なんだよ」
それがあの日決めた俺の在り方だ。
敬博は黙って俺の話を聞いていた。俯いていてその表情まではわからないが、納得してくれたのか。
というか、動く気配すら感じられない。
「俺の話は以上だが、何か言いたいことは?」
「…………」
答えはない。
「俺はさ、敬博」
「…………」
反応はない。
それでも、俺は続ける。
「お前がしたことは絶対に許せない。死ぬまで、多分、絶対に。クラスメイトが獲物の狩りだとか、ふざけてるだろ。だから、警察でもどこでも行って償ってこい」
「…………」
「それで戻ってきたら、みんなで罵って、謝って、なかったことには出来ないだろうけどよ。落ち着いたら、また仲良くやってやるよ」
「…………」
「だから、こんなことはもう終わりにしよう」
「…………」
言いたいことは言った。
それでも反応はない。
少し時間を空けた方がいいかもしれないな。
「……教室に戻ってるよ」
俺は敬博に背を向けた。
余裕ぶってはいるが、正直に言えば解放された状態が長く続くのは好ましくない。制御不能の身に余る力は、自らの体をも蝕むのだ。
早く教室に戻って予備のチョーカーをつけ直したい。
というのが、目下の最優先事項だ。
「ふざけるなよ?」
暗い声と共に、今日だけで聞き慣れてしまった轟音が響き、建物が揺れた。その犯人は考えるまでもない。
「何を……した?」
敬博は剣を構えて、立っていた。背中を向けていたとはいえ、その動きに気がつかないくらい気を配る余裕はなくなっているらしい。
「自爆させただけだよ。何人、巻き込まれただろうな」
「お前は……」
敬博は自嘲するように笑う。
「偽善者ぶるなよ」
「なに?」
「神津と魔煙を殺しておいて、今さら偽善者ぶるなよっつてんだよ」
神津と魔煙を殺しておいて? 俺が殺したという意味か? 魔煙の正体がアレだとしても、2人を含めて殺戮を繰り広げたのはお前じゃないか。
「人間を狩るのは魔術師の特権だ。弱肉強食は世の摂理。人間だって、他の動物を殺し、喰らうだろ? 種族が違うだけでそこには何も違いはない。だが、それを偽善で覆い隠すのは、クズのやることだ!」
視界がブレる。遅れて頬に鈍い衝撃を感じ、殴られたのだと理解した。
「さァ、死合おうぜ。魔術師同士、互いに命をかけてな」
廊下の奥で爆発音が響く。
それが開幕の合図と言わんばかりに、足が振り上げられた。
俺が手で防ぐよりも早く、脇腹に衝撃。
敬博の体が浮き上がり、両足による回し蹴りが叩き込まれる。
剣を視点にして上手くバランスを取っているということはわかったが、防ぐことは出来なかった。
たたらを踏んで姿勢を保つ。
「2人を殺しておいて、いまさら何を躊躇ってんだよ!」
肩口に衝撃。
丸みを帯びた硬いこれは、肘か。こいつに格闘技の心得があったなんて聞いたことはないが、素人技じゃなさそうだ。
「あぁ、クソ、タフだな。魔力垂れ流しで防ぎやがって。こっちが痛てぇだろうが!」
右ストレート、左フック、蹴り上げ、膝蹴り、回し蹴り。止むことのない攻撃が、防げない。理解して、防ごうと体に力を入れようとした頃には、次の攻撃が飛んでくる。
敬博は両手を組んで振り下ろした。その衝撃に負けて、俺は両手を床についてしまう。
「はっ、ざまぁねえな。これで終幕だ」
背中に衝撃。
肘? いや、もっと点の攻撃だ。
考えられるのは、拳……いや貫手か。より現実的に考えるなら、剣。斬るのではなく、刺そうとでも言うのか。
だが、あの剣で俺を傷つけられないことはわかってるはずだ。
現に今も、剣が体に刺さってくるような感覚はない。
押しつけが解かれ、剣が床に転がった。
使えないからって捨てなくてもいいだろうに。
ドサッと、実際にそんな音がなったわけではないが、人が倒れたような音がした。渾身の一撃でも殺せなかったから、勝てないと思って諦めたのか。
「な――」
言葉は紡げなかった。
1言目に空気を全て持っていかれて、視界が明滅する。手に力を入れてるのかがわからなくなって、額に衝撃が走った。
痛い――のがさえもよく分からない。
意識を保っていられたのは、そこまでだった。




