快楽を求める狂人
「俺は少し変わった子供だった」
ゆっくりと、敬博は笑いながら語り出す。
「人よりちょっと要領が悪くて、人よりちょっと鈍くて、人とはちょっとだけ感性がズレていた。
皆が楽しく校庭で遊んでる時でも木陰で蟻の行列を眺めたり、遠足の時は普段と違った光景よりコンクリート間から生えてる雑草に気を取られたり、学芸会でも役を貰えなくて何もしない方が楽しかったり、な」
それは初めて聞く話だった。
そもそも、小さな頃の話なんてしたこともない。こいつに限った話ではないし、俺も誰にも過去のことなんて打ち明けてないけどな。
「そんな様子を見つかっては敬介みたいに皆と楽しめないのかって言われたんだ。
あ、敬介ってのは弟な。話したことあっただろ?」
「いた……とは言ってたな」
名前は初耳だが。
「あぁ、双子だったせいでよく比較されたもんだよ。アイツは俺より勉強も運動も出来て、友達も多かったからな。
でも、高学年に上がる頃には同じものを求めても無駄だって、先生も両親も理解して、俺にとやかく言ってくることはなくなった。
まあ、言われなくなったからどうということもなかったけどな。
俺がこの特別な力を手に入れたのはそんな日の事だった」
そう言って、左手を広げると掌に黒い塊が現れた。塊はモゾモゾと蠢きながら、拳大の蜘蛛へと形を変える。
「魔力で擬似的な生物を創造する魔術、らしいぞ」
黒い蜘蛛はひとりでに動き出すと、敬博の腕を駆け上がり肩に登った。それに合わせて、敬博へ周りへ黒い生き物が集まってくる。
教室で明智を襲った蝙蝠や羽虫、地面を這い回る蜘蛛や百足や蛇。それらが数匹づつに、生まれたばかりの仔犬が1匹。
いや、仔バーゲストか。角こそ生えていないが、血走ったような赤目はそっくりだ。
「俺の眷属達だ。可愛いだろ?」
「あのバーゲストも、お前の眷属か」
「バーゲスト、ねぇ。俺としては、バーゲストってよりはハウンドドッグなんだけどな」
「そんなことは聞いてないんだよ」
「いやいや、名前は大事だぞ。もっと増やして猟犬部隊ーー猟犬部隊にしたかったんだからな」
「……こんな時までそんなノリかよ」
「狩りには猟犬が必要だろ? 俺は小さなのしか作れないから、あれだけ大きくするのも苦労したんだぞ」
「知るかよ」
どうせなら、苦戦どころか、失敗して欲しかったところだ。林達はアレに殺されたんだからな。
「狩りの仕方だって、しっかりと時間をかけて教えたんだぞ」
「人殺しの方法だろうが」
否定するでもなく、敬博は笑みを浮かべる。
「あ、当然だけど、お前達は襲わないように教育しておいたぞ。大事なデザートだからな」
「デザートだと?」
「あぁ、親しい奴らは俺の手で殺したいだろ?」
「……悪趣味な」
「褒め言葉として受け取っておこうか」
「…………」
「無反応は悲しいなぁ。元ネタくらい聞いてくれてもいんじゃないのか?」
「……興味ねぇよ」
普段の会話でならいくらでも聞いてやるが、今はそんな気分じゃない。どうやってこいつを止めるかだ。
剣は握られたままなので、隙をついて無効化することは難しい。相手に隙がないのではなく、俺にその技術がないという意味で。
「まぁ、その話はおいといてだ。突然、そんなことが出来るようになって昔の俺はどうしたと思う?」
「知るかよ」
「3分間待ってやる。なんてケチなことは言わないからじっくり考えて、お前の感想を聞かせてくれよ」
肩に乗った蜘蛛を優しく撫でながら、首を傾げる。俺が答えなければ話を進める気がないらしい。
無視して攻撃するか。いや、さっき打ち合った感じだと突貫しても勝ち目はない。会話を続けて、俺でも狙えそうな隙が生まれるのを待つか。
どっちも現実的じゃないな。
ある日突然、正体不明の力に目覚めた時の行動か。
「……誰かに相談する」
「不正解」
いや、不正解ってなんだよ。正解って……あ、実際にとった行動が正解か。そんなことは知る由もないし、そもそもーー
「……感想って言わなかったか?」
「細かいことは気にすんな。でも、不正解だから、罰ゲームな」
敬博が首を傾げる。と、宙を漂っていた蝙蝠の1体がこっちに向かって飛んできた。
鞘を使って防ぐーー瞬間に破裂して黒い液体がぶちまけられる。泥、というよりは墨でもかけられたような水っぽい感触だった。
不快なことに変わりはないが。
「蝙蝠の役割は目潰し。本当は空飛ぶイカにでもしたかったけど、白く作れないから諦めたんだ」
「……なんで、あの時は使わなかったんだよ?」
「俺にもかかる位置だったからな」
「……あっそう」
とりあえず、袖で拭って取れる程度のもので良かったよ。いや、何も良くはないけど。
「で、次の予想は? あ、回数制限はないから何回でも間違ってくれていいぞ?」
「当てるまでやる気かよ」
「もち。あ、罰ゲームはあるけどな?」
笑顔で言うな。
「蜘蛛の糸で束縛されるのと、いつ爆発するかわからない百足に取りつかれるのと、蛇の毒で痺れるのと、どれがいいよ?」
「どれも遠慮したいところだな……」
後半2つは普通に死にそうだしな。蜘蛛の拘束でも動けなくなったら抵抗出来なくなるし、そもそも蝙蝠の目潰しでも致命的か。
こいつの気が変わって殺される可能性は否定しきれないし、真面目に考えるしかない。って、答えたところで助かる保証なんてないんだけどな。
ある日突然、正体不明の力に目覚めた時の行動ーーいや、違う。
こいつにとっては、特別な力を手に入れた時の行動か。
「……誰かに自慢する」
「だよな、そうだよな。やっぱり、あの日の俺の行動は間違ってなかったんだ。俺が異常なわけじゃないんだ。だからーー」
「それを気持ち悪いと蔑んだアイツらを殺したのだって、間違ってなかったんだよ」
ニヤリと笑い、敬博は蜘蛛を握り潰した。血の代わりに溢れ出た黒が手と服を染める。
「……狂ってる」
「あぁ、あの人も言ってたよ。魔術師は大なり小なり狂ってるってな」
自嘲するように、狂人は額に手を当てた。
「倫理観や死生観が破綻してたり、極端に感情の起伏がなくなったり、思考回路が常軌を逸してたり、そういう常人とは違うところがあるんだとさ」
「…………」
「俺は特に度を超えて狂ってるとも言われたよ」
「……その通りだろ。クラスメイトで狩りをするなんてそれ以外の何ものでもない」
「でもよ。狂ってるってそもそも何なんだろうな」
「は?」
「価値観や好みが人と違うのは当たり前だろ? むしろ、誰もが同じ価値観を持ってるディストピア的な世界の方が狂ってると、俺は思うけどな」
「そういう次元の話じゃないだろ……」
「まさに次元が違う話ってか。2次元と3次元という意味で」
普段のアニメ談義と同じノリで、敬博は笑う。非日常にはそぐわないその在り方が、彼の異質さを引き立てていた。
「まあ、どんな世界だろうと俺は俺のやりたいをするだけだけど。と、少し盛り上がり過ぎたな」
1人で勝手に盛り上がってただけだろ。
「さてさてさーて」
セリフに合わせて、肩を前に出して剣を構える。額についた黒い手形がそれっぽさを上げてるのは、わざとか。
「特別だ。選ばせてやるよ」
「何を」
「蜘蛛の糸で束縛されるのと、いつ爆発するかわからない百足に取りつかれるのと、蛇の毒で痺れるのと、どれがいいよ?」
「どれもお断りだな」
「そいつは残念。なら、ゲッソータイムだ」
言葉に合わせて、2体の蝙蝠が飛んでくる。目潰しは厄介だが、わかっていれば怖くない。
軌道は真っ直ぐだし、集中していれば2体だろうと避けられる。だが、それだけではジリ貧だ。
攻めに転じるため、回避と同時に前に進みーー
「安心しろ。すぐに他の奴らも追わせてやるからよ」
すでに敬博が目の前にいた。
目潰しは陽動。俺が目を逸らした時点で目的は達成されていたわけだ。
勢いよく剣が振り下ろされる。
それ受け止めた瞬間、鞘に亀裂が走った。
「しまっ……」
「限界か? なら、今ここで限界を超えろ」
「いや、それ敵が言う!?」
俺はヒビが届いていない手元で攻撃を受け止める。――が、耐えきれない。
「ジ・エンドだね!」
鞘が砕けた。
それでも凶刃は止まることなく、迫る。
狙いは、寸分の狂いもなく、俺の首だった。




