姿を現した魔術師
3階に人の気配はなく、2階へと続く外階段は、粉々に破壊されていた。
どの時点で壊されたのかはわからないが、爆発音のタイミングからして、博人がここから降りた可能性は限りなく低いだろう。
中央階段まで引き返し、大橋の死体を越えて下へと降りる。踊り場には佐倉がいた。
出血は多いが、明智が犠牲者として名を連ねなかったことを考えると生きてるだろう。
放っておくのも可哀想だが、助ける術もないので放置するしかない。
2階にも人の気配はなく、1階へと続く階段は、抉り壊されていた。
どの時点で壊されたのかはわからないが――以下略。
要するに、下へ降りるためには残された階段に行くしかないわけだ。正直、誘い込まれてるようで罠の予感しかしないんだが。
「……行くしかないんだよなぁ」
他に下に降りる手立てはないし、上に戻ればバーゲストとぶつかるのは必然だ。あんな化け物に勝てるわけはないので、その選択肢はない。
俺は美術室へと向かった。
まず目に入ってきたのは巨大な鉄球。そのせいで天井が崩れて、玲騎が下敷きになっていた。
見るからに息はない。
というか、完全にさらし首状態だ。潰れた胴体から切り離され、首から上だけが置かれている。崩壊に巻き込まれたのは事故だったかもしれないが、その後は完全に故意だ。
魔術師の仕業だろう。モテはしないが、誰かに恨まれるほどの男ではなかったはずだ。
俺はその冥福を静かに祈り、美術準備室の扉を開ける。
部屋の真ん中で成が倒れてた。外傷は見受けられない。というか、生きていた。
気絶させられたのか。
玲騎は殺しておいて? いや、そもそもすでに多くの人間を殺してるのに彼だけを生かす意味があるのか。
佐倉は転落したが、九死に一生を得たのであろう。トドメを刺されなかった理由は、同じくわからないが。
偶然か、それとも何かあるのか。
考えるにしても、死因の統一性がほとんどないから考えようがないんだよな。
深まりそうにない思考を早々に切り上げ、俺は前に進むことにした。
外に繋がる扉を開け、階段を降りる。
1階のガラス戸は割られていた。その先に四肢をワイヤーを絡みとられ、大の字にされた人間がいる。
いや、×の字といった方が適切か。
なにせ首から上はあるべき場所ではなく、床に無造作に転がっているのだから。
顔は見るまでもない。スーツを着てることもそうだが、腰に鞘を差した人物なんて1人しかいない。
魔術師・明智孝明だ。
一体、何人目だろうか。
今朝までは――今もまだ午前中だが――生きて動いていた人達が、物言わぬ屍に変わっていく。
「怖いなぁ」
驚くほど簡単に、大量に人が死ぬ。日常が失われる。
「慣れって」
リアルに誰かが死ぬなんて初めてで、最初は驚いていたはずなのに、いつの間にか慣れていた。自分のメンタルの強さにビックリだ。
人は慣れる生き物、なんて表現もあるけれど、ここまでなのか。
それでも、死体を眺めているような趣味はないので、腰から鞘を引き抜いて先に進む。
ありのまま、今、起こった事を理解しよう。
いや、別に進んでると思ったら戻ってるわけじゃないんだけど、あまりに現実離れした風景だったから、つい。
襲われているのは、女。
襲っているのは、男だ。振り上げた武器は、明智の持っていたあの剣。刀身の煌めきは白ではなく赤だが、間違いないだろう。
鞘しかないと思ったら、中身はあいつが持っていたらしい。
そんな彼の正体は、明智達が探していた魔術師だろう。
何人もの生徒を手にかけ、2人の魔女狩り執行官を殺し、それでもまだ足りないのか。
と、悠長に考えてる暇はなさそうだ。
死体から拝借してきた鞘を構え、2人の間に割って入る。
「へぇ、驚いた」
と、とても驚いたようには見えない顔で男ーー魔術師は笑った。
背後で人が倒れるような音がしたから、女――荒瀨は気絶してしまったのだろう。
まあ、考えようによっては好都合だ。
「何しに来たんだよ、真」
剣に込めた力だけは全く緩めることもなく、楽しげな笑みを浮かべながら魔術師――敬博は続ける。
「そいつを助けて、正義のヒーローってか?」
「……そうじゃねぇよ」
俺は彼女を助けたかったんじゃなくて、敬博にこれ以上の殺人を犯させたくなかったから。
――いや、違うな。
そんな主人公らしいことは言えないし、高潔な理念なんて持ち合わせてない。
「見殺しにするほど薄情じゃなかったらしいってだけだ」
「へぇ。あ、もしかして。そいつのことが好きだったのか?」
「そうじゃねぇよ!?」
人の話を無視するな。
「わかってるって。お前の好みはもっと清楚系だろ? 合唱部の歌姫みたいな」
「……誰だ、それ」
蘭雅がつけそうなあだ名だが、聞いたことないぞ。
「姫だよ、姫。石田姫。仲良くしてたろ?」
まな板ヒーローの他にもあったのか。というか、こっちの方が断然いいからこっちを使えよ。
と、言いたくてももういないんだけどな。
「黙ったのは、図星ってことか?」
「ーーそうじゃねぇ、よっ!」
力任せに剣を弾き上げる。好みどうこう以前に、俺は話をするために割り込んだわけじゃない。
体勢が崩れた敬博を気絶させるため、鞘を振り下ろす。
「見えているぞ」
が、簡単に受け止められてしまった。
そのまま、ガン、ガンと鞘と剣をかち合わせる。そこに技術はない。俺も、彼も、剣道部ではないし経験者でもないのだ。
ただただ力任せに繰り出されるだけの攻防が続く。
俺にとって幸運だったのは、鞘が思いの外硬かったことだ。もし、簡単に砕かれるようなら、ここまで渡り合えてはいなかった。
敬博はニヤリと笑う。
「なぁ『安心して眠ると良い。俺はお前を忘れるけどな』って、言うと魔術師っぽいと思わないか?」
魔術師っぽいかって聞かれてもな。
「誰の台詞だよ!」
「赤髪の喫煙魔術師だよ」
「あっ、そ!」
「冷たいな。喫煙者嫌いは相変わらずか」
「そう簡単に変わるもんじゃないけど、別に2次元は気にしてないよ!」
「その代わり3次元には厳しいってな。標葉なんて最近は視界にすら――」
「その話は出すな」
「おぉ、怖っ」
その態度は怖がってるように見えないが、怖い顔にでもなってるのだろうか。まあ、直す気もないが。
「でも、反応があって嬉しいね。魔剣は考えようとすらしてくれなかったんだよ」
「そんな場合じゃ、ないからだろ!」
かく言う俺も、雑談に気を取られていると攻撃を防ぎ損ねてしまいそうになる。
「それも、そうだな」
敬博のほうは随分と余裕があるみたいだ。その余裕は自分の絶対的な優位性を信じるゆえか。
なら、俺が会話に応じているのは……
「で、俺は魔術師なわけなんだけど、質問は?」
「元凶はお前か?」
「狩りのことなら、そうだと答えよう」
「狩りだと?」
「そう、狩りだよ! 俺が魔術師でハンター。ターゲットはクラスの連中だ。猟犬だって用意したんだぜ?」
「お前、そんなこと考えてたのかよ!」
隠れた一面を知るというのは、得てして楽しいものだったりするはずだが、こいつが隠匿していたのはとてつもない悪意だ。
「ま、否定はしないよ」
それを楽しそうに、語る。
「お前はっ……!」
「さあ、荒瀨が万全じゃなかった分まで楽しませておくれよ!」
「くっ……!」
攻撃を受け止めた勢いで、思わず声が漏れた。
一撃が重くなってきている。笑いながら、同じ調子で、それでも少しづつ、確実に、強く、強く。
「ふざけてるのか?」
「なにが?」
「少しづつ強くしてるだろ」
「連撃星ってな」
「魔力に属性があるのかよ」
「冗談だ」
笑ってごまかされたが、威力の上昇は止まらない。
「ただ、本気を出してないってのは事実だよ。ほんの、1割程度かな!」
「くっ……」
さらに力が増している。何とか鞘で受け止めはしたものの、勢いが殺しきれずに押し飛ばされてしまった。
だが、追撃は来ない。
「少し昔話をしようか」
そう言って、敬博は笑った。




