死地に向かう者達
言いたい放題に言って、聞きたいことだけを脅し聞いて、明智は立ち去った。彼が残した情報と言えば、あの魔獣のバーゲストという名と、3人の犠牲者くらいか。
蘭雅は不本意なあだ名をつけられつつもそれなりに話していたし、萌島とは時々話すこともあったし、大橋も全く関わりあいがないわけではない。
そもそもがクラスメイトなのだ。
どっかの誰かとか有名人とかと違って、死んだと聞いても聞き流せるほど、遠い間柄ではない。
あとは、猿渡の話から林達3人が死んだことも確定だと言っていいだろう。
最初に殺された神津と教室で犠牲になった2人も含めると、判明している犠牲者だけで10人か。
元が30人のクラスだったことを考えると、実に3分の1が犠牲になった計算だ。
魔女狩り執行官もひとりが殺されてるらしいしな。
そんな中で親しい奴らが生きているのは、奇跡と言って差し支えないだろう。
まあ、教室から出ていった面子がどうなってるかはわからないのだが。
「博人……」
特に心配なのは、明智が来た方向に逃げたにも関わらず、会わなかったと思われる彼だろう。
逃げ足が速いやつだから何とかするのではないかと考えてはいるが、同時に魔術師はそんな理屈が通じる相手だとは思えない自分がいる。
「やっぱり、俺。探しに行くよ」
立ち上がったのは敦だ。
「心配なのはわかるけど、今は自分の安全を考えよう」
それを智季が諌める。
「でもよ」
ただ、その一言で落ち着く敦ではなかった。
「探しに行ったら、僕らが犠牲になる可能性もあるんだ」
「可能性の話だろ!」
「それが高いっつってんだよ!」
「なら、ひとりでいる博人はなおさらだ!」
「2人とも、落ち着けよ」
徐々にヒートアップし始めた2人の間に割ってはいる。不安から苛立ちが強くなっているのだろう。今の2人は完全に冷静さを欠いていた。
少なくとも、周りの状況を考えずに怒鳴ってしまう程度には。
「……悪い」
「……言い過ぎた」
項垂れるようにして2人が座る。
一言で落ち着いてくれたのは幸いだ。
とはいえ、落ち着いたからって放っておいたらいつ再燃するかわからない。不穏な空気が続くことは避けた方がいいだろう。
現に敦の視線は教室の外に向けられたままだ。
「気持ちは、智季にもわかるだろ?」
「あぁ、もちろんだ」
「なら!」
仲間を得たとばかりに勢いよく立ち上がる敦だが、俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「敦もだ。智季が言いたいことがわからないわけじゃないだろ?」
「わかってるよ! だから、博人が危ないって話だろ!」
「そうだな。間違ったことは言ってない」
「だったら!」
今にも掴みかかって来そうな勢いで、敦が身を乗り出してくる。これは、多少強い言い回しをする必要があるか。
「でも、探しに動くってことは、より高いリスクを負うってことだ」
「それは……でもよ!」
これは口で言うだけじゃダメかもしれない。
「お前、いい加減に――」
立ち上がろうとする智季を片手で制して、俺は真逆の提案をする。
「その覚悟があるなら、探しに行くか」
「真!」
「ただしひとりじゃ行かせない。俺も行く」
俺の言い分が意外だったのか、敦は固まっていた。
「それなら……僕が一緒に行く」
代わりに反応したのは、智季だ。
それも直前まで止める側だったはずなのに、自分がついて行くという発言。おそらく、危険だとか、現状だとかの建前を抜きにした本心は、それなのだろう。
その事実は嬉しいし、それを抑えてみんなの事を考えて動けることも、代表として明智と怯まずに話を出来たこともすごいと思う。
だからこそ、その提案を受け入れるわけにはいかない。
「それはダメだ。お前はここに必要だ。ここに残って、先生と一緒にみんなを守ってくれ」
それは俺には出来ない役割だ。
「…………」
智季が静かに拳を握りしめる。目には見えない心の葛藤が、強く握りしめられた拳に現れていた。
言葉をかけて邪魔をするなんて無粋な真似はしない。
俺も敦も、成り行きを黙って見守って来たみんなも、声を発したりはしない。
小降りになった雨は音もなく降り続いていた。空が明滅することはあっても、雷鳴は聞こえてこない。学校中から聞こえていた騒音も、今は全くなくなっていた。
完全なる沈黙が、暗い教室を重たく包み込む。
「智季……」
呟いたのは吉田か。
決して大きな声ではなかったけど、静かな教室ではよく響く。そして、その一声が覚悟を決めさせた。
「もう誰も死なせない。博人もだ。だから、ここに連れ戻す」
葛藤を抱えつつも、覚悟を決めて前を向く。まさに、物語の主人公に相応しい男がそこにいた。
見た目は男の娘っぽいけど。
いや、昨今の流行りを考えるなら中性的な主人公はありか。
「だから頼む。敦、真。博人を見つけて、3人で生きて戻ってこい!」
「あぁ、任せろ!」
力強く頷いた敦に続いて、俺も首を縦に振る。
「そっちも頼むぞ。俺達の戻ってくる場所だからな」
「任せとけ」
言ってから死亡フラグっぽいなって思ったけど、言い直したりはしない。そもそもどこに何が潜んでいるのかわからないのだ。何を言ったからって変わるわけじゃないだろう。
先生と一緒に、と話には出したが、城田先生はぐったりとしていて役に立ちそうにはない。猿渡は剣道部だが、怯えきった様子で頼りなさげだ。福部はしっかりとしているが、俺と同じでリーダーシップをとるキャラではないか。吉田は分かりやすく怯えていて、無表情ながら野崎も怖がっているように見える。最初は楽しげだった御子柴にも状況を楽しむ余裕はなさそうだ。
だが、林のように先生や智季の言葉を無視して無茶をするようなやつはいない。
博人を探さなきゃと躍起にやってる敦以外は。
「行くぞ、敦」
一通り教室を見渡して、俺は背を向けた。
かくして始まった2人の探索は、まもなく終わりを告げることになる。
どうしてかって。
明智が殺したはずのバーゲストの体から幽霊のように体を伸ばした熊が、傍らに転がる死骸の頭蓋を貪る現場を見て、足を止めない人がいるだろうか。
恐怖で足が竦んでそれ以上動けなくなったって、それは不思議でもなんでもない。少し、出来すぎな気はするけれど。
「大丈夫か、敦」
呼びかけてみるが返事はない。
立ったまま気絶する――なんて器用なことはしていないが、返事をする余裕はないということか。暗くなった教室でも怪談を始めようとする男だが、肝が据わってるわけではないらしい。
いや、平然としているほうが普通じゃないのか。俺の場合は……被害者を人だと認識してないから平気なのだろう。別に気が狂ったのではない。
アレについては生きてたことから人だとは認識してなかったからな。
とか考えてる場合じゃなかった。
「大丈夫か、敦」
返事はない。
俺は彼の正面に回って、頬を叩きながら耳を塞いだ。
「大丈夫か」
大きな声ではなかったから、聞こえていなかったかもしれない。それでも、大きく口を動かして分かりやすくしゃべったから、意味は理解したのだろう。
敦はゆっくりと首を横に振った。
「なら、戻るぞ」
声と口の動き、それから視線でそう伝える。
ぐしゃりぐしゃりと吐き気が込み上げてくる異音は聞こえないように耳を塞いだまま。不気味な熊と生徒だった屍は視界に入れないように目の前に立ち塞がったまま。生焼けの肉を顔面に押しつけられたような気分の悪さはどうしようもないけれど。
「お、れは……」
敦は唇を震わせながら、声を絞り出す。
「博人を、助けなきゃ……」
こんな場面に出くわしても、あるいはこの悲劇を見てしまったからこそ、その名前を口にした。
だが、まともに動けそうな状態でないのは明らかだ。
では、どうするべきか。
「戻れ」
手を離して、告げる。
「いやだ」
俺は黙って半歩横にズレた。再び見えるようになったであろう惨状に、ひっと喉を引きつらせる。
「耐えられないなら、お前は戻れ」
「で、でも……」
必死に歯を食いしばりながら、それでも彼は後ずさっていた。――予定とは違うけれど、それでいい。
「博人を探すのは、俺に任せろ。お前は教室に戻れ。この先に待ってるのは、地獄だ」
比喩として大袈裟かもしれないが、これくらい言わなければ、素直にならないだろう。
「でも、そしたらお前が」
今度は俺の心配か。
確かに、ここで2人一緒に戻るのもひとつの手だ。智季との約束は守れなくなってしまうが、誰も責めたりはしないだろう。状況なんて説明しなくても、無事だったことだけで喜んでくれる。
そんな光景がありありと脳裏に浮かんだ。
けれど、俺は。
「大丈夫だ。絶対、博人と一緒に戻るよ。だからお前は戻れ」
「…………………………………………わかった」
敦が小さく頷いたことを確認して、俺は彼にも背を向けた。
バーゲスト熊の食事はもうすぐ終わりそうだ。
見つからないように、刺激しないように、俺はゆっくりと、静かに、足元に気をつけながら、壁に寄り添って進んだ。
こんな惨劇は終わらさなければならない。
誰も望んでなどいないのだから。




