表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/21

死地よりの生還者

 静寂を取り戻した廊下に、鎖はない。獣が最後に放った分だけでなく、最初に放った鎖さえ跡形もなく消えていた。だが、破壊の痕跡だけはしっかりと残されていて、夢ではなく現実だったのだと痛いほどに教えてくれる。

「……こいつは何だったんだ」

 俺は1番近くにいた智季(ともき)に声をかけた。

「僕が知るわけないだろう」

 ごもっともである。

「それより、よく無事だったね」

「足がすくんで動けなかっただけなんだけどな」

「運のいいヤツだ」

 智季(ともき)は眼鏡を押し上げて、不敵に笑った。

「ま、運も実力のうちってことだな」

 会話が一区切りついたところで、生き残った生徒達について確認しておく。

 智季(ともき)の近くには、うつ伏せに倒れている(あつし)と肩で息をする四つん這いの猿渡(さわたり)。女子3人は廊下の真ん中に集まってへたりこんでいて、壁に背中を預けて座り込む先生には、福部(ふくべ)が寄り添っている。

 まあ、簡単に言えばほぼ(・・)全員が無事だった。

「生き残ったのは、日頃の行いが良かったからだな」

「それなら、こんなことには巻き込まれないと思うけどね」

「…………」

 少しでも雰囲気を明るくしようと言う発言だったのだが、にべも無く切り捨てられてしまう。そんなズバッといわなくてもいいだろうに。

 そんな思いが表情に出ていたのか、智季(ともき)は気まずげに頬をかく。

「悪い。つい本音が」

 気にするな。とは、言えなかった。

 その思いはここにいる誰もが、いや、ここにはいないみんなだって同じはずだ。学校が違えば、学年が違えば、クラスが違えば、こんなことに巻き込まれることはなかった。

 クラスに潜んでいる魔術師(まじゅつし)が、神津(かみづ)を殺しさえしなければ。

 と、そこまで考えたところでふとした疑問が湧いてきた。

 神津(かみづ)賢丞(けんすけ)という男は、他人の怨みをかうような人間なのかという疑問だ。

 俺はあまり関わる機会もなかったが、クラスの中心にいるわけでもなく、かといって輪を乱すはぐれ者でもない。事なかれ主義というか、日和見主義というか、漫画ならコマに映っても顔のない人畜無害なモブキャラみたいなイメージだ。名前だけは、無駄にインパクトあるけど。

 オカルトに詳しいとかいう話も聞いたことはないし、魔術師(まじゅつし)に狙われそうな理由は思い浮かばなかった。

「顔が怖くなってるぞ」

「悪い、ちょっと考え事をな」

 ついさっきも同じような会話をした気がする。俺は考え込むと、顔が怖くなってしまうのか。

 俺は口角を上げて笑顔を作った。

「で、これからどうするよ?」

 教室はまだ赤々と燃えている。

 獣がまた動き出すとも限らないし、壁も床も崩れかけていて、安全とは言い難い。

「……離れたほうがいいだろうね」

 はっきり言ってこの中だったら、智季(ともき)が1番頼り甲斐がある。周りを見てそのことを理解したのか、智季(ともき)は小さくため息をついた。

「みんな、立って」

 (あつし)猿渡(さわたり)は頷いて、起き上がる。福部(ふくべ)と先生は支え合いながら立ち上がった。

 俺は女子3人に手を貸して、立ち上がらせる。

 全員が動き出したことを確認して、智季(ともき)は大きく頷いた。

「ここから出よう」


「待て」


 そんな俺達の前に、中央階段を上がってきたと思われる明智(あけち)が立ち塞がる。

 出ていく前より服がボロボロになっているのは、戦闘があったからだろうか。剣を抜き身で構えているので解決したというわけではなさそうだが。

「上から魔力(まりょく)を感じた。説明してもらおうか?」

 切っ先は真っ直ぐに智季(ともき)に向けられていた。彼もまた、この場のリーダーを智季(ともき)と判断したらしい。

「こ、ここは危険だから、場所を移動――」

 明智(あけち)が剣を振る。

「これで満足か?」

 そう言って視線を向けた先は俺達の教室。壁の亀裂から溢れ出ていた炎は消え失せ、窓の外の曇天が見て取れるようになっていた。

「さあ、教室に戻れ。話を聞かせてもらおうか」




 明智(あけち)の登場により、俺達は教室へと押し戻された。炎は消えたとはいえ、壁が崩れかけていたりと危険の残る教室に。逃げられないように窓側に固めて座らされた上でだ。

 明智(あけち)は剣を抜き身で構えたまま、尋ねる。

「まずは居なくなったメンバーの確認だ。言え」

 明智(あけち)は教卓から出席簿を取り出した。

「……(はやし)くん達は――」

「達じゃなく、名前を言え」

「……(はやし)くんと雉間(きじま)くん、それから馬飛(まとば)涼太(りょうた)はあなたが出ていってしばらくしてから出て行きました」

 明智(あけち)は舌打ちをして、猿渡(さわたり)を睨みつける。

「そこにいるのは?」

「……あの生き物から逃げて、戻ってきたんです」

「へぇ」

 明智(あけち)の瞳に鋭さが増した。そこに生まれた感情を読み解くことは難しくない。

「違う! 俺じゃない! 俺達はピアノ室でアレに――」

「黙れ」

 猿渡(さわたり)の言っていることは嘘じゃないだろう。クラスメイトでもある俺はそう思ったが、明智(あけち)は納得したという表情ではない。

「続けろ、梅本(うめもと)

「……博人(ひろと)はあの生物から逃げ――」

「バーゲストだ」

「え?」

 予想外のタイミングでの発言に、智季(ともき)が固まる。というか、しゃべってないから目立たないだけで、皆が固まっていた。

 明智(あけち)は面倒臭いとばかりに頭を搔いてから、補足する。

「あの魔獣の名前だ。本物じゃないが、それが1番近い。ややこしくなるからそう呼べ」

「は、はい」

 バーゲストか。

 ゲームに、ブラックドックとかヘルハウンドとかの仲間でそんな名前のキャラクターがいたような気がする。元ネタは確か、ヨーロッパのほうの伝承で出てくる不吉な妖精だったか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

「で? 悪七(あくしち)がどうした?」

「……博人(ひろと)はバーゲストから逃げる時に、逆方向に行ったので今はいません。標葉(しねは)さんはバーゲストに殺されました」

「死体は確認した。あとは……いるみたいだな」

 明智(あけち)は教卓に置いた出席簿に印をつけていく。消去法で魔術師(まじゅつし)を探し出すつもりだろうか。

大橋(おおはし)萌島(もえしま)三上(みかみ)。この3人は死んだのを確認した」

 いきなり告げられた3人の犠牲者。

 教室から出ていった時点で予測のついた事態ではあるが、いざ言葉にされると何も言えなかった。

「この中で犯人になり得るとすれば、1度は離れた貴様だな」

 剣の矛先が猿渡(さわたり)に移る。

 だが、彼は顔を青くするばかりで何も言えなかった。弁明すらしてないが、その態度はむしろ魔術師(まじゅつし)ではないと雄弁に語っている。

 それが演技なら大したものだが。

「……こっちに来たのは失敗だったな」

 明智(あけち)も同じ結論に至ったのか、静かに剣を鞘に収める。

 でも、失敗はないだろ。

 まるで魔術師(まじゅつし)がいると思ったから戻ってきただけで俺達の命なんてどうでもいいみたいじゃないか。


「お前達はここに残ってろ。絶対に動くな。2度目はないぞ」


 それだけ言って、明智(あけち)は教室から出ていった。


 教室の外に出た明智(あけち)は、ひとつ、大きな勘違いをしていた。容疑者のひとりである博人(ひろと)が逃げた方向についてだ。

 彼は崩れた中央階段を駆け上がって、3階に駆けつけた。その道中で件の生徒を見かけてはいない。

 廊下に死体があって、生徒達がいて、その奥にバーゲストがいた。四方に刻まれた破壊の痕跡は奥から手前へと伸びている。

 それらを考慮し、バーゲストは音楽室から現れ、生徒達はそれに背を向けて逃げる中、ひとりだけ音楽室のほうに(・・・・・・・)向かっていたのだと、考えたのだ。

「逃がすものか」

 開け放たれていた扉をくぐり、鉄球の重みで抜け落ちた床を飛び越え、体当たりで外階段への扉をぶち破る。

 転げ落ちるかのようなスピードで階段を駆け下り、美術準備室は無視して、1階へと到達。ガラス戸を開ける手間さえ惜しんで、叩き割って中へと入る。

 その首にワイヤーが絡みついた。

「ぐっ……」

 解こうと手を伸ばせば、その手にもワイヤーが絡みつく。

「このっ!」

 残っていた足さえもワイヤーに捕らわれ、身動きが取れなくなった明智(あけち)の前に、魔術師(まじゅつし)が姿を現した。

「貴様ァッ!」

 憎悪に満ちたその視線を受けて、魔術師(まじゅつし)は微笑む。


「安心して眠ると良い。俺はお前を忘れるだろうけどな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ