魔術師を探し出せ
「使えねぇ……」
教室に残った面々を見渡して、林長次郎はそう呟いた。
「なっ、急にどど、どうしたんだ?」
呟きを聞き取ったのか、不安そうな顔で直生が問いかけてくる。
「お前ら以外の話だよ」
余計な不安を煽る必要は無い。嘘も方便というやつだ。直生はわかりやすくホッとした。
使えねぇ。
その言葉を、口の中で反芻する。
彼の周りには直生だけでなく馬飛と涼太がいるが、2人も不安そうな表情だ。
原因は甲斐斗と妻鳥が殺られたことか、一矢や護が出ていったことか。あるいはその両方か。
林だって不安が全くないわけではないが、不安がっていても仕方がない。
「行くか」
取り巻き達に声かけるが、誰1人として答える気配はなかった。
「…………」
城田の元に集まるやつら、自分達の席で固まっている男共に教室の隅に移動して身を寄せあっている女達。
男子のリーダー的存在の林だが、教室に限っていえば、ついて来るような生徒はほとんど残っていなかった。
教室に残った生徒を一通りの確認した上で、再度取り巻きに声をかける。
「行くぞ」
「あてはあるのか?」
涼太が答えた。2度も聞こえないふりは通用しないとの判断か。
「1人ずつ虱潰しにいくだけだ。不満か?」
「あの男に任せておけばいいんじゃないのか」
言い分は尤もだが、それは認められない。椅子から立ち上がることなく、涼太を睨みつける。
「執行官だかなんだか知らないが、あの男は信用ならねぇ。だから、俺らが代わりに魔術師をとっちめるつってんだよ」
涼太は少し考える素振りを見せたあと、ゆっくりと立ち上がった。
「……わかった」
1人が立てば、なし崩し的に他の2人も立ち上がらざるをえなくなる。その動きを確認して、林も立ち上がった。
気づいた城田が近づいてくる。
「林くん。勝手に動かないようにしましょう」
「止めてくれるなよ、城田せんせ。それとも他の生徒を放っておいてまで止めに来るんですか?」
城田は教室に残る生徒達のことを考えたのか、それ以上の追求はしてこない。
林は悠然と教室を後にした。
4人が向かったのはピアノ室こと音楽室。
中央には円形の広い部屋があり、それを囲むように大小いくつかの部屋が配置されている。正式名称は音楽室だが、全ての部屋にピアノが置かれていることから生徒達にはピアノ室と呼ばれていた。
部屋の一角は床が抜けていたが、気にしない。
「小部屋を片っ端から確認しろ」
林が指示を出すと、直生と馬飛が左右に別れて一つずつ部屋を確認していく。残った涼太は待機していた。
扉の開け閉めの音だけがピアノ室に響く。涼太は不安そうな様子でその光景を眺めていた。
「不安か?」
「普通怖いだろ。こんな、非現実的なことになって」
「なるほど。現実味がないから怖いのか」
林が1人で納得していると、涼太が疑問を呈する。
「おまえこそ、怖くないのかよ?」
「ん? 別になにも」
林にだって恐怖という感情がないわけではない。ただ、今回の事態に対して恐怖を感じないだけだ。それが異常に思えたのか、
「恐ろしいな、おまえ」
涼太はそう呟いた。
バンッ!
さっきまで静かに開閉されていた扉が、勢いよく閉じられる。
「何やってんだ、直生」
音の聞こえた方向から予測し、声をかける。だが、扉の前には誰も立っていなかった。
「おい、馬飛。直生のやつはどこいった?」
「え? あれ、おっかしいなぁ」
馬飛からも姿は見えないらしい。そこから導き出される結論は1つ。
「ふざけてんのか、あいつ」
直生はクラスのムードメーカーになることもあるが、多くの場合はトラブルメーカーだ。そして、トラブルの原因は本人の悪ふざけにあることが多い。
それらを踏まえ、彼が悪ふざけを始めたのだと判断した。
「行くぞ、涼太」
馬飛の居た位置から、直生が潜んでいる可能性がある部屋を推察。ゆっくりと立ち上がる。
「やめとかねぇか」
涼太はここでも反対らしい。
普段の積極性はなりをひそめ、ここ数分で完全な臆病キャラが定着しつつあった。
「なら、お前はここにいろ」
ビビりは連れずに問題の部屋へと向かう。馬飛は小走りに近づいてきて合流したが、なにも言わなかった。
「おい、直生。ふざけてないでさっさと出てこい」
扉の前で最終勧告。
だが、防音になっている部屋には届かなかったのか、返事はない。躊躇うことなく扉を押し開けた。
誰もいない。
部屋の中にはグランドピアノが1つあるだけで、人の気配はなかった。
中に入って部屋を見渡すが、結果は変わらない。
舌打ちを残して、部屋を出る。
「……違ったか」
右か左か。どちらから先に行こうかと考えていると、馬飛と目が合った。その目は、判断を仰ぐ時の目だ。
「お前はそっち側を確認してくれ、俺がこっち側を見る」
「……わかった」
手分けして、左右の扉に分かれる。林の担当は向かって左側、直生が予想よりも進んでいた場合にいる場所だ。
声を掛けずに、扉を引き開ける。
「いないか」
一見したところ、その部屋にも特に変わったところはない。さらに中を確認するために、1歩踏みこんだ。
バンッ!
手を離したせいか、扉が勢いよく閉じてしまう。
「ちっ、面倒だな」
振り返ってノブに手をかける。鍵はかけていない。そのまま押せば、扉は開くーーはずだった。
「……重いっ」
扉はビクともしない。
まるで、扉の前にグランドピアノの置いたかのように、体重をかけて押しても、動かなかった。
「あー、くそっ」
苛立ちを込めて扉を叩く。そこでとてつもない違和感に気がついた。
「開く向きが違う……?」
ピアノ室の扉は全てが内開きの扉のはずだ。
しかし、今いる部屋は外開きの扉がついていた。まるで、捕らえた獲物を逃がさないかのように。
「グルルゥ……」
獣が唸るような声が背後から聞こえる。林は振り返ることすら出来なかった。
雉間が消えたと思われる部屋に入った林が出てこない。彼の性格から考えると、ふざけているという可能性は低いだろう。
何かがあったと考えるべきだ。
犬養は小部屋から離れて、猿渡の元に向かった。1人でいるよりは安全だと判断してのことだ。
「ど、どうするよ?」
例の部屋を指差し、尋ねる。
「どうって言われてもな……」
猿渡は困ったような顔を浮かべた。彼も判断しかねているのだろう。
「……探したほうがいい、とは思うけどよ」
「だよな……」
林と雉間は探さなければならないが、いまは危険な魔術師がどこに潜んでいるかわからない状況だ。
特に、林が入った部屋からは明らかに危険な雰囲気が漂っている。
「教室に戻るか?」
猿渡の提案は理にかなっていた。だが、首を縦には振らない。
「2人を、見捨てるなんて……」
「……俺らまで、死ぬかもしれないんだぞ」
「2人はまだ死んでない!」
まるで死んだかのように話を進める猿渡に、強く言い返した。
「そんな保障はないだろ!」
猿渡が立ち上がって、叫ぶ。
「…………」
「…………」
2人の間に重たい沈黙が流れた。
ここは壁全面に防音の施されたピアノ室。2人が動かなければ、そこは物音ひとつない静寂に包まれる。
沈黙を破ったのは、猿渡だ。
「俺は、死にたくないんだよ……」
血が滲まんばかりに、強く拳を握り締める。
そのタイミングを待っていたかのように、扉が開く音がした。
2人の視線の先で、林が入っていった部屋の扉だけが開いている。
「……無事だったのか?」
犬養の足は自然とその部屋に向いていた。
「待て、何かおかしい」
後ろで猿渡が声をかけているが、止まらない。扉が開いたということは、無事だったのだ。もしかしたら、雉間も一緒かもしれない。
きっとそれしか考えられないのだろう。
ジャラジャラと、鎖を引きずるような音がする。
魔術師を倒すための道具を見つけたのだろうか。今の犬養はそう考える。それ以外の可能性は考えない。
「やめろ! 止まれ!」
猿渡は叫ぶ。
犬養は止まることなく、部屋に近づいていく。扉は彼を歓迎するかのように開かれていた。
「待て! その扉――」
猿渡の言葉に耳を貸す素振りすら見せずに、部屋の中を覗き込む。
「グルルゥ……」
部屋の中にいたのは、林でもなく、雉間でもなく、黒い犬だった。
鬼のような角が生えた黒い犬は身体に血に塗れた鎖を巻き付け、威嚇するように唸り声を上げる。
「なん、だよ……これ」
思わず後ずさった。
部屋から漂うのは、鼻が曲がるような異臭。犬の背後には、首から上がなくなった2人の躯が転がっていた。
「――ッ!」
眼前に迫る鎖。
犬養は逃げることさえ叶わなかった。




