第52話 無味無臭の世界
ガチャッ
朝。
ご飯を食べて、着替えをして。
念の為化粧もして、よし、と気合をとりあえず入れて。
ここ2年ほど日課となっている『二つ目の扉』を開ける。
2年前、ミニろくさまと別れたあの日。
千代ちゃんの里クエスト(命名は私)をなんなくクリアした私は、『なんだなんだ、思ったよりも楽じゃないか』なんて思っていた。
まぁ、今としては、おバカ! と頭をはたきに行きたいくらいだけど……。
なんせ。
未だに『二つ目の扉』の謎が解けずにいるのだから……。
◇
千代ちゃんの里から戻ると、部屋の中の『増えた』5つのドアのうち1つが光っていた。
もしや? と思ってドアノブをひねると、今までびくともしなかったのが嘘みたいに簡単に開く。
腕輪から何かしらのデータが飛んだってことだろうか。
1つ目を『クリア』したから開くようになった、と考えてよさそうだ。
開いたドアの先はなんとも色味の薄い世界だった。
モノトーン、というよりかは、全体的にベージュな感じ。
砂漠っぽいというとわかりやすいだろうか。
といっても、実際に砂漠というわけではなく。
地面はちゃんとレンガ(のようなもの)が敷き詰められているし、建物も同様にレンガで積み上げられていた。
……いや、これはあれだ。
全部同じ色のレンガでできているんだ……。
でもまぁ、それだけなら味気ない街だなぁ、で終わるだけなんだけど。
ひとまず様子見で街を歩いてみてびっくりした。
恐らく木や草と思われるもの、店頭で売っている食べ物のようなもの、飲み物の入っている瓶に至るまで、何もかもが同じようなベージュ色をしていた。
街を歩く人や、店員さんも似たような色の服を着ているし……えっと、なにこれ。
みんなで保護色なの??
「あのー?」
「……うお、あんたなんつう妙な格好してるんだ!?」
「え、あ、はい、すみません」
「いや、別に謝らんでいいけどよ」
ただ見ているだけじゃ拉致があかないので、食べ物を売っているっぽいお店で声をかけてみたらすごい驚かれてしまった。
妙、かぁ……。
「そんな服、どこで手に入れたんだ??
つぅか、なんとも眼がチカチカすんなぁ……」
今日私が着ているのは、パーカーとジーンズというとてもシンプルな服装だ。
チカチカするような強烈な色ではなく、上はパステルブルー、下はインディゴブルー、という母親にもうちょっとちゃんとおしゃれしなさい? と怒られそうなものである。
にも関わらずのこの反応。
確かに、すれ違った人は皆『貫頭衣』のような上から布をかぶっただけの格好をしていたし、『青』を見つけることもできなかった。
いや、青に限らず、全ての色がなかったと言ってもいい。
もしかすると『色』というものの存在しない世界なのかもしれない。
「あの、これって何を売っているんですか?」
「ん? なんだ、妙な格好したねーちゃんは妙なことを聞くんだな。
『コディルィハン』と『フェネルシューン』と『レアッカ』じゃねーか?」
厚みのあるお煎餅のようなもの、透明な液体の入った透明な風船のようなもの、ベージュ色の液体の入った瓶、を指しながら聞き慣れない名前を言われたけれど。
この喋り方からすると当然知っていて当たり前、といった雰囲気なんだけど……どうしよう、全くなんにもわからない。
よし。
紫翡翠の眼発動
スキル:観察眼
▶コディルィハン:地球でいえば『米』に最も近い穀物のようなものを固めて焼いた食べ物。この世界における『食事』は全てこれ。無味無臭。
▶『フェネルシューン』:地球で言う『水』にあたる。無味無臭。
▶『レアッカ』:地球で言う『酒』に当たる。アルコール度数に換算するとおよそ50%の強さ。無味無臭
……え、なにこれ。
なんで全部に『無味無臭』って付くの?
まぁ、水はそうかもしれないけど……。
「えっと、他に食べられる物ってないんですか?」
「はぁ? 他?
ほんと妙なねーちゃんだな。
これ以外のものを食べるなんて、聞いたこたねーぞ?」
「そ、そうですか……」
「ハラ減ってるなら、一個持ってくか?」
「あ、どうしよう、気になるけどお金が……あ」
そういえば、と思ってポケットから財布を取り出す。
小銭入れを開けると、初めて見る硬貨が入っている。
やっぱりだ。
千代ちゃんの里に行くときも、見知らぬ顔の紙幣が入っていたもんなぁ。
25年後のお金なんてもってるわけないので、ラッキーって思ったけど。
いくら天界がアレとはいえ、調査を進めるためのサポートくらいはしてくれる、ってことなんだろう。
試しに硬貨を1枚取り出してみる。
銀色のきれいな硬貨だ。
表面にはアラビア数字の『1』によく似た文字と、イラストのような文字が3つ。
読んでみると、1フェンデシール・ストラウグル・グェネリュースって書いてある。
ああ、この文字数の合わない感じは、そうか。
ここは、ミルティ先輩の故郷ってことで間違いなさそうだ。
ミルティ先輩も5つのイラストっぽい文字で『ミルギリス・ティルディリス・フラリリス・ルナス・ファルセリス』だったもんなぁ……。
「これ1枚で買える?」
「もちろんだ。
ねーちゃんおもしれえから、『コディルィハン』と『フェネルシューン』セットで1枚でいいよ」
「あ、ありがとう」
全然相場がわからないけど、これはおまけしてもらえたってことでいいかな?
まぁ、財布にはこの硬貨だけで20枚くらいあったし、別に紙幣も入っていたからいきなり破産なんてことはないだろう。
「おっちゃんありがとう」
「おうよ。
またな、妙なねーちゃん」
「あはは……」
すっかり妙なねーちゃんで固定されてしまった。
「あ、そだ。
せっかく買ったし食べてみよう」
ガリッ
……思ったより硬い。
これ、焼きおにぎりっぽいのかな? と思ってたけど、むしろお煎餅って感じだな。
そして……さっき観察眼で見たとおり、全くの無味無臭。
食感も歯ごたえもお煎餅なのに、味も匂いもしないというのは、なんかすっごい違和感で逆に気持ち悪い。
噛めば噛むほど味が出るわけでもないので、早く飲み込んでしまおう。
けど、『フェネルシューン』ことお水を飲もうと風船を手にしてみたものの、これどこから飲むの?
中に液体は見えるけど、風船ごと割ったら全部漏れちゃうよね。
って、これよく見たら、ちゃんと封がされてないじゃん。
ペットボトルの蓋なし、って感じだ。
うっかり逆さまにしなくてよかった。
ゴクッゴクッ
……うん、知ってた。
無味無臭、って出てたもんね。
しかし。
無味無臭のお煎餅を無味無臭の水で流し込むのって、かなりの苦行だというのは知らなかったなぁ……。
ミルティ先輩が、私にくっついて美味しいごはん屋さんへ行くのが好きな理由がわかった気がした。
こんなんしか食べてきてなかったから、反動で食への欲求が大きくなったんだろうなぁ……。
これ、自分の部屋へ戻れば最初のドアから日本の街へ出られる、って保証がなかったら2日ともたなかったに違いない。
コンビニで買ってきたおかずをTKGと一緒に食べながら、しみじみと思ったのだった。
そして今。
最初のドアのときのように、衛星からの光と真贋判定を使ってみたものの、この2年の間なんの手がかりも得られなかった。
2つ目に光ったから比較的難易度が低いってことかな、って思っていたけど。
そもそもほとんどの手がかりをつかめていない天界が、扉ごとの難易度なんて判定できるわけがなかったんだよね。
うーん、どうしようかなぁ……。
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