第9章 花火
――テオの怒号は容赦なくユウ達のしんみりとした空気を壊していく。
「テオ!もう大丈夫だから!…その、あの男は僕が…。」
突然言葉に詰まり、空虚を見つめ目を見開くケイ。
「盗賊如きがふざけやがってぇっ!」
「おいテオ!落ち着け!」
ユウはテオの元へ駆け出し体を抑える。
「助かったんだから良いじゃないのよ…。」
フーはため息を吐きそう言い放つと、テオがギロリと睨む。
「何だてめー。羽虫の分際で…。」
ホール内に、一瞬だけ静けさが訪れる。
「…ふんっ!解毒なんかするんじゃなかったわ。もう一度毒をくらって今度は死んじゃえクソ人間。」
フーは冷淡な表情でテオを一瞥する。
「あたし、フルーツジュース取ってくるわ。」
そう言ってホールから飛び去って行った。
「テオ…言い過ぎだよ。あの子が毒を治してくれたんだよ?怪我だってそうさ…。」
「…知るかよ。俺が頼んだ訳じゃねー。」
ケイはテオへ忠告するが、まるで反省のない様子だった。グリスはユウに近づき、小声で話しかける。
「あいつがテオだろ?かなり過激な奴だな。若いというか何というか…。」
ユウは少し、苦い顔をした。
「いや、そんなに悪い奴ではない…はずなんだが。少なくとも戦いでは頼りになる。」
「そうか。今は気が立っている…と、そんな所か。」
グリスは一人納得し、テオへ近づく。
「グリス・ロールだ。こいつらの親代わりでな。まずは礼を言わせてくれ。こいつらと共に戦ってくれてありがとう。」
「あんたがそうか。病は治ったのかよ。」
ぶっきらぼうにもグリスの目を見てテオは問いかける。
「あぁ。無事に治った…はずだ。」
「あぁ?どっちなんだよ。」
ユウが二人の会話に割り込む。
「色々あったんだよ。お前がいなければここまでやれなかった。感謝している。そして、無事で良かったよ。」
「…無事なもんかよ。ったく!どいつもこいつも癪に障るぜ。」
ホールの扉へと向かうテオ。ケイは慌てて引き留める。
「待ってよ!僕達すぐにでもここから出ないといけないんだ!君の目覚めを待ってたんだよ?」
ギロリとケイを睨み、一言だけ口を開く。
「うるせー。」
静かになったホールでは、ミリルがクッキーを食べ続ける咀嚼音だけが響いていた。
「せっかく夕飯を用意してくれたんだ。出ていくにしても食べてから行け。」
グリスはそう言うとテーブルに座り、ユウとケイに着席を促す。
「…そうだな。ケイ、テオは放っといても戻ってくるさ。」
「う、うん。」
浮かない表情で頷くケイ。ユウはフーの言葉を思い出す。
「精神的に…か。」
ホールの扉が小さく開き、フーがドリンクを持って入ってきた。
「あのうるさいの、出て行ったのね。」
少しため息を吐き、ミリルの元へ飛んでいく。
そしてテーブルの上で雑に広げられたクッキーを綺麗にまとめる。
「あいつ、戻ってくるの?もし戻らないのなら待つだけ無駄になるじゃない。」
「…いや、そんな事よりフー、テオがすまなかったな。」
ユウは申し訳なさそうに頭を下げる。
「別に良いわよ。それに、あんたに謝られても意味ないわ。…さ、そんな事より早く食べましょう。」
フーはそう言うとストローに口をつけ、フルーツジュースを美味しそうに飲み始めた。
――薄暗い街中。テオは一人、プラプラと歩いていた。
「…クソ盗賊が。生き残りは皆殺しだ。」
街行く人を睨む様に見ながら歩いていると、いつの間にか避難区画に辿り着いていた。
「領主館からこんなに近いってのに…。何で盗賊共に気付かねーんだ。」
兵士を睨みながらそう呟くと、避難区画を黙々と歩く。戦いのあった場所では家の一部が欠損していたり、ケイの出した蔓が家の支柱を破壊し、家ごと崩れている現場などもあった。
「とんだ救済者だな。こんなに壊しておいて何が困ってる人達の役に立ちたいだよ。」
ふと、テオの脳裏にケイの言葉が浮かび、思わず歩みを止める。
「困っている人達の為の組織…。依頼を受けて…か。」
ふんっ。と笑い、再び歩き出す。
「この国でそんな事は不可能だ。馬鹿馬鹿しい。」
「あの人、何で一人で笑っているの?」
テオを指差す小さな女の子。手を繋いだ女性を見上げ、問いかける。
「え?…あ、あの人は…。」
女性がそう言うと、もう一人、手を繋いだ男の子が嬉しそうに飛び跳ねる。
「あの人!綺麗な花火をあげてた人だ!」
男の子はパッと手を振り解くと、テオの元へ駆けて行った。
「ねぇ!お兄ちゃん!」
「あぁ?」
テオのズボンを少しつまみ、テオを見上げながら声をかける男の子。
「格好良かったよ!あれで悪者達をやっつけてくれたんでしょ?」
テオは困惑し、眉をひそめる。すると、もう一人女の子が走ってきた。
「カーニバル!カーニバル!って言いながら綺麗な花火あげてたお兄ちゃんだ!」
「そうそう!カーニバル!カーニバル!」
「あぁ?何だよてめーら。」
保護者らしき女性が慌ててテオの元へ駆け寄ると、子供達の肩に優しく手を置いた。
「急に走ったら危ないでしょ。」
「てめー、こいつらの親か?」
テオは睨みながらそう言うと、女性は顔を上げ興奮した様に口を開く。
「お兄さん!盗賊達を追い払ってくれた人…ですよね?私達、遠くから見てたんですよ!あんな綺麗な花火、初めて見ました!」
女性は目を輝かせてそう言うと姿勢を正し、改まって言葉を続ける。
「私、あそこに見える孤児院で働いているんですよ!たまたまこの子達と散歩に来てて…。最初はびっくりしたんですけど、兵士さん達から聞きましたよ!盗賊がこの区画に紛れ込んでいたって!」
放っておけばずっと喋るんじゃないかと思わせるこの女性に、テオは更に困惑して言葉が出ない。
「ほら、あなた達も何か言いたいんでしょ?」
女性が二人の子供にそう言うと、子供達はテオの手をぎゅっと掴み、屈託のない笑顔を浮かべる。
「お兄ちゃん、守ってくれてありがとね。」
「僕もお兄ちゃんみたいになりたい!どうやって髪の毛赤くしたの?」
「お、おい…。」
言葉に詰まり、テオはじっと子供達の顔を見つめる。
「この子達、今日の事がとても嬉しかったんでしょうね。どことなく嫌な空気っていうのは子供達こそ敏感でしょうから…。今、この子達にはこの区画がとても素敵な街並みに見えていると思いますよ。」
横を向けば瓦礫が転がり、所々が赤く滲んでいる。
そんな光景をテオを見渡し、また子供達に目を向ける。
「綺麗な…街並み?」
女性はふふっと笑い、困惑するテオへ微笑みながら口を開く。
「私達大人には今のこの景色しか見えていなくても、感覚的に子供達は何かを感じているはず…ってさっき言ったじゃないですか。」
子供達はその小さな手で、テオの手をぎゅっと握る。
「カーニバル!ってなーに?」
女の子がテオに問いかける。
「…うるせー!俺は忙しいんだ。さっさと帰れ。」
女性は薄暗くなった空を見上げ、子供達と同じ目線になる様しゃがみ込んだ。
「あら、いつの間にかこんなに暗くなってる。そろそろ帰りましょうね。」
「はーい。お兄ちゃんまたねー!」
「赤い髪の兄ちゃん!ばいばーい!」
「お兄さん、今度施設に寄ってください。きっとみんな喜びますので。本当にありがとうございました。」
女性と子供達は何度もこちらへ振り返り手を振り続ける。
「…カーニバルは俺の名前だ。」
小さく呟いた声は、去っていく子供達には届かなかった。
――「領主様、あれから姿を見せないね。」
夕飯を食べ終えたケイは誰に言う訳でもなくただ呟いた。
テーブルには一人分のご飯が置かれており、虫が来ない様フーが周りを飛び回っている。
「バードは忙しいと言って出て行ったからな。勝手に領主館から出て行っていいと言っていたくらいだ。もう顔を見せることはないだろうよ。」
「ちょっと!休憩!誰か代わってくれない?」
フーは肩で息をしながらそう言うと、フラフラとミリルの肩へ落ちていく。
「そもそも、あんな奴、待たなくても…。」
途切れ途切れに言葉を発するフー。
そこへ突然ホールの扉が開き、テオが静かに入ってきた。
「テオ!戻ってきたんだね!」
ケイが嬉しそうに出迎える。
「あぁ。」
テオはケイに一言だけ返事をすると、ミリルの肩でへたり込むフーへ近づいていく。
「…何よ?それよりさっさとご飯食べなさい。」
テオは一瞬間を置くと、棒立ちのままフーへ口を開いた。
「…さっきは悪かったな。」
「……はいはい。分かったから早く食べなさい。」
ユウは絶句していた。
「あのテオが…。暴言、暴力、自己中の三拍子揃ったあのテオが…謝った…。」
「ちょっとユウ!聞こえるから…!」
慌ててケイがユウの口を塞ぐ。
テオはフーに言われるがままテーブルに座り、残されたご飯を食べている。
その様子を見てグリスは困惑した。
「あの青年、外で何かあったのか?あの変わり様は中々ないぞ…。」
ユウはケイの手を振り解く。
「もう言わないって。」
そして黙々とご飯を食べるテオに説明をする。
「テオ、そのままで良いから聞いてくれ。俺達はある理由ですぐにでもグリフィット国に行かなければならない。だからご飯を食べ終わったらすぐに出発するが…良いか?」
「あぁ、良いぜ。」
即答するテオに何故か焦るユウ。
「そ、そうか…助かるよ。…理由は聞かないのか?」
「うるせーな。話したいんなら話せば良いだろーがよ。」
ケイは思わず吹き出し笑う。
「ユウってばタジタジじゃん!気を遣いすぎなんだよ。」
「確かに。今のは笑えたわね。」
フーにまでそう言われ、ユウは少しムッとする。
「またテオを怒らせたら面倒だろ?ったく!ほら!今のうちに荷物をまとめておくぞ。」
グリスは「はっはっはっ。」と笑いながら荷物を整理し始めると、元々あまり持ってきてない事に気付く。
「あ、そうか。いつも街に来る時は大荷物だったからつい…。」
「よっぽど僕達が心配で慌てて家を出たんだね。」
ケイが小馬鹿にした様に笑う。
ユウはそのやり取りでハッと気付いた様にグリスへ問いかけた。
「あの家はどうするんだ?しばらくは帰らないんだろ?」
「そうだな、俺は一度家に寄ってから東領地に行くが…。その後の事は知らん。まぁ放っときゃ誰かが使うだろ。」
「…そうか。」
軽く言い放つグリスに、ユウは少し悲しそうな表情を浮かべた。
準備を済ませ、領主館の入り口に来たユウ達。そこに立っていた門番の兵士にケイが問いかける。
「領主様はもうおやすみに?」
「いえ、仕事中です。気になさらないでください。」
淡々と言い放つ様子に少し違和感を持つユウ。
「バードによろしく伝えてくれ。そして、今回の事は決して他言しない、とな。」
兵士は素っ気ない素振りで小さく頷く。
「えぇ、伝えておきます。お心遣いありがとうございます。」
そして、ユウ達が領主館を出た瞬間、重い金属音と共に門が閉まった。
「うーん、まぁ分かっちゃいるけどこうもあっさり門を閉められちゃ流石に不快だわ。」
フーはそう言うと、クッキー袋からクッキーを一枚取り出す。
「この南領地の為だ。俺達との関わりはなるべく少ない方が良い。」
グリスはフーにそう言うと、ユウがキョロキョロと何かを探している。
「馬車はどこで乗るんだ?今まで使ったことがないからさ…。」
グリスは小さく笑いながら答えた。
「お前そんな事も知らねーのか?まだまだ俺の育てが足りなかったって事だな。」
「いや、馬車なんか乗せてくれた事一度も無かったじゃないか…。」
ユウの脳裏には今よりもまだ幼い頃の記憶が蘇る。
馬車に乗せてとお願いしても中々首を縦に振らず、いじけるユウとケイを無視してさっさと街を出て行くグリスの後ろ姿を。
「あれ?そうだったかな?覚えていない。」
「ま、今から乗れるんだし良いんじゃない?多分街の入り口とかに行けばあると思うよ。早く行こう。」
ケイはそう言うと、先頭を歩き出した。まばらに立つ街灯の弱い光に足元を照らしてもらい、昼間よりも行き交う人が少ない街の中を黙々と…。
街の入り口…よりもまだ手前の方で馬車が待機しており、グリスが御者にお金を手渡す。
「これで西領地まで頼む。かならず街道沿いを行ってくれ。」
御者は受け取ったお金を見ると、パァッと目を輝かせグリスに視線を向ける。
「勿論です!うちは安全第一なので。」
そんな浮かれた御者にグリスは少し凄みながら言う。
「これだけ金を積んだんだ。何かあったら地獄の底まで追いかけ回すからな。」
「は、はい。」
顔を引き締め、真剣な表情で返事をする御者。
「いくら払ったんだろう…。」
馬車に乗り込んだユウ達。
ケイは何とか御者の握りしめた手の中身を見ようと体を伸ばす。
「いくら払ったなんてどうでも良いわ。無事に着きさえすれば。」
フーは呆れた様にケイを見ながら呟いた。
「お前達。」
グリスが真剣な表情で五人に口を開く。
「西領地に着いたらすぐに港からグリフィット国に向かえ。良いな?それと、あまり人とも接触はしない方がいい。」
ユウはグリスにこくりと頷く。
「…あぁ、分かってる。グリスも気を付けてな…。」
「そうだよ。グリスこそ東領地に行くんだから気を付けないと…。」
ケイがそう言うと、グリスは安心した様に微笑む。
「お前らに心配されるとはな。フー、ミリルが元に戻ったらで良い。『必ずこの恩は返す。』と伝えてくれ。ほとぼりが覚めたら南領地で落ち合おう。…さ、出してくれ。」
「はい。」
御者が手綱を引き、馬車は走り出す。
どんどん遠くなっていくグリスはずっと手をあげ、ユウ達をいつまでも見ていた。




