第8章 成就
――グリスの発言にバードは眉をひそめながら口を開く。
「グリス…どう真相を突き止める気だ。今ライラ王の怒りを買えば何をされるか分からないんだぞ。」
グリスはぐるぐると腕を回し、自信のある笑みを浮かべる。
「俺を誰だと思ってるんだ。俺に助けられた事忘れたのか?」
バードは深いため息をつき、呆れた様な眼差しでグリスを見る。
「あれから10年以上経ってるんだぞ?いくらお前でも危険すぎる。」
「大丈夫だ。腕はそんなに鈍っちゃいない。ただ少し東領地に行って探るだけだ。」
「下手な事をして探っているのがバレたらどうするんだって聞いてるんだ。」
「あの…。」
ケイは二人の会話に割り込み問いかける。
「二人は元々知り合い…って言うのは大体の会話を聞けば分かりますけど、…どういう関係なんですか?」
バードが説明しようと口を開いた時、グリスがずいっと前に出た。
「俺が昔旅をしていた時、こいつは盗賊に襲われていてな。こいつと護衛の兵士、まとめて救ってやったんだ。」
笑みを浮かべながら腕を組み、自慢気にそう言い放つグリスにケイは、素直に感心していた。
「へぇ…。凄いじゃんグリス。」
「…まぁ、これ以上何を言っても聞くやつではないか。」
バードは諦めた様にそう呟くと、脳裏にある人物が思い浮かぶ。
「そういえば…あのエルフの娘はどうしたのだ?グリスに付いて回っていたあの剣士は。」
グリスは少し顔を曇らせ、その表情に影を落とした。
「……あいつとはもう数年前に縁を切っている。」
「…そうだったのか。まぁ、あまり深くは聞かないでおこう。」
「…そういえばユウ、さっき俺の病が治るとか言ってなかったか?」
「あ、あぁ…。ミリル!ちょっとこっちに来てもらって良いか?」
ユウはグリスの様子に少し違和感を持ちながらミリルへ声をかける。
「あ、はい。」
呼ばれたミリルは間の抜けた様な声で返事をし、ユウの隣へ。
「無事にレイドの隠れ家から助け出せて良かったね本当。ユウは凄いよ。」
笑顔で話すケイ。
「あぁ。でもな、助けた…というよりは連れ出したに近いのかもしれない。」
「何で?助けたんじゃないの?」
「あいつな、多分だけど割と悪くない生活してたと思うぞ。レイドの隠れ家で…。」
ケイは少しだけ驚いた表情を見せる。
「…え、そうなの?ふーん…。ちょっと意味が分からないけど、まぁそれならそれで良いんじゃない?」
ケイはそう言うと、グリスの顔をまじまじと眺めるミリルへ視線を向けた。
「グリスさん、夢の中であとどのくらい生きれるかのお告げみたいなのもらうでしょ?」
「…どうしてそれを?」
グリスは驚き、目を丸くする。
「三ヶ月と三日…。あと少しだったのですね。」
その言葉を聞いた途端、グリスはミリルの肩を勢いよく掴み、凄い剣幕で詰め寄った。
「何でそれを知っている!?教えてくれ!この病は何なんだ!」
ミリルはグリスの剣幕に怯む事なく、ゆっくりとグリスの目を見て返す。
「恐らくそれは呪いです。」
「の、呪い?…そんなものがある訳…。」
グリスはとても驚いた様子でそう話す。
「いえ、呪いは実在します。というより、そういう能力ですね。」
「能力…。ケイの植物を操る能力や、ユウの素早い動きの様なものか?」
ミリルはこくりと頷く。
「病とは違い、医者に見せても到底原因は分からないでしょう。病は外から体に影響を及ぼしますが、呪いは直接体内を蝕みます。目には見えない形で…。」
ケイはグリスとミリルの会話を聞いて、隣のユウへ視線を向ける。
「呪いって…。もし本当なら一体誰が…。」
ユウはケイと目を合わせた後、再びグリスに視線を向けた。
「グリス、あと三ヶ月しか生きれなかったって…。」
ユウはポツリと悲しそうに呟く。
「あんた、何でそんなこと分かるのよ?」
フーはグリスの顔の近くでひらひらと飛びながら、ミリルへ問いかける。
「え?まぁこれが私の能力ですからね。」
「あたし、あんたの事舐めてたわ。」
「まぁ呪いにかかるなんて事はそうそうないですけどね。それもグリスさんにかけられたその呪い…結構強力なものです。」
ミリルの発言に、グリスは目を見開きっぱなしだった。
「な、治せるのか?この呪い…。」
ミリルは自信に満ち溢れた表情を浮かべる。
「私を誰だと思ってるんですか。もちろんすぐに治せますよ。」
グリスの目に希望が宿り、その目を光らせる。
そしてミリルはユウとケイに微笑みかける。
「あなた達の居場所さえ分かっていれば、ここで力を使っても、すぐに理由を言えると思います。」
ケイはキョトンとした顔でユウを見る。
「え?なに?どういう事?」
ユウはそんなケイの肩をポンと叩き首を横に振る。
「どうせ聞いても理解できない。」
ケイはただ首を傾げていた。
「何か病気だったのか?」
バードが呆然と立つグリスへ問いかける。
「…いや、どうやら病ではないらしい…。ただこのまま放置していれば俺は3ヶ月後には死んでいたかもしれない。…いや、本当に死んでいたんだろうな…。」
グリスは心の底から震えていた。
「…会わない間に随分と厄介な事になっていたのだな。」
バードがそう言うと、護衛の兵士の一人がバードへ耳打ちをする。
「…分かった。」
バードは兵士にそう言うと、グリスをみんなから少し離れた所へ呼んだ。
「グリス、私は街の後処理に向かわなければならない。赤い髪の青年が目覚めたらすぐに出発できる様、領主館への入り口は開けておく。…気を付けてな。」
「…バード、お前本当は今かなり危ない立場にいるんじゃないのか?」
バードは少し口角を上げ、笑う素振りを見せる。
「そんな事はない、安心しろ。それよりも、この金であの子達に馬車を手配してやってくれ。」
「領主館の馬車も出せない程厳しいのだな…。」
「いや、念の為だ。もしもあの子達との関与が知られたら、この南領地の民が危険な目に遭うかもしれない。お前も東領地に行くなら気をつけるんだぞ。」
「…あぁ。ありがとうな。」
「感謝される程でもないさ。結局私達は何もしていないに等しいのだから…。ではまたな、グリス。」
悔しさの混じった声でそう言うと、バードは兵士を連れてホールをあとにする。
「あれ?領主様は?」
ユウがホールをキョロキョロと見渡しながら言う。
「もう戻ったぞ。仕事が忙しいんだろう。…さて、それじゃあ治してもらうとしようか。」
グリスはミリルに真剣な眼差しを向ける。
「分かりました。では…。」
ミリルはグリスの体にゆっくりと手のひらを近づけた。
「あー、また面倒見なきゃいけないじゃない…。」
突然肩を落とし項垂れるフー。ケイはそんなフーに聞き返す。
「え?どういう事?」
「見てれば分かるわよ…。」
「よし、では行きますよ。」
ミリルの手のひらが少しずつ光り始め、段々とその輝きは広がって行く。
「俺はただ立っていれば良いのか?」
グリスの問いかけに声も出さず頷いて答えるミリル。
すると、徐々にグリスの体が光に包まれていく。
フーがバッ!と耳を塞いだ。
「ユウ、ケイ!くるわよ!」
「はぁ?くっ…!」
ユウとケイは突然キィィィンと激しい耳鳴りに襲われ、反射的に耳を塞ぐ。
「今日は特に凄いわね…!」
3人は耳鳴りに耐えながらグリスの方を見る。
するとグリスの体全体を包む光の中に、黒いモヤがまとわりつく様に漂っていた。
次第に輝きを増した光は黒いモヤだけを包み込んでいき、グリスの頭の方へと移動していく。
そして光が完全にグリスの体から離れると、光で包み込まれた黒いモヤは、光と共に消え去って行った。
あまりの光に目を瞑っていたグリスはゆっくり目を開く。
目の前のミリルは少し虚な目をしてグリスの頭の上を眺めていた。
「…終わった…のか?凄い光だったが。」
ミリルからの返答は返ってこず、それどころかミリルは頭の上をぼーっと眺めていた。
「ミリル!…あー、そうなっちゃうわよね。」
フーが立ちすくむミリルへ声を掛けると、すぐに諦めた表情で肩を落とした。
グリスはもう一度、ミリルへ声を掛ける。
「ミリル…大丈夫か?」
「無駄よ。ぼーっとしてるでしょ?」
フーはそう言いながらミリルの腰にかかるクッキー袋から一枚のクッキーを取り出すと、ぼーっと上を見るミリルの口元へと運ぶ。
「この子、しばらくはぼーっとし続けるわよ。」
ミリルはクッキーの存在に気付き、パクッと勢いよく口に入れた。
「…ミリルの言っていた意味が分かった。俺達を探していた理由がしばらく言えなくなるってこういう事かよ…。」
ユウは、ぼーっとしてクッキーを食べるミリルを何とも言えない表情で見る。
「ね?見てれば分かるって言ったでしょ?この子能力使うとこうなるのよ…。今回は特に激しいけど。」
フーは三人にそう説明すると、深いため息を吐いた。その横で、グリスが心配そうに口を開く。
「本当に大丈夫なんだな?元に戻らなかったら流石に後味が悪いんだが…。」
「大丈夫よ。こんなにぼーっとしててもちゃんと言った通りに動いてくれるから。」
フーはミリルの口元についたクッキーの食べかすを指で弾いた。
「…あぁ、そういえばバードが西領地までの馬車代をくれたぞ。領主館の馬車は使えないからってな。」
グリスは自分の腕をさすりながら言う。
「それは助かるわ。流石に歩いて西領地まではこの子の面倒見れないから…。ケイ、あんた何やってんのよ?」
フーが目にしたのは、クッキーを食べ終えぼーっと立ちすくむ、ミリルの腰についたクッキー袋に手を入れようとするケイだった。
「え!?クッキーを食べさせてあげようと…。」
「…同年代の女の子に良くそんな事出来るわね。」
「い、いや、だってさ…クッキー食べたそうにしてたから…。」
ケイは顔を真っ赤にしながら腰から手を引き、手を振るわせながら弁解していた。
「グリスの体から黒いモヤが出てきた時はびっくりしたよ。多分あれが呪いだ。」
「黒いモヤが?目を閉じてたから何も分からなかった。だがまぁ、本当に治った…様な気がするよ。」
グリスは少し、遠い目をする。
そんなグリスを見て、ユウは顔を真っ赤に染めたままのケイを近くに呼び寄せる。
「いつまで顔赤くしてんだよ。」
ユウは小さな声でケイに話しかける。
「う、うん…。フーが変な事言うから…。」
「バカ。それよりほら、グリス見てみろ。」
「…泣きそうだね!」
「そうだろ?今畳み掛けるしかない!」
「よーし!」
二人はとびきりの笑顔をグリスに見せつける。
「グリス!俺達はもう平気だ!あんたのおかげで強くなれた!盗賊だって殺せた!二人で十分にやっていけるよ!…ありがとうな!」
「病を治したのはミリルだけど、グリスに生きてもらいたいと思ってここまでやれたんだ!…本当に、ありがとう。」
「…へっ!何生意気言ってやがる。」
グリスは平静を装い、いつも以上に呆れた様子で言い放つ。しかし、二人から目を離せない。
「…これからが大変なんだぞ。国の内情を知らなかったとはいえ派手に暴れたせいだ。未熟者め。」
出会った頃の二人の面影と、グリスの病を治すため、盗賊団を壊滅まで追い込んだ今の二人がグリスの中でゆっくり重なる。
「それにな、礼を言うのはこっちだ。」
グリスは昨夜の涙を思い出す。
「お前達といた事で、俺が自ら手放してしまった事を思い出した。…いや、向き合わせてくれた。」
グリスは天井を見上げる。
「…ありがとうな。」
廊下から、カチャカチャと金属音の音が僅かに聞こえる。そして、静かにホールの扉が開いた。
「お食事の準備ができました。」
給仕は丁寧な口調でそう言うと、ホールの中に食事を運び入れる。
フーはゆっくり運ばれる食事を見ている。
「…フルーツジュースは?何でない訳?」
「え!?フ、フルーツジュースですか?何も聞いてないものですから…少々お待ちください。」
「ふんっ!」
フーは去っていく給仕を見下す様に送り出し、再びミリルの肩へ飛んでいく。
「そしてあいつらは何やってんのよ…。」
フーの視線の先には肩を寄せ合い、号泣する三人の姿。
グリスは上を見上げ大粒の涙を流し、ユウは険しい表情でプルプルと震えている。ケイは涙をボロボロと流しながらグリスを見ていた。
「親子の絆ってこういう事…なのかしらね。」
ガチャ。とホールの扉が開き、フーが即座に反応する。
「あら、早かった…」
血走った目でこちらを見ている赤い髪の青年。顔には絆創膏が貼ってある。
「…給仕かと思ったわ。体の調子はどう?」
「…んだ…もった。」
「はぁ?はっきり喋りなさいよ。」
「死んだと思ったんだよ!」
突然の怒声にユウ達はパッとドアの方へ振り向いた。
「…テオ!」
テオはその場で怒りに打ち震えながら叫び出す。
「クソがぁっ!あいつは絶対ぶち殺してやる!」




