第7章 理不尽
――領主館の広いホールへ通されたユウ達。
「こちらでお待ちください。」
兵士にそう言われユウ、グリス、ミリルは椅子に座る。目の前のテーブルに置かれた豪華な装飾が施された燭台と、壁には沢山の絵画が等間隔で飾られていた。
「…きっとこのホールで晩餐してるのね。」
テーブルの上にダラリと乗せたミリルの手。その上に座りながらフーはホール内を観察していた。
「…領主様が来るまで、それぞれ簡単に自己紹介をしないか?」
ユウのいきなりの提案に、フーが反応する。
「あら、それ良いわね。何となく話しづらいと思ってたの。」
閉ざされた室内ではどこかまだ馴染めていない、独特の空気感が張り詰めていた。
「よーし、じゃあまずは俺からだ。」
グリスはずいっと前に出て、少し声を大きく張り上げる。
「グリス・ロールだ。ユウとケイの親代わり…いや、親と言っても良いだろう!よろしくな!」
豪快に笑うグリス。ユウはそんなグリスをじっくりと見ていた。
「…何かグリス、いつもと雰囲気が違うな。勝手に家を出た事怒っているのか…?」
ユウは少し萎縮しながらグリスに問いかける。
「いーや、全く怒っていない。むしろ安心したくらいだ。それよりもほら、お前も自己紹介せんか。」
「あ、あぁ。なら良かった。」
ユウは不思議そうに返事をし、フーとミリルに視線を向ける。
「えーっと、俺はユウ。…実は俺とケイは6年前から記憶をなくしていて…それでも何故かお互いの事は覚えていた。それで…えーっと、今はグリスに拾ってもらって一緒に暮らしている。…こんなもんで良いのか?」
ユウの自己紹介を聞いたフーは目を丸くする。
「えーっ!あんた記憶なくしてんの?」
「あぁ、記憶が全くない。そして戻る気配もない。」
「あたし、記憶喪失の人初めて見たわ…。」
フーはユウの顔の前へと飛んでいき、興味津々な様子で顔を見る。
「…そんなに近くで見ないでくれるか?それよりも早く自己紹介を…。」
「あ、そうね。」
フーはユウの顔から離れ、またミリルの肩へ戻っていく。
「あたしはフー。治療に関しては妖精の中でもかなりの腕よ。あんたのお仲間にしたみたいに解毒も出来るわ。そして、ミリルとは友達よ。よろしくね。」
フーは言い終わると、ミリルの顔を覗き込む。
「はい、次!」
「あ、ミリルです。…えーっと、ミリル、です…。」
フーはミリルをギロリと睨むが、すかさずミリルは目を逸らした。
「…グリス。」
ユウは少し落ちついたトーンの声で、グリスの名を呼ぶ。
「ミリルはあんたの病を治す事が出来る人だ。俺とケイが今回二人で街まで来たのも彼女を探す為だった。」
グリスは突然の事に頭の整理が追いつかず、何度も瞬きを繰り返す。
「は?言っている意味が分からないんだが…。」
ユウが更に説明しようと口を開きかけた時、ホールのドアが軋む音を上げながらゆっくりと開いた。
「皆さんお待たせしてすみません。」
身なりの整った壮年の男性。後ろには三人の護衛の兵士。
「南領地の領主、サウゴット・バードです。今回の件、お礼と…謝罪を伝えに来ました。」
落ち着いた口調でバードはそう言うと、椅子から立ち上がり、かしこまるユウ達一人一人に視線を向けた。
――ケイは夢を見る。
白くぼんやりと霞む景色。家に帰る途中、長めの雑草を千切り、大事に握りしめる。そして、目の前の白い靄に手をかけ、扉を開けた。目には見えない机の引き出しを開けると、干からびてシワシワになった草がはっきりと目に留まる。
無言でその干からびた草を外に放り投げ、今日新しく採った緑の綺麗な草を引き出しに入れて、ケイは満足しながら外へ飛び出し畑に忍び込んだ猫を追いかけた。
「ここは…?」
大きな窓から街が一望できる見知らぬ部屋。
目を覚ましたばかりのケイは、ぼーっとその景色を見ている。
「…花火、綺麗だったなぁ。」
——テオが何度も打ち上げた花火爆弾の光景を思い浮かべる。
「盗賊…たくさん殺したんだっけ…?」
——ケイはジルの後ろから顔を覗かせる。すると、笑顔の女の子が「ありがとう」と嬉しそうに言った。
周りの人達も何処からか出てきて笑顔でケイにお礼を伝える。
「……。違う…。」
頭を抑えながらケイは呟くと、段々とはっきりしていく意識が、容赦のない現実を突きつける。
「笑顔じゃなかった…。僕を見て……恐怖していた。」
コンコン。とドアをニ回ノックする音が響き、ケイはハッとし顔を上げる。
「あ!気が付きましたか!気分はどうです?」
部屋へと入ってきた男はそう言うと、手に持っていた水瓶を近くの小さなテーブルに置いた。
「あの、ここは何処ですか?ユウとテオは…?」
「ここは領主館ですよ。ユウさんはホールにいて、テオさんはまだ別室でお休みになってます。…テオさんって赤い髪の人で間違い無いですよね?」
一度言い切ったものの、自信無さげに男は確認する。
「え?…えぇ、赤い髪はテオです…。あ…妖精の子…。」
ケイの脳裏に浮かぶ妖精フー。
「…思い出した。あの子が解毒をしたって…。」
コップに水を注ぎながら、男は答える。
「そうです。毒はもうないのですが、安静にという事で別室にて未だ寝ております。…どうぞ。」
男はコップをケイに手渡す。受け取ったケイは一口だけそれを飲んだ。
「…ありがとうございます。僕もホールへ案内してもらえますか?」
「えぇ、勿論です。」
ケイはコップをテーブルに置き、ベッドから立ち上がると、男に案内されながら部屋を出た。
――男に案内され、ケイはホールへと入る。すると、すぐに自分の名前を呼ぶ声が響き渡る。
「…ケイ!無事だったか!良かった…。」
ユウは一目散にケイに駆け寄ると、怪我がないか確かめる様に全身を見る。
「僕は平気だよ。それよりも…」
ケイはこちらを見ながら手を上げ、笑いかけるグリスに視線を向ける。
「グリス!心配かけてごめんね。」
「いや、心配もあるが…俺がちょいと寂しくなってな。」
グリスの発言に、ユウとケイは驚いた様に口を開け、顔を見合わせる。
「いいおっさんがなんて事言ってんのよ…。」
ケイの近くをヒラヒラと飛びながら呆れるフー。
「あ!君は…!」
ケイはフーの姿をまじまじと見ている。
「え?な、何よ。」
「いや、君の事は何となく覚えているよ。あの時、テオを助けてくれてありがとうね。」
フーに頭を下げるケイ。
「いや、別にあれくらいどうって事ないわ。それよりも…。」
今度はフーが、ケイを凝視している。
「ふーん…。あんたがミリルの探していた奴…。というか、案外平気そうで安心したわ。」
「…ミリル?それに、平気そうって…。」
ケイは首を傾げる。
「いや、何でもないわ。」
フーは二回程うんうんと頷き、ヒラヒラと羽根をなびかせミリルの肩へ降り立った。
「あなたがケイね。良かった…。これでもう探す為に力を使わなくて済みます。」
ミリルは嬉しそうに話すと、安堵の表情を浮かべる。そんなミリルを見て、ケイはすぐにユウへ視線を移す。
「ミリルって…まさか例の子?何で僕を探してんのさ。」
ユウは困ったように眉をひそめる。
「いや、理由は分からない…。というか探していたのはお前だけじゃなく、俺の事も探していたらしい。」
「えぇ?僕達を…?」
ミリルは微笑み、ユウとケイをじっと見ていた。
「調子は良さそうだね。」
バードはケイに向けそう言うと、一度姿勢を正して言葉を続けた。
「私もさっき来たところでね。ちょうどこれから話そうと思ってたんだ。」
グリスは一際大きな声でみんなに呼びかける。
「お前達!話は後にしてまずはバードの話だ!」
グリスの一声でみんなの視線がバードへ向かった。
「では改めて。」
バードは一度軽く咳払いをし、静かに口を開く。
「今回の件で盗賊達を一網打尽にできた。しばらくは奴等も大人しくなり、住民達も安心して過ごせるだろう。…ありがとう。」
バードがそう言って頭を下げる。すると、ケイを案内した男もバードの隣で一緒に頭を下げていた。
「…まずは今、この国で何が起きているか説明させてくれ。リッキー。」
リッキーと呼ばれた男は筒状に丸めた紙を懐から取り出す。
「はい。書状です。」
差し出された書状を受け取り、バードがみんなに視線を向ける。
「これから読み上げるこの書状は、南領地を含めた四つの領地に【ライラ王】が自ら送られた物だ。」
書状を広げ、ゆっくりと口を開く。
『今後、盗賊の被害があったとしても、東領地以外の領地が盗賊に危害を加える事を禁じる。』
簡単な文章ではあるが、とても理不尽な内容の書状にグリスが口を開く。
「何の冗談だそりゃ。偽物だろ?」
バードは神妙な顔でグリスに答える。
「…私もそう思い、ライラ王に直接確認を取ったのだ。しかし…残念な事にこれは本物。私の他にも北領主と西領主も確認を取っていたが…みな、同じ処分を受けたよ。」
「なに?処分だと?」
グリスの顔が強張る。
「王の勅命に疑問を持った事での処分だ。…兵士の6割を国に寄越せ…と。」
バードは奥歯をギリ、と噛み締めた。その真剣な顔つきの奥にはやり場のない悔しさが宿っている。
「無茶苦茶ね。いくら王様でもやり過ぎだわ。」
フーは嫌悪感を露わにしながら腕を組み呆れている。
「疑問を持つなという方が不自然だ。元々兵士を無理やり奪うつもりだったんじゃないか?」
グリスは腕を組み、吐き捨てる様にそう言うと、バードはそれに深く頷いた。
「…私も同意見だ。」
「そもそもなぜ、東領地だけは盗賊に危害を加えても良いのですかね?どう考えても国全体で盗賊を懲らしめた方が良いのに…。」
ユウは率直に問いかける。
「私も気になって東領主の【ラスカル】に尋ねた。しかし、ラスカルからは何の返事もなく、未だ音沙汰がない。勿論、ライラ王に尋ねるわけにもいかず、真相は分からないままだ。」
「…もしかして、今回僕達が盗賊に危害を加えた事で領主様は責任を取らされるんじゃないですか?」
ケイの言葉にユウはハッとする。
「そうだ…俺達、盗賊達を…。領主様…。」
「確かに何かしらの処分はあるかもしれない…。でもね、私はこれで良かったと思っているよ。恐らく、一つの盗賊団を相手に戦ったのは君達が初だ。誰にも出来なかった事を成してくれた。…住民が救われたんだ。それだけで私は…。」
領主は肩を震わせ、再び頭を下げる。
「…バード。お前も苦労してるな。」
「苦労なんてもんじゃない。救える範囲にいるのに救えないんだぞ…。」
バードはミリルに視線を向け、申し訳なさそうに口を開く。
「ミリル…。フーから話は聞いていた…。言い訳にしか聞こえないだろうが、下手に動く事が出来なかったんだ。すぐに助けてやれず本当に申し訳なく思う。…フー。あの時は事情を説明するわけにはいかなかった…。すまなかったな。」
突然話を振られたミリルは少し慌てた様子で答える。
「え?いや、まぁ、その…こちらこそ…。」
「いやいや、確かにあの時は必死に頼んでたけど、肝心のこの子は自分が監禁されてたなんて思ってないから別に謝らなくて良いわよ。」
ミリルの肩に乗ったままミリルの頬をペシペシと叩くフー。
バードはグリスへ視線を向けた。
「…グリス、取り敢えず君達はこの件に巻き込まれる前に南領地を離れた方が良いかもしれないな。…エルフの国へ行くのはどうだろうか?ほとぼりが冷めるまで…とは言わないが、一時的な避難場所としては良いと思う。」
「【グリフィット国】か。しかしあそこは【サンドワーム】がなぁ…。」
グリスは眉間にシワを寄せ、頭を掻きながら困った様にそう言った。
「サンドワームがいても良いじゃない。どうせ直線にしか進まないんだし。」
軽く言い放つフーに、ミリルも頷きながら口を開く。
「わたしも一度グリフィット国に行きましたけど、サンドワームは全然驚異じゃなかったですよ。むしろあの砂地が歩きにくくて嫌だった…くらいですかね。」
ミリルはそう言うと、クッキーの入った袋に手を伸ばし始めた。
「…バード、東領主とは連絡がつかないのだろう?他に何かわかっている事はあるのか?」
バードはグリスの問いかけに頷き答える。
「東領地は盗賊がいない。という理由で北、西、南の領地から少しずつ住民が移動しているらしい。そして、近いうちに住民大移動が始まるかもしれない。」
「住民大移動…。東領地には盗賊がいない…。意図的に住民を集めてるのか…?」
グリスの言葉に、バードは険しい顔をする。
「そこまでは断定できないが…この流れは少し引っかかるところだ。」
グリスは眉をひそめ考える素振りを見せる。そして、ユウ達に言い放った。
「お前達、あのテオという青年が目を覚ましたらすぐにグリフィット国に行け。俺は東領地へ行き真相を確かめる。」




