第6章 事後処理
――ユウ達に武器を構えたまま数秒経たった。
「……妖精族のフーさんをご存知ですか?」
少し柔らかな声で兵士がミリルへそう問いかける。すると、ミリルは小さく上げた手を勢い良く兵士の肩へ伸ばし近寄り、ガッと肩を掴むと食い気味に答える。
「え!?知ってる!知ってますよ!わたし、ミリルです。」
「あぁ、…やはり!」
兵士は肩を揺らされ、ガチャガチャと身に付けた鎧が音を鳴らす。
「実はですね、フーさんから以前より頼まれてたんですよ。盗賊の隠れ家にミリルが行ったっきり戻らない…と。」
「えー!フーがそんな事を…。優しいなぁフーは…。」
「とにかく無事でよかった!フーさんは今最も争いの激しかった場所で治療をしています!早くフーさんの所へ行ってあげてください。」
ユウは自分だけが重苦しい雰囲気を放ち、取り残された様にその場に置物と化していた。しかし、兵士の言葉でパッと表情が変わる。
「争いの激しかった場所…あの、俺の仲間が二人戦ってるはずなんですけど。」
若干のためらいを見せつつ兵士は少し言いにくそうに口を開く。
「…あの二人か…君もすぐに行きなさい。フーさんがいてくれて良かったな。」
兵士は意味深にそう言うと隠れ家の中に入り、ユウとミリルの背中に手を添えて外に押し出した。
「気を付けてね。」
兵士は微笑みながらそう言うと仲間の兵士を呼び、隠れ家の中へと入っていく。
「…フーって子のおかげで追及されずに済んだな。」
ミリルは嬉しそうに頷くと、クッキーの入った袋に手を入れながらニコニコと口を開く。
「そうですね!わたしの自慢の友達です!」
「…それにしても俺の仲間が心配だ。行こう。」
――「…あんた、大丈夫?」
ひらひらと戦場になった場所を舞いながら、ケイの目の前に降り立った一人の妖精。
「君は…さっきテオの所で…。」
「テオ?毒で死にかけてた奴?」
ケイはゆっくりテオの方へ頭を動かし視線を向けると、数人の兵士がテオを荷車に乗せてどこかへ運んでいく。
「気は失ってるけど解毒はしてるわ。どこか安静に出来る所で寝かせた方が良いって言ったの。…それよりもあんたよ。」
妖精はフワーッと浮き上がり、ケイの目の前に顔を近づける。
「何かよっぽどショックな事があったんでしょ?ずっと放心してたわよ。」
「……僕、怖い?」
妖精は顔をしかめ、「はぁ??」と返す。
「意味が分からないわ。あんたなに言ってんの?」
「はは…。」
ケイは作り笑いを浮かべ、うつむき下を向くとそのまま妖精に問いかける。
「…この辺に…女の子…いませんでしたか?」
妖精はケイの表情をじっと見ながら答える。
「いたわよ。兵士に保護されたわ。随分恐ろしい目にあったみたいよ。」
ケイの心臓が一瞬誰かに掴まれたような、ズキリとした衝撃を受ける。
「…そ、そうか。…あの子には悪いことしたちゃったな。」
「…あの子に怖がられちゃったの?」
ケイの顔が一気に強張り、血の気が引いていく。
「やっぱり…。あんたの目の前に盗賊の死体があったんだけど、とても見れた物じゃないから兵士がすぐに処理したわ。あの死体…あんたがやったのね。」
ケイの脳裏に浮かぶ、女の子の恐怖に引き攣った顔と全てを拒絶する絶望的な悲鳴。
「ま、あの死体は大の大人でもえずきながら処理してたからね。子供が見て恐怖するのは当たり前よ。気にしない方がいいわ。」
妖精はそう言うと、ケイの顔を覗き込む様に見る。
「それにしても、あんた大丈夫?その死体はあんたの目の前で回収してたのよ?覚えてないの?」
ケイの手は震え、顔全体に冷たい汗をぷつぷつと滲ませる。
「まさか、あんな風になるなんて…思わなくって…。」
ケイは突然酷く息切れを起こし始め、その場に倒れる。「はぁ、はぁ、」
ケイの意識が段々と遠のいていく。
「ちょ、あんた大丈夫…「ケイ!?おい!しっかりしろ!」
「あれ?グリ…ス…?」
妖精の声に割り込み入ってきた聞き慣れた声。それを耳に残しながら、ケイは穏やかな顔でスヤスヤと寝息を立て始めた。
――ユウ達がグリスの家を出て三時間後、家に帰ったグリスはテーブルに置かれた手紙に目を通す。
『二人で特訓がてら街に行ってくる!心配しないで!』
「あいつら…街に…?」」
汚い字で書かれた置き手紙にグリスはしばらく呆然としたが、突然ハッとなり、パンを詰め込んだバッグをドサっと床に落とし、慌てて物置小屋へと向かった。
「…あいつら武器を持って…。俺と鉢合わせない様街道を避けたか。」
グリスはしばらくその場で立ちすくみ、「うーん」と考え込む。
「…あいつらも、いずれは自分達で生きていく事になる。経験…か。」
そう呟いたあとグリスは物置小屋を出て、遠目に小さく見える南領地の街を、どこか陰のある眼差しで眺める。
「…残り三ヶ月と四日。俺が教えられる事は全て教えたはずだ。」
グリスの声は静寂に溶け込みながら、風で流される様に消えていき、虚しさだけがそこに残った。
「長い一日だ。」
布団に入り、天井を見上げながらグリスは呟く。
夜飯は一人分をサクッと作り終えるとあっという間に食べ終え、少ないお皿を洗うと今度はゆっくりと集中しながら剣の手入れを行い、誰にも邪魔される事なくのんびり風呂へと入った。そんな静かな一日を何度も何度も振り返る。
「…俺がこんなに寂しい思いをするとは。」
別に誰かに話しかける訳でもなく、気を紛らわせる為のただの独り言。
「寝れん…。」
ベッドから起き上がり、静まり返る家の中を歩き、月明かりのない真っ暗な夜の闇を椅子に座って窓から眺める。
「あいつら、無事だと良いが……。」
脳裏に浮かぶユウとケイを思いながらそう呟くと、グリスはより一層物思いにふける。
遠い記憶。焚き火を囲み、火で炙っていた魚を手に取りニコニコと明るく笑うエルフの女。
「……ローラン。」
頬に、一筋の涙が流れた。
それに驚いたグリスは、はっと我に帰る。
「俺は何を言って…。」
頬に流れた涙の感触を打ち消す様に、自分の拳で頬を1発殴りつけた。
「俺は馬鹿か…。自分で手放したくせに。」
グリスは椅子から立ち上がると、家を出る準備を始める。
「下らん事を考えるくらいなら、過保護と言われようとあいつらを探しに行った方がマシだ。…それに、寂しいんだ俺は。」
自分が今寂しい事を受け入れながら、準備を終えるとまだ暗い闇の中、グリスは家を出た。
「最後の一日まで、俺はお前達といたい!例えわがままな願いだとしても!」
静かな夜に、グリスの孤独な決意表明が響き渡った。
「意外に手間取ったな。明るくなってきやがった。」
月明かりのない夜道はグリスの歩みを遅らせ、街に着いた時には既に空が白んでいた。
「ま、あいつらの能力なら襲われても何てことはないだろうが…。」
どこか吹っ切れた様にそう言うと体全体に響く程、腹の音が鳴った。
「さーて、朝飯くらいは賑やかな場所で食べないとな。」
昨日の寂しさを埋める様にそう言い放つと、開店しそうな店を探して街を歩く。
「…ん?」
まだ人通りの少ない街中を、赤い髪の青年が全速で走っている。
「朝から何をあんなに急いでいるんだ…。というか、街の外へ向かっているのか?」
青年はそのまま街の外へと消えていき、グリスは気を取り直して店を探す。
「お、もう開いてんのか。」
開店準備どころか既に営業している店を見つけたグリスは吸い込まれる様に店の中へと入って行った。
夜通し歩き続けたグリスの胃袋は並大抵の量じゃ満足せず、一人で何品も頼み続けた。
「お客様、少々お待ちください。」
店長は注文を受けるたび、グリスにそう言うと帽子に汗を滲ませながら厨房へ入っていく。
早朝過ぎてお手伝いが出勤しておらず、料理の提供に時間がかかり、店を出る頃には一時間半が経っていた。
「すまなかったな、御馳走さん。」
グリスは満足気に店を出ると、人通りの増えた街並みを見渡す。
「あいつら、どこにいるんだ全く。」
道行く人の顔を見ながら歩いていると、突然上空に花火が打ち上がった。
「っ!…なんだ?こんな街中で花火…?」
激しい爆発音。笑顔と活気で溢れた街の雰囲気が一気に変わる。
「あっちは…避難区画?」
グリスは花火が上がった方へ急いで向かった。
「避難区画へは入らない様に。」
そう言って領主館の兵士はグリスの前に立ち塞がる。
「何が起こったんだ?話だけでも聞かせてくれ。」
グリスは兵士にそう言うと、もう花火は上がっていなかったが代わりに爆発音が何回も響き渡っていた。
兵士はグリスの腰の剣に気付き、慌てて戦闘態勢に入る。
「き、貴様!絶対にここから先へは行かせない!」
剣を抜き、兵士はそう言い放つが斬り掛かってくる様な素振りはなかった。
「何か勘違いをしてないか?俺に敵意はないぞ。」
落ち着いた口調で兵士に語りかけるも、兵士は剣を納める気配はなく、グリスは苦笑する。
「参ったな…。」
「その男は盗賊ではない。通してやれ。」
突然聞こえた声にグリスが振り返ると、そこにいたのは身なりを整えた壮年の男。
「りょ、領主様…!」
兵士は壮年の男にそう言うと構えていた姿勢を崩し、かしこまった。
「グリス、久し振りだな。」
「バード…この状況はどうなっている?」
領主は兵士に剣を納める様促すと、グリスに視線を向ける。
「…まだ詳しくは分からない。だがこの避難区画に潜んでいた盗賊達を炙り出し、戦っている者がいる様だ。」
グリスは一瞬固まり、嫌な予感が胸をよぎる。
「何だと?…バード、話はあとだ。通るぞ。」
「あぁ、お前が協力してくれるならこちらとしてもありがたい。」
グリスは駆け出し、先程まで爆炎が上がっていた場所へ急いで向かった。
立ち並ぶ家の間から、膝をつき項垂れている1人の青年が見えた。
「…ケイ?」
グリスは急いでケイの元へ走ると、ケイは突然その場に倒れる。
「ちょ、あんた大丈夫…「ケイ!?おい!しっかりしろ!」
――「せーのっ!」
声を合わせながら死体を大きめの荷車に3体ほど積み、どこかへ運ぶ兵士達。
家の壁や、地面に飛散した血が戦闘の激しさを物語る。
「まだ死体があんなに…。」
ユウはキョロキョロと辺りを見ながらそう呟くと、隣を歩く鼻をつまんだミリルへ視線を向ける。
「この匂い…火薬?凄く鼻にきますね。」
「テオって奴が爆弾を使うからな…。」
「ふーん。あ、あそこに兵士達が集まってますよ。」
ミリルが指を差す方を見ると、数人の兵士と地面に倒れ込むケイを見つける。
「ケイ!」
ユウはそう言って駆け出すと、集まっている兵士達の足元の隙間から、しゃがみ込むグリスが顔を出した。
「ユウ!無事だったか!」
「…グリス!?どうしてここに!?」
グリスは立ち上がり、ユウと対面すると優しく微笑みかけた。
「お前ら…心配かけやがって。」
「グリス…。」
そして、ユウはハッとし地面に寝転ぶケイに視線を向ける。
「ケイは!?ケイは無事なのか?」
「気を失っているだけ…と妖精の子が言っていた。」
グリスがそう言うと、突然ユウの耳の近くで声がした。
「あんた、あの赤い髪の仲間?」
振り向くと、小さな妖精がユウの顔の近くを飛んでいる。
「赤い髪…テオのこと「フー!あたし!ミリルだよ!」
ユウが喋っている途中、少し後ろにいるミリルが大声で呼びかけると、フーと呼ばれた妖精はパッとユウの後ろを歩くミリルへ顔を向け、そのまま全速で突っ込む。
ゴン!
「あいたーっ!」
ミリルが頭を抑えてバタバタとその場で足踏みをする。
「あんた!何普通に拉致られてんのよ!」
フーはかなり怒った様子でミリルへ問いかける。
「だって…クッキーを…。」
「ばか!!」
フーはしばらく小さな手でミリルの頭をポコポコと叩きまくっていた。
「…あの妖精の癒しは凄いぞ。お前の仲間を解毒したらしい。」
グリスはフーを見ながらポツリとそう呟く。すると、ユウはキョロキョロと辺りを見回した。
「…テオ!そういえば姿を見ていない!」
ユウが慌てる事が先に分かっていたかの様に、グリスは反応を見て笑う。
「はっはっはっ。大丈夫だ。赤い髪の青年は領主館に運ばれたらしい。ケイと同様、寝ているだけだ。」
「そ、そうか…。良かった。」
ユウは胸を撫で下ろすと、そのまま言葉を続ける。
「というか、解毒って…。」
「敵の剣に毒が塗ってあったんだとよ。その攻撃を掠めたみたいだ。」
「そうなのか…。」
ユウとグリスが話している所に、ひとしきりミリルを叩き終えたフーが飛んでくる。
「ねぇ、さっきの話の続きなんだけどあんた赤い髪の奴の仲間なんでしょ?もう解毒もしてるから、あとは安静に寝かせれば大丈夫よ。だから心配しないで。」
そしてフーはケイに視線を向ける。
「あいつもただ気を失っているだけなんだけど…少し精神的に参っちゃってるから起きた時が問題よ。」
「精神的に…?」
ユウは、フーに詳しく事情を聞こうとしたが、数人の兵士が荷車を押しながらやってきた。
「この方も領主館へ運びます。皆さんも領主館へ同行してもらえますか?」
兵士達はケイを慎重に持ち上げると、荷車に乗せる。
「分かった。話は一旦領主館で。」
グリスはそう言うと、ケイを乗せた荷車に手を添えながら歩き出した。
「妖精のフー…だよな。ケイとテオを助けてくれてありがとう。」
ユウはお辞儀をしながらそう言うと、フーは一瞬ミリルへ視線を向け、ユウへと向き直す。
「今運ばれていった奴には何も治療はしてないわ。それに、礼を言うならこっちもよ。あんたがミリルを助けてくれたんでしょ?さっきミリルから聞いたわ。ありがとうね。」
フーはそう言うと、領主館の方角に体を向ける。
「さ、取り敢えず領主館に行くわよ。」
そう言ってヒラヒラと飛んでいくフー。
ユウとミリルも遅れてその後を追った。




