第5章 ミリル
――「…取り敢えずクッキーを食べるのやめてくれないか?」
沈黙を破る様に切り出した言葉は再び咀嚼音に飲み込まれ、ユウは頬を掻きながら困った様に眉をひそめる。
下の部屋とは違い、開放された窓からは太陽の光が燦々と降り注ぎ、室内を明るく照らす。
「…いくつか質問に答えてくれるか?」
ミリルはクッキーをかじりながら小さく頷く。
「あんたはこの部屋で監禁されている…で合ってるか?」
ミリルは口に入ったクッキーを飲み込み、もげてしまうのでは?と心配になるほど何度も首を横に振った。
「分かった!分かったからもう首は振らなくても良い…。まぁ監禁されている雰囲気じゃなさそうだしな。何となく分かってたよ。」
ユウは調子を取り戻す様に小さく咳払いをし、再び問いかける。
「あんた、噂ではどんな病気でも治せると聞いたんだが…本当なのか?」
口元にクッキーを運んでいた手はテーブルにだらりと置かれ、ミリルはユウの目をじーっと見ながら答える。
「程度にもよる…かな?どんな病なのですか?」
突然まともに話しだしたミリルにユウは少し驚き、数秒固まってしまう。
「あ、あぁ。俺が病という訳ではないのでうまく説明できないが、本人曰くもう命は長くないと言っていた。…そんな病、聞いた事は?」
ミリルは上を向き少し考え、またユウへ視線を向ける。
「病…。何故命がもう長くないと本人は分かるのでしょうか。まぁ、多分治せますよ。ただ…。」
ユウは目を見開きミリルへ一気に近づくと、ダラリとテーブルに乗せたミリルの手を掴んだ。
「本当か!?治せるんだな!良かった…。」
「え、えぇまぁ…。多分ですけど。」
困った顔でユウを見るミリルは、先程言いかけた続きを少し強調して伝える。
「ちょ、…ただ!一つお伝えしなければならない事が。」
ミリルの手を離し、ユウはテーブルの向かいに座る。そして準備は出来ていると言わんばかりに2回うんうんと頷いた。
「わたし、あなたを探していたの。もう1人のお友達もね。でもその人の呪いを治すんであれば、その理由がしばらく言えなくなる…。それでも良いですか?」
「は?…ん?」
ユウは首を傾げ、ミリルへ問いただす。
「理由が言えないって…ただ言えば良いだけじゃないのか?あとあんた、ケイの事も知ってるのか?」
ミリルは頷くと、クッキーを少しかじる。
「知ってます。でも理由はまだ言えないの。呪いを解くならその分力を使っちゃいますから。」
ユウはしばらく「うーん…。」と顎の下に手を置きながら唸り、顔を上げミリルを見る。
「あんたの言ってる事は何一つ理解できない。だが、グリスを治してくれるのならそれで構わない。…頼む。」
ミリルは少しだけ残念そうな顔を見せた。
「そうですか…。分かりました。そのグリスって人が呪いにかかってる人ですね。一度直接会ってみないと。」
ミリルはそう言うとクッキーを鷲掴みにし、そのままポケットに無理やり突っ込む。
「おい…、おいおい!クッキー割れてるぞ!その数は無理だ、少し減らせ!」
「割れても、クッキーは、、美味しいので…っ!」
必死になってポケットにクッキーをねじ込むミリル。見かねたユウは、何か袋がないか周りを見渡す。
「あ、この袋!この袋に入れた方が良いって!」
バサっとミリルの前に袋の口を広げて見せるユウ。すると、途端に笑顔になり、バラバラに割れたクッキーと皿の上に乗った綺麗なクッキーを全て袋の中へ入れた。
「ふぅ…。これで準備万端です。」
ミリルは満足気にため息を吐いた。
「ふぅ…。そうか、じゃ行こう。」
ユウは安堵のため息を吐き、ふと窓の外を見る。
頭を守る簡単な防具を被り、首から下は動きやすそうな軽装の鎧を身に纏って、逃げ遅れた者がいないか確認してまわる領主館の兵士達が数人集まっていた。
「…ミリル、取り敢えずこの家を出よう。レイドは下の部屋で動けなくしておいた。あとは兵士に任せるんだ。」
ミリルは頷き、ユウに問いかける。
「わたし、なんて言えばいい?レイドの仲間と思われるでしょうか?」
「ありのままを伝えるんだ。…ん?というかそもそも何でここに?」
ミリルは少し気恥ずかしそうに振る舞い答える。
「あなたとあなたのお友達が中々見つからないからこの能力を使ってわざと目立つ様にしてたんです。そして…レイドに目をつけられて利用されそうに…。まぁクッキーに釣られて着いて行ったわたしも悪いんですけどね。」
はにかむミリルは気持ちを落ち着かせる様にクッキーを取り出しかじり出す。
「…ちょっと良いか?」
ユウは少し、硬い面持ちでミリルに問いかける。
「いつから俺達を探していたんだ?」
「あ、ちょっと待ってください。」
ミリルは手に持ったクッキーを一気に口に放り込み、とろける様な微笑みで味わいながら飲み込むと、満足気に答える。
「六年前から探してましたよ。あ、でもこれ以上は本当に言えないので!」
「え…。」
突然ユウの頭の奥に何かがのし掛かり、ミリルに向けた目線のピントが合わず遠近が定まらない。
「六年前から…俺達を…。」
不意にユウの脳裏にある記憶が蘇る。
――少し小高い丘の上の草原。目の前の草原は少しずつ勾配を下げながら見渡す限りに広がっている。後ろには深い森へ続く道があった。
隣にはケイがいて、少し目が赤らんでいる。
「あれ?ユウ…。ここはどこだろ…。」
ケイが不思議そうに辺りを見渡し、ユウに問いかける。
「んー、分からない。というか、何も思い出せない。…ん?」
ユウの足元に立派な鳥の羽が一枚落ちているのに気付く。
「おぉ!かっこいいなこの羽根!」
思わずその羽根を拾い上げるユウ。ケイはその様子を羨ましそうに見ていた。
「ん…?あれ?」
ケイは自分の手を見て何かが握りつぶされているのに気付く。
「え、何これ雑草じゃん。しかもクシャクシャになってる…。」
いつから握りしめていたのか、手には草の汁が付着していた。
「うわ、これ中々取れないんだよねぇ…。」
手を服に擦り付け、何とか草の汁を拭き取ろうと試みるケイを見てユウは笑っている。
「うわぁ…。手を洗わないと無理だな多分。」
「…ダメだ!全然取れない。水ない?」
ケイはキョロキョロと辺りを見渡すと、草原の先に人が歩いているのを見つけ指を差す。
「あの人にここがどこか聞いてみようよ!」
ユウは後ろに広がる森を一瞥し、居心地の悪そうな顔をする。
「…そうだな。ここにいても何もないしあの人に話しかけてみよう。」
ケイの提案に賛同したユウは、なだらかに傾斜する草原を歩いて行くと、さっきまで持っていた羽根がない事に気付いた。
「あれ?落としたかな?」
「え?落としちゃったの?勿体無いなぁ…。」
ユウは足元を注意深く見ながら羽根を探したが見つからず、仕方なく諦め再び歩き出した。
「あの、すみませーん。」
座るのにちょうど良さそうな石に腰をかけ、ぼーっと休憩をする銀髪の男はユウの声に振り向く。
「…何で子供がこんなところに?二人だけか?」
優しく落ち着いた声で男はそう言うと、立ち上がり様子を伺う。
「はい。俺達、気付いたらここにいて…ここがどこかも分からなくて。」
ユウの言葉に男は一人で納得した様に微笑を浮かべる。
「悪いことは言わねーから家出なんてやめて、さっさと家に帰りな。親も心配してるぞ。」
「「…はぁっ?」」
二人は同時に反応し、眉をひそめた。
「いや、家出とかじゃなくて、本当に記憶がないんですってば!気付いたら何故かここに!」
ケイが必死に訴えるが男はうんうん、と頷くばかりでまるで聞いていない。
「この人全然信じる気ないじゃん!どうすれば…。」
そう言うとユウは空を見上げ、叫びたい気持ちを必死に押し殺した。
「お前ら…本当に記憶ないのか?」
あれから一時間ほど経っただろうか。二人の必死の訴えにより、ようやくまともに会話をするまでに持ち込んでいた。
「何回も言ってます!僕達全然こんな所知らないって!」
ケイは少し怒り気味に言い放つ。
「参ったな…。てっきり家出をした子供かと…。全く覚えていないのか?」
二人は黙って頷くと、男は顎に手を当てぶつぶつと呟き出した。
「この辺で戦いでもあったか…?いや、ないな。だが記憶を失うという事はそれなりに壮絶な事を経験しないと…。」
男は二人の体をジロジロと眺め、二人の頭を触っていた。
「…何してるんですか?」
ユウがそう男に言うと、男は頭を触った手をまじまじと眺める。
「血はついていない…。頭を打った形跡もないしな。」
「なるほど、僕達が怪我をして記憶を失ったと思ってるんですね。でもこの通り、何ともないですよ。」
ケイが男の目の前で踊って見せると、大きめの石につまずきバランスを崩す。
ユウは転びそうなケイの体を支えようと、思わず反射的に体が動いた。
「えっ…?」
ケイを行き過ぎ、そのまま少し先まで進んだユウ。キョトンとしながらそのまま転んでいくケイを眺める。
「いてっ」
膝から転び、地面に手をつくケイは恥ずかしそうに顔を上げる。
「石でつまずくなんて…。あれ?」
先程までユウがいた場所には誰もおらず、転んだ態勢のまま困惑するケイ。
男は突然目の前にいたユウが少し離れた場所にいた事に驚き目を大きく見開いている。
「いつの間にそこへ…?」
ユウは呆然と立ち尽くし、男の問いかけに数秒遅れて答える。
「…ケイが転びそうなので支えようと…。」
「…速いなんてもんじゃないぞ。」
男はそう言いながらユウへ近づこうとした時、ケイが焦る様に口を開く。
「…なに!?なんか手のひらが…!」
突然ケイを中心に地面から無数の植物が生えだし、生き生きと成長していく。
高さが四十センチ程になったところでケイは地面から手を離し、慌てて立ち上がる。
「ユ、ユウ…、これ何…?」
泣きそうな顔でユウに視線を送るケイ。
「…お、俺に言われても…。」
ユウは困惑した様にそう返すと、ケイは益々泣きそうな顔になる。
ユウの元へ行こうとしていた男は、今度はゆっくり植物の方へ近づき、眉をひそめじっくり眺める。そして中心にいるケイと、呆然とその光景を見ているユウに視線を向けた。
「…お前達、何なんだ?…まずそこのお前!」
男はユウへ指を差しながら興奮した様に口を開く。
「速い…!速すぎだ!俺が目で追えなかったぞ!そしてお前は…。」
今度は植物に囲まれ泣きそうなケイにパッと指を差す。
「その草、お前が出したのか?まぁその様子を見るに、自分でも知らなかったみたいだが…。もう一度出せないか?」
男は二人が黙って呆けている姿にハッと我を取り戻し、今度は落ち着いた口調で口を開いた。
「…すまん。少し驚いてな。」
少しの沈黙のあと、男は明るく口を開く。
「そうだ!お前達、記憶を失ってたんじゃ色々大変だろ?俺の家に来るか?最近この辺りに住み始めたんだ。」
男は少し先に見える一軒の家に、笑いながら指を差す。
「新築だぞ。」
ユウは植物をかき分けながらケイの手を掴んで引っ張る。力無くフラフラと植物の囲いから出てきたケイ。地面にぺたりと座り込み、自分の手をまじまじと眺めていた。
「…家にお邪魔しても良いんですか?」
ユウがそう言うと、男はうんうんと頷く。
「勿論だ。落ち着いてゆっくり整理しよう。」
「…ケイ、大丈夫か?歩ける?」
「う、うん。ちょっとぼーっとするけど…。」
ケイは座ったまま、呆けた顔で答える。
「よーし、じゃあ早速家に向かうか。」
男はケイを立ち上がらせようと手を貸した。
「ありがとうございます…。」
ケイがその手を掴み立ち上がると、男はオドオドとした2人の肩を優しくポンと叩き、満面の笑みで言い放った。
「俺はグリス・ロール。グリスと呼んでくれ。よろしくな。」
――「えっと…大丈夫ですか?」
ミリルが心配そうに顔を覗かせ、ユウはハッと我に帰る。
「あ、あぁ…。そうか、六年前から…。俺達を探していた理由を言えないんじゃしょうがない。取り敢えずこの隠れ家を出よう。」
少しだけボーッとする感覚を打ち消すように、ユウは両頬を同時に二回叩き、気を引き締めた。
ユウとミリルは階段を降り、気を失って倒れるレイドの横を通り過ぎる。
「うわー、レイドさん…。」
全身血だらけで気絶するレイドを見て、ミリルは少し申し訳無さそうな表情を見せたが、すぐに視線を逸らして下へ続く階段へ向かう。
「後でここに来た時の事を簡単に教えてくれ。」
「えぇ、分かりました。何度も言いますが間違っても仲間ではないですからね?」
ミリルは念を押してそう言うと、ユウはこくりと頷く。
「分かってる。兵士にもそう説明するんだぞ。」
「もちろん。何なら監禁されてたって言いいますよ。そんな自覚はないけれど。」
二人が一階に着くと同時に兵士が扉を開いた。
「死んでる…っ!誰だっ!」
玄関でユウが殺した男に驚く兵士は次にユウとミリルを見つけ、警戒した様子で声をかける。
ユウは武器を外し、床にそっと置いた後冷静に口を開く。
「ここは盗賊の隠れ家です。俺はこの人を助けに来ました。」
ミリルが小さく手を上げる。兵士はじっとこちらを凝視したまま動かなかった。




