第4章 噂の子
――カーテンの隙間から朝日が差し込み、鳥のさえずりが一日の始まりを告げる。
出発の準備を済ませたユウはカーテンを開けると、窓の外に行き交う人々を見ながら水を一杯飲み干す。
「テオはまだ帰ってこないのか?」
持ってきた弓を壁に立てかけ、それを遠目で見ながら腕をさするケイ。
「結構作ってくるつもりなんじゃない?」
起きると同時に「爆弾が足りねぇ!」と慌てて材料を調達しに行ったテオが、部屋から飛び出して既に一時間経っていた。
「作り方さえ教えてくれたら俺達だって手伝うのにな。何の植物かも教えてくれないとは…。」
「危ないからって絶対教えてくれないもんね。案外その辺に生えてる植物から作れるのかもね。今度試しに実験してみようか?」
ケイは立てかけた弓に向けていた視線をユウに向けると、少しヤンチャな笑みを浮かべる。
「あれ?そういえば…。」
ユウは壁に立てかけられた弓に気付く。
「この弓、全然使ってないじゃないか。能力で獲物を拘束して射抜くのがいつもの戦い方だろ?」
ケイは一瞬「う…」と言葉を詰まらせ、少し慌てる様子を見せる。
「能力で最後まで戦った方が効率が良くて…。ほら、人間相手だと駆け引きとかあるじゃない?」
「要するに…弓を使うのが面倒になったと言うことか。グリスが弓術も教えてくれたと言うのに。」
「んー、能力を隠す事なく使ってるからつい…ね。」
ケイは後頭部を掻きながら、申し訳無さそうに言った。
突然、部屋の扉がバン!と開き、それと同時に急かす声が部屋に響く。
「おい!準備できてるのか?早く行くぞ!」
「はぁ…。」
ため息を吐き、呆れるケイは静かに口を開く。
「君を待ってたんだけど…。」
「そんなに急かすなよ。どうだ?爆弾はたくさん用意できたのか?」
ユウの問いかけにテオは不敵な笑みを浮かべ答える。
「あぁ。今日でこの辺のクソ共を一掃出来ると思ったらつい作りすぎちまった。」
テオは言い終わると部屋の扉へと向き直る。
「よし!いくぜ!」
そう言って勢い良く部屋を飛び出した。
残されたユウとケイは何も言わず、ただ諦めた様に「はぁ…」とため息を吐き、忘れ物がないか部屋を簡単に見渡し部屋を出た。
「そろそろ避難区画に入る。一度騒ぎを起こせばもう戻れねぇ。準備はできてるか?」
テオはバッグの中の爆弾を触りながら話す。
「レイドの隠れ家からなるべく奴等を誘き出す様にプレッシャーをかけ続けるんだ。」
ケイは腕をさすりながらこくりと頷き、ユウへ視線を向ける。
「ユウがレイドに集中出来るよう頑張るよ。」
静かな闘志の目。ユウは少し遠くに見える孤児院を見据えた。
「必ず例の子は解放する。ケイ、テオ。死ぬなよ。」
「うん。任せたよ。」
「はぁ?てめーに言われなくても死なねーよ!さっさとレイドを殺しにいけ!」
「あぁ、また後でな。」
ユウは口元に笑みを浮かべ、孤児院へ歩き出した。
――避難区画へ入りしばらく進むと、先程とは少し雰囲気が変わった街並みになり、いきなりテオは立ち止まってバッグの爆弾を手に取った。
「ここらで良いか。…ケイ、派手に暴れるぜ。」
「…分かった。奴等が現れたら取り敢えずは僕に任せて。」
穏やかな静寂。日陰に一歩入るだけで澄み切った涼しさが体に触れ、透明な空気がとても気持ちの良い爽快な朝。
そんな陽気な明るさの中、テオの打ち上げた花火は夜じゃないにも関わらず、美しく降り注ぐ。
瞬間、激しい爆発音と体全体に伝わる衝撃は、住民達を恐怖に陥れた。
「俺の名前はテオ・カーニバル!コソコソ隠れてねーでさっさと出てこい盗賊共がよぉっ!!」
歩きながら花火を一定の間隔で上空に投げ続け、爆発したあとの余韻の中で叫び続けるテオ。
洗濯物を干していた人、外で遊ぶ子供達、散歩を楽しんでいた人、様々な人が今はただ逃げ惑う。
「テオ・カーニバルだぁっ!クソ雑魚盗賊!ぶっ殺してやるよっ!!」
テオから逃げる大多数の者達の中に、数名テオとケイに向かって走る人影が一人。
「てめー!何のつもりだっ!」
「お、来たな。ケイ、頼む。こいつは間違いなく盗賊だ。そうだろ?」
男にそう言いながら花火を打ち上げ続けるテオ。
「あぁ?だったら何だってんだ!舐めてんじゃねーぞ!」
「はい、一人目!」
テオに詰め寄ろうとしていた盗賊が、突然地中から飛び出した蔓に串刺しにされ絶命する。
ケイは地面に手をつきながら、テオへ視線を向ける。
「テオ、あんまり使っちゃうと僕の体動けなくなるから…って、聞いてないか。」
どんどん集まる盗賊を見ながらテオは嬉しそうに、不敵な笑みを浮かべていた。
――テオ達と別れた場所から流れる様に人が逃げていく中、ユウは孤児院の近くに赤い屋根の家を見つけた。
そして、その中から数人の男達が花火の上がる方へ向かって走り出していく。
「…隠れ家か。」
確信したユウはゆっくりその家の扉の前に立つと、突然男が一人、慌てて飛び出してきた。
「うぉっ!な、何だお前…。」
ぶつかる直前で動きを止めた男は、扉の前に立つユウを見て明らかに警戒していた。
「…っ!!」
ユウの携える剣を見て、後ろに一歩身を引きながら剣を抜こうとする男。
しかし男が剣を抜く事はなく、次の瞬間には喉を斬られ床に倒れる。
「レイドは上か?」
冷静に問いかけるユウに、男は薄れゆく意識の中で小さく頷き、そのまま絶命していった。
隠れ家の中に入ったユウは、辺りを見回す。特に人の気配はなく、そのままゆっくり2階へと登った。
2階には大男が椅子に座っており、じっとこちらを見ている。
「てめぇ、何をしに来た?」
締め切ったままの窓。部屋は暗く、空気は悪い。隙間から差し込む光が飛び交う埃を鮮明に照らしている。
「お前、レイドだな?例の子はどこだ?」
レイドはテーブルの上で頬杖をつき、嘲笑う様に答える。
「質問を質問で返してんじゃねーよクソガキ。」
ユウは、剣先をレイドに向けて、前傾姿勢をとる。そして片足にグッと力を込めるとそのまま一直線にレイドの首を狙った。
「っ!」
突如、ユウの目の前に水瓶が現れ、剣で捌くと同時にレイドの剣が上から振り下ろされる。
「死ねっ!」
「くっ…!」
ユウはかろうじて剣で防ぐと、激しく金属音が鳴り響き、レイドの振るった剣が弾き返される。その瞬間ユウは腹部を目掛けて剣を横に振り払った。
肉を斬る感触が剣を通して伝わり、レイドは思わず後ろへたじろぐ。
「俺の動きが見えていた…?いや、あの水瓶はたまたまか。」
肩で荒々しく息をしながら腹部を押さえるレイドは、恨めしそうにユウを見る。
「はぁはぁ…。てめぇ、何者だ…。ぐぁっ!」
ユウはレイドの腕を斬りつけると、小さな悲鳴を上げながら武器を落とす。
「俺の質問に答えろ。例の子はどこだ?」
「…例の子。…ミリルの事か。どうせ花火もお前の仲間の仕業だろ?」
今度はレイドの足を数回斬りつけるユウ。
「ぎっ…。ぐっ、く、くそ…。」
その場に膝をつく様に崩れ、ユウはレイドの髪をグッと掴みながら冷たい目を向ける。
「答えろ。そのミリルはどこにいる?」
レイドは震える腕で奥の階段を指差した。
「あ、あそこだ。上にもう一部屋…ある。」
「…ふんっ。」
髪を掴んだまま押す様に手を離し、レイドの体は仰向けに床に倒れる。
「お前は殺さない。ミリルを確保するまではな。」
「…ぐっ、うぅ…。」
レイドは奥の階段へ歩いていくユウを睨む様に見ていると、テーブルの下に落ちた短剣に気付く。音を立てない様ゆっくりと体をずらしながら移動し、短剣を拾ってユウに視線を向けた。
「見えてんだよ。大人しくしていろ。」
ユウはレイドの顔の前まで瞬時に移動し、語気を強めてそう言い放つと、短剣を蹴り上げレイドの全身を剣で包む様に素早く斬り続けた。
「ぎゃーーーーーっ!……きゃっ…。」
レイドは悲鳴に似た声を上げながら気絶し、最後は足の腱を斬られる。
「さ、ミリルの所へ行くか。」
ユウは泡を拭きながら気絶するレイドを見下ろし、ゆっくりと階段へ向かった。
――「はーっはっはっ!かかってこいクソ共が!」
所々が焼け爛れ、体の一部が欠損した盗賊と、蔓に貫かれ、そのまま絶命した盗賊。合わせて二十以上の死体があちこちに散らばり、火薬の匂いが充満する戦場にテオの高らかな笑い声が響く。
「テオ…楽しそうだ。僕はそろそろ限界かも…。」
ケイは腕をさすりながら周りを見渡す。盗賊達の増援の勢いは弱まり、最後の一人は既に戦意を無くして立ち尽くしていた。
「あと一人くらいなら…。」
痛みを堪えて地面に手をつけた瞬間、すぐそばで弱々しい悲鳴が聞こえ、ケイは思わずパッと顔を上げ、声のした方を見る。
崩れた家の陰から女の子の手を引いた盗賊が口角をあげ、不敵な笑みを浮かべながら現れる。
「植物を操ってたのはお前だったんだな。散々仲間を殺しやがって…。」
「ジルさん!」
残った一人の盗賊にジルと呼ばれた男は、女の子の髪を躊躇する事なく思いっきり掴み、上に引っ張りながらケイに怒りの目を向ける。
「お前のせいだ!お前のせいでレイドさんに仲間が殺された。殺してやる…。」
ジルは仲間を近くに呼び、女の子の髪を掴んだまま投げる様に乱暴に渡す。
女の子は一瞬掠れた声で鳴くように小さな悲鳴をあげると、盗賊の腕で首を軽く絞められる。
真っ青な顔をし、震える唇。ケイを見る眼差しは、必死に何かを訴えている様だった。
「…っ!?」
女の子に気を取られていたケイの頭上からジルの剣が振り下ろされる。
鈍い音が辺りに響き、ケイは転がりながらジルと距離を取る。
「ちっ!瓦礫に当たっちまった。」
ジルの剣を咄嗟にかわし、態勢を立て直したケイの胸はざわつき、ごちゃごちゃと何かが蠢いている様だった。
「い、今のは危なかった。…どうしよう……怖い…。」
ケイに向けられた明確な強い殺意。
「今度は殺す。」
ジルの言葉に鼓動が激しくなり、考えがまとまらずどんどん得体の知れない恐怖に染まっていくケイ。
その時、1発の花火が打ち上がり、誰もが一瞬気を取られる。
「雑魚が人質なんて取ってんじゃねーよ。」
もう一度、爆発音が辺りに響くと突然女の子の首を絞めていた腕がスッと離れ、そのまま後ろに倒れる盗賊。顔が吹き飛び、激しく噴き流れる血は地面に吸い込まれつつ血溜まりとなっていく。
ぺたりとその場に座り込んだ女の子は声を上げるわけでもなく、ただその場で呆然と虚空を見つめていた。
「…っ!クソガキ!!」
ジルは持っていた短剣をテオに向けて投げ放つ。
「…テオッ!」
ケイの呼びかけと同時に短剣はテオの頬を掠め、金属音を鳴らしながら地面に落ちていった。
「あっぶねー。残念だったなぁ!……ばー…か…。あれ…。」
「バカはお前だクソガキ。調子に乗りやがって。」
フラフラと瓦礫に足を取られながら地面に吸い込まれる様に倒れたテオは、痙攣しながら段々と白目を剥いていく。
「テオ!?お前ぇ、何をしたんだ!」
ジルはニヤリと笑みを浮かべ、ケイに答える。
「毒だ。掠っただけでも命取りのな。」
そう言いながら女の子の方へとゆっくりと近づくジルは言葉を続ける。
「お前、びびってるな?普通にしてれば危なかったのは俺だったのによ。やっぱりてめーはガキだな。」
ジルは女の子の髪を再び持ち上げ、同じ目線に合わせる。
「恨むんならあの男を恨みな。この戦いを始めたのはこいつらだ。」
剣を女の子の首に当てがい、今にも殺してしまいそうなジルを見て憤るケイ。
脳裏に浮かぶのは敵を殺すグリスとユウの姿だった。
「助けなきゃっ!」
恐怖を押し殺し、ジルへと向かい突き進む。
グジュリと湿った様な音がはっきりと聞こえ、パキパキと音を立てながら、ジルの体を這い回り蠢く何か。
穴という穴から飛び出た植物は、ジルの生命活動を終わらせた後も栄養を求めて体の中を彷徨いながら突き進む。
ケイは自分の手から放出され、ジルの体を貫いた草の束を千切る。小気味のいい音が辺りに響き、支えを失ったジルの体をケイがパッと手で抑える。
そして植物に侵食されたジルの隣から顔を覗かせ、笑顔で女の子に語りかけた。
「大丈夫?怖かったよね?もう平気だよ。」
女の子は恐怖に引き攣った顔で後退りをし、悲鳴を上げた。
まるでこの世の終わりの様なその絶望に染まった悲鳴は、しばらくの間静寂の中に余韻を残していた。
――ユウは階段を登り、鍵の掛かってない扉の前に立つ。
「鍵がない…?監禁されてるんじゃ…。」
恐る恐るドアノブに手をかけゆっくり開けると、部屋の中にいたのは17歳くらいのユウ達と同年代の女の子。
テーブルに置かれたクッキーをもぐもぐと食べ、ユウの存在に気付くと食べるのをやめ、しばらくじーっと様子を見ている。
「あ、えーっと、ミリル?」
数秒間、沈黙が続いた後小さく頷きまたクッキーを食べ始めるミリルは、ティーカップを持っていた方の手でユウへ指を差す。
「…見つけた。」
「…え?」
大量に置かれたクッキーをひたすらに食べ続けるミリルの咀嚼音だけがこの部屋に響いていた。




