第10章 冒険だ!
――南領地を出て三時間程経った頃。
月明かりのない夜道を進む馬車は、時間をかけて走り続ける。
「…あんたは寝ないの?」
「僕は領主館で少し寝てたから。それに一応見張り…的な。」
「…ふぅん。」
舗装のされていない道。馬車は揺れ、ガタガタと音を鳴らす。静かな夜とは言い難いこの間にもユウ、ミリル、テオの3人はスヤスヤと寝息を立てていた。
「フーこそ寝なくて良いの?」
「あたし達妖精は人間ほど睡眠時間長くないから。全然平気よ。」
「そっか…。」
そう言うとケイは馬車後部の幌をめくって盗賊がいないかを確認する。
「あんた、あの時の事覚えてる?」
「うん。…覚えてるよ。あの事だよね。」
「じゃあどの事か言ってみなさいよ。」
フーの試す様な、少し意地悪な言葉が車輪の音に吸い込まれる様に消えていく。
「言わなきゃ…だめ?」
馬車の揺れで、幌をめくり上げたままのケイの手が一緒に揺れている。
「勿論よ。」
「…僕が助けた女の子…。僕を見て恐怖していた。」
幌を降ろし、自由になった腕は変わらず震えている。そしてケイはそのまま言葉を繋げる。
「あの時の悲鳴が…頭から消えない…。」
ケイは体を震わせながらフーに視線を向ける。
「これは…治せないよね?テオの毒を消したみたいに…この記憶を消して欲しい…。」
「…ごめんね。治せないわ。きっとミリルにも。」
フーはケイの側まで飛んでいくと、頭の上に着地する。
「精神的に参ってるとは思ってた。それを聞き出す為に意地悪な質問しちゃってごめんね。」
ケイの頭を小さな手で優しく撫でるフー。
「大丈夫よ。あの時のあんたは正しい事をした。ここにいるみんなはあんたの事を、「怖い」だなんて思わないから。」
「…うん。」
フーの優しい言葉。脳裏に浮かぶ女の子の悲鳴。
「…何か、頭の中が落ち着かないや。」
無理やりに笑おうとする素振り。フーは何も言わず頭を撫で続けた。
「いてぇ…。体がいてぇ。」
目を覚まし、身を起こすテオの不機嫌そうな声に、フーはケイの頭から離れる。
「あんた、領主館で寝てたのに良くもまぁぐっすり寝れるわね。ケイなんてずっと見張ってくれてるのよ。」
「あぁ?知らねーよ。」
テオは首の骨を小気味よく鳴らし、寝ているミリルを恨めしそうに見る。
「何であいつだけ下にクッション敷いてるんだよ。」
「…あんた、少しくらい女の子には優しさ持ちなさいよ。」
テオはフーの顔をじっと見る。
「…というか何でてめーらも一緒に行く事になったんだ?」
フーはため息を吐き、「説明してあげて。あたし面倒だわ。」とケイに丸投げすると、寝ているミリルへ飛んでいく。
「簡単に言うね?この国では東領地以外、盗賊に手を出してはいけないんだ。で、今回僕達が盗賊団を壊滅させたでしょ?その事に関して、バードさん的には感謝はしている。でも、もし国に僕達と接触した事がバレたらまずいでしょ?だから、僕達は個人的に盗賊団を壊滅させたって事を貫き通してそのまま南領地を出る。フーはテオを治療してくれたし、無関係じゃないからね。それで一緒に行く事になったんだよ。」
テオは表情をしからめ、呆れる素振りを見せる。
「結局は南領主も感謝はしていると言いながら俺達の存在が邪魔って事か。国からお叱りを受ける事にビビりやがった。」
「嫌な事言うなぁ…。でも実際はそういう事だよ。前に兵士の6割を国に取られたって言ってたし。僕達を領主館に呼んだなんて事が知れたらどういう罰を受けるか…。」
「…はいはい。もう良いよ。」
テオはそう言うとケイの話を終わらせ、遠い目をしながら外を見る。
そんなテオを見て、ミリルの顔の隣で横になるフーは目を細める。
「…あんた何格好つけてんのよ。」
テオは微動だにせず、しばらくの間外を眺め続けた。
更に三時間後。東の空が明るくなり、段々と馬車の速度が上がる。
時折激しく揺れる馬車の中で、ユウが「うわぁ!」と小さな悲鳴をあげて目を覚ました。
状況が掴めず、周りをゆっくり見渡すユウ。
「うるせーよ。」
テオはイラついた口調でユウにそう吐き捨て、遠目に見える西領地の街へ視線を向ける。
「あれ?…あぁ、すまない。空を飛んでいる夢を見たものだから…。」
ユウよりも少し早く起きてクッキーを食べるミリルの肩で、一緒にクッキーを食べるフーが小馬鹿にした様に笑う。
「馬車の揺れで空を飛ぶ感覚が味わえるなんて…良かったじゃない。」
ぼーっと馬車内を見渡すユウ。
「…かなり寝てしまってたんだな。」
「よっぽど疲れてたんだよ。それにグリスの件も解決して、気持ちが軽くなったかな?」
ケイは水瓶からコップに水を移し、ユウに「はい」と渡す。
ユウは受け取った水を一口飲むと、ケイの座っていた場所に置かれた長めの草に目が留まった。
「…どこで引き抜いてきた?」
ケイは「え?」ときょとんとしている。
「その草だよ。南領地から持ってきたのか?」
座席に大事そうに置かれた草に、ケイは視線を向ける。
「これは、一回馬車を止めてもらってトイレしてた時に…。」
フーがものすごい勢いでケイの元へ飛んでいくと、その草を掴み、外へ放り出した。
「あんた!なんてもの持ち込んでんのよ!馬鹿じゃないの!?」
「い、いや…馬車に戻ろうとする途中にあった草だから別に汚くはないんだけど…。」
風に乗り、数本束ねた草がバラバラに散っていく。
「テオといいあんたといい、変な奴よね本当。ユウ!あんたもどこかおかしい所がなければ良いんだけど!」
フーは強めにそう言うと、ケイに向けて一度舌打ちをし、ミリルの肩へ戻っていった。
外をずっと眺めるテオは、先程よりも念入りに外を見ている。
「おい!盗賊達がいつ出てきてもおかしくねー。警戒はしておけよ。」
ユウは「あぁ。」とテオに一言だけ返し席に座る。そして草を外に放り捨てられ、少し肩を落とすケイに声をかけた。
「残念だが草はまた集めれば良いだろ?それより、昨夜は盗賊、出なかったんだな。」
「…うん。警戒はしてたんだけどね。ずっと街道を走ってくれてるし、何より月明かりがほとんどなかったから…かな?」
「いや、南領地で盗賊団を潰した事を、ここいらの盗賊は既に知ってるんじゃねーか?」
テオは外を見ながら真剣な横顔でそう言った。ケイはそんなテオに首を傾げる。
「盗賊を見ない事と何か関係があるの?」
「さぁな。ただあいつらは裏でどこまでも繋がっている。領地なんて関係無くな。」
ケイは眉をひそめ、厳しい表情を浮かべる。
「…壊滅した盗賊団に代わろうと南領地に集まっているって事?」
「繋がっている以上、あり得なくもねーだろ。」
ユウは強張った表情で、悔しそうに拳を握りしめる。
「おいおい。もし本当にそんな事になったら、成り行きとはいえ盗賊団を潰した意味がなくなるじゃないか…!」
「ちょっと落ち着きなさいよ。」
ミリルの肩を降りて小さな足取りでユウ達へ近づくフー。
「悲観的になってるかも知れないけどさ、あたし達がした事が無駄になってる訳ないじゃない。」
ユウが顔をしかめながら返す。
「いや、でも本当にそうなったらまた南領地は…。」
「だーかーら!考えてみなさいよ。盗賊は無限じゃないのよ?数には限りがあるの。南領地の人達には悪いけど、もし本当に南領地に向かっていたら、元々そこにいたはずの盗賊は減るのよ?分散するんだから結果的にはそこまで悲観する事はないはずよ。」
ケイの目が少しずつ輝く。
「じゃ、じゃあさ。少しだけ話は変わるけど…地道に盗賊をやっつけていけば、いつかは平和な世界に出来るのかな…?大事な家族や住む場所を脅かされず、みんなが平和に暮らせる世の中…。」
「うーん、それはまた話が飛び過ぎててピンとこないけど、まぁ詰まる所そういう事よ。」
フーがそう返すと、ケイは嬉しそうにユウを見る。
「僕、まだあの話諦めてないからね。いつか必ず平和な世界に。」
ユウの強張っていた表情が緩み、落ち着いた口調で口を開く。
「まぁフーの言う通り、もし南領地に新たな盗賊達が押し寄せたとしても、俺達のした事が無駄…とは言えないか。…そんで、ケイの言うあの話ってのは組織を作るってやつか?」
「そうそう!計画を立てる事は悪い事じゃないからね。今日からまたじっくりと練ってみるよ。」
「何だか知らないけど前向きになったのなら良かったわ。」
フーはそう言うと、ヒラヒラと舞う様に馬車内を飛び始める。
「おい、何だ急に鬱陶しいな。」
テオが睨む様にフーを見て言い放つ。
「あたし朝の空気好きなのよ。こうやってたまに、馬車の中に入ってくる爽やかな風があたしに「飛べ」と言っているの。」
「はぁ…?意味分かんねー。」
テオは生き生きとしながら飛び回るフーを一瞥し、ケイへ視線を向ける。そして、ゆっくりと口を開いた。
「…なぁ、お前能力を使いすぎると疲れやすくて腕が痛むって言ってたよな?」
顎をさすりながら斜め上を見上げるケイは、数秒遅れて反応する。
「…え?あ、僕?ごめん、考え事をしてたから。」
そう言うと、ケイはテオに向き直り答える。
「そうだよ。…というか、ちゃんと僕の話聞いてたんだ。全然聞いてないと思ってたよ。」
ケイは少し目を見張りそう言うと、ケタケタと笑う。
「その時はてめーの事なんかどうでも良いと思って軽く聞き流していた。…悪かったな。」
「え…?」
ケイから笑顔が消え、心配そうに口を開く。
「馬車に揺られて酔った?具合悪いの?…あ、何か変なもの食べたとか…。それともさっき投げ捨てた草に何か害のある成分があった…とか?」
「てめー!茶化してんじゃねーよ!」
「ひぃっ…!」
馬車が大きく揺れ、異変を感じた御者が慌てて馬から降り、馬車内を覗き込み声をかける。
「あのー、…大丈夫ですか?」
拳を固く握りしめ、ケイに飛びかかろうとするテオを必死にユウが羽交い締めにしていた。
そして、ミリルの肩に乗ったフーが呆れて深いため息をつき、御者に答える。
「…こいつらだけ降ろしてくれない?うるさいったらありゃしないわ。」
御者は困った様に頬をかき、馬車の幌を上に持ち上げて外の視界を広げる。
「いや…ご覧の通り、西領地の街はすぐそこなんですが…。」
「…本当だわ。ほら、あんた達。もう歩いていくわよ。暴れるなら外で暴れなさいよ。」
フーはミリルの人差し指を抱え上げ、降りる様に促す。
「…腰が痛い…。」
ボソッと呟いたミリルはゆっくりと立ち上がり、のそのそと馬車を降りた。
「おい!テオ!取り敢えず降りるぞ!」
「ちっ!」
テオの力が抜けた事を確認してからユウは羽交締めを解く。
「茶化してごめんね…?まさかテオがあんな風に言うなんて思わなくて…。」
テオは爆弾の入った袋を肩にかけ、馬車から降りながら言う。
「…ふん。俺に毒を喰らわせた奴を殺してくれたって事で許してやる。次はねーからな。」
地面に足をつけ、あくびをしながら大きく伸びをするテオを見て、ユウはケイに口を開く。
「…テオって戦い以外では結構いい奴だよな。」
「そうだね。最初は僕達の事を使える手駒…としか見てなかったのかもしれないけど、今はちゃんと認めてくれてる気がする。」
ユウは微笑みながら、先に馬車を降りたフー、ミリル、テオの後ろ姿を見る。
「何か…良いな。昔からこんな冒険に憧れていた…気がする。不思議な気分だ。」
「あ、分かるよ。何というか…懐かしい?いや…違うな。やっぱり憧れていたに近いのかな。」
ユウは顔をほころばせながらケイの背中をポンと押した。
「俺達も行こう!冒険だ!」
――ヒール国、ステイトラ城。
身なりを整え一際豪華な衣装を身に纏った男は、大きな窓から城下町を見下ろし、楽しそうに行き交う人々を眺めている。
「…まるで蟻だな。見ていて飽きない。そう思わないか?」
そう言うと男は後ろを振り返り、同意を求める。
「そうか?あれを一気に殺したら楽しいとは思うが…。やはり貴様とは合わんな…。」
とんがり帽子を被り、身長と同じ長さの大きな木の杖を持つ、黒のワンピースを着た女が冷ややかな表情で答える。
「おや?また服装を変えたな。どうだ?それはしっくり来るのか?」
「黙れ。それより力は溜まったのか?」
男はまた窓に目を向ける。
「いや、まだあと少しかかる。…その時が来たら存分に暴れろ。」
「思いの外時間がかかるものだな。これじゃあドラゴン…とやらは召喚しない方が良かったのではないか?全く…復活に時間がかかるのも中々面倒だな。」
女はそう言うと呆れたようにため息をつく。
「【ユーノ】。取り敢えずまた、ローランと共に盗賊連中の相手を頼む。」
「たまにはあんたも前に出て働いたらどうだ?こんなチマチマしたやり方、正直うんざりするよ。」
ユーノは圧をかけるような眼差しで男を見ると、続けて言い放つ。
「なぁ?ライラ王。」
ライラ王はユーノの視線に気付きながらも、城下町を行き交う人々を眺め続ける。
「…わたしが表立って動いたらどうなると思う?せっかくアリ達が面白い様に勝手に動いてくれているのだ。」
ライラ王は不気味に笑い、ユーノへ視線を向ける。
「ラスカルもその内用済みだ。物事は確実に進めなきゃな。」
「…まぁ良い。ローランが戻ってくるまでゆっくりしておくよ。盗賊共へはそれからでも良いだろ?」
ライラ王は笑みを浮かべたまま頷き、また窓の外へ目を向ける。
「構わない。…さぁ、これからどう面白い事になっていくかな。」




