第11章 エルフ
――「ここが西領地…凄い!南領地の街とあんまり変わらないんだな!」
西領地の街を見て、ユウは目を輝かせる。その隣では、ケイが港に停泊する船を指差し、子供の様にはしゃいでいた。
「船もある!見るの初めてだよ僕!」
「てめーら…ガキかよ。」
テオは呆れた様に言い放つと、さっさと港の方へ歩き出す。
「きっとこの街にも盗賊はいるのよね。」
フーが行き交う人を見ながら小さな声で呟き、ミリルのクッキー袋に手を入れる。
「あれ?もうほとんどクッキー入ってないじゃない!」
ミリルは少し悲しそうに頷く。
「どこかで買わないと。この子の食料みたいなものだから。」
フーはミリルの頭を撫でながらユウを見る。
「何で俺を見るんだよ…。まぁ、そうだな。」
顎に指を当て、少し考える素振りを見せるユウ。
「よし、一度港へ行って切符を買ったあと、買い物へ行くか。他にも必要な物があれば補充しておく必要がある。それと…。」
ユウは目を細めてフーを見る。
「クッキーはあくまでもおやつだ。食料にはならないからな。」
「分かってるわよ。本当に食料だなんて思ってないから。」
フーは呆れる様にそう言うと、残り少ないクッキーを口に頬張った。
港へ行くと、早速船乗りから切符を購入するユウ。
「意外と安いもんだな。」
そう言って人数分の切符を各自に手渡す。
「金は?言っとくが俺は一文無しだぜ。」
テオは平になった自分の財布を堂々と見せつける。
「いや、金はいいよ。ケイと二人で貯めてた金がまだ残ってる。宿もテオのおかげで安く済んだからな。」
ケイは満面の笑みを浮かべて「うんうん」と頷いている。
「いやー、貯めててよかったね。それよりも僕はここに残って船を見ているからみんなで買い物してきなよ。」
そう言いながら既にケイは船の方を向いている。
「こんな木を組み立てただけの物を見て何がそんなに楽しいのよ…あんた変わってるわね。じゃ、あたし達は行くわよ。」
フーはミリルの肩から飛び、西領地の街中へとヒラヒラ進む。ミリルがフーを追いかける様にスタスタと歩き出すのを見ながらユウはケイに向け口を開く。
「本当に街を見て歩かなくていいのか?…ん?」
ケイはさっさと船の近くへ行き、波に揺れる船体を見ていた。
「どんだけ近くで見たいんだよ…。」
「あのバカはほっといて俺達も行くぞ。爆弾の材料になりそうな物を探してぇ。」
テオはユウの肩を強めに叩き、歩き出した。
――「船の軋む音。船体に当たる小さな波。小さな魚達とそれを狙う少し大きな魚。あぁ!いつまでも見ていられる…。」
ケイの輝く瞳がキョロキョロと動いている。
「海かぁ…。懐かしいなぁ…あれ?見た事あったっけ?…うん、ないな。あははっ。」
独り言を言いながら笑うケイに、周りの船乗りや行き交う人々は気を使う様に避けて歩いていた。
鮮やかな緑色。ケイの膝程まで伸びた雑草はそよそよと手招きをする様に揺れている。
ケイはその魅力的な雑草を一瞥し、微笑みを浮かべる。
「今は引っこ抜く気にはならないや。また今度ね。」
「あなた、誰に話してますの?」
ケイが後ろを振り向くと、そこには綺麗な金色の長髪をなびかせたエルフの女性が、苦笑しながら立っていた。
ケイは途端に顔を赤くする。
「え、いやぁ……聞こえてました…?」
「えぇ、聞こえてましたけど。」
時が止まったかの様にケイとエルフの女性が見つめ合っていると、2人の人物が走ってきた。
「【シーラ】様!やたらと喋りかけないで下さい!」
「走るのはえーなぁ、姫は…。」
「【オズリ】!!あんたまた姫って!良い加減覚えなさい!」
「あぁ!またやっちまった…!ごめんな【メズリ】…。」
見るからに真面目そうなメズリと呼ばれたエルフの女性が、オズリという大荷物を抱えた肉付きの良いエルフの男性を叱っている。
「誰に話しかけようがわたくしの勝手でしょ?」
シーラ様、と呼ばれた女性はメズリにそう言った。
「しかし…。」
メズリは息を切らしながら言うと深呼吸をし、呼吸を整えてまた口を開く。
「シーラ様。あなたに何かあればわたしは「姫様に何かあればオラ達が女王様に怒られんだぁ。」
メズリの言葉にオズリが被せてそう言うと、一瞬場が静まり返る。
そして、ケイは恐る恐る口を開いた。
「…姫様?…女王様?あなた達は一体…。」
その瞬間、メズリはオズリの左耳を素早く掴み、千切れんばかりに引っ張り上げる。
「うわぁぁっ!いてぇっ!いてぇよメズリィ!」
港にオズリの悲痛な叫びが響き渡っていた。
「メズリ、そろそろ許してあげたら?」
「ダメです。何回言っても学習しないこいつの耳なんて不要なんですから。次言ったら切り落とします。」
ナイフを持ち、オズリを睨みながらシーラにそう返すメズリは、ケイに視線を向けることなく言葉を発する。
「あなたが絶対に口外しないと言ったから今回はこいつの耳は千切らなかったけど、もし口外すればこいつとあなたの耳を切り落としますからね。」
「ははは…。」
ケイは乾いた様に笑うと、すぐにため息を吐いた。
「ごめんなぁ、オラのせいで…。」
オズリが申し訳なさそうにケイへ呟く。
「わたくしは別に構わないのですけどね。それよりも、暇ならあなたも手伝ってくれないかしら?」
「手伝う?まぁ僕で役に立つなら…。」
メズリはハッとなり、突然焦りだす。
「シ、シーラ様!何でまだ諦めてないのですか!船に乗るからって港へ来たのに!」
「あら?わたくしは初めからそのつもりで港へ来たのよ?ピンキーネモを見ずにどうして国に帰れるって言うのよ。」
肩を落とし項垂れるメズリ。
「さ、あの船乗りに詳しい事を聞きに行きますわよ。」
そう言うとシーラはさっさと歩き出した。
「あのー、メズリ、さん?ピンキーネモとは…?」
項垂れるメズリに問いかけるケイ。
「…メズリでいいわ。…ピンキーネモってのは花の事よ。ピンク色の小さな可愛いお花。…2日前、今シーラ様が話をしている船乗りが言っていたの。全く…余計な事を。」
メズリは顔を上げ、シーラと話す船乗りを恨めしそうに見る。
そんなメズリに、ケイは僅かに首を傾げながらきょとんと口を開く。
「へぇ…そんな花が。でもそのくらいなら別に良いんじゃないの?ぱぱっとピンキーネモを見れば満足するでしょ。」
メズリは困った様に眉をひそめる。
「……西領地から少しだけ離れた場所にあるのよ?わざわざ危険を冒してまで行くのはちょっとね…。」
「あぁ、そういう事ね…。この街にある訳じゃないのか。…だからシーラは僕に手伝えと。」
「ピンキーネモを探すのに数は多い方が良いからね。ま、何とかシーラ様を説得してさっさとグリフィット国に帰るわ。」
ケイはメズリのその言葉にピクッと肩を震わせる。
「…そういえば僕達もグリフィット国に行くんだけど…。」
「あら?あちらの船乗りが言っていた人はあなたとあなたのお仲間の事だったのね。だったら同じ船に乗るんですもの。尚更協力して頂けますよね?」
いつの間にか船乗りとの会話を終え戻ってきたシーラは、やや強引にケイに詰め寄る。
「ま、まぁそれは別に良いけど…仲間達にも一応伝えておきたいんだ。」
「大丈夫ですわ。場所はこの街を出てすぐの北の森。そう時間は掛かりませんから。」
シーラはそう言うとさっさと歩きだす。
「あ、ちょっとシーラ様!!…もうっ!オズリ!行くわよ!」
「姫ぇ!せめてこの荷物を船に預けさせてくれぇ。」
沢山の荷物を抱えたオズリは船の方へと駆け出し、荷物を船乗りに託すと大急ぎでシーラ達の後を追った。
「…まぁ、何とかなるか。ユウ達が戻ってくる前に帰らないとな…。」
ケイは苦笑いを浮かべると、のそのそと走るオズリを追いかけた。
「盗賊団を壊滅?…あなた、見かけによらずやるわね。」
街を出て10分程かけて着いた北の森。道中ケイはグリフィット国へ行く経緯を話す。
「まぁ、成り行きなんだけどね。でも、そのせいで南領地を出る事になったんだ。」
ケイの言葉にシーラは感心した様に頷く。
「きっと南領地の住民達は喜んでると思いますわ。ここでこうしてわたくし達と出逢ったのも、運命なのかもしれませんわね。」
「ケイに協力してもらおうだなんて姫様は見る目があるなぁ。これで何かあっても安心だぁ。」
オズリはケイを見ておおらかに笑う。
「仲間が強いだけさ…僕は何も出来やしないよ。」
ケイは顔を伏せ、呟く。
「早いとこピンキーネモを見つけましょう。こんな街外れで盗賊達に襲われたりしたら女王様に顔向けできません。」
メズリはキョロキョロと辺りを見回しながら焦る様に言い放つ。
「小さなピンクの花だよね?僕は向こうの方を探してくるよ。」
「そうですね。せっかく手伝ってもらってるのでここは別行動をとりましょう。では、わたしとシーラ様は2人で行動します。オズリもケイの反対側を探しなさい。」
メズリはそう指示を出し、シーラの少し後ろを歩く。
「そういえば、メズリとオズリって名前似てるけど…。」
ケイはメズリにそう声をかけると、メズリは歩みを止めてケイの方へ振り向く。
「オズリとは兄妹なの。双子のね。こんなに似ていない双子も中々珍しいと思ってるわ…。あ!シーラ様!先に行かないでっ!」
ずんずん先に進むシーラを追いかけるメズリ。
「今はあんなでも昔はオラの事お兄ちゃんと呼び慕ってたんだぞぉ。女は成長すると口うるさくなるからなぁ。」
オズリは走るメズリの後ろ姿を見ながら豪快に笑う。
「じゃ、オラ達も探しに行くかぁ。何かあったら大声で叫ぶんだぞぉ。」
「分かった。気を付けてね!」
ケイはオズリにそう言うと、獣道を進んでいった。
——「…あのエルフの二人、中々上玉だな。」
木の陰からシーラとメズリを見ながら下卑た笑みを浮かべる男。
「女二人だけで行動するなんて警戒心に欠けてるな。攫って楽しんだ後、売るぞ。」
その言葉に、五人の男達が色めき立つ。
「リーダー。男二人の方はどうしますか?」
「そうだな…。あの鈍そうな奴は放っておいて、もう一人の男は誰か二人行け。あとの四人は女だ。」
「えぇ!男の方は外れじゃないですかい。誰も行きたくねーよ!」
リーダーと呼ばれる男は剣を抜き、少し苛立ちながら口を開く。
「俺は勿論女の方だ。あとの三人はジャンケンでもしてさっさと決めろ。」
「はいはい、分かりましたよ。」
——キョロキョロとピンキーネモを探して歩くシーラとメズリは、少しだけ森がひらけた場所に出た。
太陽の光が森の緑を明るく照らし、新鮮な空気が凝縮された様な穏やかな景色。
「なんて綺麗なのかしらね。今のグリフィット国ではまず見ない光景だわ。素敵…。」
「本当ですね。グリフィット国も、昔は緑が豊かな土地だっただけに残念です…。」
そう言ってメズリは顔を伏せる。
「…今はこの景色を見るだけで十分。サンドワームは災害よ?何を言っても緑が戻る事はもうないわ。…さ、ピンキーネモはどこかしらね。あの二人よりも先に見つけますわよ。」
「シーラ様…。はい。早いとこ見つけて帰りましょう。」
顔を上げ、笑顔を作るメズリを見て微笑むシーラ。
「ピンキーネモを見つけたらわたくしのお部屋に飾るの。あ、でも引き抜いたりしたら流石に可哀想ね。」
「じゃあシーラ様!ピンキーネモがたくさんあったら少しだけ持ち帰りましょう。少なかったらそのままにして、見るだけで。」
「えぇ、それが良いわ。…それにしても、一体どこに生えてるのかしら。」
ひらけた場所の奥に続く森の中。シーラはその手前で風に揺れる、小さなピンクの花を見つけた。
「あ!あった!メズリ!あれじゃないかしら?」
「えー、どこですか?…本当だ!よく見つけましたね!凄いですシーラ様!」
いくつものピンキーネモがぴょこぴょこと小さく手招きをする様に風に揺れている。
シーラとメズリは喜んで駆け出した。
突然グシャリ、と嫌な音が森の中に響いた。
シーラとメズリが見ていたピンキーネモの花が、靴に覆い隠される。
そしてゆっくりと、再び姿を現したピンキーネモは泥に塗れて地面に花びらを散らしていた。
「よぉ、お嬢ちゃん達。ちょっと良いかい?」
いくつもの鮮やかなピンク色の花々は四人の男達に踏み潰され、風に揺れる事はなくなった。
「やっぱりこれかな?…いや、違うか。赤だもんな、これ。」
ケイは獣道をしばらく進んだが、見落とした場所を確認する為に来た道を徐々に戻っていた。
「おい兄ちゃん。こんな所でウロウロしてたら危ないぜ。」
ケイは驚き振り返ると、二人の男が剣を抜きケイに向けている。
「と、盗賊!?」
「死ね!」
ケイは瞬時に地面に手をついた。
「…っ!」
その瞬間、盗賊の剣がケイの頬を掠める。
「何だぁ?もう命乞いかよ?地面に手なんかついてよぉ!」
ゲラゲラと笑う二人の盗賊。
ケイは唇を噛み締め、ただ構えていた。




